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第21話 クレイジーエンジニアと世界の日常(14.9k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから二年と七十九日目。新しい【世界の枠組み】が動き出してから九日後の午後。


 俺達はイエロー操縦の新型軽飛行機【黄色1号機】にて、トーマスの小屋に来ていた。


「お久しぶりですトーマスさん」

「えー。久しぶりですね。まぁ中にどうぞ。改良した椅子も用意していますよ」


 四十六日前、ジェット嬢がグリーンとマリアさんのチャンバラに巻き込まれて椅子から転落した日。

 イエローは【悪気の無い配慮不足な発言】により、ズタボロの黒焦げにされた。


 その際に、【魔王城】の【就業規定】に定められた結構高額な特別手当を受給したそうで、なんとそれを使って、自分用の飛行機を買った。

 【辛辣しんらつ長】によると、この特別手当の受給者はイエローで四人目とのことだが、他に誰が受給したのかは聞かないことにした。


 新造するより割安ということで、【軍用2号機】の設計を元にした技術試験用の機体の払い下げを新古品として購入し、白い機体の主翼に黄色い帯を入れた塗装に仕上げて【黄色1号機】と命名したと。


 この世界初の個人所有の飛行機。

 でも、飛行機が買えるほどの特別手当ってどんなだよ。


 この【黄色1号機】の特殊な点は、垂直上昇用に【ジェット☆ブースター・改】を内蔵していること。普通の軽飛行機としても使えるが、後部座席のノズルユニットにジェット嬢の【魔力推進脚】を連結することで、【試作2号機】のような垂直離着陸機として運用ができる。


 エスタンシア帝国製のゴム材料を使用した結合部の緩衝機構により、ノズルをぶつけたら骨に響いて痛いという問題点も解消された。


 操縦はイエロー、ノズル結合部操作要員兼、副操縦士としてアン、ジェット嬢保持係の俺、補助エンジン係のジェット嬢の4人搭乗で世界中どこでも出かけることができるようになったのだ。

 ちなみに、機体はイエローの持ち物なので、【魔王城】メンバーが乗るときはイエローに手当が出る。


 今日はその試運転も兼ねて、トーマスの小屋まで来た。

 一緒に来たイエローとアンは斜面滑走路に【黄色1号機】を駐機して徒歩でカランリアまで買い物に行った。

 地酒が目当てらしい。


 トーマスの小屋の中にはジェット嬢専用の椅子の改良型が用意されていた。

 【玉座ぎょくざ】ほどではないが、床に固定されたしっかりした作りの物だ。


「えーと、あの日、椅子から転げ落ちて大変だったと聞いたので、当社の試作室が張り切って椅子を改良しました」

「助かるわ。やっぱり一度落ちるとよけいに恐くなっちゃって」


 その改良型の固定椅子にジェット嬢を乗せて、シートベルトを締める。

 トーマスからコーヒーを頂きながら近況を聞く。


「えー、【魔王妃】様に、【エスタンシア帝国婦人会】から感謝状が届いていますよ」

「感謝状?」

「えーと、【盗撮】による被害の拡大を防止した功績についてです。【写真機】の改良が進む中で僅かながらそういう被害も発生していたようですが、例の【滅殺破壊天罰】事件により被害は無くなりました」


