第17話 クレイジーエンジニアと世界征服(10.4k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と二百六十一日目。エスタンシア帝国軍従軍写真家の不道徳行為に対して【滅殺破壊天罰】が下されてから五日後の午後。
俺達はサロンフランクフルト食堂棟に集まり、ヴァルハラ鉄道で帰国するソド公の到着を待っている。
食堂棟のテーブル席に集まるのは、イェーガ王とキャスリン王妃、【辛辣長】、車いす搭乗のジェット嬢とその後ろに俺。
ゴエイジャーの五人は【西方航空機株式会社】の格納庫で【双発葉巻号】の掃除と整備の手伝いをしている。【双発葉巻号】は、あの日【滅殺破壊天罰】の噴煙に巻き込まれて白い機体が煤で真っ黒になってしまったのだ。
「それにしても、【魔王妃】様も災難でしたね」
「本当よ。【写真機】であんなことをするなんて不道徳にも程があるわ。しかも、しかもよ、それを聞いて笑う奴が居るなんて!」
いかに酷い目に遭ったかを強調して語るジェット嬢。イェーガ王は気遣いのつもりで言っているのだろうが、怒りを再燃させるような発言は慎んで頂きたい。
ジェット嬢が【盗撮】行為の報復として、現地に集結したエスタンシア帝国軍を全滅させ、鉱山を破壊し、立ち入り禁止区域となっていた北部平野を【滅殺破壊天罰】で焼き払ったあの日。
反乱軍司令部における停戦交渉の場でジェット嬢は、エスタンシア帝国に軍の不道徳行為に対して【慰謝料】を請求。同時に、【例の写真機】が健在であることを告げ【証拠隠滅】は認めないと宣言。
エスタンシア帝国は、保有している金融資産の大半と北部鉱山の一部地域の【採掘権】を【慰謝料】として差し出すことになり、ユグドラシル王国と同様にジェット嬢に【借金漬け】にされてしまった。
そして、【現像】されたら国が滅びるであろう一枚が収められている【例の写真機】は、厳重に封印され、エスタンシア帝国の【国宝】として管理されることとなった。
どんな【お宝写真】だよ。
思い起こせば、【魔王妃として世界征服】なんてネタ振りをしたのが二百三十日前。
気が付いたら【恐怖】と【借金漬け】でユグドラシル王国とエスタンシア帝国の両国を実効支配する形が完成しており【世界征服】を達成してしまった。
ジェット嬢。なんて恐ろしい娘。
「あの件で、ちょっと気になっていたことがあるのよ」
怒りが収まっている様子は無いが、気になることが別にあるようでジェット嬢が話題を変えた。
「どこが気になるんだ」
「あのソド公が【北の希望】を武器にすることを考えるかしら」
「そういえば、あり得ませんね。ソド公は昔から【安全管理】と【技術者倫理】には厳しいです。それに反する作戦の発案はあり得ません」
長年側近をしていた【辛辣長】が断言する。
確かに、持ち込まれた【北の希望】を速攻で焼却処分していたぐらいだから、脅しとしても自ら人道に反する【生物兵器】の使用を発案するのは考えられない。
「これはある種の【生物兵器】よね……。【生物兵器】といえば……」
全員の視線がキャスリンに集まる。
確か、以前そういう危険な発言をしていたような。
「えーと……」
デタラメコーディネィトのサングラスの上からでも分かる。
キャスリンの目が泳いでる。
「………………」ジーッ
「……王宮の資金源確保が失敗続きで、つい、こう、魔が差したといいますか。その。でも、まさか本当にそれをするとは思わず…………」
なにか心当たりがあるということか。
「……………………」ジーーッ
「今回の件に比べれば、今までの【不祥事】は可愛いモノとか思えませんか?」
ガタッ
イェーガ王が見覚えのあるオーラを出しながら、椅子に座るキャスリンを素早く【お姫様抱っこ】で抱き上げた。
あのオーラは俺の前世世界で見たことがある。
