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手紙


翌日の昼の公爵家。


「奥様。今よろしいでしょうか」


メイナードが庭で休憩していたカトレアに声をかける。


「ええ。大丈夫よ。何かあった」


「はい。実は今奥様に直接手紙を渡したいという女性がいまして」


「誰かしら。私の知っている人?」


「いえ、貴族ではありません。森の向こう側に住んでいる花屋の者らしいです」


カトレアの質問に首を横に振って違うと言い女性の身分を教える。


「何故、私に?」


理由がわからず首を傾げる。


貴族相手にそんなことをしたら只では済まない。


ブローディア家はそんなことをしないが、だからといって無礼が許される訳ではない。


騎士達がいるのだから任せておけばいいがメイナードが来たということはそうできない何かがあったのだろう。


「それが、その者はアドルフの頼みで来たと言っておりまして」


「アドルフの?」


「はい。預かり物があると。ただ、奥様以外には絶対に渡さないと言って断固私共にそれを渡してくださらないのです」


「そういうことね。わかったわ。案内して頂戴」


アドルフが女性に何を頼んだのか。


もしかしたら、呪術師の罠かもしれない。


だが、例え罠だとしても会わねばならない。


恐怖と緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。


「奥様。あちらの女性です」


少し離れた場所で騎士達が周りを囲っていた。


「そう」


カトレアは女性に近づく。


「初めまして。私はカトレア・ブローディアよ。私に用があるとか?」


本当にアドルフから頼まれてきたのか、それとも呪術師の仲間かわからず、対応に困るもそんな様子など一切見せず公爵夫人の威厳を見せつける。


「私は隣町で花屋を営んでいるアンナと申します。昨夜アドルフという男から必ずカトレア様に直接渡すよう手紙を預かっています」


名を名乗り早口で言う。


懐から手紙を取り出しカトレアの前に出す。


「これは……」


封の上に「奥様」と書かれていた。


カトレアは何度かアドルフの字を見たことがある。


その字はアドルフのもので間違いなかった。


つまり、彼女は本当にアドルフの頼みでここに来たのだ。


「アンナさん。この手紙を届けてくれてありがとう。貴方の優しさに感謝します」


頭を下げてお礼を言う。


カトレアの行動にアンナはこれでもかと目を見開いて驚く。


メイナードも騎士もカトレアという人間がそういう女性だと知っているので大して驚かない。


「いえ、私は言われた通りにしただけです」


「それでも私には貴方の優しさがありがたいのです。是非何かお礼をさせて頂けませんか」


「いえ、そんな大したことなんてしていないのに申し訳ないです」


アンナは流石に手紙を届けただけで何かしてもらうのは悪いと思いお断りをする。


「では、もし何か困ったことが有ればいつでも来て。どんなことでも力になるから」


「はい。ありがとうございます」


カトレアはもう一度アンナにお礼を言うと騎士達に家まで送るよう命じた。


何故かアドルフではなくアンナが手紙を届けにきたと言われたときから胸騒ぎが治らない。


嫌な予感がする。


自室に戻り手紙を開ける。


封を開けると一枚の紙と公爵家の印が押されたマーガレットからの手紙が入っていた。


最初に紙の方を手に取り内容を確認する。


「〜〜ッ」


口元を押さえる。


その場に座り込み涙が溢れ出す。


そんな気がしていた。


アドルフからの手紙にはこう書かれていた。




『奥様。


これが奥様の手にあるということはきっと俺はもうこの世にはいないでしょう。


本当は自分の手でお嬢様からお預かりした手紙をお届けしたかったのですが、念の為ある花屋の女性に託します。


奥様、俺はブローディア家の騎士として働けたことを誇りに思います。


本当に幸せでした。


どうか末長く幸せに生きてください』




急いで書いたのだろう。


字は走り書きでいつもより汚かった。


短い文だがアドルフらしい内容だった。


