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第4話 クレイジーエンジニアと魔法の雷(9.8k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生してから十日目。

 魔力ロケットエンジン搭載のロケットボートによる空の旅で、転生した魔王城近辺からこの多目的施設サロンフランクフルトに到着。当面はここで暮らすことにして、必要な物資の買い出しに行ったのが三日前。


 俺の【失言】が原因で両脚を失ったジェット嬢のために、今日は朝から街から呼んだ大工と一緒にサロンフランクフルトの食堂棟内のバリアフリー化工事を行っていた。

 前世の俺はモノづくり歴二十年のベテラン設計者。

 その経験を活かして両脚なしでも快適に過ごせるようなミラクルハウスに改築してやるぜとあちらこちらを工事中。


「アンタって、設計センスないわね」

 その様子を見ていたジェット嬢が車いすの上から放った一言が、俺の心を打ち砕き、俺は膝から崩れ落ちた。


 なぜだ。両脚を失ったジェット嬢のためを想い、俺が思いつく限り知恵を絞って設計したバリアフリー的な構造。

 脚が無い日常を少しでも楽しめるようにするためにアスレチック要素を取り入れた雲梯うんていのようななんかこう楽しげな構造の手すりを、車いす無しでも必要最小限の日常生活が出来るように建物内に配置した設計。


 確かに俺の趣味は混ぜたけど、何が問題だ。

 ジェット嬢はこの斬新ざんしんな設計の素晴らしさが理解できないのか。

 可哀そうな奴だな。


 いや、思い出せ。

 モノ作りはそれを使う顧客のことを第一に考えてすべき。

 その基本を思い出せ。


 俺は全力で頑張った。

 だが、顧客であるジェット嬢に拒否された。

 ならば、悪いのは俺だ。


 謙虚な姿勢で反省し、顧客であるジェット嬢に謝ったうえで問題点について教えを乞うべきだ。

 それこそが、40代のオッサンかつ、勤続二十年のベテラン設計者である俺がとるべき道。


 前世で歌ったあの歌が時を超え、世界を超え、頭の中に蘇る。


 ●製造業せいぞうぎょう達の哀歌あいか

  作詞:前世の俺  作曲:前世の俺


  企画検討きかくけんとうに心を燃やし、予算確保よさんかくほたましい削り、

  収益予測しゅうえきよそくに命を預けて、真心まごころ込めた商品も

  顧客こきゃくが買わねば失敗作。

  流したあせなみだで洗い、地獄のはしで夢語る。

  それが我らだ、製造業せいぞうぎょう。  


  締結ていけつ一つに心を燃やし、結線けっせん一つにたましい削り、

  部品ぶひん一つに命預けて、真心まごころ込めた品質ひんしつ

  顧客こきゃくが怒れば不良品ふりょうひん

  流したあせなみだで洗い、地獄のおくで夢を見る。

  それこそ我らだ、製造業せいぞうぎょう


  発案はつあん一つに心を燃やし、検討けんとう一つにたましい削り、

  実装じっそう一つに命預けて、真心込めた設計せっけい

  顧客こきゃくが認めねばセンス無し。

  流したあせなみだで洗い、地獄のそこで夢をう。

  そんな我らだ、製造業せいぞうぎょう。  



「どこに問題があるのでしょうかお嬢様」

 前世の記憶と経験を駆使した脳内茶番劇を40代オッサンの経験値により約0.5秒で片づけた俺は、シャキッと立ち上がってジェット嬢に正面から向き合う。


「まず、この天井近くに配置した雲梯うんていのような構造の問題点」

 ジェット嬢がまじめに問題点を指摘し始める。


「私が落ちたらどうなるのよ」

 確かに。転生初日にぶん殴られたその腕力より片腕懸垂が余裕でできると確信していた。

 しかし、手を滑らせて落ちることもあるだろう。

 両脚が無い状態であの高さから落下したら、どう着地してもかなり痛そうだ。

 また、一度落ちてしまったら、梯子はしごのある場所までは床をって行くしかない。


 マズかったかなぁ。と思って出来上がった雲梯うんていを見ているとジェット嬢が続ける。

「さらに大きな問題があるわ」

 転落事故以上に大きな問題点があるのか。

 ゴクリと唾を飲み込む。


「私がアレにぶら下がると、下からスカートの中が見えるじゃない」


 ……それは転落事故以上の問題なのか?