【妻がスマホ見ながらのながら運転で人身事故を起こしてしまい、検●庁から呼び出されて罰●刑を科された帰り、事故を起こしたのは悪いことだけど家事育児に忙殺されている中で悪気の無い出来心の結果だから、夫の義務としてせめて優しく接してやろうと思っていたら、妻が、人身事故に比べたら物損事故なんて処理が楽だったわぁ、とあり得ないことを平然と言いだしたので、夫の義務として厳しめの対応をしようと思った時】のオーラだ。
成人女性の【お姫様抱っこ】を安全にできる男は少ないものだが、イェーガ王もやっぱり怪力体質だったか。まぁ、キャスリンは小柄だからそれほど無理はないのかな。
身長185cmぐらいの普通に大柄なイェーガ王が、150cm程度の若干小柄なキャスリン王妃を抱き上げる。絵になる構図だ。
キャスリンの服装がデタラメコーディネイトでなければ。
「キャスリン。今日はついに【七】だね」
イェーガ王は【とてもいい笑顔】でキャスリンに対して謎の宣言。
「えっ!そっそれだけはご勘弁を! あんまりですわ。あんまりですわー!」
イェーガ王の腕の上でジタバタと暴れながら叫ぶキャスリン。でも、しっかりと抱き上げられているので逃げられそうにない。
「メアリ様ー。【七】をお願いしまーす」
食堂カウンター奥の調理場に向かって、イェーガ王が【とてもさわやかな声】で注文する。
「まぁ、ついに【魂を貫く痛みの奔流が神の領域まで到達し何かを降臨させてしまいそうになって七日間立てなくなるコース】を試す時が来たのね。今日もいい声が聞けそうだわ」
いそいそと調理場からメアリ様が出てきた。何か嬉しそうだ。
「御許しを! ご勘弁を! ご慈悲を! 非道ですわー!」ジタバタ
キャスリン王妃を抱えたイェーガ王と調理場から出てきたメアリ様は、揃って医務室に入って行った。
そして
『ニャギャァァァァァァ!』
…………
脳内に響くキャスリンの悲鳴を聞きながらコーヒーを飲んでいると、食堂棟入口から作業服姿でサングラスと作業帽を被った男が入ってきた。ソド公だ。その後ろには久々に見る臨死グレーも居る。
『ニャギャァァァァァァァァ!』
「臨死グレー、ソド公の【護衛】任務を完了して帰国致しました!」
シャキーン
前に出てきてシャキーンと挨拶する臨死グレー。
こういうノリはゴエイジャーだ。
「グレーはソド公の護衛役か。増員メンバーなのにあの五人よりも先に【護衛】らしい仕事を達成したな」
「あら。あの五人も【護衛】は達成しているのよ」
「そうなのか」
『ニャギャァァァァァァァァァァ!』
「皆、騒がせてすまんかったな。鉱山の仕事は全く終わっていないが【国外退去処分】を受けて帰されてしまった」
「お疲れ様ですソド公。無事生還できて何よりです」
のっそりとテーブル席の方に寄ってきたソド公の微妙にズレた挨拶に【辛辣長】が慣れた口調で応える。
隣国で反乱を起こしたんだから、極刑になってもおかしくないんだが。無傷で速攻帰されたのは外交交渉の成果だろうか。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァ!』
【護衛】任務を終了したグレーは【辛辣長】の方に向かう。
「すみませんが、経費の精算お願いできますか?あと給料と税務申告用の書類も」
「そうだったな。全部持ってきている。あっちのテーブルで処理しよう」
臨死グレーと【辛辣長】は事務処理のためにそそくさと食堂奥のテーブルに行った。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァ!』
「おや? イェーガの奴は来てないのか。キャスリンが居るのは分かるが」
「王はキャスリンに【教育的指導】をしているところよ。いっそソド公も受けたらどうかしら」
ソド公と顔を合わせるのが気まずいと言っていたジェット嬢が普通に喋っている。ふっ切れたのだろうか。
「そうか。何があったかわからんが、仲が良くてなによりだ」
このオヤジも大概ズレてるな。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァ!』