 確かにあの後で【盗撮】をする奴は居ないよな。

 俺の前世世界では大きな社会問題になっていたが、この世界ではその問題の発生を未然に防ぐことができたということか。

 やりすぎ感を感じなくも無いが、まぁ、よかったよかった。


「あんな不道徳行為をした奴が他にも居たのね。どうしてくれようかしら」

「えー、噂によると、そういうことをした方々は国境沿いの戦場に送られるようです」

「それは楽しみね。たっぷりと【地獄風】に可愛がってあげないと」


 新しい【世界の枠組み】の中にある【地獄の戦場】の準備も進んでいる。

 ユグドラシル王国軍とエスタンシア帝国軍は再編成され、川沿いの東西に長い国境線を十二個の区画に分割して、前線基地と防衛線の構築を進めているそうな。


 国境線西端の【魔王城】近辺はユグドラシル王国からの【租借地】とすることで【魔王領自治区】として立ち入り制限区域が設定された。

 その境界線はユグドラシル王国軍が警備し、無許可での立ち入りはできないという形だ。


 でも、元々【魔王城】に近づこうとする人は居なかったし、生協さんの配送担当者には許可を出したので今までとあんまり変わらない。

 その【借地料】の金額については、ジェット嬢とキャスリン王妃の間で決めたとか。

 あの二人の関係性は、いつぞやのパジャマパーティで多少変化したようにも見える。


 そして、俺達【魔王城】メンバーの国籍はユグドラシル王国から外されて、【魔王城】ということになった。

 【ターシ第三帝国】とする案もあったが、ジェット嬢がセンスが無いと却下したのでこうなった。

 ある種の特権で、出入国の記録さえ付ければ基本的に両国を好きに動き回って良いとのこと。

 そういうわけで、メンバー全員に両国共同で作成した【パスポート】が支給された。

 アンとメイはお酒の種類が増やせると大喜びだった。


「えー、【魔王妃】様もうまくやりましたね。鉱山の【採掘権さいくつけん】を確保した場所。金鉱脈がありそうと言われていた場所ですよ」

「さすがに分かるのね。空から【試掘】して確認したのよ。あの辺には浅い部分にいい鉱脈があったわ」


 鉱山のあちこちに爪痕とか穴とか開けて暴れ回っていたように見えたけど、ちゃんと目論もくろみあったんだ。

 ジェット嬢。何て恐ろしい


「えぇ、商売上手ですから。ちなみに、金鉱脈確保してどうするんです? 掘るんですか? 今鉱山の大半は設備の損壊で操業止まってますけど」

「しばらくは掘らないわ。【滅札めっさつ】の発行で、金貨無しで経済は回っているから金の用途は工業用が主になるけど、金貨として使っていた分で需要は満たせているから必要無いでしょ」

 確かに金は工業材料として重要だけど、金貨として使うほど大量には使わないな。


「えー、金はともかくとして、銅とか他の金属は掘ってほしいんですがね。供給量が不足して値上がりしていまして。国民生活にも影響が出ていますよ」

「そっちもしばらく掘らないわ。資源が豊富だからって、使い捨てにしてたら捨てる場所がなくなるでしょ。現に平野部のあちこちに廃棄物の山ができてるじゃない。鉱山掘る前にそこから金属を回収するのよ。ユグドラシル王国では金属資源の再利用は普通にしていたわよ」

「えーと、商売上手としては、回収するよりも新しく掘って製錬するほうが安いというところが重要なのですが」

「そんなことを続けていたら、あちこちが廃棄物だらけになって、最終的に海が汚れて海魚が食べられなくなるでしょ。再利用が経済的になるぐらいに採掘を制限して価格を吊り上げてやるわ」


 やっぱりそこか。

 そんなに魚が気に入ったのか。

 でも、真っ当な話だな。

 【食物連鎖の頂点】である以上、汚したものは全部自分の口に返って来るからな。


「えー、商売上手としては厳しい話です」

「廃棄物からの金属資源回収の効率化はソド公が研究しているわ。実証プラントをリバーサイドシティに作るそうだから、そこが稼働したら再利用金属資源の価格も下がるわよ。それまでの間はトーマスさんは在庫を売るとかでしのいで頂戴。まだ値上がりは続くからそれなりに儲かるでしょ」

「えぇ、相場が高騰してきたので、在庫していた金属材料はもう売り切ってしまいましたよ。商売上手ですから」

「「…………」」

 やっぱり、トーマスの商売上手は分からない。


「えーと、それで倉庫が空いてきたので、廃棄予定の産業機械や解体建屋から回収した金属屑を国中から買い集めています」

「「………………」」

 まぁ、先見性という意味では商売上手なのかな。

 あとでそれなりに儲かりそうだ。


◇◇


 トーマスの小屋で金属資源のリサイクルを語った二日後の午後。俺達は【黄色1号機】で首都の【バー・ワリャーグ】に来ていた。


 俺は【副魔王】であり転生者仲間でもあるウラジィさんと相談したいことがあったし、アンもエスタンシア帝国の地酒をウラジィさんに届けたいとのことだったので、再度イエローに【黄色1号機】を出してもらった。


 ジェット嬢が乗れば【バー・ワリャーグ】の屋上飛行場にも着陸ができるので、【黄色1号機】はすごく便利だ。


「久しぶりだな若造。元気にしていたか」

「はい。いろいろありましたが、おかげさまでなんとか乗り切れました」


 屋上飛行場まで出迎えに来てくれたウラジィさんと肩を並べて、首都の王城区画を眺めながら再会の挨拶。

 背中には当然ジェット嬢。


「本当にいろいろあったんだな。わしもこっちの世界で最大火力の【ツァーリ・ボンバ】がおがめるとは思ってなかったぞ」

「【滅殺破壊天罰】のことですか? 確かに遠目で見ると前世世界の【核実験かくじっけん】に似てるけど、実際はそれ以上にすごいことになりましたよ」


「それに、先日届いた嬢ちゃんの声は便利だな。世界中の人に強制配信なんて、前世でそれ欲しかったぞ」

「もしあったとしても、言語違うから通じない気もするけど。でも、便利と言えば便利かな。ちなみにジェット嬢よ。アレはどうやってやったんだ。いつでもどこでもできるのか?」

