表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/74

幕間 退役聖女の機銃掃射(6.7k)

 【しん金色こんじきの滅殺破壊魔神】というより物騒になった異名を持つ私だが、怒り狂って暴れることはない。基本的には温厚だ。私は冷静で温厚で慈悲深いのだ。

 今、林の中に潜むあのアホに対して単独飛行で【機銃掃射】を繰り返してはいるが、そんなに怒っているわけではない。


 三十一日前、あのアホは【魔王妃として世界征服でもしてみるか?】と言った。


 二十八日前、あのアホは【俺達二人でここに住むんだろ】と言った。


 二十七日前、あのアホは【ジェット嬢の料理か、一度食べてみたいな】と言った。軽食や弁当は何度か作ったが、あれは簡単なものだったので料理にカウントしないのはまぁ許そう。


 二十五日前、あのアホは【これから長い付き合いになるんだ 気長に頼む】と言った。


 そして、【魔王城】で二人きりで十一日間暮らして、職員が到着して共同生活を始めてから十七日後の今日の買い物帰りの先程。

 買い出し荷物が多くていつもより重いのを我慢して飛ぶ私の背中で、あのアホは【妻じゃねぇだろ】と言った。


 林に落として【機銃掃射】の反復ぐらい、温厚で慈悲深い私でもするだろう。


 だけど、私は怒っているわけではない。

 あのアホは、私を唯一安全に着陸させられる存在。そして、その背中は【殺気】や【敵意】に敏感になりすぎた私が唯一安らげるマイベストプレイスだ。


 手放したくない。逃がしたくない。


 しかし、冷静で温厚で慈悲深い私をたびたび怒らせる言動はいただけない。

 安らげる場所でいきなり逆鱗げきりんをつつかれる不快感は排除したい。


 ならば、そんなことができないように変えてしまえばいいのだ。


 顔は拳で変えられる。

 心は恐怖で変えられる。


 地元のヨセフタウンでも、多くの男を拳と恐怖で変えてきた私だ。あのアホも私が気に入るように、私がよりくつろげるように、私がより楽しめるように、変えてしまえばいいのだ。


 そのために、あのアホと同じ世界から来たというウラジィさんに、その世界の人間が怖がるものを確認しておいた。同じ世界でも国が違うので厳密には分からないとのことだったが、あのアホの出身国の人間は、【焼夷弾しょういだん】と【機銃掃射きじゅうそうしゃ】を特に怖がると聞いた。


 【焼夷弾しょういだん】は、あのアホからも聞いたことがある。空中から散布する爆弾の一種で、爆破させるのではなく火災を起こすための物だとか。広範囲を跡形もなく焼き払うのは私の特技であるが、焼き殺してしまっては意味が無いのでこれは使いにくい。


 【機銃掃射きじゅうそうしゃ】は、【戦闘機】という高速な飛行体から地上に向けて連射される銃撃とのことだとか。空中で止まって【魔導砲】で狙撃ができる私からすると攻撃方法としては非効率であるが、当てさえしなければ延々と恐怖感を与えることができる。

 こちらのほうが使いやすい。


 そういうわけで、先程からウラジィさんから教わった形の再現を意識しながら【機銃掃射】を反復している。ポケットに入っていたペンを銃身に見立てて、小口径の【魔導砲】とし六本を束ねて連射する。

 メイド服姿で実際に【戦闘機】ほどの高速で飛ぶと、服がバラバラになり【変態飛行】になってしまう。そこで、高速を出す代わりに魔力推進脚の噴射パターンを変えることで【戦闘機】の甲高い騒音を再現している。


 しっかりと恐怖を体験させた後でちょっとした最後通告を突きつけて、先に【魔王城】に向かう。


 あのアホが帰ってこないと、私は着陸ができない。

 だが、あのアホは必ず【魔王城】に帰って来る。確信があった。

 そのせいか、ちょっと【欲】が出た。


 生涯一度の【女の子扱い】の最高峰のアレを私に見せてくれたりしないだろうか。そう思って、【魔王城】の職員に呼びかけた。


…………


 【魔王城】の入口広場に舞台を用意して待つ。私が低空でホバリングするので、推進噴流を避けるため観客は遮蔽物の影から見守る形だ。

 