「他人事みたいに言ってるけど、隣国にあれだけ迷惑かけて、世界中を混乱させたんだからソド公にも何らかの処分は下るわよ」
世界中を混乱させたという意味ではジェット嬢のほうが派手にやらかしているのだが、そこは言うまい。アレはエスタンシア帝国軍の責任だ。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
「そうか。息子に裁かれる時が来てしまうとは、因果なものだな」
「とりあえずイェーガ王が出てくるのを待ちましょう。医務室に居るわ」
「では、俺がコーヒーを淹れますよ」
久しぶりに前の職場の調理場でコーヒーを淹れる俺。
調理場内は何も変わってなくて安心した。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
もうそろそろいいんじゃないかな。
キャスリンも反省していると思うよ。
ソド公も待ってるし、イェーガ王早く出てきてくれないかな。
…………
その後、医務室から【満足そうな表情】で出てきたイェーガ王は、ソド公を環境化学研究所の役職から解任し、王宮地下牢に幽閉すると宣言。
ソド公は環境化学研究所に帰りたがっていたが、スパッと却下していた。
必要ならば身内も裁かなくてはいけない【王】という立場の辛さを感じさせないぐらいの即断ぶりに、イェーガ王の底力を見た気がする。
臨死グレーは、経費の精算を終えたらそそくさと出発した。
ヴァルハラ鉄道で再度エスタンシア帝国に戻って、カランリアの税務署で【確定申告】をしたのち、海沿いの街を巡って各種【魚の干物】の買い付けを続けるそうだ。
【魔王城】に帰る気ないのかな。
部屋は用意してあるんだけど。
イェーガ王とソド公と【辛辣長】とジェット嬢と俺でしばし雑談。ソド公とジェット嬢は元は仲が良かったそうな。だから【お礼参り】の後に直接会うのが気まずくなったらしいが、今回の件でお互いふっ切れたようだ。
そしてそろそろ解散の時間。
首都に帰還するのはイェーガ王と、護衛一人と【囚人】状態のソド公。【軍用2号機】で飛ぶため先に食堂棟から出発する。
「では、メアリ様。キャスリンをしばらくお願いします」
やっぱりキャスリン王妃は置いてくのか。
まぁ、ここからじゃ様子見えないけど、動かせないのかな。
「かしこまりました。ちゃんと【お世話】をしておきます」
大丈夫なんだよな。本当に大丈夫なんだよな。
食堂棟入口から出ていくイェーガ王達を見送りながら、メアリ様がうっとりとした表情で一言。
「基準になるぐらいの極度の【受け】でありながら、真性の【ドS】でもある。なんて尊いのかしら。まさしく【王】にふさわしいわ」
聞かなかったことにしよう。
多分【不敬】に該当しますよメアリ様。
この国大丈夫かな。
いや、【王】がそのぐらいでないと、あの王族達をまとめきれないか。
◇◇
武装蜂起前後に何かをしでかしたキャスリン王妃が【魂を貫く痛みの奔流が神の領域まで到達し何かを降臨させてしまいそうになって七日間立てなくなるコース】の刑を受け、【元・国王】であるソド公が帰国次第投獄されるという事態が発生した二日後の夜。
ジェット嬢が車いすで居室のデスクに座り、火魔法の照明の下で何か分厚い資料を読んでいる。
「ジェット嬢よ。夜更かしとは珍しいな。何を読んでるんだ?」
「ゴエイジャーの【始末書】よ」
「それが【始末書】か。数百ページありそうだが」
読み終わったのか、ジェット嬢はその【始末書】を大切そうに皮袋に入れた。
「今まで酷い目に遭ったことも多かったけど、出会いには恵まれていたことがよくわかったわ」
「そうか。それは良かったな」
どこかで誰かから聞いた気がする。
【不幸】とは【幸福】に気付けない事。
不運や不幸を感じた時でも、足下に幸せはあるものなんだろう。
ジェット嬢が俺の転生する前にこの世界でどんな人生を歩んできたかは知らないが、過去の幸せに気づくことができたならこれからも幸せに生きていけるんじゃないかと、死と転生を経て割と楽しく生きている40代オッサンとして思った。