「あの井戸を使ったのよ」

「あの井戸でそんなことができるのか。じゃぁわしも【魔王城】行く機会があったら、あの中に叫んでみよう」

「ウラジィさん。なんか世界中に伝えたいことでもあるのか?」


「【コメディアンを王にしてはいかん】と世界中に伝えたい」

 まだ根に持ってたのか。


「ウラジィさん。以前言ってた【迎えが来ている気がする】っていう話について聞きたいんだけど」

「ああ、アレか。あれはわしの勘違いだった」

「勘違い?」

「ただの幽霊らしい。わしは一度死んでるから見えるだけで、別にわしを迎えに来たわけではなさそうだ」


 ということは、【たましいに干渉する力】は、転生者が持つ特殊能力のようなものでもあるのか。


「若造にも見えるのか?」

「ああ、なんとなく。見えるだけでなく触れそうな気もする」

「それは、触らん方がいいだろう。生きる者と死んだ者は交わってはいかんからな」

「同感です。俺も触らないように気を付けています」


 実は俺は、生きている人間の魂も多少感じることができるようになっている。

 前世世界のファンタジー作品のように、他人の【ステータス画面】を覗くとかそんな具体的なものではなく、何となくその人の【たましい】の雰囲気を察することができるぐらいだ。

 転生者特典らしい能力ではある。


 だが、コレはあんまり役立つ物でもない。

 俺は人生経験豊富な40代オッサン。

 直接話せば魂とか見なくてもそれなりに相手の人となりは分かったりもするし、相手が隠そうとしている部分を探るような趣味は無い。

 やっぱり俺の転生者特典はこのビッグマッチョボディだ。


「ウラジィさん。さっきから気になっていたんですが、建て替えられたあの王宮建屋はウラジィさんの設計ですか?」


 外観三階建て、緑色の屋根、多数の窓が整然と並んだ壁面、屋根中央部に金色の装飾。

 【お礼参り】以降首都に来てなかった俺は初めて見るが、この建物は、俺の前世で写真や映像で見た覚えがある。


 どう見ても【クレムリン大宮殿】です。

 本当にありがとうございました。


「分かるか、若造。すばらしい宮殿だろう」

「趣味入れましたね」

「趣味じゃない。望郷ぼうきょうだ。こっちの建材と相性良かったし、内部構造も実用本位だ。ちゃんと機能は果たしているんだからいいだろ。若造もやってみたらどうだ」


 故郷の建屋を再現できてウラジィさんは嬉しそうだ。

 そういうのがアリなら、俺もどこかでやってみよう。


 【魔王城】近くで温泉でもいたら、神聖大四国帝国の名物だった【あの温泉建屋】をこっちで再現してやる。


「嬢ちゃんや、アレは【墓標ぼひょう】にせんでくれよ。って寝とるのか」

「あー、寝てますか」


 ジェット嬢はいつからか随分大人しくなった。

 俺の背中で寝ていることが多くなった。

 先日の【終戦協定締結式典】では多少暴れたが、あの日以降は物騒なことはしていない。


 俺は、俺と出会う前のジェット嬢のことをよく知らない。

 だから、もしかしたらこっちがなのかとも思う。

 本来は、自分の落ち着ける場所でゆっくりと時を過ごすことを好むような、大人しいむすめなのかもしれない。


「まぁ、嬢ちゃんも苦労するな」

「同感です」

「ちゃんと支えてやるんだぞ若造。わしはいつまでもらんからな」


 新しい【世界の枠組み】成立の陰の功労者はウラジィさんに違いない。

 俺達の知らないところで、両国の関係者を引き合わせたり、各種交渉を仲介してそれぞれの利害の細かいところを調整したり、どうにもならないところについては折り合いをつけるように根気よく説得したりと、状況に応じた両国間の意思決定が円滑に進むように下準備を地道にしてくれていたと、イェーガ王とアレクサ首相から聞いた。

