第二話『壊れ逝く日常』
前回のあらすじ
いつも通り学校をサボって商店街をうろついていた俺は皮肉にもこの能力を得た忌まわしい思い出の場所に向かう不審人物を見かけ、尾行を決意した。そいつは何をするわけでもなく空を見上げながら佇む。場所を変更して顔を見ようとした瞬間、そいつは煙の様に消えてしまった。
この時俺は気付けなかった。
音を立てて壊れていく日常と死神の足音に…。
『空き地』
~燐が立ち去った後~
それは廃工場のすぐ傍にある草むらで蠢いていた。
自分を追ってきた人間から逃げるためにこの姿になったが元には戻れそうに無い。
もう一度元に戻るためには何かエネルギー源になる物を取りこまなければならないようだ。
『それ』には思考という概念も無く、策を練る知力も無い。故に弱者。
だが『それ』が異形の物ならどうだろうか?当然、人間には危険極まりない物に成り得る。
『それ』は自らの影を裂き分身を生み出す。そして獲物に向かい飛翔した。
- RIN side –
空き地を後にして商店街を歩いている途中、俺はさっきの不審人物について考えていた。
(それにしても…あの不審人物はなんだったんだろう。冷静に考えてみれば幽霊とかの類は、
人間とはかけ離れてる姿をイメージしていたけど、全然違ってたし…。)
そんなことを考えながら時計を見ると、時刻は既に深夜の一時を過ぎていた。
遅くなると舎監には伝えていたがここまで遅くなるとは思っていなかった。帰ったら大目玉を食らうに違いない。明日も学校だし早く帰って寝なければ…。授業はサボるが…(笑)
< Pause >
- Another side –
前言撤回だ。どうやら彼は恋愛に鈍感だけでなく自分の命の危険にも鈍感らしい。
まあ人間というのは命の危険に皆鈍感だから仕方ないか…。たとえ自分に火が燃え移っても、それが『熱くて自分の命をも燃え散らせる』と真の意味で理解しなければ危険と判断できない。例外無く彼もそれだ。さて、今彼に危険が迫っているのだが…。一体彼はどうやって切り抜けるのか…。え?主人公だから大丈夫?何を訳の分からんことを…。
< Start >
- RIN side –
(くだらないことを考えすぎかな…。)
さっきのは幽霊の類だったと自己解決して帰りを急ぐ。舎監もさすがに心配しているだろう。それに、最近二つ隣の街ではあるが殺人事件もあったそうだし…。
怒られてもいいから事情を説明して、しばらく外出は控えようと思い住宅街を駆ける。
二分ほど走った頃だろうか・・・。不意に生臭い匂いが俺の思考回路を刺激した。
「な…んだ?」
それはどこかで覚えのある匂い。でも懐かしい物ではなく、不快しか生み出さない物。
胃から汚物が手を伸ばして、食道を這い上がってくるような錯覚に襲われる。
(思イ出シテハイケナイ!)
途端に俺の本能が叫んだ。この先を思い出したら危険なのだと。錯覚に囚われ、崩れる両脚。完全に倒れたら何かが終わると思い、歯を食い縛り何とか両腕で身体を支える。
身体はこんな状態なのに、俺の思考回路は抑止力が効かない。脳内に警報が響いて、今にも血管が切れて気を失いそうなのに、驚くほど冷静に記憶の鎖を一本ずつ壊していく。
そう。この匂いは…
(警告!ソレ以上先ニ進ムナ!戻レナクナル!)
