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その人は神様を騙る。




――その夜は星がとても綺麗だった。


 夜空に煌めく数多の惑星。

 その一つ一つが眩しくて、とてつもなく眩しかったのを今でも覚えている。


 町外れの山の上。そこには人々に忘れ去られた小さな神社があった。

 その神社はとても古く、荒れ果てていた。建物は朽ち、短い参道には落ち葉が散乱している。


 こんなところに用事などない。

 ただ、そんな用事のないところにフラっと来てしまう程、当時の僕は気分が滅入っていたんだと思う。


 そんな気分になった理由は、両脇に抱えて体重を預けている松葉杖が物語っている。


 ここに来るまで二時間ほど。

 入院していた病院を抜け出して、たどり着いてしまった最果ての地。


『今の僕には、ここが限界なんだな』


 痛む足と全身の疲労を感じながら、そんなことを考えていた。


 ただ、たどり着いたそこで見た景色は絶景だった。


 煌びやかに輝く星々の光と、自然を忘れた人工的な都市の灯り。

 相反する二つが空と地を照らしている。


 そんな綺麗な風景と、今いる神社の二つをさらに見比べてしまう。


『きっと、僕もこの神社と同じなんだ』


 幼く、安直な同一視。

 けれども、その時の僕はそんな考えから神社へと歩み寄って行った。


 近くで見れば、余計にその神社の姿に悲しさを覚える。

 伸び放題の雑草に、神社の風貌を隠すほど成長した木々。戸や壁の木材は腐り始めていて、今にも崩れてしまいそう。


 そして、目の前には小さな賽銭箱がポツンとあった。


 先ほどの同一視が、同情へと変わっていく。

 いずれ自分もこうなるんじゃないかという不安が脳裏をよぎり、特に考えもせず僕はポケットの中の十円玉をそこへ放り込んでいた。


 ……まあ、いいだろう。

 たかが十円。抜け出す時に病院の自販機でジュースを買った時のお釣りだ。


 子供の自分にとっては少しもったいないような気もしたが、投げてしまったものは仕方がない。


 せめて手でも合わせておくか。

 そうやって、自分の行動に見切りをつけて両手を合わせた。


 目を閉じる。

 そういえば神社のお参りの仕方を忘れていた。

 前に両親と初詣に行った際に教えてもらったはずだが、覚える気もなかったので頭に入っていなかった。


 とりあえずで、そのまま軽く頭を下げる。

 せめて何かいいことがありますように。なんていう主体性のない祈りを捧げる。


 そして、僕は瞼を開けた。


「何か気配がすると思えば珍しい。人の子なんぞ五十年ぶりじゃないか」


 綺麗な金色。視界一面に広がったそれが、一体なんなのか。一瞬だけわからなかった。


 よく見ればそれは長い髪だった。金色に包まれた白い肌の女性。その綺麗な髪ときめ細やかな肌と対照的な、ボロボロの衣服。


「久々の来客。せいぜい楽しませてもらおうか。少年」


 急に現れたその女性は、不敵な笑みを浮かべながら僕と視線を合わせた。




***



「ほぉ。君の人生は波乱の只中にあるというわけだな」


 金髪の女性――“自称”神様は、僕の話を一通り聞くとそんな言葉で纏めた。


 僕は女性に対して少しばかりの警戒感を覚えていた。それも当然だと思う。いきなり出てきて自分がこの神社に祀られた神様だと言ったり。数百年ここにいたと言ったり。怪しいことこの上ない。


 ただ、そんな神様は僕の話を聞きたいと言い出して、僕が喋りだすと親身になって聞いてくれた。

 きっと周りの大人に話しても同じように耳は傾けてくれただろう。ただ、その時の僕は大人たちに頼れずにいた。自分でひたすらに抱えてしまい、誰にも話そうとはしなかった。


 多分、遠慮だったんだと思う。

 けれども、こんな所で出会った彼女には、スラスラと話すことが出来た。

 それはきっと、彼女との繋がりが希薄だったが故なのだろう。

 