 【戦争】は終わらなかったけど、両国の平和な共存に貢献できたんだから、前世での未練は十分に果たせたんじゃないかと思う。


◇◇◇◇


 【バー・ワリャーグ】でウラジィさんと【たましいに干渉する力】について相談した四日後の午前中。俺達は【双発葉巻号】で久々にサロンフランクフルトに里帰りをした。


 ジェット嬢を背中に載せて滑走路から食堂棟に向かおうとしたら、敷地内が騒がしい。

 【品質保証部】のメンバーが走り回っている。


「あっ! 【魔王】様。丁度いい所に」

 【品質保証部】のメンバーが俺を見つけて話しかけてきた。


「どうしたんだそんなに慌てて。らしくないぞ」

「【禁止テーマ無断研究容疑】でカイゼン室に拘束していたルクランシェ主任が、ウィルバー部長がリバーサイドシティに出張している隙に脱走しました。現在捜索中です」

「なんだと。ルクランシェがまた危険な研究をしようとしたのか! 脱走したのはいつだ」

「今朝です。発覚直後に敷地の出入り口を封鎖したので、敷地内に潜伏しているはずです。もしお時間があるなら【魔王】様も捜索支援お願いします」

「了解だ。ルクランシェのテーマは危険だからな。【魔王】としても放置はできん」


…………


 【たましいに干渉する力】には、意外な使い道があった。

 隠れている人間を探し出す用途だ。


 サロンフランクフルト食堂棟前。

 木炭が入っている一辺1000mmぐらいの直方体の木箱が二個並んでおり、その片方の中から生きている人間の【たましい】を感じる。

 何となくわかる。ルクランシェだ。


 木炭と言えば、この世界の永久機関である【魔力電池】完成のきっかけは、ルクランシェが無断で持ち出した調理用の木炭を使って金属シリコンを大量に製造できたことだったな。

 あの時メアリ様にものすごく怒られたっけなぁ。

 もうあれから二年以上経つのか。


 懐かしい思い出を振り返りながら、ルクランシェが隠れている木炭入りの木箱の前で、ジェット嬢にもその木箱が見えるように向きを変える。

 ジェット嬢も木箱の中の人の気配に気付いたようだ。


「ばれてるんだぞ。ルクランシェ」

「木箱の隙間から覗いてることもバレてるのよ」

 そんなことしてたのか。それは気付かなかった。


「ジェット嬢。ちょっとあぶるか?」

「そうね。黒焦げにしてもアンタがいれば治せるし」

 軽く脅したら、箱の中で動く気配。

 観念して出てくるかな。


「……ごめんなさい。中で動けなくなってます。助けてください」


「「何やっとるんじゃー!」」


…………


 木箱に詰まった木炭の中からルクランシェを救出。

 とっさに隠れたはいいが、木炭に埋まって身動き取れなくなっていたとのこと。


 サロンフランクフルト総出でのルクランシェ捜索隊は食堂棟前に一旦集合してから解散。

 スミスとメアリも捜索隊に参加していたようで、捜索隊解散により食堂棟に帰ってきた。


 大人数集まったところを【たましいに干渉する力】で見ると、やっぱり人ぞれぞれ【たましい】のまとう雰囲気というかそういう物が一人一人違う。

 違和感を感じる人間はそう居ないのだが、サロンフランクフルトの管理人夫妻であるスミスとメアリだけは気になった。


 主に【性別】の部分。

 時に優しく、時にすごく厳しく、サロンフランクフルトの母親係として活躍しているメアリ。

 俺もいろいろお世話になった。

 本当の意味での女性らしさや母親らしさを目指せるのは、案外こういう人なのかもしれない。


 そして、あんまり会話することが無かったスミスについてもちょっと気になることができたので、詳しいであろうジェット嬢に聞いてみる。


「ジェット嬢よ、唐突だが、スミスって強いのか?」

「強いわよ。剣を持ったら一対一で【魔物】と戦って勝つぐらい。私が魔法を覚える前はスミスが【魔物】からサロンフランクフルトを守ってたのよ」

 そうだったのか。

 そうだよな。【魔物】が出ていた頃から城壁都市の外側で暮らしていたんだから、そういう人も必要だよな。


 そして、食堂棟の食堂テーブル席にて、メアリからコーヒーを頂きつつ【品質保証部】メンバー立ち合いのもとでルクランシェ主任の取り調べ。


「ルクランシェよ。【品質保証部】から禁止されてもあの危険な研究をしたいのか」

「そうなんです。人間のように動く、人間以上の人外の存在を創り出したいんです。【勝利終戦号】が存在した以上。原理的には可能なんです。そして、幾つかの必要な材料は揃っているんです」


