第10話 王宮とすんごい無茶振り
大商人アルジェント様の一件から数日後。
私たちの立場は、王都ソリスティアで劇的に変化していた。
冒険者ギルドへ行けば、誰もが道をあけ、遠巻きに私たちを眺める。
「おい、あれが噂の勇者パーティだ…」
「隣にいるのが『聖女』様か…」
「なんでも、扉に胸をぶつけるだけで、どんな鍵でも開けちまうらしいぜ」
「本当かよ!? それはもう、盗賊の守護神じゃねえか!」
聞くに堪えない、事実と憶測が入り混じった噂の数々。
その度に私はフードを目深にかぶり、赤面しながら足早に通り過ぎるのが日常になっていた。
そんなある日の午後だった。
ギルドの前に、王家の紋章を掲げた、ひときわ豪華な馬車が停まったのだ。ギルド内が、水を打ったように静まり返る。
馬車から降りてきたのは、白銀の鎧に身を包んだ、威厳のある壮年の男性だった。その場にいる誰もが、彼がただ者ではないことを察した。
彼は、ギルドの中を見渡すと、まっすぐに私たちのテーブルへと歩いてくる。
そして、ユウキ様と私を交互に見据え、厳かに告げた。
「勇者ユウキ殿、そして……『奇跡の聖女』ルルナ・フォン・クライネルト嬢とお見受けする。私は近衛騎士団長を務める、バルトークである。陛下がお呼びである。至急、登城願いたい」
「へ、陛下が!?」
ユウキ様が、すっとんきょうな声を上げる。
王様からの、直接の呼び出し。
事態が、私たちの想像をはるかに超えるスケールに発展してしまったことを、私は悟った。
王城へと向かう馬車の中、バルトーク騎士団長は、今回の呼び出しの理由を説明してくれた。
「単刀直入に言おう。隣国との外交問題に、力を貸していただきたい」
長年、両国の間では国境線をめぐる領土問題がくすぶっていたが、最近になって緊張が再燃。一触即発の状況にあるという。
問題は、交渉のために隣国から派遣されてきた特命大使が、絵に描いたような頑固者で、一切の妥協案を受け付けず、交渉が完全に暗礁に乗り上げていることだった。
「そこで、陛下は最後の望みを、ルルナ嬢の奇跡に託されたのだ。『どんな荒くれ者も改心させ、心を閉ざした令嬢すら説得した』という、その力にな」
「なるほど!国家間の外交交渉とは、燃えるじゃないか!」
ユウキ様は、事の重大さを理解しているのかいないのか、目を輝かせている。
「リスクが高すぎます。一歩間違えれば国際問題です。我々はただの冒険者ですよ」
シルヴィアさんの冷静な指摘が、馬車の中に響く。
「大使だろうがなんだろうが、気に食わねえならぶん殴ればいいのか?」
ダインさんの物騒な発言に、騎士団長が「くれぐれも、そのような蛮行は…」と釘を刺した。
私は、ただ青い顔で震えていることしかできなかった。
壮麗な王城の謁見の間に通された私たちは、玉座に座る国王陛下を前に、跪いていた。
心臓が張り裂けそうだ。下級貴族の娘である私が、一生お目にかかることすらないはずの御方。
「面を上げよ、勇者ユウキ。そして……『ソリスティアの聖女』ルルナよ」
威厳に満ちた声に、私は失神しかけた。
王様は、私を「聖女」と呼んだ。もう、誰も私のことなど信じてくれない。
「明朝、隣国大使との最終交渉が行われる。ルルナよ、そなたにもその場に同席してもらいたい。そして、その奇跡の力で、どうか、あの頑固な大使の心を〝和らげて〟はくれまいか」
それは、依頼というより、命令だった。断れるはずもなかった。
ユウキ様が、私の代わりに「御意!」と快諾する声が、やけに遠くに聞こえた。
謁見が終わり、王城の一室で待機するよう言われた私たちは、ようやく人心地ついた。
私は、その場にへたり込みそうになるのを必死にこらえ、震える声で訴えた。
「む、無理です! 絶対に無理です! 私にそんなこと、できるわけがありません!」
「大丈夫だ、ルルナ!」
ユウキ様が、私の両肩をがっしりと掴む。
「いつも通り、君がそこにいてくれるだけでいいんだ! 君の『絶対説得空間(アブソリュート・ネゴシエーション・フィールド)』が、すべてを丸く収めてくれるさ!」
「……失敗すれば、即、戦争。成功しても、我々の手柄ではなく、聖女様の奇跡として歴史に残る。なんとも割に合わない依頼ですね」
シルヴィアさんが、深いため息をついた。
国の運命が、私の双肩に――いや、この胸にかかっている。
人生最大のプレッシャーを前に、私はただ、翌日の夜明けが来ないことを祈るばかりだった。