 突っ込もうかどうか迷っていると、ジェット嬢が車いすから俺の顔を覗き込みながら聞く。

「アンタ趣味を入れたでしょ。この私がアレにぶら下がって動き回る光景を想像して面白そうとか思ったでしょ」


 ギクッ


 しまった。表情に出たかもしれん。

 ジェット嬢の顔を見ると、迫力を感じるようなとてもいい笑顔だ。

 読まれたな。

 これは読まれたな。

 もはやこれまで。


「申し訳ありませんでした!!」

「やり直し!!」

 直角謝りをする俺に、やり直しを命じるジェット嬢。


 何かを作るたびにそこに趣味を入れないと気が済まない俺。前世の仕事でも発揮していたダメ行動癖によるダメ設計癖。

 それで高性能が出たこともあったし、新技術として高く評価されたこともあったけど、一貫して売れなかった。

 そんなことを思い出しながら、せっかく作ってくれた大工さんに謝る。

 やり直し分と追加分は別料金になるが仕方ない。


「やり直し分は貸しにしておくわ」

 ジェット嬢の宣言により、俺にこの世界に来てから初めての借金ができる。


 たとえ借金になったとしても、職人さんをタダ働きさせるような真似はしてはいけない。

 値切るのもダメだ。他人の仕事を値切る奴は、いつか自分の仕事も値切られる。


 そういえばこっち来てから所持金ずっとゼロだ。まぁ、この世界の文字が読めない俺は一人では買い物すらできないのでお金持ってても仕方ないんだけどね。


 仕切り直しをしていたら、ちょうど昼になったので皆で昼食を頂く。大工さんたちは弁当を持ってきていた。

 工事の途中経過と今後の予定を管理人のスミスに報告する。

 バリアフリー化工事についてはちゃんと事前に管理人の許可はとってあったのだ。


 やり直しは失敗できないので俺は考えた。

 顧客は一人しかいない。

 だったらその一人にとことん合わせて作ろうと。


 ジェット嬢をストレッチャーに寝かせて、手足と胴体の長さを測り、端材はざいでそれに合わせた数種類のゲージのようなものを作る。

 そのゲージを設置場所各所で展開し、車いす姿勢、地面着座姿勢等で手の届く範囲を検証。それに合わせた最適な手すり位置を検討する。

 位置決めをしたら、車いす搭乗のジェット嬢に御足労頂き実物確認と微調整を行った後施工。


 強度面についても工夫した。

 車いす搭乗時以外は手すりに全体重をかけての移動が主になるため、手すりに人間が乗っても大丈夫な程度に壁にも補強材を入れて施工した。

 ジェット嬢は魔力推進脚の手術が終わったら二階の四号室に入居することが決まっていたので、その二階は階段から四号室までの経路と周辺までバリアフリー化を施した。


 一通りの工事を終えたころには夕方になっていた。

 工事を終えた大工さん達は暗くなる前に帰っていった。


「アンタ、やればできるじゃない」

 完成した工事の成果を見たジェット嬢の感想に、俺の製造業魂せいぞうぎょうたましいは救われた。



 サロンフランクフルト食堂棟バリアフリー化工事の翌日。

 ジェット嬢の魔力推進脚の部品が完成したということで、早速手術となった。

 手術後はしばらく移動ができなくなるということで、サロンフランクフルト医務室の手術台にて施術することに。


 魔力推進脚の装着。

 非人道的な改造人間手術。


 だけど、本人が望んでいるならもう何も言うまい。

 俺の【失言】のせいで脚を失ったんだ。

 せめて、俺が脚代わりになってやる。


 そんな気持ちでドクターゴダード、メアリ、義足技師と嬉しそうに手術室に入っていくジェット嬢を見送った後、食堂のテーブルで一人で何杯もコーヒーを飲んだ。


 メアリがいないので、自分で淹れた。


 手術は丸一かかった。


 ドクターゴダードとメアリが疲れた様子で出てきたのが日没後。

 手術は無事成功したが、手術直後のジェット嬢の容態の変化に備えてドクターゴダードとメアリはその晩医務室に宿泊した。


◇◇


 俺達がサロンフランクフルトに到着してから八日目。そして、ジェット嬢の非人道的改造人間手術を行ってから二日後。俺達の日常生活は安定しつつあった。