 ここまで執着している【クレイジーエンジニア】を止めるのは難しい。

 だったら、安全な場所でやらせよう。それに適した場所なら心当たりがある。


「ジェット嬢よ。このテーマを研究する組織を作って、【魔王城】近くに研究所を作りたいんだが、それでいいか」

「そうね。それが一番安全ね」

「あ、ありがとうございます【魔王】様!」

「研究場所を用意する代わり、俺の指示にそむいたら黒焦げだぞ」

「は……はい……」

 【黒焦げ】で済む保証は無いがな。

 場合によっては国境沿いの【地獄の戦場】送りだ。


 こうして、ルクランシェ主任は【西方運搬機械株式会社】を退職し、上司だったプランテ室長に別れの挨拶をしたのち、対象となる研究成果と関連機材の【双発葉巻号】への積み込み作業へと移った。


 【魔王城】東側の滑走路周辺に【中央銀行】等のメンバーが宿泊する建屋ができているので、当面はそこで暮らしてもらう。

 所属としては、ソド公率いる【ターシ環境化学研究所】下に【波動魔力応用研究室】を新設し、俺がそこの室長に就任してルクランシェの上司となる形だ。


 ルクランシェ達の作業を滑走路から見守りながら、俺は背中に居るジェット嬢に気になっていたことを聞いてみた。

「あの日、【魔物】は三種類居ると言ったが、最後の一種類はどんな奴なんだ」

「アンタが暴走させた【戦車】のことよ」

「【勝利終戦号】の事か。あれは【魔物】だったのか!?」

「明確な分類法があるわけじゃないけど、意思を持った人外の存在という意味では【魔物】に該当するわ」

「俺は、【魔王】と呼ばれる前から、【魔物】を作っていたということになるのか」

「私の知る魔法で【たましいの無い肉体】を創り出す方法には心当たりがあるのよ。アンタ、異世界人固有の何かで、それに【たましい】を載せるような方法に心当たりは無いかしら」