◆◇◇◇
【滅殺破壊天罰】の日から二十日後。ジェット嬢がゴエイジャー達の【始末書】を通じて人生の幸せな出会いに気付いてから十三日後の午前中。
エスタンシア帝国から陸路で運ばれてきた【慰謝料】の金貨が到着するのに合わせて、両国の首脳部が【魔王城】に集合していた。
ガラガラ 「金貨イエーイ!」
ガラガラガラ 「金貨ウホー!」
ガラガラガラガラ 「金貨キター!」
ガラガラガラガラガラ 「金貨イヤッホォォォウ!」
ガラガラガラガラガラガラ 「金貨ワッショーイ!」
ゴエイジャーの五人組が【魔王城】入口広場に到着したエスタンシア帝国の【現金輸送車】の車列から、金貨の入った箱をエントランス右端に運び込む。
金貨の箱の規格がユグドラシル王国の物と同じだったので、今まであった箱と合わせてレンガのように積み上げて、【魔王城】エントランスの右端に金貨箱で囲われた部屋のようなものを作っている。
両国政府全財産の【千両箱】で作った部屋。なんて贅沢な。
そして【辛辣長】は、エスタンシア帝国の首相と一緒にその部屋の中に会議室用の机と椅子を運び込んでいる。会議室にするらしい。
…………
アンとメイが頑張って、十七人分の昼食を調理。【魔王城】メンバー十人と、ユグドラシル王国王宮メンバーの四人と、エスタンシア帝国からの来客三人で大テーブルを囲んで食事。
そのユグドラシル王国王宮メンバーに、違和感のある一人が。
「王と、キャスリンと、ソド公が居るのは分かるけど、なんでオリバーが居るのよ」
ジェット嬢がその件についてツッコミ。
「牢獄でソド公と意気投合して、現役農夫として農業政策のアドバイザーとしてスカウトされた。でも給料は無い。弁当もらって仕事してる」
気まずそうにオリバーが応える。
そういえば【セクハラ】による【不敬罪】で投獄されてたんだっけ。【刑務作業】のような形で仕事をしているのかな。
…………
【千両箱】会議室に【ユグドラシル王国】【エスタンシア帝国】の首脳部が揃って【国際会議】。そこに【魔王城】メンバーの俺達も同席。
この二国。長年国交が無いと言う割には言語も通貨も共通で、別段協定があるわけでもないのに商取引で使う各種単位も共通。この世界では誰もそれを疑問に思っていないが、前世世界で【外国】というものを知っている俺から見るとすごく違和感がある。だがあえてそこは突っ込むまい。
話を聞く中で両国間で大きく違う点は、エスタンシア帝国は【魔法】をあまり好んで使用しないという点。元々適性者が少ないのと、属人性が強くて安定して使えないというところが好まれないようだ。
俺の前世世界で言う、【暗算】とかそんな感じだろうか。技量次第では便利だが、それに頼りすぎると、できる人が居なくなった時に困るとか。
初回の【国際会議】だ。議題はいろいろある。
まずは、【滅殺破壊天罰】により焼き払われた北部平野の現状について情報交換。【双発葉巻号】による高空からの航空写真は撮影できたが、現時点で地上からの調査はできていない。陸路から調査隊が侵入を試みたが、地表温度が高く、未だに燃えている場所もあり危険で接近できないという。
航空写真より、エスタンシア川の下流部に大きな穴が開いておりそこに水が溜まりつつあることが確認された。【滅殺破壊天罰】による巨大なクレーターだ。
いずれは湖になるはずなので、その湖はこの事件を忘れず【道徳心】の大切さを語り継ぐため、【紳士道徳湖】と命名される予定とか。
両国間の協定についての議論。
終戦協定や通商協定や相互国民の出入国管理協定等いろいろ国家間で必要な決め事はあるが、まず優先して【紳士道徳教育条約】を締結することとなった。
これは【滅殺破壊天罰】の再発を防ぐために両国が最優先で検討していたことで、【セクハラ】や【不道徳行為】を両国共通の規定にて厳しく罰すると共に、両国の義務教育の中に【紳士道徳】の教科を設けて子供の頃から【道徳心】の大切さを教育する体制を整備するものだ。
