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幕間 退役聖女の辞職願(4.7k)

 ユグドラシル王国第一王子、ユーリ・ジル・ユグドラシル 魔王討伐作戦責任者兼、討伐隊隊長兼、ユグドラシル王国外交実務担当者。


 魔王歴82年4月30日 最終決戦にて【魔王】と刺し違えて死亡。

 享年24歳。


 この男は、裏表のない素直な性格にも関わらず複数の側面を持っていた。



 この男は【最強】だった。


 幼い頃から体格に恵まれており、十四歳の頃には一般成人男性を上回る大男に成長。十六歳の頃から受けた王宮騎士団から受けた戦闘訓練により天才的な戦闘センスを開花。十七歳の時に、王宮の宝物庫にて宝飾品扱いで保管されていた【魔剣】に武器としての可能性を見出し、魔力と剣術を組み合わせる独自の戦闘スタイルを確立。

 この頃より、【魔物】討伐の最前線に立つようになる。


 魔力を組み合わせた剣術により、ものすごい勢いで【魔物】をぎ払う姿より【豪速の貴公子】と呼ばれるようになり、【魔物】の集中攻撃をものともしない頑丈さより【不死身の魔神】としても恐れられる存在となった。


 魔王討伐隊の使者より戦死の報告を受けても、王宮では誰も信じなかった。使者が信用されていないわけではない。遺体を確認するまで、死亡の報を信じることができない。そのぐらいの男であったのだ。

 それ故に、遺体の確認までは公式には【行方不明】扱いとすることが決定したほどだ。



 この男は【孤独】だった。


 【魔物】討伐の最前線では、弱い者から死んでいく。自らが【最強】であるが故に、戦況が劣勢になった場合は、自分が騎士団を守らなくてはいけない。守り切れなければ沢山死ぬ。


 討伐作戦を重ねるごとに、守り切れずに死んでいった騎士達が増えていく。そんな日常を生きる中で、弱い者、能力の劣る者は近づけない。随伴させない。それを徹底するようになった。

 最終的にこの男に随伴して共に戦うことができたのは、魔力適性を見出して辺境からスカウトしてきた【聖女】だけであった。



 この男は【不器用】だった。


 長期的な戦略立案能力や戦術能力においてもこの男は優秀であった。

 日常的に行われていた【魔物】の討伐においても、討伐の計画、作戦の指揮を一人で完璧にこなした。

 戦闘以外の作戦立案や内政、外交等の自分が担当する政治活動においても、弱い者、能力の劣る者を関与させないことを徹底した。


 一度説明して理解しなかった者を容赦なく追い出した。共に仕事をするに足る能力が無いと感じた者は徹底して相手にしなかった。戦場にて自分に唯一随伴可能な存在と認めていた【聖女】に対しても、内政や外交などの戦闘に関連しない話はしなかった。


 ワンマンだったのだ。

 国王も宰相もこの男のその態度は問題視しており、再三注意をしていた。しかし、全ての仕事を完璧にこなすこの男に対して、誰もあまり強く出ることはできなかった。


 エスタンシア帝国との共同作戦である【魔王討伐計画】も、この男が一人で計画を作成する形で進行し、最終段階を迎え、そして破綻した。


………………

…………

……

 