 ジェット嬢は二階の四号室に入居し、俺は一階の機械室に寝泊まりするようになった。

 規格外のビッグマッチョ体型であるが故に普通のベットで寝ることができない俺にとっては、機械室の床に毛布を敷いて寝たほうが快適だったのだ。

 単に機械室の雰囲気が気に入ったというのもある。


 昨日仕立て屋より届いた新型のおんぶ紐的ハーネスも俺達の日常生活を改善した。

 お互いがハーネスを着用してさえいれば自由に脱着ができるので、ジェット嬢はその時その時で俺の背中に張り付くか車いすに乗るかを自由に選べるようになった。


 日常生活が安定してきて暇を持て余すようになった俺達は、日中はサロンフランクフルト食堂棟にて雑用係を行うようになっていた。


 朝食後、片付けが終わって時間が出来たので食堂でメアリと掃除をしていたら入口ドアが開いてベルが鳴った。

 メイド服着用車いす搭乗のジェット嬢と俺が来客を出迎えのため入口に向かう。


 入口ドアから入ってきたのは、金髪の男と、茶髪で小柄な青年。

 あろうことか、ジェット嬢を見つけると二人とも何も言わずに全力で逃走した。

 これはジェット嬢怒るパターンだな。と思ったら案の定怒った。


「茶髪のほうだけ捕まえて連れてきて!」


 ジェット嬢の指示を受け、ビッグマッチョダッシュで追撃。


「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 恐怖の叫びを上げながら逃げる二人。

 俺みたいのに追いかけられたら怖いのは分かる。

 だが、逃がすわけにはいかんのだ。


 指示通り茶髪の方だけを捕獲。

 金髪は逃げた。薄情だな。


 捕獲した茶髪を脇にかかえて連行中。

 その茶髪が文句を言い出す。


「逃げたってことはそういうことなんだよ。分かれよ!」

「追いかけて捕まえたということは、そういうことなんだ。すまん。分かってくれ」

「「はぁ~」」

 ため息で意気投合。

 なんとなくコイツとは仲良くなれそうな気がした。


 サロンフランクフルト食堂棟玄関にて、車いすの上で腕を組んでいるジェット嬢。

 その右後ろの執事的なポジションに立つ俺。

 その前に立つのは先程捕獲した茶髪の青年。

 ジェット嬢の知り合いで名前はフォードというそうだ。


「顔を見ていきなり逃げられるとすごい腹が立つのよ」

 ジェット嬢のごもっともな一言。

 俺は一瞬ドキリとしたが、今回怒られているのは俺じゃない。

「お久しぶりであります。お会いできて光栄であります」

 緊張した面持ちでシャキッとしてビシッと応えるフォード。


 その後、ジェット嬢の脚のあたりを見てフラッと近寄ってきた。


「イヨ、その足どうなってるんだ?」

 そう言って、ジェット嬢のスカートをめくりあげた。


 バァン   ドガッ  ベシャ


 フォードが、飛んだ。

 ジェット嬢の魔力推進脚の推進噴流を至近距離で受けて、ノーバウンドで入口ドアに背中から叩きつけられそのまま床に落ちた。


「いきなり何すんのよ!」

 ジェット嬢が顔を真っ赤にしてスカートを押さえて叫ぶ。


 わかるよフォード。脚がどうなってるのか気になるのは分かる。

 でも、いきなり女性のスカートめくりあげるとかダメ行動だから。

 俺もやったけど、ダメ行動だから。


 ちなみにこの時ジェット嬢の車いすが推進噴流の反動で後ろに跳ばなかったのは、とっさに俺が車いすを抑えていたからだ。

 良くも悪くも息が合ってきた。

 

 ガラン ガラン ガラン


 俺達のいる位置から右側の食堂から金属バケツが落ちた音がした。

 ジェット嬢がとっさに放った推進噴流による被害は、フォードが飛ばされただけでは留まらなかった。


 食堂棟入口側に向けて発生させた推進噴流は爆風となり側面にも広がり、食堂テーブルのテーブルクロスを軒並み吹き飛ばしたうえに、雑巾を絞ったバケツの中身を掃除中だったメアリの全身にぶっかけるという大惨事を引き起こしていた。

 頭から汚水でずぶ濡れになったメアリが、俺達に目線で問う。


 誰?