 あのアホは火魔法で作った回廊を通り私の前に来た。

 飛んでいる私にここまで近づけるのもあのアホだけだ。

 あのアホは、思いのほかいい仕事をした。

 気分が高揚した。


 絶対に手放したくない、絶対に逃がしたくない。


 そんな気持ちがより強くなった。


 そこで私は失敗した。

 逃がしたくないと強く思うあまり、火魔法でつい、あのアホを捕まえてしまった。


 一瞬で黒焦げになったその姿を見て血の気が引いた。

 あの時と同じように全部なくなった気がして、もう世界を焼き払ってしまおうかと一瞬思ったが、【辛辣しんらつ長】の冷静な指揮に救われた。


 あのアホはゴエイジャーにて医務室に搬送して応急処置。

 私は、ため池に緊急着水後、アンとメイにて医務室に輸送。

 あのアホの身体を繋げた形の【回復魔法】にてあのアホを治療。


 冷静に考えれば私なら治療できる範囲だ。脚のある頃は日常的に人を黒焦げにしていたし、そのたびにちゃんと治療はしてきた。


 冷静になるのは大事だと思った。


 私が飛んでいる周辺ではあのアホ以外の人間は動けないので、とりあえずいったん離れて【魔王城】の裏側に回る。

 また水没しないといけないが、背面背負いおんぶ紐的ハーネスは皮を使っているので濡らしたくない。皮製品は水没するとダメなのだ。作った三個中二個はすでに水没でダメにしてしまったので今予備は無い。コレも私が安全に着陸するために必要なものなので大事にしないといけない。


 それに、コレを付けたまま着水すると、私は沈む。


 着水する前にコレを外しておくことにした。

 コレは服の内側に着用しているので、外そうと思うと結局全部脱がないといけない。【魔王城】裏の外壁近くでホバリングで空中脱衣。脱げるものは全部脱いで開いている窓から投げ込んだ。

 脚の無い身体でペチコートパンツ一枚という、とても人に見せられない姿でため池に飛ぶ。


 まさしく【変態飛行】。


 ため池上空でホバリング待機。日没が近い時間帯。正直寒いが、そんな中でこれから水に落ちなければいけない。あのアホが動けないと、私にはこうするしか着陸の方法が無い。


 アンとメイが担架と網と毛布を持って池のほとりに到着したのを確認。

 二人が私の【変態飛行】を見てぎょっとしたのを確認したのち、高度が若干高かったが、思い切って魔力推進脚の推力を止めて池に落下。

 本当は池の水面近くまで推力で降りたかったが、アンとメイを推進噴流で吹き飛ばしてしまうと私の水中放置時間が長くなるので、高所落下の方を選んだ。


 私は泳げない。

 今は、脚が無いからという理由があるが、実は元々泳げなかった。

 だから水没は怖い。


 幸い今回は浮くことができた。


 ため池のほとりにて、アンとメイにより網で陸揚げされた後、重量物運搬時に使う養生用の毛布を巻かれて担架に乗せられて【魔王城】に運搬。

 私は怪我人でも荷物でも無い。

 だけど、あのアホがいないと、私は屋外ではこんな形でしか移動ができない。


 【魔王城】一階にて、あらかじめ北側通用口近くに用意してあった厨房廃棄物運搬用の大型台車に担架ごと乗せられて、あのアホの治療をしている医務室へと輸送。

 私は病人でも廃棄物でも無い。

 だけど、あのアホがいないと、私は屋内でもこんなひどい形でしか移動ができない。


 医務室に到着。あのアホは応急処置をされてシートを被せられた状態で大型の手術台の上に置かれていた。

 私を乗せた担架がアンとメイにより台車から持ち上げられ、手術台の上で担架を横倒しにされる。


 ベシャ


 ずぶ濡れ毛布にくるまれていた私の身体が手術台の上に転がされた。


 扱いがひどい。アンとメイは旧知の仲だが、元々私の扱いが雑だ。

 でも、あのアホがいないと、私はこんな雑な形でしか場所を移ることができない。


 形はどうあれ、あのアホのそばまで運んでもらえたので治療を開始する。

 毛布の隙間から這い出して、あのアホの身体に被せてあるシートの下に潜りこみ、いつぞやのように規格外の胸板の上に乗り上げる。そして、あのアホをつなげた形で【治療の波動】を生成。触れている部分全体からあのアホの身体に注入していく。


