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「ここにいたのね」


川で水を汲んでいたカラントに声をかける。


「お、お嬢様」


急に声をかけられ驚いたが、その声がマーガレットのものだとわかると嬉しくなる。


「そんなに身構えなくても大丈夫よ。君に話があってきたの」


ほら座って、と地面に先に座り隣に来るよう促す。


「し、しつれ、いします」


自分何かが隣に座っていいものか悩むが笑顔で地面をポンポンと叩くマーガレットにちょこんと腰を下ろした。


「いい天気ね」


雲一つない快晴。


声とは裏腹にマーガレットの顔は曇る。


「(あの日もこんな天気だった)」


二度目の人生の最後の日を思い出す。


今、自分を殺した男と一緒に空を見上げているという事実に頭がおかしくなりそうだった。


「は、はい」


緊張しているのか声が上ずった返事をする。


「君はいつも何しているの」


「救済院の手伝いをしています」


「君は救済院に住んでいるの」


何度か救済院に訪れたことはあるが一度もカラントを見たことはない。


最後に救済院に訪れたのは一年前なので、その後にきたのだろう。


「い、いえ、一人で、住んで、います」


「一人で?ご両親は?」


「い、いません」


首を横に振る。


「そう」


なら何処に住んでいるのか尋ねようとしたがやめた。


「なら、私のところに来ない」


カラントはバッと顔を上げマーガレットを見る。


まさかそんな言葉をかけてもらえるとは思ってもおらず泣きそうになる。


「いやか」


首が取れるのではないかと心配するほど横に振る。


「そう、なら来なさい」


「で、ですが、俺、のような、人間が、お、お嬢様の、そばに、いるわ、けには……」


自分の身分をこれ程まで恨んだことはない。


自分のせいでマーガレットが悪く言われるかもしれないと思うと胸が苦しくて申し訳なくなる。


「マクスが君を自分の弟子にしたいと私に頭を下げてお願いした」


「マ、マンク、スフド、さんが……ど、どう、して」


「それは本人に直接聞きなさい」


カラントの目を見つめこう続ける。


「選びなさい。ここにずっといるか。私の専属騎士となり忠誠を誓うか」


来ると決めたのなら私の所に来なさい、と言ってその場を去る。


部屋に戻ろうとすると部屋の前にマンクスフドがいた。


「お嬢様、あの少年は何とおっしゃいましたか」


「何も」


「来ると思いますか」


「マクスはどう思っているの?」


質問に質問で返すも二人共同じ事を思っていた。


「来ると思います」


「確信があるの?」


「はい。あの少年は私が鍛えます。必ず最高の騎士にします」


「ええ、最初からそのつもりよ。貴方以外に任せるつもりはないわ」


マーガレットのその言葉でようやくサルビアのあの時の言葉の意味がわかった。


ーー後はお前に任す。


あの時からカラントを公爵家の騎士にするつもりだったのだろう。


「そうですか、ありがとうございます」


マンクスフドは一礼するとカラントのいる所に向かう。




「ここにいたのか」


カラントを捜しにきたがマーガレットに場所を聞けばよかったと後悔する。


川の傍で顔を膝に押し付け座っていた。


「マンク、スフド、さん」


か細い声で名を呼ぶ。


「お嬢様とさっき話した。何故了承しなかったのだ」


カラントがマーガレットの傍にいたいと強く想っていることは知っていた。


傍で守りたいと。


「俺が、お、お嬢様、の、傍に、いたら、お、俺の、せいで、お、お嬢様、に迷惑、をかけ、てしまい、ます。お、俺の、せいで、お、お嬢様、が悪く、言われ、るのは、が、まんで、きません」


カラントの身分は平民の中でもかなり下だろう。


ブローディア家の領地では奴隷制度は禁じているが、他の領地なら奴隷として扱われていただろう。


それほどみすぼらしい格好をしている。


「確かにお嬢様は聡明で誰よりも優しく女神様のような存在だ。君がそう思うのも仕方ない。だがな……」


カラントの頭を撫でていた手を止め強めの口調でその考えを捨てろと言う。


「それはお嬢様への侮辱だ。お嬢様はそんな事を気にしない。君がそう思うからと言ってお嬢様がそう思うとは限らない。そう思うのなら最初から関わらないし、手を差し伸べたりなんてしない。君がどう思おうと君の自由だ。だがな、お嬢様を理由に自分を卑下するのはやめろ」


その通りすぎてカラントは何も言えなくなる。


子供に対してきつい事を言った自覚はあるが、これからブローディア家の騎士として公爵家に仕えることになるのだから甘やかすわけにはいかないと心を鬼して言う。


カラントの頭を撫でるのを再開しこう続ける。


「もし、今の自分が相応しくないと思うのなら相応しくなればいい。この国一番の騎士になって堂々と傍に立てばいい。簡単な事だ」


そうだろう、と顔を上げたカラントの目を見つめ笑いながら言う。


「その道のりは険しいかもしれが、それでもそう願うなら私が君を最高の騎士にすると約束する」


その言葉でカラントの瞳に一筋の光が差し込んだ。


「どうするかは自分で決めろ。もし、来るというなら明日の朝私達の所に来なさい」


一人で考える時間も必要だろうと、その場を後に部屋に戻る。


明日になればこの町ともお別れ。


少し仮眠でもするかと目を閉じると扉を叩く音がする。


「どうぞ」


「失礼するよ」


扉を開け中に入ってきたのはサルビアだった。


「こ、公爵様」


ベットから急いで立ち上がる。


「どうされたのですか。呼んでくだされば私からお伺いしましたのに」


「たまたま、部屋に戻るマクスを見かけたので来ただけだ。あの少年はどうか聞きたかったし、それに言わないといけないこともあったからな」


「言わないといけないことですか」


自分にサルビアが何を言うのかと不思議に思う。


「ああ、アドルフのことだ」


「アドルフがどうかしたのですか?」


急に嫌な予感がして続きが聞きたくなかった。


「アドルフが呪術師に殺された」


頭が真っ白になった。


ーーアドルフが死んだ。


ーー呪術師に殺された。


頭の中でその二つの言葉が繰り返えされる。


アドルフと過ごした日々が走馬灯のように頭の中に流れる。


「公爵様。アドルフを殺した呪術師は誰ですか」


「……わからない」


「……そう、ですか」


二人の間に言葉なそれ以上なかった。


「……公爵様、アドルフを殺した人物を見つけたら教えてください」


「わかった」


「必ず私の手で終わらせます」


手のひらから血が流れる。


瞳から静かに涙が落ちる。


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