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7.動く死体

「――シネエエエエエエエエエエエエエッ!」


 亡くなったはずの侍女、明鈴は獣のように叫びながら剣を両手に魁閻に襲いかかってきた。

 脳天目がけて振り下ろされるそれを間一髪で交せば、剣は深々と床を抉っていた。


「死んだはずの者が何故動いている!」

「明鈴は私が死を看取り、その魂は天へ召された。だが、空っぽの体は火葬されるまで無防備となる。そこを狙われたのだ!」

「何者かが彼女を操っているということか!」

「話が早くて助かるぞ、魁閻!」


 魁閻が紫苑の元に近づけば、床に突き刺さった剣を抜いた侍女が二人の元へ走り寄ってくる。


「皇子、こちらを!」


 窓辺に予備の剣を取りに行ったマオが、魁閻に向かってそれを投げる。

 見事魁閻はそれを掴み取り、紫苑の前に立つと重い剣撃を受け止めた。


「――っ、中々にいい太刀筋だ」

「いいぞ魁閻! そのまま抑えておけ!」


 女とは思えない程の攻撃の重さだが、操り人形となった死体には知性はなかった。

 目の前にいる魁閻ただ一人を狙い何度も何度も剣を振り降ろし続ける。

 その間に紫苑は彼から離れ、袖口から長針を取り出すと明鈴に向かって投げた。


「――ぎゃっ!」


 それは見事彼女の眉間に深々と突き刺さった。

 潰れたような悲鳴を上げ、それは立ったまま膝からかくんと後ろに倒れ仰け反っていく。


「っ、やった……のか」


 猛攻を防いだ魁閻は痺れる手を振りながら、明鈴を見る。

 彼女は仰け反り固まったままぴくりとも動かない。


「紫苑様。今のうちに早く火葬場に連れて行ったほうが良いのでは」

「否。本番はここからだぞ。二人とも、心してかかるが良い」


 すると紫苑は明鈴の元へ歩み寄る。眉間に刺さった針に右の指先を宛てると、左手で胸の前で印を結び呪文を唱えた。


「不愉快な死の冒涜。誤った死へ導くのが尸蟲なれば、空の死体を操るのもまた……尸蟲だ」

「まさか……」

「針を抜くぞ。絶対に、逃がすな!」


 そういうなり紫苑は針を抜いた。

 すると間歇泉のように明鈴の眉間から黒い煙が勢いよく吹き出してくる。それは部屋の天井を覆うほどに広がり、徐々に徐々に形を成していく。


「これは――」


 目の前の光景に、流石のマオも息をのんだ。

 そこに現れたのは人二人分はありそうな大きな黒い蜘蛛。それが吐き出す糸の先には明鈴の両手足が結びつき、操り人形の用にだらんと体を凭れている。


「なんだこの巨大な蟲は」

「呪いだよ」


 天井を見上げる魁閻に、紫苑は当たり前の様にそう答えた。


蟲師(むしし)という、尸蟲を専門に扱う呪詛師がいる。蟲師は外に出た尸蟲を飼い慣らし、彷徨う魂を呼び寄せては空の器に無理矢理ねじ込み人を呪うのだ」

「では、あの尸蟲が俺たちが探していたもう一つの魂ということか」

「左様。だが、相手は蟲師が飼い慣らした尸蟲。踏み潰せば終わりというわけではないぞ」

「何か策はあるのか!」


 うむ、と紫苑は頷く。


「あれは彷徨える魂。ならば、私が看取ってやらねばならぬ」


 すると紫苑は懐から取り出した札を投げた。

 それは部屋の四方の柱にぺたりと張り付き、青い光を浮かび上がらせる。


「奴を天に召すまでは時間がかかる。そうして私も呪文を唱えるまでは無防備となる」


 さらに紫苑は針で指を指すと、ぷくりと流れ出た血で床になにやら陣を描きはじめた。


「魁閻、マオ。それまで時を稼げ。奴をここから出せば、呪いは広がり皆死ぬぞ」

「時を稼げば、お前はアレを倒せるのだな」

「うむ。そしてその呪詛師、ひいては黒幕まで引きずり出せるであろう」


 魁閻に見つめられた紫苑は力強く頷いた。


「――っ、致し方あるまい。力を貸してくれマオ!」

「承知致しました。この命に代えても」


 跪く紫苑の前に立ち塞がるように剣を握る魁閻、そして短刀を構えるマオが立った。

 こうしてまた長い長い夜がはじまろうとしていた。

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