六十三話 戦いには勝利したものの
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数日がすぎた。
やはり、さらわれたソフィアラの行方は知れない。父が領内のすみずみまで兵士を送って探したが見つからなかった。魔物たちの国へつれさられたと見ていい。
泣きくずれる乳母を見るのがつらかった。あのとき、もっと自分がしっかりしていたらと、レルシャの後悔はやまなかった。
「あなたがたには多大なるご迷惑をおかけしましたね。おわびといってはなんですが、ダヴィドと再会できる日まで、私がこの砦を守ってさしあげましょう。何、もうどんな魔物が来ても逆鱗の玉など埋めさせません。以前は言うことをきかないとダヴィドを殺すとおどされたので、泣く泣く従ったのです」と、ヴァシュラーダが申しでてくれた。
こっちには願ってもない幸運だ。砦の城主だった兄が再起不能になってしまったのだから、新たに砦を守る者が必要だった。
父は大喜びだ。
「ドラゴンに守ってもらえるとは、これ以上なく心強い。なぁ、レルシャ?」
「何を言うか。あやつは寝ぐらに困っておるだけだ。とんでもない居候よ。まあ、このへんは人間界のなかではめずらしく、太古の気が残っておるゆえ、古代の生き物である竜にはすごしやすいのだろうがな」と、スピカがぼやくのは、父には聞こえていない。
それに、砦の隊長にはグレーレンが名乗りをあげた。
「あたしさ。前からずっと兵隊になりたかったんだ。レルシャの従者には変わりないけど、いいだろ? あたしは砦に残る」
グレーレンの強さなら、ヴァシュラーダがいなかったとしても、充分、隊長がつとまる。参謀にはゾルムントをつけることになった。これで砦の守備は万全だ。
「よかろう。グレーレンと申したな。そなたは先日の功績により、わがレムラン伯爵家の騎士として召しあげる。長く忠実に仕えてくれ」
「おお! もちろんだぜ!」
伯爵家の騎士の地位はウーウダリにもあたえられた。何しろ、瀕死の兄をあばれ狂っていたヴァシュラーダの足元から助けだしてくれたのだ。
「ありがたき幸せにございます。ですが、ゆるされるならば、私はレルシャさまのおそばにお仕えしたく存じます。わがあるじと決めたレルシャさまの成長を今後も見守りたいのです」
「よいとも。レルシャの側仕えとして、これからも支えてやってくれ」
それというのも、レルシャにはある考えがあったからだ。父にはすでに伝えてあった。
「父上。ぼくはもっと強くなりたい。ザウィダを倒せるほど強くなって、そしていつか、ぼくのほうからソフィを探しに行く。たとえ、それが魔界だとしても。絶対にソフィをつれもどすんだ」
当然のことながら、父はひじょうに案じた。
「しかし、レルシャよ。アラミスがああなった今、そなたの身の上は大きく変わった。成人のあかつきにはそなたが伯爵家を継ぐ可能性もある」
「ぼくは継ぎません。あくまで、兄上の騎士として一生、この屋敷と領地を守ってみせます。でも、そのためには強くならなきゃいけないんだ。もしかしたら、ザウィダがまたやってくるかもしれない。そのときにはダヴィドが新たに呼びだした竜を何柱もつれてくることだって考えられるんだよ。だから、父上。ぼくをラグナランカシャへ行かせてください。あそこでもっと修行して、成人したらこの屋敷へ帰ってきます」
父はレルシャの目をじっと見て、うなずいた。
「いい目をするようになったな。レルシャよ。そなたは生まれたとき、とても弱くて、将来を心配するばかりだった。私が生きているうちは私が、私がいなくなってもアラミスが、そなたを守りとおしてやろうと思っていたが、それはどうやら間違いだったようだ。おまえは強くなった。行ってきなさい。そして、今、自ら申した言葉を実現できる男になって帰ってきなさい」
「ありがとう! 父上」
砦と屋敷の守りは心配なくなった。レルシャがいる必要はない。今のレルシャにやれるのは強くなることだけだ。母も姉も優しく微笑み、行くなとはもう言わない。レルシャの力を家族のみんなが認めてくれたのだ。
一つ心配があるとしたら、兄だ。ケガはよくなった。しかし、両足が戻るわけではないので、生活の何をするにも人の手の助けが必要なのだ。これまでずっと自身がみんなを守ってきた兄にとって、それはとてもつらく、自尊心を傷つけられることらしい。
父が腕のいい職人に頼んで、馬車のような車をつけた椅子を造らせた。おかげで、その椅子に乗って邸内を移動できるようにはなったのだが、それでもまだ兄の心は晴れない。
当然だ。兄は戦士なのだから。戦えない戦士は戦士ではない。
レルシャはラグナランカシャへ旅立つ前日、兄の寝室へ行った。兄は寝台によこたわり、うつろに窓の外をながめている。
「兄上。ぼく、明日、屋敷を発ちます」
「ああ……」
ほんの少し笑ってみせるが、ムリをしているのだと感じる。以前の晴れやかさはどこにもなかった。
「すっかり立場が逆転したな。レルシャ。今ではおまえだけが伯爵家の頼みの綱だ。しっかり修行してくるんだぞ」
「はい。兄上もお元気で」
「ああ……」
それきり、また顔をそむけて外を見る。もしかしたら、兄はレルシャを見るのがつらいのかもしれない。兄の言葉どおり、立場が逆転したからだ。お荷物になってしまったのは兄のほうで、レルシャは一身にみなの期待を背負い、強い戦士としての未来がひらけている。その事実を認めるのが苦しいのだろう。ましてや、この結果は兄がレルシャを助けようとしたから起こった。ドラゴンに食べられそうになったレルシャの身代わりで、兄は両足を失った。
兄にうとましく思われている。嫌われてしまった。そう思うと、いたたまれなかった。




