第8話 クレイジーエンジニアと配属式(9.1k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と四十五日目。ジェット嬢が首都王宮に【お礼参り】をしてから十一日後、キャスリンが事務連絡を持ってきてから三日後の午後。
貸切の大型馬車にて【魔王城】に待望の職員が到着した。
男性六名、女性二名。早速仕事を割り振るため、エントランスに置いたテーブルで面談を行うことにした。
【配属面談】だ。
広いエントランスの一角にテーブルを置いて面談場所を設営。テーブルに俺と車いす搭乗のジェット嬢が横並び。その対面に面談相手。
待っている他のメンバーはエントランスにある座敷とその周辺でくつろいでいる。
配属面談 その一:アンとメイ
職員の中の女性二名は、【バー・ワリャーグ】に居た鉄工ウェイトレスのアンとメイだった。
「「よろしくお願いしまーす」」
心地よい常識的な挨拶に対して、ジェット嬢が一言。
「仕事はいつも通りだからよろしく。とりあえず、城の全体確認して、住みやすいようにして頂戴。大階段の左のドアの先が居住区画になってるわ」
「「らじゃー!」」
シュタタタタタタタタタ
二人はそれぞれ一升瓶を持ってドアの方に走って行った。
「ジェット嬢よ。えらく簡単な面談だな。あれで大丈夫か?」
「大丈夫よ。彼女たちは本職のメイドだから、生活環境整備は得意よ」
「鉄工ウェイトレスと思ってたけど本職はメイドだったのか。そして、二人が持っていた一升瓶は何なんだ」
「あの一升瓶はランプ代わりよ。彼女達は火魔法の応用でアレを光らせることができるの」
「それは便利だな。居住区画内の照明はなんとかしたいと思ってたところだ」
「そのへんも彼女たちに任せれば大丈夫よ」
「でも何故に一升瓶?」
「あの二人、お酒好きなのよ」
配属面談 その二:元・宰相
職員の男性六名の内一人は、あのしんどい秘密会議で国王陛下と一緒に居た宰相様だ。
なんで【魔王城】の職員になってるんだ。一体ここで何の仕事をするんだ。そんな俺の疑問を気にしているのかどうなのか、ジェット嬢が楽しそうに一言。
「まず、ここでの役職名を決めたいわね」
「その前に、確認しておきたいことがある」
「何?」
「先日城に来た時の話は本当か」
「一部違ってたところがあったわ」
「何処だ」
「【赤い凶星】の渾名を付けられたのは王宮来た直後だったから、今思えばそこだけちょっと違ってたわ」
「そういえば、王宮に来た当初は今着ているのと同じような薄赤色のメイド服を着ていたな。それで【赤い凶星】か」
いや、【赤】は分かるんだけど、【凶星】の部分が分からん。王宮で一体何をしたんだジェット嬢よ。
「女の子に本当に失礼な渾名を付けてくれるわよね。騎士達を殴り飛ばしただけなのに」
ジェット嬢。本当に何をしていたんだ。
「あと、先日王宮に来た時のヘンテコ口調で語尾に連呼していた【デース】は【死神(Death)】と掛けてたのか?」
「そうよ。面白かったでしょ」
「いや全然面白くなかった。むしろ残念だったぞ」
「じゃぁ、元宰相のここでの役職は【辛辣長】で決まりね」
「待て! 何なんだその役職名! それは何をする役職なんだ!」
「仕事はおおむね宰相と同じよ。多分。辛辣だから【辛辣長】。いいじゃない」
「ジェット嬢よ、ちなみに元はどんな役職名にするつもりだったんだ」
「【書記長】にしようと思ってた」
「それはウラジィさんの発案だな。それよりは【辛辣長】のほうが無難な気がするな」
「それで、【辛辣長】となる私の仕事は一体何なんだ」
「【魔王城】の財務管理とかそのへんよろしく。【魔王城】職員の【就業規定】とか原案作っておいたから、詳細詰めてメンバーに説明しておいて」
そう言って、ジェット嬢は【辛辣長】に紙束を渡した。
この紙束は俺とジェット嬢で作った【就業規定】の原案だ。
俺はこの世界の文字が読み書きできないので、ジェット嬢に編集を頼んだ。