その規範を定める機関として、両国から適任者を集めてリバーサイドシティに【紳士道徳教育委員会】を設立し、ユグドラシル王国側からは【西方航空機株式会社】のウィルバー部長をその委員会の【書記長】に推薦するとか。
次は、出入国管理協定について。
既に国境を人が出入りしているが、その入出国管理が曖昧だったので両国間でルールを整備することにした。
【魔王討伐計画】遂行時にエスタンシア帝国側で作りかけていたルールがあったそうなので、エスタンシア帝国側への入国についてはそれを採用することになった。ユグドラシル王国側もそれに近い形で制度を整備するという。【入国許可証】の制度だ。
イェーガ王がアレクサ首相からエスタンシア帝国側の申請書を受け取ったので、申請する人員を選定して後日申請するとか。
チラッと見たその申請書の書式に見覚えがあった。転生時に俺が持っていたあの書類にすごく良く似ている。でもそれは【滅殺案件】が絡みそうなのでスルー。
俺とジェット嬢もその申請に入れてもらおうとしたが、【魔王城】メンバーはこの申請とは別枠らしい。
ソド公とキャスリン王妃もその申請を希望したが、二人はアレクサ首相よりエスタンシア帝国への【永久入国禁止】を言い渡された。【頼むからもう二度と来ないでくれ】と。
ソド公はがっかりしていたが、自業自得だろう。
続いて、経済協定について。
【慰謝料】で両国の金貨の大半を【魔王城】に集めてしまったことで、両国間で金貨の流通が滞り緩やかな物価上昇が発生しているという。
「金貨の流通量で物価が上下するのも変な話よね。新しい金の鉱脈が見つかっても物価に影響が出るのかしら。そんなんじゃ生活も貯金もし辛いわね」
混乱の主要因でもあるジェット嬢がもっともな一言。
そこで、俺は久しぶりに【異世界技術】を出してみた。【金貨本位制】から、金貨と交換可能な【兌換紙幣】に移行し、最終的は【管理通貨制度】に至った【お金の歴史】の話だ。
「その概念はいいですね。エスタンシア帝国内では金貨による商取引の習慣が経済成長の足かせなっているので、両国共通の【管理通貨制度】の導入は助かります」
アレクサ首相が興味を示した。
「ユグドラシル王国も状況は同じです。金貨現物流通量の激減に伴い、一部では【手形】の形で商取引が行われていたので、それの延長線上で【管理通貨制度】の導入は国内でも歓迎されるでしょう」
イェーガ王も食いついた。
「だが、【管理通貨制度】実現のためには、通貨の流通量を管理する組織が必要になるぞ。俺の前世世界では【中央銀行】と呼んでいたがな。両国で共通の通貨を導入するなら両国共有の【中央銀行】が必要だ。あと、【紙幣】を発行するんだったら、偽造されないような工夫も必要になる」
俺が念押し。
終戦協定や正式な国交が無いままで、共有の【中央銀行】設立は難しいようにも思える。そして、この世界の印刷技術で偽造困難な【紙幣】が発行できるかどうかも疑問だ。【偽札】が出回ったら経済が混乱する。
アレクサ首相とイェーガ王が頭を悩ませつつ、【辛辣長】とエスタンシア帝国の二人があーでもないこーでもないと話をしている。
ソド公は無関心。オリバーは議事録を書いているようだ。
「いっそ【魔王城】を【中央銀行】にしてはどうでしょうか」
キャスリンがとんでもない提案。
会議室内の視線がキャスリンに集まる。
「両国の保有する金貨の大半がここに集まっていますし、【魔王城】から【兌換紙幣】の形で【紙幣】を発行し、そこから時間をかけて両国の経済成長の状況を見ながら【管理通貨制度】への移行を進めればよろしいかと」
キャスリンがまともなことを言っている。
【七】が効いているのだろうか。
「偽造の問題についても、【紙幣】の流通に【魔王妃】様が関わっていると公表すれば恐くて誰もそんなことできませんわ。何といっても【滅殺破壊天罰】を成し遂げた今の【魔王妃】様は、両国共通の絶対的恐怖伝説そのもの」「マスク!」
王とソド公と【辛辣長】と俺の非常ブレーキ。
やっぱりキャスリンはキャスリンだ。
【七】でも効果が足りないのか?