 サロンフランクフルトにて、フォード達が電動機量産に挑戦している頃。王宮の居住区画にある第一王子の元私室に、国の重鎮三名と一人が集結していた。


 国王 ワフリート・ソド・ユグドラシル

 宰相さいしょう オットー・ホン・パラワルク

 第二王子 イェーガ・ゾル・ユグドラシル

 その妻  キャスリン


 ユーリは、魔王討伐作戦完遂後の事後処理について王宮内の誰にも情報を残していなかった。


 魔王討伐最終作戦に同行した騎士には説明していた可能性はあるが、大半が死亡。一部生存者も重傷で魔王城近くの町の病院に入院しており、話を聞ける状態ではない。

 それ故に、計画されていた事後処理の手順が誰にも分からず、国の重鎮が揃ってユーリの私室や執務室を連日捜索するという事態に陥っていた。


「まさか、国王になってまで息子の私室をあさることになるとは思わんかった。しかも、そこまでしても何の手がかりも見つからんとは」


 国王が沈痛な面持ちでぼやく。


「優秀だからと言って、彼に甘えすぎましたね。内政部分はどうにかなりますが、エスタンシア帝国側とどのような話をして共同戦線を張っていたかは何としてでも確認が必要です。無事帰ってきてくれればいいのですが」


 力なく宰相さいしょうが応える。


「甘えすぎを反省しながら、さらに甘えようとするもんじゃない。死亡と報告を受けているのだぞ。遺体の確認はできておらんが、本当に死亡している可能性も考慮しておく必要はある」


 宰相さいしょうは返す言葉が無い。

 そこで思い出したように別件を切り出す。


「第一王子に関連するかわかりませんが、不審な荷物が本日届きまして、この場で確認させていただければと思います」


 そう言って、宰相さいしょうは持ってきていた紙袋から両手に乗るぐらいのサイズの小箱を取り出した。

 ユグドラシル物流局の荷物伝票が貼り付けてある。その伝票記載の差出人は【町外れの宿屋のウェイトレス イヨ】。


「イヨ嬢。生きていたのか!」


「開封しろ。なにか手がかりがあるかもしれん」


 それを見た第二王子が声を上げ、国王が開封の指示。

 荷物の中身は、ユーリの階級章、ユーリの物と思われる遺髪、五年前にイヨに授与した勲章、そして手紙。


 手紙は要約すると以下のような内容だった。


・ユーリ・ジル・ユグドラシルは戦死しました。

・私は役目は果たしたので【聖女】は退役しました。もう帰りません。探さないでください。

・仕事はやり遂げたのでヨセフタウンのサロンフランクフルトに【退職金】を届けてください。


 手紙を読んだ四人が沈黙していると、キャスリンが誰もが思ったであろうことを代弁した。

 所謂いわゆる、ツッコミである。


「探さないでくださいと書きながら、自分で居場所を教えていますわ」


「そうだった。あのむすめも居たんだった……」


 国王が頭を抱える。

 国王がイヨのことを知らなかったわけではない。魔王討伐作戦に参加してユーリと行動を共にしていたことは知っていた。

 だが、ユーリ戦死の報告を受けた時に、イヨに関する報告は無かったことと、魔王討伐作戦完遂後の事後処理の方が重要であったことより存在を忘れていたのだ。


 王宮においてイヨは、ユーリ所有の強力な武器として認識されていた。ユーリの指示に従い、各地の討伐で大火力魔法にて活躍する強力な武器。ユーリの指示で、ユーリ同伴なしでイヨが騎士を連れて討伐に赴くこともあった。

 そのような討伐では同行した騎士が精神疾患を発症したり離職したりすることがしばしばあったが、イヨの持つ武器としての性能に比べれば大きな問題とはされなかった。

 ユーリの婚約者としたのも、ユーリの強い希望によるというだけで、王宮内でのイヨ自身の扱いはそれほど重視されていなかった。


「国王、【退職金】を支給しましょう。そんな制度はありませんが、魔王討伐は完遂しています。活躍した者に相応の褒賞を出すのは理にかなっています。それに、ヨセフタウンにあの娘が居るのは我々にとって都合がいいことです」


 宰相が要求に応えることを提案する。


 宰相は知っていた。

 熟練の騎士にすら恐怖感を抱かせるほどの大火力魔法と普段の若干残念な言動より、王宮内で武器扱いされていたイヨだが、見かけほどの脳筋娘ではないことを。


 イヨが王子の婚約者となった際に、将来王妃になる立場の人間に必要な教育訓練をイヨに対して行う計画を宰相が担当した。

 若干残念な脳筋娘と思ってあまり期待はしていなかったが、意外にも優秀だった。頭の回転が速く、計算高い側面も持っていた。攻撃力、破壊力を別にしても、敵に回したら危険な種類の人間。そう認識した。