 触れているあたりから回復が進む。

 皮膚を修復する。損傷した臓器も修復する。

 乗り心地もいい。

 直した個所、治した臓器が私のモノになったような気分になり、充実感を感じる。

 シートの下で夢中で【回復魔法】を続ける。


 全身一通り修復を終えた。

 顔は、形を維持したまま火傷を治すことができた。

 上出来だ。


 ふと、思った。


 治すだけではなく、作り変えることもできそうな気がした。

 身体をもっと大きくしたり、力をもっと強くしたり、長寿にしたりと。


 でも考えた。

 【できること】、【したいこと】、【するべきこと】。

 よく考えて行動しないといけない。できるからといって、何でもやってみればいいわけではない。


 あのアホは今のこの大きさ、今のこの形がベストだ。変えたいところは無い。この形こそ私のファイナルアンサーだ。今これを作り変えるのは【したいこと】でも【するべきこと】でもない。

 

 全身あのアホの上に乗りあげて、シートの下から起き上がり座る。いつの間にか医務室には誰も居なくなっており、外は暗くなっていた。私の身体や手術台やシートに炭化した皮膚の破片がたくさん付着していた。


 【したいこと】

 自分の身体には変えたいところがある。

 あのアホの上に座った状態で、ずぶ濡れのペチコートパンツを脱ぐ。普段隠している自分の大腿部が見える。魔力推進脚のノズル部品を埋め込んでいる部分だ。

 切断時の止血に火魔法を使ったのと、そもそも魔力推進脚の装着自体が無理のある手術だったこともあり、大腿部の外観が火傷やけど縫合ほうごう跡でアレな状態になっている。


 所謂いわゆる【グロい】というアレだ。


 人に見せるところではないし、ちゃんと隠してはいる。でもやっぱり気になる。スカート内への視線に過剰に苛立つ原因はコレだ。

 以前よりなんとかしたいと思っていた。


 【するべきこと】

 魔力推進脚の大推力を支えるのは自分の足腰だ。【カッコ悪い飛び方】は翼無しで飛べるので便利であるが、あのアホの巨体を背負って飛ぶのは、あのアホの巨体を背負って歩くのと同じぐらい足腰に負担がかかる。

 最近多用していたが、このままでは腰を痛めそうだと思っていた。いつぞやのように飛んでいる間に腰を痛めると危険だ。これはなんとかしておくべきだ。


 今の私が【回復魔法】を使うには、あのアホをつないで【治療の波動】を生成するしかない。そして、それをするとあのアホは数日寝てしまう。普段ならそうまで何とかしようとは思わない。でも、今ならどうせ寝ているので【回復魔法】は使い放題だ。せっかくだから、【したいこと】と【するべきこと】をまとめてしてしまおう。


 【治療の波動】の応用で【強化の波動】を生成。完成イメージを意識しながら、自分の大腿部に【強化の波動】を照射する。いい感じに大腿部が膨らんで、皮膚表面も綺麗に整っていく。同じように、腰椎、股関節、骨盤も【強化の波動】でバランスよく強化する。


 望み通りの形になった。脚は筋肉で太くなり、骨と関節は密度を上げたので重くなった。全体的に見れば小さな変化だが、あのアホは気付くだろうか。

 でも、気づいたときに【太い】とか【重い】とか【失言】したら、殴ろう。全力でたくさん殴ろう。今更そのぐらいの失言で逆上したりはしないが、今までの経験を重ねたうえでその失言が出るなら、殴るのはもはや義務だ。世界中の女性から私に科せられた義務だ。


 気を取り直して、ちょっと動作確認。

 あのアホの上に座ったまま、倒れないように気を付けながら両方の魔力推進脚、つまり脚を動かして可動範囲を確認。真上、真横まで動く。問題なし。

 手術台の端には、私を包んでいた毛布があった。重量物運搬時に使う養生用の汚れた毛布。油汚れやネズミの糞も付いている。手術台の上から蹴り落としてやりたいが、今の私には脚が無い。


