第15話 迷宮とすんごい方向感覚
城での休暇にも、少し飽きてきた頃だった。
「やっぱり、俺たちは冒険者だな! じっとしてるのは性に合わねえ!」
ユウキ様が、ギルドの依頼書を一枚、テーブルに叩きつけた。
そこに書かれていたのは、最近、多くの腕利きパーティが挑んでは失敗しているという、高難易度の依頼だった。
【依頼内容:古代遺跡『賢者の迷宮』の最深部に眠る『知恵の石』の回収】
「この迷宮は、強力な魔物こそいないものの、絶えず壁が動く魔法の罠と、複雑な仕掛けで侵入者を惑わす、超難解なパズルダンジョンらしい!」
ユウキ様の目は、少年のように輝いていた。
「古代の賢者が作りし、魔法の迷宮……。その構造原理、非常に興味深いです。私の知性を試す、良い機会でしょう」
シルヴィアさんも、魔法使いとしての探究心をくすぐられたようだ。
「迷路かあ。面倒くせえなあ。宝はあんのか?」
ダインさんは、いつも通り実利を求めている。
(迷路……私がいたら、絶対に罠に掛かって、皆さんのご迷惑に……)
私が不安に思っていると、ユウキ様が私の肩を叩いた。
「大丈夫だって、ルルナ! 君がいれば、どんな難問も解決するさ!」
こうして、私たちは古代遺跡『賢者の迷宮』へと挑むことになった。
迷宮の内部は、ひんやりとした空気に満ち、壁には解読不能な古代文字がびっしりと刻まれていた。
私たちは、シルヴィアさんが描く地図を頼りに進むが、すぐに異変に気づいた。
「おかしいですね……。通ってきたはずの道が、消えています。これでは、地図が役に立ちません」
シルヴィアさんが、悔しそうに眉をひそめる。
壁が動く、という噂は本当だったのだ。
数時間、歩き続けた頃には、私たちは完全に方向感覚を失い、どこをどう歩いているのか、全く分からなくなってしまった。
「くそっ、完全に迷ったな……」
ユウキ様が、壁に手をついて溜め息をつく。
私も、疲労と、何の役にも立てない罪悪感で、いっぱいだった。
(ごめんなさい、私は何もできなくて……)
とぼとぼと歩いていた私は、考え事をするあまり、前を歩いていたダインさんの背中に、こつん、とぶつかってしまった。
「きゃっ」
よろめいた私は、すぐそばの石壁に、もたれかかるように手と胸を押し付けた。
その瞬間だった。
私が胸を押し付けた石壁に、まるで血管のように、淡い光の筋が、一瞬だけ浮かび上がったのだ。
それは、迷宮の正しい道筋を示しているかのように、まっすぐ、先へと伸びていた。
「……あれ?」
あまりに一瞬の出来事で、幻かと思った。
でも、確かに見えた気がする。
私は、おそるおそる、その光が指し示した方向を指さした。
「あ、あの……なんとなくですが……こっちの道に行ってみませんか? なんだか、こっちのような気がして……」
「〝気〟? ルルナ、我々は今、論理と魔法によって構成された迷宮にいるのですよ。勘で進むなど、愚の骨頂です」
シルヴィアさんが、即座に私の意見を却下する。
しかし、ユウキ様は「待った!」と声を上げた。
「それだ! ルルナの『聖なる直感』だ! 論理を超えた力こそ、この迷宮を打ち破る鍵なんだ! よし、ルルナの勘を信じよう!」
こうして、私の「なんとなく」を頼りに、私たちは迷宮を進むことになった。
私が分かれ道で迷うたびに、壁にそっと胸を押し付けてみる。すると、やはり一瞬だけ、光の道筋が見えるのだ。
「ええと……次は、右、だと思います。多分……」
「よし、右だ!」
シルヴィアさんは「ありえない…」と頭を抱えているが、私の示す道は、不思議なほど的確に、迷宮の最深部へと続いていた。
罠も、行き止まりも、全て完璧に回避している。
そして、ついに私たちは、迷宮の中心にある広間へとたどり着いた。
中央の祭壇には、青白い光を放つ『知恵の石』が鎮座していた。
「やった! 本当に着いたぞ!」
ユウキ様が歓声を上げる。
帰り道も、私は壁に胸を当てながら進み、一度も迷うことなく、無事に迷宮を脱出することができた。
ギルドへの報告後、ユウキ様は興奮冷めやらぬ様子で語った。
「やっぱりな! ルルナの体そのものが、正しい道を示す聖なるコンパスなんだ! スキル名『聖なる道標』に決定だ!」
シルヴィアさんは、私の胸を、畏怖と混乱が入り混じった、これまで見たこともないような顔で見つめていた。
私のスキルは、ついに古代賢者の知恵さえも超える、すんごい方向感覚を発揮してしまった。
その異常なまでの万能さに、私自身が、少しずつ恐怖を感じ始めていた。




