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異世界転生したけど何も変わらなかった

「次が最後の転生者になるのか」


「はい。今度の転生は大成功のようです。すでに【剣聖】と【付与魔術師】、その他にも様々な役に立つスキルが転生者たちに付与されております」


数人の黒いローブを身にまとった男たちの中心には、この世界には見覚えのない衣類を着た若者達が倒れていた。


その光景を上から眺めているのは【王都エルシオン】の国王。


「うむ。できれば最後の転生者には【大賢者】のスキルが有ればいいのだがな」


彼がそうつぶやくと同時に最後の転生者とやらが姿を表す。


大勢の上級魔法使いによって展開された転生魔法とは王都で開発された魔法である。転生によって世界と世界の狭間を経由することにより、本来存在しないはずの空間を移動する際に用いられたエネルギーがスキルという力となって転生者に宿すことができる。しかし完全に使用するには莫大の魔力を必要とするため、ただ呼び出せばいいというわけではない。確実に成功させなければいけない理由がこの世界にはあるのだ。


「次こそ魔族共を全滅させてやるのじゃ。なんとしても儂が魔族絶滅を成した国王として名を刻まなければならんのじゃ!」


「最後の転生者のスキル発現を感知しましたっ! ……こ、これはっ!?」


水晶玉が光だし文字が浮かぶ。それを読んだ者のあまりにも驚きを隠せていない様子に国王の気持ちが高ぶる。


「どうじゃ、【大賢者】か? それとも2人目の【剣聖】でもいいぞ」


「そ、それが……その……」


「もったいぶるな! 処刑するぞ!」


「き、【木こり】です……! 間違いなくハズレスキルです!」






中学1年生くらいからだろうか。他人から見て自分がどのポジションに居るのか理解し始めたのは。


声が大きい人。足が速い人。勉強ができる人。みんなに好かれる人……。そんな個性が見えてくる時期、俺は、なにものでもないただの人間なんだなとふと気付いてしまった。誰しもが誰かに良いように見られているはずなのに、自分を良く見てくれる人はこの世界にいるのだろうかと、その瞬間にだけ絶望したことがある。


もちろん悪いイメージというのも俺から言わせればいいほうだ。陰キャ。オタク。ガリ勉。これらは個性として成り立っているためそれだけで立派なものだ。ゲームにもデブでオタクなキャラクターには名前がつくが、ただ主人公がストーリーを進めるだけに存在するキャラクターには名前なんてない。そして一通り遊び終える頃には存在そのものをすっかり忘れているだろう。


なんとかしたい。せめて〇〇な人だったよねって記憶の片隅でもいいから覚えてもらいたい。そんなことを考えだしてからもう3年以上の月日がたった。高校2年生の夏。次の授業が始まるまでの小休憩の間、いつものように机に突っ伏しながら時間を過ごしていた。


「修学旅行、韓国行きたかったな~」


そんな声が教室の何処かから聞こえた。この声はクラスで一番人気のある女子である佐藤莉々花(さとうりりか)さんだろう。


「男子たちが沖縄にしなければ行けたのにぃ。初めてだからすごく楽しみに――」


「韓国行ったって俺等は楽しくねえって。それよりも海だろ、海!」


いつものように大きい声で話を遮ったのは野球部の小俣春樹(おまたはるき)君だ。「いいねぇ」と彼の意見に賛同するように他の男子生徒の声がちらほら。


「いやいや海なんて日焼けするだけで良いことなんかないって。ね、愛もそう思うでしょ」


「ん~、別に。てか海なんていかないし」


そっけなく返したこの声は学校で高嶺の花とされている東城愛(とうじょうあい)さんだ。


「莉々花、もう忘れたの? 私達はパインジャム作りに行くって決めたでしょ」


笑い声がまじりながらのこの声は生徒会役員である一ノ瀬遥香(いちのせはるか)さんだ。


「え、お前ら海行かないの? なんだよぉ、つまんねえの。水着着ろって」


「はっ! お前らに見せるわけねーだろ。男子だけで一生泳いでろ」


「うるせ」という小俣君の声で会話は終わった。


なにもない、いつも通りの教室だ。いわゆるクラスの一軍と思われているメンバーが大きな声で会話をし、それより下の連中はヒソヒソと自分たちの話題で盛り上がっている。俺のように1人でいるやつもいるが、そいつらだって休み時間にもなれば友達と楽しく会話している。その時も俺は基本的に一人だが。


陽キャでも陰キャでもない俺はまさにモブだ。何年後に実施されるだろう同窓会に参加したところで、待っているのは誰だっけ?という微妙な空気。下手にイジれず、そもそも会話しようとも思われない困った存在。いや、そもそも呼ばれるかすら怪しい。