 とっさに俺達は入口でのびているフォードを指差す。本当に息が合ってきた。


 メアリは食堂テーブルの椅子を一脚持ってスーッとフォードに近づく。

 まさか、床でのびているフォードを椅子で殴るのか? だったらさすがに止めないと死者が出るぞと、冷や汗を流しながら成り行きを見守る。

 メアリはフォードの近くに椅子を置くと、おもむろにフォードを抱き上げる。

 抱き上げられて意識を取り戻したフォードはすがるような目線でメアリを見つめる。


 フォードよ。たぶんお前が期待しているような展開じゃないぞ。

 メアリは椅子に座り、抱き上げたフォードを自分の膝の上にうつ伏せに置いた。

 そして。


 スパーン スパーン

「ギャァァァァァァァァ」


 尻叩きの刑が発動。


 スパーン スパーン スパーン

「片付け! 掃除! 弁償!!」

「ハイ! 直ちに! 直ちに! ギャァァァァァァァ」


 その光景をただ見守るジェット嬢と俺。俺は重要なことを口にした。

「魔力推進脚は建屋内では使用禁止だな」

「そうね」

 ジェット嬢も異論は無いらしい。


 その後、メアリは着替えるために隣接する居住棟に一旦帰った。

 掃除と片付けを命じられたフォードは涙目で滅茶苦茶になった食堂の掃除を行った

 もちろん俺達も手伝った。

 元々、フォード達が来る前まで掃除していたからな。


 掃除と片付けを終えてしばらくしたら、さっき逃げた金髪が荷物を持って戻ってきた。荷物の中身は食材らしい。

 彼はオリバーというそうで、フォードと共にこの近くの西方農園という農園の運営をしているとか。

 戻ってくるなら、なぜ逃げた。


 そうこうしているうちに昼になる。

 オリバーが持ち込んだ食材も活用してメアリが人数分調理し、オリバーとフォードが居る分いつもよりちょっとにぎやかな昼食となった。


…………


 昼食後にヘンリー卿が来た。

 オリバーとフォードは西方農園の収穫予定についてヘンリー卿と打ち合わせするためにここに来たそうだ。

 この地域での小麦の栽培は、作付けが10月、収穫が6月とのこと、収穫時期は作業人数が増えるので、サロンフランクフルトの食堂の稼働率が上がるとか。


 ヘンリー卿とフォード達が食堂のテーブルで打ち合わせを始めた。

 俺達はそれに参加する意味は無いので、ジェット嬢と共に展示室に行く。

 展示室は俺好みのブツがあるので暇なときはここで過ごしている。


 先日新たに加わった展示物を眺める。

 導体側に絶縁体を巻きつけることで巻き線密度を上げた電磁石。

 徹夜で技術話をした二日後にヘンリー卿が持ってきた。

 その時に一緒に持ってきた小さな電池で実演してもらったが、確かに強力だった。

 こうした小さな発見と改良の組み合わせが技術の進歩を支えるのだ。


 新型電磁石を眺めながらこの世界の電気技術の未来を想像していると、打ち合わせを終えたらしいヘンリー卿がフォードを連れて展示室に来た。

 フォードが何かを載せた台車を押している。

 その台車に乗せてあるブツを見て俺のテンションは上がった。


「ついにできたのか。電動機でんどうき

 台車に乗っていたのは、俺が描いたスケッチに似せて作られた電動機でんどうきだった。俺の前世の世界でいうところの枠番100ぐらいの電動機でんどうき

「鍛冶屋で作ってもらった部品を組みたてて、昨晩やっと完成したんだ。早く見せたかったから打ち合わせついでに持ってきてしまったよ」


 ヘンリー卿が嬉しそうに語りながら台車から電動機でんどうきを持ち上げようとしたので、慌てて止める。


「机に置くのか。俺がやる。それをその姿勢で持ち上げると腰を痛めるぞ」


 電動機でんどうきは鉄と銅のかたまりだ。基本的に重い。

 枠番100ぐらいになると持ち上げ方に注意が必要になる。

 ビッグマッチョな俺だが、そのへん気を付けて、そーっと電動機でんどうきを台車から机の上に上げる。


「あぁ、ありがとう。さすがに重くて運ぶのが大変だったよ」


 喜ぶヘンリー卿。

 よく見ると目の下にクマがある。

 なんとなくわかるよ。部品が揃ったから夢中になって徹夜で組み立てたんだな。

 そういうの楽しいけど、身体大事にしろよ。


 そして気になったことを聞いてみる。


巻線まきせん構成はどうなってる?あと、これを回せるほどの電池はあるのか?」

巻線まきせん構成は直流直巻ちょくりゅうちょくまきだ。直流分巻ちょくりゅうぶんまきのほうも部品は届いているから今夜組み立てようと思ってる。電池のほうはボルタ卿に頼んでる。大電流が必要になるのでまだ時間がかかりそうだけど、試作品ができ次第ここで組み合わせ試験をする予定だ」


 ヘンリー卿は嬉しそうに応える。いいね。楽しみだ。

 でも、組み立ては明日以降にしようぜ。今夜は寝たほうがいいと思うぞ。


「重たいの我慢してせっかく運んだのに動かないのか。がっかり重量物だな」

 フォードがぶち壊すようなことを言い出した。


「貴様! 電動機でんどうきなんだから電気が無ければ動かないのは当たり前だろう!」

 いきなりキレたヘンリー卿がフォードの胸倉を掴んでたましいの叫びをあげる。


「コイツを動かすには今の電池よりも内部抵抗が少ない強力な電池が必要なんだ! ボルタ卿もそこを分かって頑張ってくれている! だが、技術というのは進歩と改善の地道な積み上げなんだ! いきなり何十倍もの出力の電池を作れと言ったってそう簡単にできるわけない! 到達に至る過程というものが必要なんだ! 時間が必要なんだ! わかるか若造!」

