破談
「お父様。お疲れ様です」
王族が退出しもう大丈夫だろうとサルビアに声をかける。
「ああ、ありがとう」
マーガレットからタオルを受け取る。
「お礼を言うのは私の方です。本当にありがとうございます。お陰で公爵令嬢としての名誉と誇り、そして謝罪をしてもらえます」
「気にしなくていい。大切な娘のためだ。当然のことをしたまでだ」
サルビアは優しくマーガレットの頭を撫でる。
「はい、お父様」
幸せだ。
心の底からそう思った。
だが、マーガレットはこの幸せを二度も壊された。
今度こそ必ず守らなければならない。
二人の顔を見て改めて誓う。
「では私達も退出するとしよう。これ以上ここにいる理由もないしな」
貴族達の目が鬱陶しく話しかけられる前に退出する。
このまま帰ろうとしたが、サルビアとカトレアは国王に呼ばれ、ヘリオトロープは神官二人が呼んでいると言われ三人共どこか行ってしまう。
マーガレットはマンクスフド達と案内された部屋で待っていようと思ったが、ルドベキアに声をかけられ前回と同じ場所で話しをすることにした。
「(昼と夜では美しさが違うわね。夜も夜で素敵だったけど、太陽の光に照らされ輝いているのも素敵ね)」
ボーッと庭に咲いてある花を見つめる。
中々話さないのでそんなことを考えていた。
先にこの間のお礼を言うべきかと思うも話しかけてきたのはルドベキアなので向こうの用事を聞いてから言うべきだと思い直す。
「ブローディア公爵令嬢、勝利おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ーー漸く口を開いだと思ったらこんなこと?それならさっさと言えばいいのに。
ルドベキアを自分の方に落とすつもりだったが、今日は疲れていて嫌いな男の前でいい人振る余力もなかった。
さっさと屋敷に戻って休みたかった。
「流石は公爵様でした。私も剣を握る者として憧れます」
「はい。私もお父様を尊敬しています」
「(そんな憧れの存在をあの女の為に貴方は殺したのよ。あんたにそんな事を想う資格はないわ)」
心の中でルドベキアに対する憎しみが湧き上がってきて今すぐその首を斬り落としたかった。
駄目だ。
折角のチャンスなのだからいい印象を与え次に会う約束を取り付けなければと自分に言い聞かせていたら、誰かがルドベキアに話しかけた。
「ルドベキア様。ここにいらしたのですね」
その声の主はアネモネだった。
マーガレットはルドベキアの後ろにいてアネモネからは見えていなかった。
もし見えていたら話しかけようとは思わなかっただろう。
さっきまでの決闘でマーガレットに散々コケにされたのだから。
そのせいでシルバーライス家は暫く社交界で笑い者にされるだろう。
「アネモネ嬢。私に何か用でも」
「はい。あの……」
ルドベキアに近づくとその後ろから青いドレスが見えた。
このドレスを着ていた人物をアネモネは知っている。
当然だ。
さっきまでシレネと互いの名誉と誇りを賭けて戦っていた相手、マーガレット・ブローディアが着ていたドレスだから。
「申し訳ありませんが、後でも宜しいでしょうか。今公爵令嬢とお話し中でして」
マーガレットはルドベキアがアネモネに対しそう言った瞬間笑いそうになるのを必死に我慢した。
好きな男が大嫌いな女の方を優先したのだから。
「いえ、侯爵令嬢の方を優先させてあげてください。それに、私はそろそろ戻らないといけないので」
「そうですか。長い間引き止めてしまって申し訳ありません」
マーガレットに話したかったことがあったが、そう言われれば諦めるしかないとがっかりしてしまう。
「ですので、次回また会えませんか。この間のお礼もしたいので。駄目でしょうか」
「わかりました。私も公爵令嬢にはまたお会いしたいので是非お願いしたいです」
マーガレットからのお誘いにわかりやすく喜ぶ。
「本当ですか。ありがとうございます。では、手紙を送るのでお返事待っています。では、私はこれで失礼します」
「はい」
マーガレットはルドベキアに美しい笑みを向けた後アネモネの方を見るといつもと大して表情は変わってないように見えるが、瞳の奥にはマーガレットの殺意が潜んでいたのに気づく。
「(それほどルドベキアのことが好きなのね。悪いけど貴方には絶対に渡さないわ。私が彼ももらうから)」
アネモネにも微笑むが宣戦布告のような笑みでマンクスフドはその笑みを遠くから「怖いな、その笑い方」と思って見ていた。
「お嬢様。もう宜しいのですか」
「ええ。用は済んだわ」
マンクスフド達はアネモネが現れた瞬間いつでも剣を抜けるようにと戦闘態勢に入ったがすぐにマーガレットがこちらにきたので安心した。
マーガレットはマンクスフド達がアネモネに対し警戒しているのがわかったので戻ると言い、その上でアネモネに喧嘩を売ったのだ。
アネモネがルドベキアを好きなことは今現在マーガレットしか知らない。
傍から見たら普通の会話に見えるが、実際は誰にも気づかれないよう喧嘩を売っていたのだ。
勿論、アネモネはマーガレットが回帰している事を知らないので普通にお礼がしたくて言っていると思っているが、それとこれは別で嫌なものは嫌だった。
ルドベキアはマーガレット達の姿が見えなくなるまでずっとその方を見ていた。
「それでアネモネ嬢。私に一体何の御用でしょうか」
アネモネの過去の出来事、今やっていることを知らないので優しく接するが、マーガレットを傷つけたシレネの娘なので正直あまり関わりたくなかったし、大切な時間を邪魔されて少し気分が良くなかった。
ルドベキアはあの日マーガレットに会った時からずっとマーガレットのことばかり考えている。
それがどうしてなのかは本人は気付いていないが。
そんな想いからマーガレットの前でアネモネに話しかけられたのは嫌だった。
前回のこともありこれ以上誤解されたくないと思った。
「あの、この間の話が途中で終わってしまったのでその続きをしたくて……」
「申し訳ない。やっぱりその話はなかったことにさせていただきたい」
アネモネが最後まで話し終える前に被せるように言う。
「え、どうしてですか?」
「あの後よく考えてみましたが、アネモネ嬢を助ける手助けなら他でも問題ないと思ったのです。それに、私は両親と約束したのです。結婚は好きな人とすると。だから、申し訳ありませんがなかったことにしてください。それ以外で私にできることなら手助けするとお約束しますので」
「……そう、ですか。わかりました。こちらこそご無理を言ってしまい申し訳ありませんでした」
折角ルドベキアと一緒にいられると思ったのに。
偽りでもいいから結婚したかった。
幸せになりたかった。
そこで初めてアネモネは自分は本当はルドベキアとの結婚を望んでいたのだと、約束を果たす為にこんな頼みを言ったのではないと気づいた。
自分の想いに気づきその上それを断られた恥ずかしさと居た堪れなさに今すぐこの場から消え去りたくなる。
「では私はこれで失礼します」
アネモネはこの場から去っていくルドベキアに声をかけることができず後ろ姿をただジーッと眺めることしかできなかった。
「(どうしたら、私の事を見てくれますか)」
そう聞きたいのに言える勇気がなかった。
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