ジェット嬢が顔をひきつらせているぞ。
でも、案としては現実的。
【魔王城】を【中央銀行】として、両国共通の【兌換紙幣】を発行する運びとなった。
表面には【滅殺破壊天罰】の巨大な噴煙。裏面には、【墓標】と【例の写真機】の図が描かれて、表面の下に連番と共に【偽造したら滅殺よ】という物騒メッセージが入った、【恐怖】で信用秩序を維持するとんでもない【紙幣】。
通称【滅札】
【魔王城】にて金貨一枚と兌換できるというルールで、準備が整い次第運用を開始する。
【恐怖】と【信用】は紙一重。
だって人間だもの。
この世界の【魔王城】は【中央銀行】になる。
一通りの議題を消化して両国の首脳達は帰路に付いた。【千両箱】会議室は今後、両国の【国際会議】の場所として使用されるらしい。【魔王城】ってそういう物だっけ?
疑問はあるけど、【国際会議場】とするには確かに立地条件がいい。滑走路も整備されているし、国境となるヴァルハラ川沿いで首都とカランリアとの距離がほぼ同じ。ゴエイジャーの護衛もあるし、恐くて無断で近寄る人もいないので秘密保持にも適している。
この世界の【魔王城】は【国際会議場】にもなる。
◆◇◇◇◇
【魔王城】における初回の【国際会議】で【魔王城】が【中央銀行】になってから十四日後の午後。両国から飛行機で首脳部が集まり、【千両箱】会議室にて第二回目の国際会議を開催。
最初に【滅殺破壊天罰】により焼き払われた北部平野の続報について情報交換。
区域の端の方だが、陸路からの侵入と調査に成功したそうだ。その結果、地表だけでなくある程度の深さまで強熱された痕跡があり、完全に焦土となっていたとのこと。
あの日あの時、俺は【滅殺破壊魔法】の正体を見た気がする。上空を不規則な軌道で飛ぶ何かと、その直後の【核爆発】に匹敵する巨大な爆発。俺の前世世界で言うところの【陽電子砲】に相当する物ではなかろうかと。
だけど、巨大な爆発だけで北部平野を焼き払うことはできない。実際に北部平野を焼き払ったのは広範囲の【火魔法】だ。【滅殺破壊魔法】と【火魔法】の組み合わせがあの【滅殺破壊天罰】の正体に違いない。
ジェット嬢の持つ魔法破壊力の上限は未知数だ。
次に、技術協定の話。
両国とも土台の部分は共通であるが、それぞれ異なる方向に技術を進歩させていた。内燃機関や金属加工、冶金、電気技術はエスタンシア帝国が先行しており、【魔力電池】等の魔法関連アイテムや、アンダーソン卿の基礎研究を土台とした【活性汚泥法】や【浄化槽】等の環境技術はユグドラシル王国が先行している。
話し合いの結果、お互いの国に持ち込まない技術が先に決まった。
【内燃機関】と【魔力電池】だ。
ユグドラシル王国内では燃料油の流通網が無いのと、エスタンシア帝国側でも燃料油の確保はあまり余力が無いことより、ユグドラシル王国では【内燃機関】は使用しないことになった。
また、同様にエスタンシア帝国の国民は全般的に魔法関連の技術を敬遠する傾向があるので【魔力電池】はエスタンシア帝国に輸出しない決まりとなった。
これで、両国間での技術の棲み分けがある程度確立された。
そしてエスタンシア帝国側は、ユグドラシル王国の環境化学研究所の研究成果に高い関心を示した。王宮の財政難で研究所の維持費に悩んでいるユグドラシル王国側は、研究成果の販売について積極的に取り組む方針となった。
ソド公は複雑な表情をしていたが、研究成果が資金源になるならいいんじゃないかな。
俺とジェット嬢は会議には一応出ているが、あんまり口出しすることは無い。両国は自力で協調路線を歩んでいる。
すでに戦う気は無い。
直近の問題を解決したら、あとは【終戦協定】の締結。
もう時間の問題だろう。
●次号予告(笑)●
【滅殺破壊天罰】により局所的に発生した莫大な熱エネルギーは、世界の気候にも影響を与えていた。
気候変動は農業に大きな影響を与える。
エスタンシア帝国側のヴァルハラ平野に開拓された麦畑にて。
この土地に例年なら来るはずのものが来ない。
初の耕作となるその地の作物が窮地に陥る。
「雨が降らないんだ!」
次号:クレイジーエンジニアと食の安全
(幕間入るかも)