「あばばばばごめんなさい! ごめんなさい!」

 乱暴にフォードを揺さぶるヘンリー卿。


 誰かに何とかしてもらおうと展示室の入口を見ると、メアリがその様子をうっとりと眺めているのが見えた。

 いや、この光景のどこにうっとりする要素があるというのか。

 ジェット嬢が車いすで部屋の隅から近づいてくる。

「ヘンリー卿は相変わらずね」

「昔からこんな感じなのか」

「まぁね。普段は紳士的でいい人なんだけど、研究が絡むとたまに暴走するの」

豹変ひょうへんぶりにドン引きした」

「すぐ慣れるわよ」

 ぐったりしたフォードをぶら下げてヘンリー卿がうなだれた。

 落ち着いたようだ。


「強力な電源があればなぁ……」

 ヘンリー卿が天井を見ながらさみしそうにつぶやき、まるでゴミでも捨てるかのような動作でフォードを床に落とした。ひどいな。


「きっといつかボルタ卿が持ってきてくれるわよ」

 車いすで近づいてフォローするジェット嬢。

「イヨいたのか。そういえば……」

 ヘンリー卿は車いすに座るジェット嬢のスカートをめくりあげた。

 スカートの下に白いズボンのようなものを履いているのが見えた。


 バリバリバリバリバリバリ 「ギャァァァァァァ!」


 ヘンリー卿に雷が落ちる。


「いきなり何するんですか! ヘンリー卿は研究以外ではマトモな紳士だと思ってたのに!」

 ジェット嬢がスカートを押さえながら顔を真っ赤にして怒っている。

「す、すまん。ドクターゴダードから最高の義足が出来たと聞いていたので、つい」

 ちょっとチリ毛になった頭髪から煙を出しながらヘンリー卿が謝る。

「義足が見たいから女性のスカートをめくる。それが紳士のすることですか!」

「いや、本当に申し訳ない。徹夜明けでちょっと寝ぼけてたのかもしれない。今ので目が覚めた」

 ヘンリー卿が平謝りだ。さすがにこれは仕方ないと思う。本日二回目だからかジェット嬢の怒りは収まらないようだ。

「どいつもこいつも私を何だと思って……」

「【金色こんじきの滅殺破壊魔神】だろ」


 ズドオォォォォン


 復活したフォードのツッコミに対して瞬時に落雷。フォードは再び床に沈む。

 ヘンリー卿に落としたやつより容赦ない。部屋がオゾン臭い。

 ジェット嬢は車いすを操作して後ろを向いてしまった。


 ジェット嬢の怒りももっともだが、俺としては気になるところは別にある。

「今のは雷魔法か?」

「そうよ」

 後ろを向いたままジェット嬢が応える。

「ヘンリー卿、喜べ。電源が確保できたぞ」


 フォードが復活し、ジェット嬢がこっちを向いた。

 ヘンリー卿も目を丸くして俺を見る。


「雷は、電気だ」

「「「はい?」」」


 この世界では雷が電気の一種であることは認識されていなかったようだ。前世世界では常識だったが、そこでもそれが常識になるまでの過程というものはあったのだ。


 机に置いてあるヘンリー卿の電動機でんどうきの前にジェット嬢が車いすで座る。

電動機でんどうきから出ている二本の銅線をくっつけた状態で持って、その中に小さい雷を流すようなイメージで魔法を発動させてみてくれ」

「わかった。やってみる」


