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後宮の死神は死を愛でる  作者: 松田詩依


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9.呪いの正体


 黒い蛾はひらひらと飛んで行き、二人を呪詛師の場所へ導いていく。


「――ここは」


 魁閻の寝殿を離れ、森を抜け、それはぽつんと佇む建物の中へ入っていった。


「人の縄張りに巣喰うなど、いい度胸をしておる……」


 そこはなんと紫苑の巣である黒葬宮であった。


「……ここに呪詛師がいるのか」

「恐らくな。私をここから出すのが目的だったのか……まあ、とにかく行くぞ。まだ体は持つか」


 少し不安げに紫苑は魁閻を見た。

 肩に回された腕は熱く、魁閻の呼吸も短い。道中で止血はしたが、両肩の血は止めどなく流れ続けている。


「俺が死ぬのが先か、お前が呪詛師を倒すのが先か……だな」

「馬鹿いえ。お前様が呪詛師を倒すのだ。それに、お前様が死ねば私も死ぬこととなるだろう」


 軽口を叩けるなら大丈夫だな、と紫苑は苦笑を浮かべ魁閻を支えながら黒葬宮に入った。

 扉を開けると部屋は暗闇に覆われていた。


「まさかお前様が呪詛師だったとはなあ。跡目争いまでよくぞ上手く身を潜めたものだな――香笙」


 紫苑が手を叩くと、魔術でも使ったかのように壁一面の照明に青い灯が灯された。

 部屋の最奥。寝台には大柄な人影が寝転んでおり、その傍には先程ここに侍女を連れてきた筆頭女官の香笙が座っていた。


「お早いご到着で。待ちわびておりました、死妃様。魁閻皇子」


 蛾は香笙の指先で羽を休めた。

 先日の従順な彼女はどこへやら。筆頭女官は偉そうに紫苑に支えられる魁閻を見据える。


「随分と酷い有様ですね。皇子あそこで死ねれば、苦しむこともなかったでしょうに」

「俺に死なずの呪いをかけたのは貴様かっ!」


 魁閻が叫んだ拍子に口から血が零れた。

 否、咳き込む度にどす黒い液体がびしゃびしゃと床に落ちた。


「な――」

「尸蟲の毒か――どこまでも姑息な真似を」


 跪く魁閻の背を摩りながら紫苑はきっと香笙を睨む。


「まったく呪詛師というものはどこまでも死を冒涜する腹立たしい存在だ。そこまで魁閻の死を望んでおるのか」

「人聞きの悪い。我らはあくまで仕事で人を呪っているのです。私個人は皇子の死など望んでおりませんよ」

「――よくほざく」


 香笙の笑みが癪に障ったのか、紫苑は前にかざした手を思い切り握りつぶした。

 すると彼女の指に留まっていた蛾がぐしゃりと潰れ、青い蝶となり外へひらひらと飛んでいってしまった。


「おやおや、魂を解放してしまったのですか……勿体ない」

「これ以上、彷徨う魂を苦しめるな。これで残る魂は一つ――貴様の依頼主はそこに寝ている者か?」

「左様。これまで皇子を襲い、呪いをばらまいたのは全て彼の差し金です」


 にやりと笑い、香笙は寝台から降りそこに横たわっている人間の姿を見せた。


「――父上」

「やはり」


 そこに横たわっていたの魁閻の父――現皇帝の魏魁劉(かいりゅう)だった。

 驚く魁閻とは対照的に紫苑は落ち着き払っている。


「おや、驚かないのですね」

「ああ。帝が倒れたとは聞いていたが、一向に私の元に現れないのでな……なにかあるのではないかと、ずっと探っておった」

「ほほぉ、死妃様は全てお見通しだったということですか」


 二人が会話を続けている中で、魁劉は目を閉じたまま動かない。


「父上は死んでいるのか」

「いや。まだ死んではいない。彼は次の帝を決めるまで、()()()()のだから」

「どういうことだ――」


 香笙の代わりに紫苑が答える。


「さて、長話も飽きてきましたし……そろそろ終わりにして差し上げましょうか」


 すると香笙は懐から小刀を取り出すと楽しそうに手でくるくると弄んだ。


「魁閻皇子の死なずの呪いはまだ完成していない。いよいよ呪いの最終段階です」


 香笙は帝の真上で小刀を振り上げた。


「なにをするつもりだ!」

「ふふふふふ、これで死の呪いは完成する。魁閻皇子、恨むのであれば貴方様を産んだ母上を、そして貴方を殺そうとした父上をお恨みになってください!」


 香笙は狂喜の笑みを浮かべながら、帝に向けて思い切り刀を振り下ろした。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 魁閻は父に向かって手を伸ばし、声が枯れるほど叫んだ。

 父、と呼べるほど指折り数えるくらいしか会ったことはなかった。直接言葉を交したことも、数度しかない。

 けれど、微かに覚えている記憶がある。


『魁閻』

『愛しい我が息子。お前はきっと偉大な男になるぞ』


 一度だけ。たった一度だけ、母と父が共にいた。

 普通の家族のように、魁閻は父の膝に跨がり、隣に母がいた。たったそれだけのことが、魁閻にとっての幸せだった。

 王なんて興味はない。ただ、これ以上目の前で大切な人が死ぬのは嫌なのだ。


 その願いに呼応するように、魁劉の目がかっと開いた。


「――よく、やってくれた。感謝するぞ香笙」


 その声は魁閻とよく似ていた。にっと笑う帝の胸には香笙が振り下ろした刀が深々と刺さっている。


「これで、我が呪は完成だ」

「――ぎゃあああああああああっ!」


 その瞬間、悲鳴が響き渡った。

 目の前で香笙が紙のようにちりちりと燃えていく。彼女は青い炎に包まれ、骨も遺さず消えていく。


「そうか……魁劉、お前様は最初から!」


 紫苑がそう叫んだ瞬間、視界は暗転した。


 暗闇の中、魁閻が一人立っている。

 彼の体は青白く光輝き、彼の体から刺青が溢れだす。櫟と蛇の紋様が世界を覆うように不気味な光を放ちながら溢れだした。



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