木を切っただけじゃあ家にはならないよな
クラスメイトと感動的な? 別れを済ませた俺はローブの男たち二人に連れられ王国の外へと繋がる門の前へ到着した。
「それではこれより我らは、お前が何か悪さをしない限り一切干渉することはない。くれぐれも面倒ごとを起こすのは勘弁してくれよ」
乱暴に俺の背中を押しながら男は言った。
「スキルを持った男を何も持たせず野放しにしたほうが治安に良くないと思うが。せめて一食分のお金くらいくれてもいいんじゃないか」
今日の俺は良く喋る。崖っぷちなんだしそれもそうか。
「がっはっは。【木こり】なんて、力のある人間なら誰でもなれるんだよ」
俺を突き飛ばした男は腹を抱えながら笑う。
しかしもう一人の男は少しだけ考えながらポケットから何かを取り出した。
「とはいえスキルには正直我々もまだわかっていないこともある。それに木材はあると言ってもそこらじゅうの樹木を伐採されるのは困ったものだからな。……しょうがない。これは国からではなく私個人として君に渡すことにしよう」
男から手渡されたのはパンのような物が3つ入った袋だった。かすかに小麦粉のような匂いがし、そういえば朝食から何も食べていないことを思い出し腹が鳴った。
「いいのか。これで処刑なんてなっても呪ったりするなよ」
「そんなことにはならないから安心しろ。捨てるはずだったものをお前に押し付けただけだ。俺はグルメだからな。そんな不味いものを口にするつもりはない」
普通に考えれば腹立たしいこいつの態度も、なぜか今の俺からしたら神からの施しのごとくありがたいものだった。あまりの空腹で変なキノコでも食べてお陀仏になんてこともあったかもしれない。
「あんた、名前は?」
「お前なんぞに名乗るつもりはない。とっとと出て行け」
なんだこいつ。やっぱり神なんかじゃなくて悪魔だった。まじでこの周りの樹木全て伐採してやろうかな。
二人に誘導され門の外へ出ていく俺。当然振り返ったところで彼らが手を振っているわけではない。とっさに踵を返し待ちの中へと戻っていった。
「ふざけやがって」
俺はぎゅうっと左手の拳を握りしめる。一人になった途端とてつもない怒りが湧き出てきた。
何度もいうが勝手に呼び出しておいてこの冷遇ぶりはなんなのだ。そしてこの世界についてわからないまま、そろそろ夜になるっていうのに王国から追い出され手に持つのはパンが3つ。
これはモブにしては散々な状況だ。普通モブっていうのは中間ランクーーここでいう星印がないメンバーーーに属されてそれ以降は出番がないはずだろ。これではあまりにも不遇すぎるではないか。しかも、じゃあ不遇キャラという個性なのかと言うとそうでもなく、キャラというのは誰かから評価されて初めて形をなすものなんだから、同じ条件下にいるクラスメイトと今後会うこともなければ俺のキャラなんて無いに等しいのだ。なんか知らないけど初日に国から出ていったやつ、なんて一週間もすれば忘れる。
俺は走り出した。ここでそんなこと考えても時間が無駄というのもそうだが、このどうしようもならない怒りを発散するために体を動かしたかったからだ。
幸い門の先は整備された道がずっと続いている。周りには街灯のようなものが置いてあるからここを通っていれば暗くて何も見えないなんてこともないだろう。左右は森のように木々が生い茂っているが魔物が来ないことを祈るしかできない。【木こり】といえども斧があれば戦えるのだろうか。斧なんてないけど。
「はあっ! はあっ! ……きっつ!」
五分もしないうちに息切れがひどく体が重くなってきた。運動部どころか部活なんて参加しなかった俺だ。さすがに登下校の徒歩だけではこれくらいが限界なのだ。俺は走る足を緩めてゆっくりと歩くことにした。後ろを振り返ると王国の門はまだ大きく目に映る。
「これからどうすればいいんだろ……俺」
怒りはなくなりつつあるが今度は不安が押し寄せてきた。いつも無しかなかった俺の感情がぐるぐると色々なものに移り変わっていく。
とりあえず生きるのに必要なのは水と食べ物と火だ。その後に住む場所と着替えも欲しい。食べ物は持っているパン3つでどうにか繋げるとして水を確保するのが優先だろう。
「となると森の中も散策した方がいいのかな」
この道をずっと言った先に川でもあればいいのだが、こんな緑が生い茂る森の中の方が見つけやすそうな気がする。もちろん夜になって探索はしないが明日の朝になれば危険も少なくなるだろう。夜を越せればの話だが。
「ちなみに【木こり】のスキルってのはどう使うんだ?」
そもそもスキルという概念がよくわかってない。ゲームのように一定のMPを消費してなにかができるのだろうか。しかし【剣聖】や【聖霊使い】のようにどちらかというと職業についてをここではスキルと呼んでいる。となると【剣聖】が剣技を使い邪を断ち切ることが得意になるように【木こり】は木を切るということが得意になるということなのだろうか。なにかを消費して伐採するのではなく伐採すること自体が得意になるということ。
試しに切ってみようか。王国の近くでやれば面倒になりそうなのでもう少し離れたところで、比較的成長していない小さな木を見つけて伐採することにしてみた。
「斧なんてないけど手刀みたいに……流石にないか。……木の枝が勝手に斧として認識してくれるなんてことになるのかな」
若干のワクワクを感じながらそこらへんに落ちていた木の枝を使うことにした。普通なら伐採なんてできるはずもなく木の枝が折れるだけだろう。
俺は思いっきり構える。
「せーのっ!」
ブンッ!!