 ブーン  カタン、カタン、カタン


 ヘンリー卿、フォード、部屋の入口からメアリが見守る中、電動機でんどうきはゆっくりと動き出した。


「「「「動いた!」」」」

 歓声が上がる。

 魔力による電動機でんどうきの運転。

 ファンタジーとテクノロジーが連結された歴史的瞬間である。


「うぉぉぉぉぉ!!」

 電動機でんどうきの始動を見て、ヘンリー卿が雄叫びを上げる。

「もうちょっと雷を強く流せるか?」

 俺はジェット嬢に頼んでみる。


 シュイィィィィィィーン


 電動機でんどうきが勢いよく回りだした。回転子のバランスも良く、軸受けのガタも無い。機構部分の完成度が高い。鍛冶屋の技術力の高さと、ヘンリー卿がこの電動機でんどうきに懸けた情熱が伝わってくるようだ。

 見た感じ滑り軸受だが、あとで軸受けの材質と潤滑油の素性を聞いてみよう。

「ファンタスティーック!」


 シュイーン シュルルルル シュイーーン シュルルルルー


 ジェット嬢が夢中だ。

 可変速運転を楽しんでいる。


「これはすごい技術だ! ヘンリー卿! これはすごいぞ!」

 フォードも興奮している。

「うおぉぉぉぉ! うぉぉぉぉぉ! ゴフッ!!」

 感動の雄叫びを上げていたヘンリー卿が興奮しすぎて鼻血を出して倒れた。


「ヘンリー卿! これは歴史を変える大発明だ! 設計図を! 設計図を見せてくれ! 部品作った鍛冶屋を教えてくれ! 俺にも作らせてくれ! つくらせてくれぇぇぇ!」

 フォードが駆け寄ってヘンリー卿を抱き起しながら叫ぶ。

 そして部屋の入口にはヘンリー卿とフォードの姿を見て号泣しているメアリがいる。

たっとい。たっといわ……」

 見なかったことにしよう。

 ジェット嬢は相変わらず夢中で電動機でんどうきで遊んでいる。

「ファンタスティーック! ファンタスティーック!」


 シュィィィーーーン シュイィィィーン


「カオスティックだな」

 俺だけが、俺だけが。

 正気でその部屋に立っていた。

●次号予告(笑)●


 剣と魔法のファンタスティック世界。日常の中に魔法があるのが当たり前のこの世界では、【機械】の発達が遅れていた。


 そんな中で突如完成した魔力駆動の【電動機でんどうき】。それの生み出す強力で安定した回転運動は、若者達に今まで欲しかったものを作り出す夢を見せた。


 しかし、動力源はあくまで魔力。魔術師が居ないと回せない。


 だったら、魔術師を増やせばいい。

 そう考えた青年は、男と女に当たり前のように無茶ぶりをする。


「町内から魔法適性のある人を集めてきたんだ。彼らに魔力で電動機が回す技術を伝授してくれ」


次号:クレイジーエンジニアと魔法学校

(幕間入るかも)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 磁石、導線、絶縁材料でモータを造り、電源が雷魔法という素晴らしい掛け合わせ!! そして、何より、最初の”製造業達の哀歌”で笑いました。 続き読んでいきたいと思います。
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