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幕間 退役聖女の回想(2.4k)

 今日はこれから脚の手術。楽しみにしていた魔力推進脚の装着だ。

 大空を自由に飛べる脚ってなかなかファンタスティックでステキだと思う。

 自由に大空を駆け回る自分の姿を想像してワクワクしながら、医務室の手術台の上で麻酔が効くのを待っている。


 視界が暗くなり、不意にあの日のことを思い出した。

 【魔王】討伐に成功したあの日のことを。


………………

…………

……


 私は【聖女】として、ユグドラシル王国第一王子であるユーリ・ジル・ユグドラシルと共に【魔王】と対峙した。


 ちなみに【聖女】というのは【金色こんじきの滅殺破壊魔神】を王宮風に読み替えただけ。そういう役職があるわけでも認定制度があるわけでもない。

 つまり、ただのバケモノ扱いだ。


 規格外の巨体とその怪力で魔剣と魔法を操るユーリと、絶大な魔法攻撃力を持つ私は国内最強の戦力だった。

 戦術戦略能力に秀でていたユーリには軍師としての役割もあった。

 そして、ユーリは私の婚約者でもあった。


 次期国王と次期王妃が【魔王】討伐の最前線に出るのは国としてどうなのかという話もあったが、【魔王】と対峙できるほどの戦力がこの国には私達以外に居なかったのだ。

 【魔王】討伐に成功したらユーリと結婚して、ユーリが国王に即位したときには王妃となり、それなりに大変だけど幸せな余生を送るはずだった。

 それだけを楽しみに、バケモノ扱いされながらも最前線で戦い続けてきた。


 でも、ユーリは最終決戦で【魔王】と刺し違えて死んでしまった。


 泣いた。

 幸せな未来が全部なくなった。

 やりたいことも全部なくなったと思って、撤収中の馬車でユーリの亡骸なきがらを抱きしめて泣いた。

 そして、そこで選択を誤った。


 何もかもなくなってどうしても納得できなかった私は、同行の騎士が止めるのを振り切って、禁術である【死者蘇生法】をユーリの亡骸なきがらに対して行使した。


 結果は失敗。


 暴走した魔力は爆発を引き起こし、乗っていた馬車もろとも崖下に転落。

 【禁忌の呪い】を受けた私は両脚の感覚を失った。


 騎士は私だけでも連れ帰ろうとしたけど、泣いて動こうとしない私を置いてやむなく撤収。

 私はユーリの亡骸なきがらと共にあの場所に取り残された。


 【禁忌の呪い】が脚から身体に侵食してくる。

 この呪いが全身に行き渡ったら私は死ぬ。

 解呪の方法は分からない。

 私はもう助からない。


 【魔王】討伐はやり遂げた。

 私は自分の役割は果たした。

 もう私の仕事は終わったのだ。

 ユーリとの未来がなくなったんだから、生きる目的もないのだ。


 ならばせめて、愛する人の亡骸なきがらそばで死のう。

 そう思って、動かない脚を引きずりユーリの亡骸なきがらに乗り上げて、大好きだった規格外の巨体の分厚い胸板の上に顔をうずめた。そのとき、


 ユーリの身体にあのアホが降臨した。


 私を振り落としたアホは顔を見るなり逃走。

 しばらくしたら、折った魔剣を携えて【魔物】を連れて逃げ戻ってきた。

 ユーリの顔でアホなことをされるのが嫌だったので、【魔物】を焼き払うついでに魔法で髪を焼いてやった。


 あのアホは言った【生きるのはそれ自体が目的だから】。


 目的がなくても生きていいんだ。

 意味が分からなかったけど、なんとなく心が軽くなった。

 でも、脚はもう動かない。

 自分の脚では歩けない。


 あのアホは言った【脚なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのです】。


 それを聞いてはっとした。

 私は常に【魔物】との戦いの最前線に居た。

 地獄のような戦場で、死亡した騎士も、負傷した騎士もたくさん見てきた。

 手を失った騎士も、脚を失った騎士もいた。


 騎士を続けることはできなくなっても、彼らは生きた。

 故郷に帰り義手や義足で農業に従事した人もいた。騎士は引退しても、その経験を活かして師匠として若手の育成に励んでいる人もいた。


 私は知っていたじゃないか。

 脚を失っても生きていける。

 そんな当たり前のことを王子の婚約者なんて偉い立場になって忘れていた。


 生きよう。


 仕事は終わった。役目は果たした。もう、【聖女】は退役でいいんだ。


 好きに生きよう。


 好きな場所で、好きなことをして、楽しいことをして生きよう。そう思った。


 このアホを好きに使っていい。

 神が許した。

 そうも思った。


 そのためには、脚から侵食してくるこの【禁忌の呪い】が邪魔だ。

 このままだと全身を呪いに侵食されて殺されてしまう。


 そうだ。呪いを脚ごと切り離そう。


 脚を切り離した後どうやって移動するか。

 このアホに抱きかかえられるのも面白くないと思った。


 それなら背中に乗ろう。

 元はユーリの身体だ。私ぐらい軽々背負って走れるはずだ。


 女性にしては大柄で、王宮では他の令嬢より頭一つ分ぐらいはみ出していた私を軽々と抱き上げたユーリの背中だ。

 乗ったら気持ちいいに違いない。


 防具修理用の裁縫道具が荷物にあったはず。

 皮の服を材料にすれば、そんな固定器具もすぐ作れるだろう。


 このアホに準備をさせよう。

 顔は殴って人相変えてしまおう。

 拳は万能だ。


 やりたいこと、楽しいことを目指して出発しよう。

 そう思った。


………………

…………

……


 目が覚めた。

 サロンフランクフルト医務室。ドクターゴダードとメアリが疲れた表情で私を見ていた。

「手術は成功だ。おめでとう。人類初の【魔力推進脚】だよ」

 私が目覚ましたことを確認して、ドクターゴダードは言った。


 人間の形ではありえない形に改造した両脚。

 厳密には私はもう人間を捨てたのかもしれない。


 でも、命は捨ててない。

 人生は捨てていない。


 やりたいこと、楽しいことができる人生のためなら、

 脚なんて飾りです。

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