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後宮の死神は死を愛でる  作者: 松田詩依


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10.命の蝋燭

「――魁閻」


 声がした。


「――ここは」


 魁閻が目を開けると、そこは一面の闇だった。

 暗い空間の中央に彼はぽつんと座っている。


「魁閻」


 もう一度声がした。

 先程まで誰もいなかったはずなのに、向かい合うように紫苑が座っていた。


「紫苑。ここは一体どこだ」

「ここはお前様の中」

「俺の中?」

「お前様の刺青は体覆いつくし、死の呪いは体から溢れだした」

「それはつまり――!」


 立ち上がろうとした魁閻を紫苑が制す。


「否。まだその寸前だ。呪いが解き放たれる寸前で止まっている」

「俺にどうしろというのだ」

「彷徨っていた二つの魂の一つは、尸蟲共々滅ぼした。残りは一つ」

「母上の魂か」


 紫苑がこくりと頷く。

 そして彼女は真っ直ぐと指を指した。


「それは、今お前様の中にある」

「俺の中に……?」


 紫苑が手を叩けば、魁閻の胸の中から青い炎が灯った蝋燭が現れた。

 蝋燭はとても短く、炎は今にも消えそうだ。


「これは最初から仕組まれていた。お前様の両親、魁劉と芙蓉の二人によって」

「どういうことだ」

「お前様を守るため。そして、お前様を王にするためだ」


 紫苑の表情は上手く読めなかった。

 すると目の前の炎が揺らめきはじめた。


「時間がない。企みに関しては夢から覚めてから実の父に直接聞くと良い。今は呪いの解呪が先だ」

「呪いが解けるのか!」

「母は毒にやられたお前様を守るために自らの命を犠牲にして、守りの呪いをかけた。息子に害なす物を跳ね返すために、自らお前様の中に入るという禁忌を犯したのだ」

「禁忌とは――」


 紫苑は悲しそうに魁閻の前で揺れる炎を見つめている。


「お前様は本当は、毒を飲んだ時に死ぬはずだった」

「な――」

「魁閻。お前様は、死ぬべき時に死ねなかった。私と、同じように」


 だが、と紫苑は更に続けた。


「……だが、それと呪いは別だ。それは解かねばならない」

「どうすればいいんだ」


 すると紫苑は一本の蝋燭を取り出した。

「その蝋燭の炎を私が持っている蝋燭に移せ。さすれば、お前様の魂は母から離れることができる」

「それだけでいいのか」

「……失敗すれば、死ぬ」


 その言葉に魁閻はぴくりと肩をふるわせた。


「魁閻が助かるか、後宮に暮す全員が死ぬか……二つに一つだ」

「……酷い、重圧だな」


 魁閻は恐る恐る蝋燭に触れた。


「案ずるな。どうなろうとも、私は最期まで見守っていよう。それが死妃の勤めだからな」


 ふわりと微笑むと、紫苑は魁閻に蝋燭を渡した。

 魁閻は小さく息をついてゆっくりと火がついている蝋燭を傾けた。


「――っ」


 汗が流れる。

 ただ蝋燭から蝋燭に火を移せばいいだけという話。だが、手が震えて仕方がない。

 これが消えれば、失敗してしまえばみんな死んでしまう。その重圧が更に魁閻の不安を駆り立てる。


「落ち着け。お前様ならできる」


 蝋燭を傾ければ蝋がぽたぽたと垂れていく。

 焦れば焦るほどに手が震えて、狙いが定まらない。


「――落ち着け。大丈夫」


 紫苑の声が聞こえる度に心が安らいだ。


「非日常で緊張するから駄目なのだ。よし、話をしてもいいか」

「……突拍子もないことをいうのだなお前様は。まあよいだろう」


 紫苑は驚きながらも魁閻の言葉を待った。


「さっき、紫苑は「私も同じ」だといっていたな。お前も、死ねないのか」

「いきなりそれを聞くか。そうだな……無事、お前様が生きていたら教えてやろう」

「ふっ……意地悪な死神だ」


 その会話で魁閻の緊張は解けた。

 魁閻は静かに息を止め、見事に新しい蝋燭に火を移した。


「これで、よいのだな」

「嗚呼。上出来だ――では」


 紫苑がぱちんと手を叩けば、再び目の前は暗転した。

 そこに残るは短い蝋燭。そこに灯されていた青い光がふっ、と消えたのであった。

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