 俺にはそれに心当たりがある。

 俺やウラジィさんが持っている【たましいに干渉する力】を使えば【たましい】を何かの媒体に載せるようなこともできそうな気はする。


「今の俺ならできそうな気はする。無論、それをしようとは思わんが」

「私とアンタが協力すれば【魔物】は作り出せるかもね」

「そうかもしれん。【魔物】が一体どういう物だったのかはよくわからんが、それに近い物は人間の技術で作り出せそうだな」


 先代の【魔王】は俺やウラジィさんと同じ【転生者】の可能性が高い。

 目的は分からないが、【魔物】は本当にそうやって作られたものかもしれない。


「ルクランシェの研究。注意が必要ね」

「そうだな。ルクランシェは研究成果もろとも【魔王城】周辺に隔離しておく方がいいな。それなら万が一【魔物】を作ってしまっても、俺達で対処できる」


 各種手続きを終えて、俺達はルクランシェを【魔王城】に連れ帰った。

 まずは、今まであんまり考えたことが無かった【魔物】の正体について研究させよう。

 そして、自分が行っていた研究がどれほど危険なものだったか、それを理解させよう。


◆◇◇◇◇◇◇◇


 俺達がサロンフランクフルトに行ってから十七日後。【ターシ環境化学研究所】下に【波動魔力応用研究室】が正式に設立され、俺が室長に就任してから十日後。

 ジェット嬢が座る【玉座ぎょくざ】の前に会議用のテーブルを並べて、マリアさんが持ち込んだ新グッズの扱いを考えている。


「コレは、【セクハラ】に該当しないかしら」

「違います。【美術品】です。この世界の【いい女】の頂点となる存在を、エスタンシア帝国製の新型合成樹脂材料にて形にした【ご神体】に相当するありがたいものです」


 マリアさんが持ち込んだのは、俺の前世世界で言うところの【フィギュア】だ。

 全高250mm程度の座った女の像。

 着衣無しの脚の無い身体で何かに座って、まるで【串刺し】にでもされているかのように背筋をピンと伸ばし、両腕を振り上げて大口を開けて絶叫しているポーズ。


 どう見てもモデルはジェット嬢。

 開けた口の中には例の【歯並び】も再現されており、あの特徴的な【悲鳴】が聞こえてきそうなぐらいに精密に表情が作りこまれている。


「【美術品】で、【いい女】の頂点で【ご神体】……」

 それをじっくり見ながらジェット嬢が何かを考えている。


 俺の前世世界の【美術品】にも【裸婦像】というカテゴリはあったから、【美術品】と言えばこれも【美術品】ではあるのだが。

 実在の人物がモデルにされている以上、【セクハラ】との線引きは難しい。


「コレを【ご神体】として各ご家庭に置いて、【いい女】、つまり【美しい女】は何たるかという基準にするのです」

「マリアさん。健康体型の基準とするなら、脚が無い点を除けばジェット嬢は理想的かもしれないけど、その像を各ご家庭に置く意味はあるのか?」

「エスタンシア帝国で一部の女性のせすぎが問題になっています。食糧難の解決で食べ過ぎて太りすぎた方が減量に走ったことが原因です」

「せっかく食糧問題を解決してたくさん食べられるようになったのに、そこで減量に走るのか? なんでそんなことになるんだ?」

「女性は急に体格が変わると不安になる物です。肥満もよくないものですが、減量も行き過ぎると健康を害してしまいます」

「それは分かる。俺の前世世界でも【摂食障害】という病気があった。太りたくないから食べたくないという発想が病気に発展したもので、治療も難しいし、予後よごも悪いすごく厄介なものだった」

「美しくなりたいという女性が持つ当然の欲求が元なので、【魔王妃】様の健康体型を【美の基準】として全世界に周知すれば、健康を害するほどせようとする女性も居なくなると思いまして」


「【美の基準】……」

 ジェット嬢が複雑な表情で例の【フィギュア】を見ている。


 まぁ、確かに俺の前世世界の【摂食障害】の原因も【美の基準】のズレが原因といえばそうだ。

 痩せた芸能人がもてはやされていると、せが【美】であると誤認して、そこを目指してしまうから病気になる。

 行き過ぎた【せ】は【え】の結末だ。【美】なんかじゃない。

 わざわざそこを目指すのは自殺行為だ。


 ジェット嬢のような【健康体型】を【美の基準】として世界中で共有しておけば、健康を害する女性も減るという理屈だな。

 なんだかんだ言ってジェット嬢はこの世界で一番有名な女性ではあるし、【恐怖】の対象を超越ちょうえつして、各所で【崇拝すうはい】されているという話も聞く。

 不自然なく【ご神体】にもなれるだろう。


 だが、ジェット嬢の破廉恥フィギュアを世界中にばらまくのも【夫】としてあまり好ましくない。

 そうなると、解決策はこれだ。


「せめて、【服】を着せないか」

「それよ!」

 悩んでいたジェット嬢が叫ぶ。

 やっぱりそこだよな。


「合成樹脂材料による造形では服のような薄い構造が再現できません。だからやむなく着衣無しの形になってます」

「それはできるんですよマリアさん。俺の前世世界の【美術品】では、これに近い材料で長髪とかスカートとかの細くて薄い構造を見事に再現していました」

「工房の造形担当の【技術者】が無理と言ってましたよ」

「【魔王】ができると言ったと伝えてください。そこは【技術者】ががんばるところです」


 シャカシャカシャカシャカ


「こんな服がいい」

 ジェット嬢が早速服飾デザインのスケッチを出してきた。

 上半身だけのネグリジェ的な何かだ。

 まぁ、俺の前世世界のフィギュアなら普通に造形できる形だ。


 俺は前世で開発職サラリーマンをしていた頃、射出成型やゴム成型の金型なら現物を見たことがある。

 簡単な物なら設計したこともある。

 その頃の知識を思い出して、金型やゴム型の構造についていろいろスケッチを描いて渡した。


 マリアさんは俺達のスケッチを持って【尻尾】を振りながら【美術品】の工房があるというリバーサイドシティへと出発した。

 そして、【セクハラ】と線引きが難しいあの【美術品】は複製を禁止してジェット嬢が回収した。

 人には見せられないが、出来栄えとしては気に入ったとのことで【巣箱】の中に飾るらしい。

 ジェット嬢は王宮時代の雪辱を果たしたとほくそ笑んでいたが、王宮で一体何があったんだ。


◇◇◇◇◇


 マリアさんがこの世界の【美の基準】となる【美術品】を持ち込んでから五日後。再び【玉座】の前のテーブルで会議が開催されていた。今回は【西方良書出版株式会社】のエレノアさんだ。

 なんか、【極秘任務】を依頼してたらしい。


「リバーサイド壊滅事件の件、何か情報集まったかしら」

「ええ、リバーサイドシティ最寄りのヨセフタウンに住む年配の方々に取材したら、情報源は秘匿するという条件でいろいろ聞き出すことができました」


 本職の記者だから、そういうのが得意なんだな。

 前回のジェット嬢の演説のこともあり、やっぱり【隠蔽いんぺい】は良くないという風に考える人が増えたこともあるんだろうな。


「確認できたところを教えて頂戴」

「ちょっと経緯が複雑なんですが、元は、大きく発展しすぎたリバーサイドシティが両国から独立しようとしたのが発端ほったんらしいです」

「えっ。そんなことが起きてたの?」

「当然、両国はそれを止めようとして、ユグドラシル王国側からは先代の王妃様と護衛騎士と魔術師で編成した使節団を率いて交渉に当たってたそうですが、そこで【魔物】が大量発生して、街が壊滅したと」