ありえない感覚だった。これまで生きてきた経験として、樹木と枝がぶつかる瞬間に少しばかりの抵抗を感じそのまま枝が折れて振り切りるというのが想像した流れだった。しかし今起こったのはそうじゃなく、初めからそこには何もなかったかのように木の枝は折れることなく振り切ることができてしまったのだ。
ズズズ!
そして樹木の方はというと、ちょうど自分の真正面の部分から綺麗に横へずれていった。前に日本刀の切れ味を試す際に藁のような棒状のものをスパッと斜めに切断した動画を思い出した。まさにあれと同じ現象が起こっていたのだ。
「わあぁっ! 危ないっ!」
ドサッ! ザザザザッ!
見事に伐採した樹木が隣接する枝や葉とぶつかりながら音を立ててこちらの方向に倒れてきた。それを間一髪のところで避けると、枝を持ったまま切り株の方を見る。
「すげえ、めちゃくちゃ綺麗に切れてるじゃん」
何度も斧を叩きつけたというよりも包丁で豆腐を横に切り分けた時と同じくらいフラットな表面だった。
これがスキル【木こり】の力なのか。得意になったというレベルではない。こんな簡単に木を切れるなんて俺の世界の機械でもできないんじゃないか。
「もっとやってみたいな」
新しく手に入れた力に俺の心は踊っていた。どんなに地味なものでもこれまでできなかったことができるようになるのは嬉しいものだ。モブな俺にとってあまり感じることのない感覚に自然と体が動き出す。
次は今倒したこの木を半分にしてみる。うまくやれば簡単な小屋くらいは作れるかもしれない。暇な日にガチサバイバルの動画を一日中見漁っていた俺ならそれくらいは作れるだろう。まさかポテトチップスを食べながら眺めていたあの瞬間が現実になるとは思わなかったが。
ポキッ!
しかし結果は木の枝が折れるだけだった。本来はこれが正しい現象だが、スキルの力を目の当たりにした後となると不可思議なことに頭を悩ます。
「どういうことだ……?」
【木こり】は木を切るんだろ。だからさっきと同じようにスパッと両断できるのではないのか?
「クールタイムみたいなのがあるのかな。それとも木の枝はもう使えないとか……?」
試しにもう一度木の枝を拾って両断しようとした。しかし結果は同じで枝が折れるだけ。それならばと近くに生えていた自分と同じくらいの高さの若木を別の木の枝で切断してみたらこっちはうまくいった。その後に倒れてきた若木をもう一度両断しようとしたらやっぱり枝が折れるだけだった。
もしかしたら別の条件があるかもしれないが、これらの結果から俺は仮説を立てることにした。
「地面から生えている木は切れて、地面から離れたらダメなのかな……。う〜ん、微妙」
いらないだろそんな制限と言いたくなる。一度切ったらあとは誰かに加工を依頼するしかないということなんだから、結局このスキルをもらったところで他人が輝くための裏方ということじゃないか。モブはどこに行ってもモブというのがこの世界からのメッセージなのか。
「これじゃあ家なんて夢のまた夢だ」
いい加減俺の思い通りになってほしい。木本くんが言っていた俺つえーでハーレムなんてできなくていいから、せめて普通に生活ができるくらいことが運んでもいいではないか。そんな前の世界では悪行を重ねていたわけではないぞ。
やけ食いならぬやけ伐採をしてやろうかと構えたところだった。ちょうど両断してやろうと思った樹木のさらに向こう側に人影が見えた。俺がそのことに気付いたとわかるとそれは姿を表す。
それは俺よりも小さな少女たちだった。確実に日本人ではないブロンズの髪色と青色の瞳がはっきりと確認できる。こんなところで知らない人に会った恐怖よりもその綺麗さが俺の時を止める。
「あんた……、その木、いらないの?」
そんな俺を現実に連れ戻したのは、二人の少女の中で背の高い方の高圧的な声だった。
「え……木……? どれ……?」
「はぁっ!? あんたの横に転がってるやつよ。さっき切り落としてたや、つっ!」
そいつが指差した方を向くと確かに先ほど伐採した木が転がっていた。なるほどこの木が欲しいということか。突然の出来事だったのでこんな簡単な言葉も理解できなかったなんて。
「お、お姉ちゃん〜。あんまり刺激しない方がいいよぉ……」
小さい方が泣きそうな声で間に入ってくれる。
その言い方だと彼女たちから見て俺は乱暴な強盗にでも見えているのだろうか……。
「フィーネは黙ってなさい……! ねえ、あんた旅人かなんかでしょ。それで宿に泊まるお金がないからこんなところで野宿しようとしてるんでしょ。その丸太をくれれば一晩くらい泊めてあげてもいいわよ」
「えっ……?」
今度の言葉は理解できた。理解した上でなおこんな反応しかできなかったのだ。
泊めてくれるだと……? この少女たちの家に……?
なんだこのイベント。モブなんかにはもったいないぞ--。