この手紙を読む前から、もしかしたらとそんな気はしていたがそんなはずはないと頭の中でその考えを黒く塗り潰していた。


だが、読んでしまった以上は認めるしかない。


大切な家族がもうこの世にはいないことを。


「メイナード」


扉を開け外で待機していたメイナードの名を震える声で呼ぶ。


「ーーッ。はい。奥様」


カトレアの顔から全てを察した。


「今すぐ森に人を送って。必ずアドルフを見つけるのよ」


「かしこまりました」


メイナードは深く頭を下げる。


必ず見つけなくては。


アドルフは公爵家の騎士として忠誠を誓って十年経っている。


血は繋がってなくとも共にこの屋敷で過ごした。


カトレアにとって使用人達も騎士達も大切な家族だった。


家族が傷つけられるのは許せない。


殺すなんて絶対に許せない。


どんな手を使ってもアドルフを殺した者に罪を償わせると誓う。




「アドルフ!いるなら返事をしろ!」


「アドルフ!どこだ!どこにいる!」


騎士達は森でアドルフの名を叫びながら捜し回る。森で二時間以上経った頃、支援弾が放たれた。


アドルフを誰かが見つけた合図。


騎士達は支援弾が上がったところに馬を全力で走らせ向かう。


「アドルフ!」


騎士達がアドルフのいる所につきそう呼ぶと何人かの騎士達が涙を流していた。


騎士達を押し除けアドルフに触れるとその体はとても冷たかった。


アドルフは死んでいた。


騎士の一人が「連れて帰ろう」と言い、誰も一言も発することなく屋敷へと戻る。


屋敷に着くたカトレアが門の前で待っていた。


アドルフの死体を見ると崩れ落ち泣き叫ぶ。


アルマがカトレアの体を抱きとめ支える。


カトレアは何度も「ごめんなさい」とアドルフに謝罪をした。


自分のせいでアドルフが死んだと思っていた。


「……奥様」


暫く誰も言わなかったがメイナードが漸く重い口を開け声をかける。


「ーーええ。わかってるわ」


アドルフは呪術師に殺されている可能性がある以上埋葬するわけにはいかない。


神官に浄化してもらわないといけない。


魔法石で厳重に結界を張り棺に入れるよう命じた。


せめて、服だけは綺麗なものを着せたかったがそういうわけにもいかず汚れた姿のまま保管するしかない。


カトレアは自室に戻りこのことをサルビアに報告しなければと通信用の魔法石を手に取るもマーガレットの手紙が目に入り先にこちらを確認してから報告しようとするも、目から涙が溢れ落ちていき字が霞んで読めない。


早く涙を止めなければと思えば思うほどどんどん溢れだしてどうしようもできなかった。





「すみません。ペンと紙借りてもいいですか」


「はい、大丈夫ですよ」


アンナの許可をもらいカトレア宛の手紙を書く。


見られている気配がするので外から見えない位置にいき急いで手紙を書く。


「あの、こんな感じでいいですか?」


包んだ花を見せて尋ねる。


「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


お代を払おうとアンナの近くによる。


外からは手元が見えないよう背で隠す。


「あの、一つお願いがあるんですけどいいですか」


「はい。大丈夫ですよ」


「俺はこういうものです」


公爵家の紋章をみせる。


アンナの顔が強張る。


「貴方には危害を加えません。約束します。俺の代わりにこの手紙を奥様に届けて欲しいのです」


「え?」


「必ず奥様に渡してください」


アドルフは花束をとり充分過ぎるほどのお代を払い店を出る。


マーガレットから万が一の為に偽物の手紙を預かっていてよかった、と。


馬に乗り屋敷に向かう。


全員自分の方についてきて花屋には寄る気配がないので良かったと安心する。


これで心置きなく死ねる。


手紙がカトレアの元に届くかは自分の演技次第で決まる。


本当はもっと公爵家の騎士として生きていたかったが、こればかりはどうしようもない。


馬を走らせながらこれが自分の最後の任務になるとわかっていた。


アドルフは自分はいい人達に仕えることができて幸せだった。


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