六十一話 ザウィダの奸計
レルシャが考えあぐねているあいだにも、ドラゴンの猛攻は続く。そのたびにダメージを負い、回復魔法をかけるのだが、ドラゴンのかたい鱗の下に埋められた玉なんて見つけられそうになかった。
(どうしよう。このままじゃ、やられる。せっかく強くなって戻ってきたのに意味がない。ここでぼくたちがやられたら、伯爵家の館が襲われ、母上や姉上も……今あっちに強い戦士と呼べるのは姉上しかいない。姉上じゃ、ぜんぜんドラゴンに歯が立たない)
レルシャは迷った。
ダヴィドの信頼を裏切って竜を殺すべきか。それとも、まだ友達と呼べるほど話したわけでもない少年のために、家族や領内のすべての人間が滅ぼされる道を選ぶべきか。
迷う必要などない。どう考えても、答えは決まっている。ドラゴンを殺すべきだ。それでダヴィドの恨みを買って敵対してしまうとしてもだ。レルシャには人間の仲間たちを守る義務がある。まだ子どもだけど、それが領主の家系に生まれた者の使命だ。
決心して、レルシャが号令を出そうとしたときだ。
急に、ダヴィドのすがりつく力が消えた。おどろいてふりかえると、レルシャのすぐそばにザウィダが立っていた。いったい、いつのまに、どうやって、こんな近くまで来ていたのか?
思わず、レルシャはあとずさった。攻撃魔法を唱えるために口をひらく。が、その声を発することはできなかった。よく見れば、ザウィダの手にはダヴィドが捕まっている。そして、空中に氷の剣が浮かび、切先がダヴィドの喉元を狙っていた。
「動くな。コイツを殺されたくなければな」
「ダヴィド……」
ドラゴンを殺すのと、ダヴィド自身が殺されるのでは重さが違う。ダヴィドにとって大事なドラゴンでも、レルシャには故郷をめちゃくちゃにするモンスターにすぎない。しかし、ダヴィドは知りあいの子どもだ。きっと、友達になれる。いや、もしかしたらもう友達なのかもしれない……?
だって、胸が痛む。もしも、ダヴィドの喉があの氷の剣でつらぬかれたら……レルシャの目の前でその命がつきたら……そう思うと、自身の心臓にあの氷の刃を押しあてられたような気すらした。見殺しにはできない。
立ちすくんでいると、ザウィダは命じた。
「小娘。おまえもこっちへ来るんだ。おまえはダヴィドの《《お友達》》だからな。いいか? おとなしくしていろよ? でなければ、ダヴィドを殺す」
ソフィアラが迷う目でレルシャを見る。
——どうしたらいい? わたし、どうしたらいいの?
そういう目をしている。
「さっさと来い! いいのか? おまえのせいで、このガキが死ぬんだぞ?」
ザウィダは竜をあやつるダヴィドを必要としている。決して殺しはしないだろう。それはザウィダ自身の損になるからだ。しかし、逆に言えば、ダヴィドは生きてさえいればいいのかもしれない。いっそ逃げられないように、手足をちぎる……そのくらいのことはしそうな男だ。
ソフィアラは短期間だが彼に囚われていた。ザウィダの性格をレルシャよりよく知っている。つかのま逡巡していたが、やがて涙を浮かべて一歩ふみだす。
とっさに、レルシャはソフィアラの腕をつかもうとした。ダヴィドが傷つくのも見たくはない。だが、当然、ソフィアラとの友情の厚さはまったく異なる。ソフィアラとは生まれたときから十年間つむいできた絆がある。ほかの誰よりも大切な人。たとえば母と同等くらい。
だが、なぜかレルシャの手は虚空をつかんだ。ソフィアラの姿が一瞬でザウィダのそばに移動している。魔法をかけられたのだ。
「ソフィ!」
「レルシャ……!」
そのまま、ザウィダとダヴィド、ソフィアラは宙空に消えた。ザウィダの笑い声だけが、どこからか木霊する。
「ドラゴンよ。さあ、やってしまえ! 何もかも破壊するのだ!」
「ソフィー!」
レルシャの声は虚しく響いた。伸ばした手をつかむ人はもういない。
ソフィアラが魔物にさらわれてしまった。いったい、どこへつれさられたのか?
悔しさで、レルシャは頭がカッと熱くなる。腹立たしいのか、泣きたいのか、わめきちらしたいのか、よくわからない感情がこみあげた。