「それで少年。君はどうする?」


 彼女は問う。

 並んで神社に座り込んで風景を眺めていた僕は、その彼女の問いに答えられなかった。


 どうしていいか。わからないから悩んでいるんだ。


 そんな言葉が頭に思い浮かぶと同時に、思わず口に出てしまっていた。

 僕の言葉を聞き、彼女は空を見上げる。


「人の悩みとは、常にそうだな。自分がどうするか、どうするべきかわからずに、藻掻き苦しむ。

 私に捧げられる祈りたちもそうだった。飢え、災害。そんなどうしようもない問題から、どうでもいい問題まで様々ではあったが」


 遠い昔を思い出すように彼女は語る。

 その横顔を僕はチラリと盗み見た。金色の髪と瞳。整った顔立ちは、月明かりに照らされてより一層美しく見える。


「だがな、少年よ。自分の力を見くびらない方がよいぞ」


 見惚れていた顔がこちらを向く。急に目が合って、心臓がドクンッと跳ねた。


「人の底力は無限大だ。それこそ、私のような仮初めの神よりよっぽど大きな力を持つ。その力を総じて、人は意志と呼ぶのだ。現に君も、そんな傷ついた体でここまで逃げて来られたのだろう?」


 彼女の視線が僕の足を見る。ギプスによってしっかりと固定された右足。一応は固定され残っている足だが、これが元に戻ることはもう無い。それが、病院の先生の出した結論だった。


 それは、僕が否定したい現実の一つ。


 神様だって言うなら、僕の足を治してよ。


 スッと気分を悪くしてしまった僕は、そんな無茶ぶりを彼女に返す。

 そう言うと彼女は優しく微笑んで、僕の頭を撫でるように触れた。


「それでは意味が無いんだよ少年。その体を親から授かったことも、今日まで生きてきたことも、その足のことも。全て君の人生の一部だ。君自身がそれを否定できたとしても、私にそれをする権利はない」


 そう言うと、優しく僕を抱き寄せる。

 当時の僕は、彼女の言う言葉の本当の意味を理解することは難しかったが、彼女が僕に対して優しく接してくれていることは理解できた。そして、彼女の体から感じる安らかな温もり。


 自然と僕は涙を流してしまっていて、


「君なら、きっと乗り越えられよう。乗り越えたのならば、また此処に来るがいい。

 その時は君を認め、君の願いを一つだけ叶えてやろう」


 僕の涙を指で拭いながら、彼女は僕に語り掛ける。


 そんな状況に深い安堵と幸せを感じて、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。


 長い夢と、不思議な体験。


 次に目を覚ました時、僕は病室に連れ戻されていた。

 無断外出に怒る看護師さんと呆れた先生によると、抜け出した次の日の朝に病院の前で眠りこけていたらしい。


 事情を聞いてくる看護師さんと先生には、何もなかったと白を切り通した。

 あんな体験は話したところで信じてもらえそうにないし、信じられたら信じられたで彼女に迷惑がかかる場合があったから。

 先生たちは暫くすると諦めて何も聞かなくなった。


 僕はそうやって、半年もの長い病院生活を過ごし、退院した後に一度だけ神社を訪れた。


 だが、そこにあったのは進入禁止の看板と、跡形もなくなった神社。

 整然と並ぶ工事車両たちを眺めながら、僅かな寂しさを感じる。


 僕はその時、この思い出を胸の奥に隠しておくことに誓った。


 彼女が本当に神様だったのか。

 そもそも彼女が実際存在していたのか。


 そのどちらも深くは考えず、たとえ空想の存在であったとしても、彼女が言ってくれた言葉を心に刻んで生きていくことに決めた。


 一つ心残りがあるとすれば、願いを叶えてくれるという約束が果たされなくなったことだけだった。



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