 魔王討伐作戦完遂後の事後処理が今の国の優先事項なので、余計な仕事は増やしたくない。イヨがお金が欲しいというなら、十分な量のお金を渡して、大人しく休んでいてもらった方がいい。


 また、宰相はこうも考えた。

 ヨセフタウンはかつてエスタンシア帝国との交流拠点であったリバーサイドシティ跡地から最も近い。

 万一エスタンシア帝国がユグドラシル王国に攻め込むような事態になった場合は、ヨセフタウンが最前線となる可能性が高い。

 その際の防衛力としても、イヨをあの町に置いておくことは都合がいい。


「そうだな。会って聞きたいことはいろいろあるが、今は【退職金】を送ろう。一生遊んで暮らせるぐらいの額を見繕って送っておいてくれ。頃合いを見て使者を送り、魔王討伐時の事を聞いてみよう」


 国王は少し考えて同意した。


「使者を送る際には、私に行かせてください。女同士のほうが聞きやすいこともあるかと思います」


「いいだろう。だが、もう少し後だ。その時になったらまた連絡する」


 キャスリンはイヨからの手紙について、国王や宰相とは全く別のことを考えていた。


 魔王討伐隊の作戦記録の報告書は読んだ。撤収時に魔王討伐隊前線基地にイヨは来ていない。魔王討伐隊が魔王城最寄りの町まで撤収した後も、イヨは合流していない。

 そして、前線基地に馬車は残していない。イヨの移動手段は徒歩に限られる。魔王討伐隊前線基地からヨセフタウンまでは徒歩では六日近くかかる。ヨセフタウンから届いた荷物の差出日と若干矛盾する。


 前線基地からヨセフタウンまで馬車でも徒歩でもない、かつ、それよりも速い移動手段を使った可能性。

 イヨならそういうものを作った可能性がある。


 いろんな局面で、離れた場所との情報のやりとりの遅さが国の活動の妨げになっている。魔王討伐成功の報も、王宮に第一報が届いたのが討伐完了七日後というありさまだ。

 高速な移動手段、高速な情報伝達手段。もしイヨが何かを作っていたのなら、それは何としてでも欲しい。

 会いに行かねばならない。


 第二王子はこの光景を見て頭を抱える。


 (【不死身の魔人】などと呼ばれていたが、兄上は人間だ。不死身じゃない。あの兄上が半月も消息不明になることは考えられない。生きていれば何らかの方法で連絡があるはず。死亡の報告は間違いない)


 第二王子は兄の実の弟として、兄が不死身ではないことをよく知っていた。

 兄が極端に強いだけの普通の人間であることを知っていた。


(死亡の報告を受けて【行方不明】と公表するのも非常識だ。国王も宰相さいしょうも皆、兄上の死亡を受け入れられないだけじゃないのか。平時なら別にそれでもいい。内政だけなら各地領主の手腕だけでなんとなる。でも、今は、魔王討伐完遂により国境線の往来が可能になる重大な局面。こんな現実逃避みたいなことをしている場合じゃない。だが、それを言い出したところで今の私にも、どうすればいいのかが分からない)


 【魔物】の出現は国境となるヴァルハラ平野に集中していた。それ故に、陸続きの隣国でありながらエスタンシア帝国との往来は困難であった。

 一時期は国境であるヴァルハラ川沿いのリバーサイドシティにて両国間の交易が行われていたが、【魔物】の襲撃でリバーサイドシティは壊滅。

 それ以来両国間の交流は途絶えていた。


 しかし、魔王討伐成功によりその状況は一変する。

 自由に往来が可能になる。


 その状況変化への対応方法は誰一人知らなかった。

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