第11話 外交とすんごい衝撃
王城の会議室は、凍りつくような緊張感に支配されていた。
長いテーブルを挟み、こちら側には国王陛下と大臣たち、そして私たちのパーティ。向こう側には、隣国グランフォルド帝国から派遣された特命大使――鉄の髭をたくわえた、いかにも頑固そうなグライゼン大使とその随行員たちが座っている。
私は、ユウキ様たちの後ろの席で、ただひたすら気配を殺していた。
王宮からあてがわれた上品なドレスは、皮肉にも私の胸のラインを強調し、落ち着かないことこの上ない。
「――よって、この国境線案こそが、両国にとって最も平和的かつ友好的な解決策と確信する」
我が国の宰相が、穏やかに妥協案を提示する。
しかし、グライゼン大使はそれを鼻で笑った。
「戯言を! その土地は、古来より偉大なる我がグランフォルド帝国固有の領土! 一寸たりとも譲り渡す気などないわ!」
テーブルをドンと叩き、雷のような声で一蹴する。
交渉は、開始早々、決裂寸前だった。
(もう無理だ……帰りたい……)
私が心の中で泣き言を言っていると、国王陛下が、私の方を見て、僅かに頷いた。
それを見たユウキ様が、私の背中を小突く。
「ルルナ、今だ! 何か言うんだ!」
(何を!? 私に何を言えと!?)
パニックになりながらも、私は椅子から立ち上がった。足が、ガクガクと震える。
部屋中の視線が、私一人に突き刺さる。
「あ、あの……っ!」
何か、何か平和的なことを言わなければ。
「け、喧嘩は……よくないと、思います……!」
ひねり出したのは、およそ外交の場に似つかわしくない、子供のような一言だった。
会議室が、しんと静まり返る。
グライゼン大使が、ギロリと私を睨みつけた。
「……なんだ、この小娘は。我々を愚弄しているのか?」
「ひっ……!」
その殺気にも似た眼光に、私は完全に我を忘れた。
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
私は、テーブルに頭を打ち付けるほどの勢いで、深々と頭を下げた。
その時だった。
――ぽすん。
頭より先に、私の胸が、重厚なマホガニーのテーブルに、柔らかく、しかし確かにぶつかった。
次の瞬間、グライゼン大使の巨体が、ピクリと震えた。
彼の怒りに満ちた表情が、ふっと緩む。その険しい瞳は、どこか遠くを見つめ、焦点が合っていない。
「……おお……マリーダ……」
大使が、誰かの名前を、かすれた声で呟いた。
一体、何が起きているのか?
誰もが固唾をのんで見守る中、グライゼン大使は、ゆっくりと我に返った。
彼は自分の大きな掌を見つめ、それから、頭を下げたままの私に視線を移す。その表情から、先程までの刺々しい雰囲気は、嘘のように消え失せていた。
彼は、長い、長いため息をついた。
「……小娘よ。いや……聖女殿。どうやら、あんたの言う通りかもしれん。戦など……実に、つまらんことだ」
そして、我が国の国王陛下に向き直ると、深々と頭を下げたのだ。
「陛下。これまでの無礼、どうかお許し願いたい。頭を冷やして、もう一度、貴国の提案を検討させていただこう」
会議室は、先程とは違う意味で、静寂に包まれた。
大臣たちは、信じられないという顔で、口をあんぐりと開けている。
「……やったな」
私の後ろで、ユウキ様が勝利を確信した声で呟いた。
「テーブルに衝撃を与え、その振動に乗せて鎮静効果のある魔力波を送り込む、直接接触型の精神干渉攻撃……! なんて高度なテクニックだ! まさに『おっぱい・インパクト・セラピー』!」
「木のテーブルの共振周波数が……彼女の魔力特性と同期して……ありえない……物理法則を完全に無視した、超常現象……」
シルヴィアさんは、またしても頭を抱えて、ぶつぶつと呟いている。
その後、嘘のように穏やかになった交渉は、とんとん拍子に進み、両国は平和的合意に至った。
一触即発だった戦争の危機は、回避されたのだ。
私は、自分が何をしたのか、全くわからないままだった。
ただ、テーブルに胸をぶつけて謝ったら、なぜか頑固な大使が優しくなった。それだけだ。
しかし、王都ソリスティアでは、新たな伝説が生まれていた。
「聖女ルルナ様、テーブルに胸を置くだけで、隣国との戦争を未然に防ぐ」と。
私の〝すんごいおっぱい〟は、ついに国境を越える奇跡を起こしてしまった。
その評判が、やがて海の向こうの魔王軍にまで届くことを、私はまだ知る由もなかった。