 独立戦争を阻止するために王族が街に赴いている時に、【魔物】が大量発生して街が壊滅。

 いくら情報通信インフラが発達していないこの世界でも、こんな大きな事件が【隠蔽いんぺい】できるものだろうか。

 身近で起きた事件にすら、ここまで関心を持たないのはこの世界の国民性のようなものだろうか。


 そこまで考えて、俺は前世世界の日常を思い出した。

 俺の前世は40代妻子持ちのオッサン。知っている間にも、世界の歴史を動かすほどの大きな出来事もそれなりにあった。

 だが、俺は、その真相をどれだけ知っていただろうか。

 どれほど、知ろうとしただろうか。


 大抵の事件には、利害関係者というのが居る。

 それぞれ、知られたくない情報、隠したい情報というのは存在する。

 【報道】というのはそういう部分に配慮されるものだ。


 【報道】される表面的な情報を鵜呑みにするばかりで、その陰で苦しんでいる人が居るという可能性を、その裏で危険な事態が進行している可能性を、前世の俺は気付くことができていただろうか。


 前世の俺も同類だ。

 【無関心】という意味では、この世界の人たちの【どうしようもない歴史】を笑えない。

 俺の前世世界もいつの日か【取り返しのつかない失敗】に至ってしまうのかもしれない。


「【魔物】が大量発生した原因については何か分かったの?」

「取材に応じてくれた方の話によると、リバーサイドシティは独立が両国から認められなかった場合は、魔法応用技術で作り出した人外の兵隊を動員して独立戦争を挑むつもりで、そのような技術を開発していたそうです。それが、何らかの理由で制御が効かくなって【魔物】を創り出してしまったのではないかと」


 ルクランシェがやろうとしていたようなことを、過去に既に誰かがしていたということか。

 そして、それに失敗したと。

 もしルクランシェの研究ペースがもう少し速かったら、あるいは、俺達がそれに気付くのが遅かったら、サロンフランクフルトで同じ失敗を繰り返していたかもしれない。


「それならそうと、発表すればいいのに。何でここまで徹底的に【隠蔽いんぺい】したのかしら。本当にどうしようもないわね」

「ジェット嬢よ。もしこれを【隠蔽いんぺい】しなかったら、人間の技術で【魔物】を創り出せることが広く知られてしまったかもしれないぞ。ルクランシェの件もあるし、それはそれで危険な結果になったはずだ」

「確かに。できるってわかったら後先考えず試そうとする【どうしようもない人間】が居るから、【隠蔽いんぺい】したほうが安全だったかもしれないわね」


「先代の王妃様は、【魔物】が大量発生した市内から市民を避難させるために、護衛騎士や魔術師を率いて殿しんがりつとめて戦死されたとのことです」

「先代の王妃様は公式には病死となっていたけど、そこまで【隠蔽いんぺい】したのね。ゴエイジャーからもそういう話を聞いていたけど、これで裏は取れたからソド公や【辛辣しんらつ長】にも一度話を聞きたいわ」


 確かに知っていそうではあるな。

 亡くなった先代王妃様の案件だから、聞き出しつらいけど、そこはそれ、王族の仕事として耐えてもらうしかないな。


「ちなみに、リバーサイドシティから脱出した生存者は何処どこに行ったのかしら。当時子供の年齢だった生存者はヨセフタウン近辺にも住んでいたけど、あれだけの大都市なんだから脱出した市民はもっといたはずよ」

「都市を先に【魔物】に包囲されてしまったのと、脱出は子供達を優先したので、脱出に成功した大人は多くなかったそうです。子供達の脱出を先導した女性騎士と、王族の遠縁で国内最高と言われた闇魔術師の男の二名が生存している可能性があると聞いたので、取材のために探しましたが今回の調査では探し当てることはできませんでした」


 もしかして、その二人は。

 いや、そこは今突っ込むべきではないな。


「内容が内容なだけにタイミングは難しいけど、取材した内容はいずれは【歴史資料】として公開したいから、取材した資料は保管しておいて頂戴。安全な場所がないなら【魔王城】の【禁書庫】で預かるわ」