アノ爆発事件ノ時二刻ミ付ケラレタ■ノ匂イダ…。
思い出した瞬間、眩暈と動悸は、俺の平常心を簡単に粉砕し、俺は胃から這い上がってくる何かに耐え切れなかった。どれだけ酸素を求めても足りず、声すら出ない。
視界は歪み、綺麗に舗装されているアスファルトでさえ今は汚く見える。
だがあの惨劇をもう繰り返したくない。その被害者が自分とは全く関係ない人物でも…。
その考えに至った途端に俺は錯覚から解放された。自分の身体ではないように身体が軽くなりその匂いの根源に向かい疾駆する。あれは事故ではない。
正真正銘の…『殺人事件』だった。
< Pause >
- Another side –
思い出してしまったな…。人間には『記憶から消える』事象は無いらしい。人間が生まれてから見てきたものは全て脳の中に蓄積されている。普段は思い出せないが何か鍵となる事象さえあれば善悪はともかくいつでも思い出せるそうだ。それにしても彼は厄介な物を思い出してしまったな…。思い出さなければ楽に逝けたというのに…。
< Start >
- RIN side –
何かから逃げるように俺は走り続けていた。実際は匂いの根源に向っているわけだが、必死に走っている姿は、周りから見れば警察から逃げている犯罪者の様に見えたかもしれない。まあこの時間は誰も外にはいないわけだが…。この街で生まれて今まで暮らしてきたが、この住宅街には入ったことさえなかった。親しい友人がいたわけでもないし、暇つぶしにこんなところを歩いていたら職務質問されかねない。だけど今はこの住宅街の構図が勝手に頭の中に入ってきている。
(あの角か…。)
五十メートルほど先に十字路がある。匂いの根源は左の方向から発生しているようだ。
俺は音を立てないように、慎重かつ迅速に壁に張り付き息を整える。この先はきっと見てはいけない。そんなことぐらい分かっている。誰にでもあるとは思うが、『見てはいけない』と理解しつつ『見たい』という好奇心が抑えられないという事があるはずだ。きっと今の俺もそんな状態だと思う。自分の頭の中で一瞬だけ冷静になり、匂いの根源を盗み見ようとしたその時だった。
(ベキ…ゴキン…クチャクチャ…)
異様な音が俺の耳に入ってきた。その音はまるで骨を噛み砕きながら血を吸い、肉を頬張る肉食獣の食事の音に聞こえた。しかも一つの音が聞こえてくるのではなく、それらの音が幾重にも重なって不協和音を生み出している。俺の脳に再びあの警報が鳴り響く。でもこの警報に従って引くことなどできるわけが無かった。人間の最も危険とされる『好奇心』から来る行動だからだ。俺は壁に身を預けながらゆっくりとソレを見た。
「…ッ…ァ」
最早声にすらならなかった。そこに居たものは…俺が思い出せる記憶の中でただひとつ思い出せる姿をしていたからだ。体中に微量の粘液を纏い人間の皮膚を剥ぎ取り筋肉だけにしてその筋肉を黒く塗っているが強靭に発達した身体。背中にある肩甲骨から発達している翼。手の爪は獲物を確実に捕らえ引き裂くために鋭利な刃物の様に発達し、確実に喉笛を噛み千切るアゴと牙とも呼べるほどに発達した歯。一言で言えば異形の者。
あの爆発事故のときにロッカーから見えた姿だった。
< Pause >
- Another side –
そんなことを考えている暇が有ったら逃げる事を考えれば良いのに…。ちなみに今彼の頭上に彼の言う『異形の者』が居て、食おうとしているのだが…。彼の場合は悪運が強いから何とかなるだろう…。
< Start >
- RIN side –
俺の大切な人達を奪ったことの怒りに震えながら奴らの食事を覗いていたときだった。何かが不意に頭上から何かが垂れてきた。それはメイプルシロップのように粘りがあり、甘い匂いをさせているが俺の制服を溶かしている。水を頭から大量にかけられたように一瞬で怒りが恐怖へ変化した。
「…こりゃ参ったな」
こんな時に毒づく余裕があったとは自分自身に驚きだ。頭上には『異形の者』が口と呼べそうな物を最大限に開けてヨダレらしい物を垂らしている。やはり俺は匂いを『追ってきた』のではなくこいつに『追われていた』らしい。散々逃げた獲物を今度こそ逃がすかと言わんばかりに『異形の者』が歓喜の雄叫びを上げ飛び掛ってくる。俺の人生もどうやらここまでらしい。十八年間、喪失と堕落を繰り返した人生だったが悪くはなかったな…。
『異形の者』はもう目の前だ…。せめて苦しまないように俺は全身の力を抜いた。
もうすぐ…そっちへ逝くよ。
向こうに行けば皆に会えるだろうか?
鬼ごっこやかくれんぼが出来るだろうか?
人見知りも直って友達できるかな?
皆でご飯を食べられるかな?
母さんに会えるかな?
砂の城を作れるかな?
母さんの笑顔が見れるかな?
(否!断じて違う!)
迫り来る『異形の者』を見据えて念じた。イメージするのは俺の命『煉獄の炎』。
俺から大切な物を全てを奪う要因になった『喪失の焔』。迫り来る奴の口内に爆発を『想像』し、その事象を『創造』する!
―其れは俺の命の根源『烈火』―
―全てを蹂躙する『紅蓮の沼』―
―人に安寧を与え続けた『希望の光』にして―
―全てを奪いつくす『絶望の闇』―
『是、全テ焦土ト化ス閃光《念動力解放 パイロキネシス》』
途端、小爆発の音と共に『異形の者』の下アゴから上が爆ぜて吹き飛んだ。その巨躯は人形の様に力が抜け俺から三メートルほど離れたアスファルトに肉が潰れる音と共に落ちた。
(冗談じゃない…。俺は『生きる意味』を見つけるために『生かされた』。
あの世で皆に会えるという誰も確認していない不確かなものに身を預けたところで、
何が残る?何を残すことができる?俺は逃げただけだ!