そんな俺にとって修学旅行ほど困った行事はない。普段は登校から下校までで終わることが、1日中しかも3泊4日過ごさなくてはならないものだから心身ともに参ってしまう。

人生で一度きりの修学旅行だが楽しめる自信はない。こういうときのためになにかできることはないかと考えてはいたものの、結局答えなんてでなかった。ただひたすらに時間だけが過ぎ、そして何もできなかった自分が情けないと思いつつも後悔を感じることはなかった。だから今も机に突っ伏して次の授業を待っているのだ。


「あ、あの……」


その声が自分に向けたものだったということが理解できなかった。モブに話しかけるやつなんてゼロに等しい。たまに消しゴムを落としてしまったときに微妙な空気のまま拾ってくれる優しい同級生が「どうぞ」と言ってくれる程度だ。そして今は何も落としていないからそんなイベントは発生しないはずだ。


「あ、明くん……」


そう俺の名前が呼ばれ、ようやく声の主が自分を呼んでくれたことを理解した。

聞き慣れない女子の声。初めてかもしれないビッグイベントに心臓の鼓動が早くなった。気持ち悪いほど背中から汗が湧き出るのが伝わってくる。


俺はなんとか冷静さを装いながら顔を上げた。モブにとって片手で足りる数しかないチャンスを逃すわけにはいかない。普通に受け答えできるやつだってことを認識してもらわなければ。


「これ、修学旅行のしおり、なんだけど」


そこにいたのは眼鏡をかけた女子生徒、葛城玲奈(かつらぎれいな)さんだった。


「後ろの人にも配って、くれる?」


そう言って【みんなで創る修学旅行】と書かれた小冊子を手渡ししてくれる彼女。3つくらい前の席に座っているはずなのにわざわざ俺のところまで持ってきてくれたことに一瞬だけ嬉しさを感じたが、間の生徒たちは一軍生徒のほうに集まっているため仕方なく彼女が持ってきてくれたことをすぐに理解する。


「う、うん……わか、った……」


最後の方は聞こえていたのかと自分でも疑問に思うくらい小さな声だったと思う。

最近親以外の人と話すことなどめったにないものだからどのくらいの大きさが教室内に適しているのかわからなかった。


「ん、ありがとう」


男というのは単純なもので、このような会話をするだけで心が踊ってしまう。正直なところ葛城さんのことは前から気になっていた。クラスの中では決して上のポジションに居るわけではないが、隠れ人気の高い女子生徒だった。学年一の美女と名高い東城さんと葛城さんの両方から告白されたとしたら俺は葛城さんを選ぶと思う。


と、無意味な思考を巡らせていると、葛城さんの視線に気づいた。


「明、くんてさ……修学旅行――」


「な、なんだこれ、わあぁっ――!」


呼びなれない言葉を口にするようにオドオドした様子の彼女を遮るように小俣君の声が教室に響いた。


「なにこれ、変なのが床に――」


同時に四方八方から生徒の声が上がる。みんなと同じように下を向くと、そこには解読できない文字がずらっと並んでいた。


「何が起こってるの。――って、遥香! 体が!」


「え、なに、……う、あぁっ!」


ひときわ大きな悲鳴があがった。そちらを見ると、眩しい光とともに一ノ瀬遥香の姿が光の粒となって消滅していった。


「ど、どういうこと! 愛っ! みんなっ!」


それは他の生徒にも同様だった。次々と体が光っては肉体が消えていく。


なんだこれは――。


残された生徒たちは恐怖で嗚咽と叫び声のような声を発するものばかりだった。みんなが消えていくことは理解できたが、そもそもなぜこんな事になっているかは誰もわかっていない。


「なんなのこれっ、いやぁっ!」


そして眼の前にいる葛城さんの体も光りだした。かすかに見えた目には涙を浮かべている。


「明くんっ――!」


彼女が手を差し伸ばして来たと同時に彼女の体も光の粒子となって消えてしまった。ついさっきまでそこにいた彼女の姿が、初めからそこにいなかったように綺麗さっぱり痕跡を残さず消滅してしまった。


「葛城、さん……」


俺は、葛城さんの手があったであろう場所まで手を伸ばした。当然何も無い。


どういうことだ。クラスのみんな消えた。


床に書かれた意味のわからない文字。見渡すと、どうやら魔法陣のようなものが教室全体に浮かび上がっていた。


「葛城、さん……」


もう一度呟いた。当然返事はなくあれだけ賑やかだった教室も今は何も聞こえない。


そしてこれがこの世界で最後に発した言葉だった。

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