三話 解放されたい
レルシャにとって、それはまるで啓示だった。解放の奇跡。そんなものがあるのなら、ぜひ受けたい。もちろん、兄と違って自分の能力値はもとが低い。二倍になったところで生命力20だ。それでも十と二十の差は、レルシャにとっては大きい。
たとえば、最弱と言われるモンスターのスライムだって、一回の攻撃で二から四ていどの戦闘生命力を減らしてくる。レルシャなら二、三発もくらうと気絶してしまうのだ。へたするとクリティカルで即死。スライム一匹を倒すのがやっとの生命力が倍になれば、回復魔法とあわせて、遺跡調査くらいはできるようになるかもしれない。
(このまま何もできないで、一生、兄上や姉上に守られるだけの足手まといとして生きるよりは、多少の危険はあっても解放してみたい)
以前ならクーデル砦は魔物の支配下だった。近づくことすらできなかったが、今は兄の隊が常駐して守っている。道中には危険なモンスターも出ないし、きっとレルシャだけでも行ける。
(遺跡のなかは強いガーゴイルがいるっていうけど……)
レルシャのスキルが宝箱か隠し通路を見つける技だというなら、もしかしたら、安全に行ける道を発見できるかもしれないのだ。その可能性に賭けてみようと思った。
決心して、朝早く起きると、朝食に出たパンとチーズをこっそりカバンにつめて、水は皮袋に入れた。それを自分の愛馬の鞍に結びつけると、こっそり馬屋からつれだす。近くの草原へ行くと言えば、門番もひきとめないだろう。だけど、ついてこられると困る。馬をつれていくなら遠出だ。レルシャはとても弱いから、一人で遠くへ行くことは父から禁じられている。兵士がついてきたら、砦にまでは行かせてもらえない。
(困ったな。どうしよう)
裏門なら、交代の時間を見計らえば、うまくぬけだせるかもしれない。レルシャは裏門へ急ぐ。辺境の城だから、庭だけはやたらと広い。ワイルドベリーや野薔薇のあいだを通っていくと、鉄の扉でさえぎられた小さな門が見えた。見張りは、レルシャも顔を知っているおじいちゃん兵士のゾルムントだ。祖父の代から仕えていて、昔はそれは強かったらしいが、今は隠居に近い形で前線を離れ、後方の城を守っているのだ。
扉の前に椅子を持ってきて、そこに腰かけて居眠りしている。チャンスだ。今のうちに、そっとぬけだせば……。
ところが、足音を立てないよう細心の注意をしながら歩きだそうとしたそのときだ。とつぜん、うしろからポンと肩をたたかれる。
「ひゆっ」
「ヤダ。ひゆっだって。ひゆっ」
「なんだ。ソフィか。ジャマしないでよ。今、大事なとこなんだから」
「馬なんかつれて、どこ行くの?」
「どこだっていいよ」
「……悪いことしようとしてるね。わかるんだから。レルシャは嘘つけないんだもん」
「……」
早くしないと、ゾルムントが起きてしまう。二人の話し声を聞いて、「フガッ」と変ないびきをたてる。一瞬、目をあけたのでドキリとした。が、ふたたび、ゾルムントは目を閉じる。
それを見て、レルシャは口早に説明した。
「だから、ぼくは行くからね。ソフィがとめてもムダなんだからね」
てっきり反対されると思ったのに、ソフィアラはため息のあと、ニッコリ笑った。
「いいよ。ついてってあげる。あたしがいれば、兵隊さん一人ぶんの護衛がいるのと同じよ」
「ソフィ。ありがとう」
ソフィアラがいてくれれば百人力だ。そのへんのモンスターなんて、素手パンチで一撃だ。
舟をこいでいるゾルムントのよこを通りすぎ、二人は裏門をぬけだした。そこからは馬だ。まだ子馬だけど、子ども二人を乗せるのなんてわけない。草原をかけぬけると、クーデル砦はもうすぐだ。
「さ、ここまではかんたんね。でも、森のなかには魔物が出るから、気をつけないとね」
「うん」
「レルは何もしちゃダメよ? もし、魔物が出てきたら、あたしが倒すから」
「う、うん……」
女の子にかばってもらう自分がなさけない。しかし、反論はできない。じっさい、レルシャはろくに戦えないのだ。
草原はともかく、森のなかにはクーデルが魔物に支配されていたころの残党がまだたくさんいる。たいていはスライムやウサギのモンスターぽよぽよ、毛糸玉みたいなマユマユあたりだから、ソフィアラなら楽勝だ。
しかし、森のまんなかあたりまで進んだときだ。狩小屋が見えた。森にはモンスターではない動物もたくさんいるので、狩りをする者たちの休憩場所として建てられている。
「ソフィ。あそこで休もうよ」
「そうね。喉がかわいたね」
そう言って、なかへ入ろうとすると——
「待って」
とつぜん、ソフィにひきとめられる。
「何?」
「なかに、誰かいる」
窓の鎧戸は閉まっている。が、すきまに目をあてると、たしかに黒い人影があった。いや、違う。人間じゃない。あのとがった耳はエルフだ。