「そうですね。では、取材資料一式はここに置いていくので、しばらく【禁書庫】にて保管お願いします。編集が必要になったら受け取りに来ます」


 エレノアさんはテーブル上に紙袋を差し出した。

 これらは後で司書のイエローに渡して、【禁書庫】での保管を依頼するんだろう。

 そして、いずれは全部公開して、今後の教育に役立てるということだろう。

 過去の歴史をしっかりと把握しておくことで、次の世代の人間が同じ失敗をしないように【歯止め】をしておく。

 とても大事なことだ。


 俺の前世世界では、それがちゃんとできてたかどうかは今更ながらに疑問だ。

 【歴史は勝者が決める】というルールがまかり通っていた部分がある。

 この世界では、それと同じ失敗を繰り返さないように【魔王】として監督していこう。

 間違った【歴史教育】は、歴史的過ちを繰り返す原因になりかねんからな。


「来たついでに新刊を置いていきますね」

「あっ。コレは【魔王的育児論 ~正しさのない支え方を続ける~】ね。気になってたのよ」

「なんかタイトルからして俺が巻き込まれていそうな気がするが、一体何の本だ? 誰が書いたんだ?」

るトラクターの運転手さんからの寄稿を元に、国内各地の育児経験者の体験談や専門家のコメントを集めた【育児本】ですよ。シリーズ三冊目で、発売直後ですが印刷が追いつかないぐらいの人気書籍です」

「シリーズ三冊目って何だ。こんなのが他にもあるのか」

「既刊で【魔王的男女論~いい男の育てかた~】【魔王的夫婦論~分かり合えないことを分かり合う~】の二冊があります。人生の指標として人気で、おかげさまでどちらもベストセラー入りしました。エスタンシア帝国にも輸出されています」

「もしかして、あの時の話が元になっているのか。本当に【出版】にするなんてすごいな」

「編集者ですから。売れそうなネタがあれば何でも【出版】しますよ」


「で、肝心な自分の家庭の方はどうなんだ」

 これ聞いたら、またあの特徴的な【叫び声】が出るかな。


「【西方運搬機械株式会社】のエドゼル社長と婚約しました。新居はヨセフタウンで、来月結婚式です」

 思っていたよりもたくましくなってた。


「社長夫人か。全速力で勝ち組人生歩んでるな」

「これも【魔王】様のおかげですよ」


…………


 帰っていくエレノアさんを見送り、俺は【玉座ぎょくざ】前のテーブルを一旦片づけて、【玉座ぎょくざ】左後ろの執事的ポジションに戻る。


 ジェット嬢はさっきエレノアさんが置いて行った本を読んでいる。

 今日はもう来客は無いはずだ。

 夕食までジェット嬢とゆっくり過ごすか。


「アンタ、育児本の続刊が執筆できるわよ」

 【玉座ぎょくざ】に座るジェット嬢が俺を見上げて微笑みながら意味深な一言。


 俺もさすがに気付いてる。

 椅子から転げ落ちたあの時。

 頭から床に落ちたのは、とっさにお腹をかばったからだろう。


「アンタは本当に【高性能】ね。楽しみだわ。どっちかしら」

 少し膨らんできたお腹をメイド服の上から撫でるジェット嬢。


 【高性能】はオマエの方だ。

 【どっちも】だ。


 俺には分かる。そのお腹の中には三人居る。


 今は言うまい。

 準備だけはしておくか。

 【魔王】として。

 【父親】として。


「楽しみだな」


 俺は、前世では妻子持ちの40代オッサンだった。

 途中だった何もかもを断ち切られてこの世界に放り込まれた。


 同郷のウラジィさんと【葬式】をして【死別】したから未練は無い。

 だからこそ、こちらの世界ではこちらの世界の【魔王】として、【父親】として、【育児】というものを再度楽しみたいと思う。

 最後まで見届けられるかは分からないが、その時はその時だ。


 そして、俺はこの世界で楽しみにしていることがもう一つある。


 魔法の存在により技術の進歩が歪められてしまっていたこの世界でも、あと二十年もすればできるはずだ。


 俺はそれができるのを心待ちにしている。

 この世界のそれの開発に口出しするつもりは無い。

 前世のそれと違っていてもいい。

 この世界の人間がこの世界の技術センスで作り出すそれを、俺は見てみたい。


 俺は、前世の俺は、コンピュータ技術者だったんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魂に干渉できる能力だけで何か書けそうな気がしました。(笑) 人外の意識を持つ移動物体=魔物と魂の関係性、おもしろそうです。 そして、魂の場所を探る能力で3人って分かったんですね。 さらには…
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