『俺には何も無い。正面から勝負したって敵うわけが無い』。
先のわからない未来に怯えて現実から目を背けただけだ!俺は生きる!
このまま死ぬわけにはいかない。こんなところで訳も分からないまま大人しく殺されてやれるほど俺はお人好しじゃない!奴等の正体が分かったのなら足掻いてやる…。徹底的に最期まで!)
< Pause >
- Another side –
これは面白くなってきた。自分自身を確立して能力を使うことに迷いが無くなったようだ。
今日の屋上の時とはまるで別人だな。人は何かの目標無しでは生きていけない生物だと考えていたのだが正にその通りだな。目標も無く生きている人間は死んでいるのと同意義だと彼を見ていると思い知らされる…。月の宴はまだ始まったばかり…。彼の今後はどうなるのやら…
< Start >
- RIN side –
さっきの音で食事中の奴等にばれてしまった俺は空き地に戻ってきていた。戻ってくる途中何体か倒して残るのはあと二、三匹。奴等は人間じゃないと理解できたから迷わずに済むがこれが人間なら俺には無理だろう。それにこの能力も代償無しに使えるわけじゃない。こういう能力を使う為には脳にそれなりの負荷がかかる。俺の場合潜在的に眠っていた物らしいからそこまでの負荷はないが今まで使ってなかったのが原因か身体全体がだるくなってきている。例えるならプールの中を走っているような感じだ。どれくらいか想像できたかな?
二十分後…奴等から逃げ切れたのか追って来ないことに気付いた。奴等は人間とはかけ離れた
『人狩』。俺に追いつく事ならすぐに出来たはずだが…。
一人で考え事をしていると背後からナイフで切り裂かれるような殺気染みた雰囲気が俺に向けられた。慌て て振り返るとそこにはさっきみた不審者が居た。何も語らずそこに立って俺を見る姿に俺は鳥肌が立った。
「お前は…さっきの…」
最初に動いたのは俺。そうしなければ殺気に耐え切れなかったのだ。声を掛けたのはいいが不審者から返ってきたのは予想外の拍手だった。
「人間風情が我々を相手によく頑張ったな…」
不気味に笑いながら不審者はゆっくりと近づいてくる。その言葉と行動でこいつは敵で、俺をこれから殺そうとしていることが理解できた。
< Pause >
- Another side –
ついに親玉と一騎打ちか…。なかなか見上げた度胸だが親玉が超能力程度で倒せると彼は本気で思っているのか?現状況で彼の弱点を説明しよう。
・能力を酷使しすぎれば脳に負荷がかかり場合によっては死ぬ。
・破壊力は確かだが爆発までには遅れが生じる。
・彼は人間である。
とりあえず大きな弱点はこの程度だろう。それを埋め合わせているのは彼の悪運だな。
さて、親玉相手に人間である彼がどう戦うのか…。なかなかの見物だ。
< Start >
- RIN side -
「うぉぉぉ!」
いつの間にか俺は獣のように吼えていた。パイロキネシスで奴の姿を確実に捉え爆発で追い詰めていた。許さない…。俺はこいつを…必ず倒す!皆はお前達が殺したんだ!
真夜中の空き地に小爆発の音が響く。この死闘を満月だけが見ていた。
< Pause >
- Another side –
どうやら復讐の念に囚われて冷静さを欠いているみたいだな。まあ無理もないか…。
あの時の犯人が目の前に居るのだからな。何の事かわからない?
