第13話 斥候とすんごい肩すかし
王城の一室に戻った後も、私の心は落ち着かなかった。
市場での騒動と、最後に感じたあの不気味な視線が、胸に重くのしかかっている。
「さっき、屋根の上に誰かいたような気がして……」
私がそう打ち明けても、ユウキ様は「ファンだよ、ファン!」と笑うだけだった。
シルヴィアさんだけが、「……確かに、ただの視線ではなかったかもしれません。今夜は警戒を強めましょう」と同意してくれたが、それ以上の手掛かりはなかった。
その夜。
私たちは、国王陛下から下賜された褒賞の金貨を、テーブルの上に広げていた。
「すっげえ量だな! これだけありゃ、一生遊んで暮らせるぜ!」
ダインさんが、山となった金貨を嬉しそうにかき混ぜる。
「ふふん、これぞ俺たちの実力よ!」
ユウキ様が胸を張った、その時だった。
ミシッ、と。テーブルが、嫌な音を立てた。
王城の備品である、猫足の優雅なテーブルは、金貨の重みに耐えきれなかったらしい。一本の脚が、根元からへし折れたのだ。
「「「あっ!」」」
テーブルがぐらりと傾き、金貨の山がなだれを打って床にこぼれ落ちそうになる。こんな音を立てれば、衛兵が飛んでくるに違いない。
「ひゃっ!」
私は一番近くにいたため、パニックになりながらも、とっさにテーブルの天板を両手で押さえた。
全体重をかけるように、胸を天板に強く押し付ける。
(だめ、重たい……! 支えきれない……!)
そう思った瞬間。
私の胸が当たっている部分から、ふわり、とごく微かな光が放たれたのを、私だけが感じた。
すると、先ほどへし折れたはずのテーブルの脚が、まるで逆再生でもしているかのように、ひとりでに元の形へと戻っていく。砕けた木片が吸い寄せられるように繋がり、ひび割れが完全に消え、テーブルはぴたりと、その傾きを止めた。
「…………え?」
目の前で起こった奇跡に、私たちが唖然としている、その頃。
城の向かいの塔の上では、一人の斥候が舌打ちをしていた。
黒装束に身を包んだ魔王軍の斥候、ザイル。
彼の任務は、噂の『聖女』の戦力を探り、脅威度を測ること。
(なんだ、あいつらは……)
ザイルの目には、こう映っていた。
『勇者パーティが、金貨の重みでテーブルを壊す。』
『例の女が、慌てて胸でテーブルを押さえつける。』
『仲間と協力し、なんとかテーブルを元に戻して、ほっと一息ついている。』
そこには、奇跡も魔法も見当たらない。
あるのは、下品な金勘定と、間抜けな事故だけ。
彼がいた位置からは、テーブルの脚が修復した様子も、ましてや、私の胸が放った微かな光など、到底見えるはずもなかった。
(馬鹿馬鹿しい……。『聖女』が戦争を止めたなど、やはり人間の政治的なプロパガンダか。あるいは、何かの偶然が重なっただけのこと)
ザイルは、完全に興味を失った。
この女に、脅威はない。組織を動かしてまで、警戒する必要など微塵もない。
(報告する価値もなし、か)
彼は小さく溜め息をつくと、音もなく闇の中へと姿を消した。
部屋の中では、仲間たちが大騒ぎしていた。
「ルルナ! 今のは……触れただけで物質を原子レベルで再構築する『修復のおっぱい(リペア・バスト)』か!?」
「いえ、ありえません……接着痕も、魔力による溶接の痕跡も皆無……木の繊維が、完全に、繋がっている……? なぜ……?」
シルヴィアさんが、修復されたテーブルの脚を、震える手で撫でている。
私は、ただ首をかしげるばかりだった。
こうして、魔王軍の最初の脅威は、彼らの盛大な勘違いによって、私たちに気づかれることなく去っていった。
私のスキルが、またしても私のあずかり知らぬところで、国だけでなく、私たち自身の命さえも救ったことを、私はまだ知らなかった。