 脚は無くても【蹴り技】ならある。

 魔力推進脚の噴射口を汚い毛布に向ける。


 軽く風を送り、汚い毛布を手術台の下に落としてやった。

 噴射も問題なし。

 使い方次第では脚よりも便利だ。

 立てないけど。


 手術台の上、毛布を落とした反対側を見る。

 新品の大きいタオルが何枚か積んである。

 しかも、赤い印の入ったタグ。最高級のバリィタオルだ。


 その向こう、医務室の壁際を見る。

 ほぼ新品の車輪付きストレッチャーが二台置いてある。

 そのうちの一台には新品のタオルが積んである。


 アンとメイの顔を思い浮かべる。

 明日にでも、今日の件についてゆっくりと話がしたい。


 医務室に月明りが差し込み、それに照らされたアホの巨体が見える。


 本当に大きい。

 そして、私はこの巨体を背負って飛ぶことができる。それを可能にしたのは、女性にしては大柄な私の身体。メアリやキャスリンの体格では、魔力推進脚を付けたとしてもこの巨体を支えることはできない。

 かつては指摘されるたびに逆上して【不祥事】を起こしていたところだが、今ならばこれが良いものだと思える。

 尻に敷いているあのアホの巨体を見ながらそんなことを考えていると、また【欲】が出た。


 かじりたい。

 いつぞやのように、首筋あたりを少々。


 なぜそんな【欲】が出たのかは分からない。

 夕食を食べていないので空腹ではあったが、それで空腹を満たせるはずもない。全身大火傷を負わせたうえに、出血まで強いるのはどうかとも思う。

 だけど、ちゃんと治したんだから問題ないだろうと考え直す。

 今の私が【欲】に抗う理由は無い。


…………


 ありがたく頂いた。


 出血した分は全部頂いたり、傷口は【回復魔法】で修復したりと、証拠隠滅は思った以上に完璧だった。なぜか空腹感も消え、頭もさえてきた。

 私の唯一の安全な着陸場所、唯一の安心できる場所、そしてたびたび【欲】を満たしてくれる存在。


 絶対に手放さない。絶対に逃がさない。


 あのアホは数日間目を覚まさない。しばらくベストプレイスは【閉店】だ。それならば、もう時間も遅いし、今日はここで寝てしまおう。


 再びあのアホの上に伏せて、上からシートを被る。

 寝息で上下する規格外の胸板。

 ほどよい温もり。心地良い揺れ。

 私が乗ってもはみ出さない。

 私専用のベッドだ。

 最高だ。


 そして、この一夜は【既成事実】だ。

 よくわからないが、そうに違いない。

 夜が明けたら私は完全に【魔王妃】だ。

 間違いない。


 では次は何をしようか。

 最高のベッドから響く安定した心音を愉しみながら考える。


 私を怒らせたユグドラシル王国はすでに【借金漬け】で私の支配下にある。だったら次は、エスタンシア帝国を頂きに行くか。


 欲しいかと言われると、いらない。


 しかし、今のまま放置しておくと、私を怒らせる余計なことをしそうな気もする。そんなことをされる前に頂いてしまおう。そして、私のベストプレイスを守らせよう。


 そのために、まず何をするか。


 先に動きを見せるのは悪手だ。

 準備は先手、動きは後手だ。

 相手が動く前に準備を完了。

 又は、準備が完了してから仕掛ける。


 準備に必要な役者はブラックと、トーマスと、フォードと、キャスリンにも手伝ってもらおう。

 再来週ぐらいには、あの飛行機も使えるようになるはずだ。


 そう思いながら、明日朝のことも考える。


 皆が目を覚ました頃に、アンとメイに着替えを持ってきてもらおう。

 いろいろ言いたいことがある。


 着替えが終わったら、【辛辣しんらつ長】に車いすを持ってきてもらおう。

 まずは、お礼が言いたい。


 あのアホが目覚めるまでの経過観察はグリーンに頼もう。

 数日かかるはずだ。


【魔王妃として世界征服】 

 あのアホの言った通りだ。早速明日から始めよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これぞジェット嬢の愛ですね!! この関係はお互いを支え合うという40代オッサンの夫婦哲学そのものだと感じました。 オッサンの失言グセ、恐怖で直るのか?(笑) つづきを楽しみたいと思います。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