そうか…。ならばお連れしよう…。九年前の彼の見たあの瞬間へ…。
-??? side-
ロッカーの中に閉じ込められたまま、とても大きな動物に体当たりされたみたいに皆と離れた場所に飛ばされてしまった。混乱していて冷静になれないし、身体中が痛くて動けそうにない。暗いのは嫌いだ。息苦しいし、冷たくて、寂しい。僕を支えてくれているのは曲がったロッカーの扉から少しだけ中を照らす小さな光だけだった。早く誰か助けてくれないかな…。
どのくらい時間が経ったのだろう。いきなりテレビに出てきた怪獣みたいな鳴き声と、必死に逃げている皆の叫び声が聞こえた。何が起こっているのか分からず、慌てふためく。
母親の事で不安定になっていた僕の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
ロッカーから見えた外は『地獄』だった。人間じゃない何かが泣き叫ぶ皆を次々と襲い、■していく。皆は人形のように力が無くなって動かなくなった。その何かは僕に気づかず皆の肉を食べて消え、僕はまた一人生き残ってしまった。
< Return >
ご覧頂けたかな?今のは、彼が『異形の者』と初めて接触した時の記憶だ。少々大雑把なのは許してやってくれ。本人からすれば閉じ込められたまま目を閉じる事さえ許されず、彼は目の前で奴等に全てを奪われたのだ。同情するわけではないが悲運なものだな。
< Start >
-RIN side-
親玉と戦闘し始めて二十分。念動力を使用しすぎた代償なのか、俺の脚は力を失い崩れていた。今は倒れないように、力の入る両腕で支えるのがやっとだ。思考回路も速度が落ちて、爆破するまでに時間がかかるようになってしまった。
「人間にしては頑張った方だな…。褒美をやろう。死ぬまで続く苦痛を受け取るがいい」
親玉は嘲笑しながら拍手を俺に送り、死神の様にゆっくりと近づいてくる。
「く・・・ッ」
俺が親玉に向けて発火しようとした瞬間だった。腹に違和感を感じて視線を下げる。そこには、鋭利な爪が、自分の背中から腹に向けて貫通している光景だった。食道から熱い液体がこみ上げ、逆流する。俺の背後には『人狩』が居た。腹に貫通したままの腕を高く上げ傷口から滴る液体を歓喜の声を上げながら美味そうに飲んでいる。どうやら楽に死なせてくれるわけではないらしい。刺さったままの腕を更に抉りこませ俺はそのまま地面に叩きつけられた。肋骨が肺に刺さったのだろうか?息をするたびに肺に激痛が走る。発火しようにも、念じる隙すら与えられず叩きつけられる。今俺の意識を繋ぎとめているものはこいつらに対しての『復讐の念』と『憎悪』。これを確立している限り俺は死ぬわけにはいかないのだ。
< Pause >
- Another side –
絶体絶命というやつか…。並の精神ならばもう死んでいるのだが…。その強情さだけは敬意に値する…。ふむ…。気まぐれに少々手を貸してやるか…。
―『標的確認』…『目標射程範囲内』―
―軌道誤差修正…『装填』―
―『射出準備完了…《 Are you ready? 》』―
『死鎌ヲ穿ツ絶対ノ槍』
< Start >
-RIN side-
『人狩』は俺で遊ぶのが飽きたのか、心臓を貫こうと鋭利な爪を更に伸ばして俺の心臓に狙いを定めた。いくら確立されたものがあっても心臓を貫かれたら終わりだ。しかし俺には抵抗するほどの力が無かった。叩きつけられ、引きずられては、また叩きつけられる。
自分の弱さがつくづく嫌になる。強くなっても面倒なだけだが強い方が弱いよりかは面倒ではないはずだ。強くなりたいと本気で思った時が殺される時とは呆れてしまう。
そう思った瞬間、俺は地面に落とされた。叩きつけられたのではない。突然の出来事についていけないが『何か』が『人狩』を貫いたのだ。当然驚いているのは俺だけではない。親玉も俺から見ても分かるほど動揺していた。
「まさかこんな時に目覚めたというのか?」
焦ったように親玉は俺に止めを刺そうと走ってくる。
一瞬冷静になれた俺には親玉の姿がスローモーションに見えた。
― 距離は二十メートル。念動力を確実に急所に当てるためには『何か』が必要―
―『何か』は俺の中にあるものであり、俺はそれを引き出さなければならない―
理解した。いや…最初から理解していたのだ。
霞む意識の中、何かを確信した俺は、理解したままを口にしていた。
― 其レハ戒メノ鎖、古ヨリ来タル呪イノ刃 ―
― 我ガ呼ビカケニ応エ、具現セヨ―
『凍テツク断罪ノ槍《アルナス:ボルグ》』
唱えた瞬間、身体から体力が搾取され、俺の背後には四本の槍が浮遊していた。純度が高すぎて光は屈折せず直進している為、普通の人間にはあることさえわからないだろう。
俺は何かに操られるようにその浮遊した槍を親玉に放った。その速さは光によく似た物だった。槍は親玉に見えていなかったのか、四肢に問答無用に突き刺さり、廃工場の名残である壁に叩きつけ、固定された槍から氷の刃が飛び散り磔の状態。その姿は公開処刑の罪人そのもの。すかさず俺は残る力を最大限に駆使して唱えた。
―其れは俺の命の根源『烈火』―
―全てを蹂躙する『紅蓮の沼』―
―人に安寧を与え続けた『希望の光』にして―
―全てを奪いつくす『絶望の闇』―
『是、全テ焦土ト化ス閃光《念動力解放 パイロキネシス》』
頭、喉笛、鳩尾、正中線に沿った三つの急所に念を込め、歯を食い縛りながら念じる。
季節の変わり目、寒さの中にまだ少し夏の夜の匂いが混じる満月が綺麗な夜のことだった。
『次回予告』
目が覚めるとそこは見慣れない部屋だった。
俺の住んでいた世界とはまるで違う世界。
どうやら俺は死んだらしい。
え?死んでない?
じゃあここはどこなんだ!?
次回 フォーチューン第三話
『平行世界フォーチューン』