俺の前世世界の【労働基準法】を参考に【ホワイト企業】を目指していろいろアレンジした力作だ。
「了解した。宰相改め、【辛辣長】として務めさせていただく」
役職名はともかくとして、仕事内容は気に入ってもらえたようだ。
会社に例えると【総務部長】と【人事部長】と【経理部長】を兼務する形かな。
総勢十名の【魔王城】なら、そのぐらい兼務できるかな。
地味な仕事だけどよろしく。
配属面談 その三:護衛役五人組
宰相改め【辛辣長】以外の男五人がテーブル前に横一列に並んで立つ。この五人は元【軍人】でこの【魔王城】の護衛役らしい。
なんか見覚えのある顔ぶれも混じっている。
赤髪、青ズボン、黄色ジャケット、黒目黒髪腹黒、緑腕章
横一列に並んだこのメンバーのカラーリング。
思いついたことがつい口に出る。
「【スーパー戦隊モノ】だな」
「なにそれ面白そうね。詳しく教えて」
ジェット嬢が興味を持ったので、俺の前世世界にあった【スーパー戦隊モノ】の概要を全員に説明した。
カラフルな五人組が悪と戦う、前世世界のテレビで大人気だったあのシリーズだ。
その説明を聞いた五人組もその概念が気に入ったようで、五人集まってジェット嬢が渡した【仕事リスト】を見ながら相談。
そして
【臨死戦隊★ゴエイジャー】爆誕
ジャジャジャジャーン
「頼れるリーダー みんな大好き雑用係 臨死レッド!」
「飛行機乗れます 空飛ぶ兵站 臨死ブルー!」
「設備に機械 輸送と図書室 素敵な裏方 臨死イエロー!」
「黒髪黒目なにより腹黒 黒い役割 臨死ブラック!」
「希少価値あり回復魔法 治療担当 臨死グリーン!」
「臨死戦隊!」×5
シュババッ
「ゴエイジャー!」×5
シャキーン
ドーン
「「「「「うわぁぁぁぁ!」」」」」
【魔王城】エントランスで五人揃ってポーズを決めた背後でいきなり爆発。
驚くヒーロー達。
「ゴメン。なんとなくやってみたくなった」
爆発の犯人はジェット嬢。火魔法と風魔法の応用のようだ。
「まぁ、ポーズの後に爆発効果は定番だけど、事前に言っておかないと驚くだろ」
「じゃぁ、次は爆発ありでもう一回!」
「おう!」×5
ジェット嬢も楽しそうだし、ヒーロー達もなんかノリノリで楽しそうだ。
ジャジャジャジャーン
「最初の仕事はお城の掃除 お役に立ちます 臨死レッド!」
「航空兵 できれば大きい【乗機】がほしい 臨死ブルー!」
「暮らすなら 最初に確認 水回り 臨死イエロー!」
「探したい 城の裏側 国境線 臨死ブラック!」
「怪我人なければ出番なし その時は草刈り 臨死グリーン!」
「臨死戦隊!」×5
シュババッ
「ゴエイジャー!」×5
シャキーン
ドーーン
「「「「「決まったー!」」」」」
「もう一回! もう一回!」
このノリが気に入ったらしいジェット嬢が次を催促。
「よっしゃぁー!」×5
盛り上がってきてやる気を出すヒーロー達。
ジャジャジャジャーン
「失言一言 黒焦げ一瞬 【聖女】に注意 臨死レッド!」
「もう一度 撫でたいあの尻 【聖女】様 臨死ブルー!」
「【魔物】の群れより【聖女】が怖い 臨死イエロー!」
「【急所】の賭け 主催したのは実は私 臨死ブラック!」
「【聖女】が来てから怪我人激増 そんな過去あり 臨死グリーン!」
「臨死戦隊!」×5
シュババッ
「ゴエイジャー!」×5
シャキーン
ドガァァァァァン
「「「「「ギャァァァァァァァァ!!」」」」」
「爆発効果でヒーロー達吹っ飛ばすのやめてあげて!」
【配属面談】で吹っ飛ばされたヒーロー五人組は幸い軽傷で済んだ。
各自の仕事については、ジェット嬢が追加でメモ書きを配って指示を出し、【魔王】【魔王妃】と職員八名で【魔王城】は営業を開始した。
でもこの【魔王城】って本当に何なんだろうね。
営業って何するんだろうね。
◆◇◇
【魔王城】に職員八名が到着した十二日後。
到着初日のアンとメイの一升瓶による【魔王城】探検により、城内下階もいろいろ部屋や設備があることが分かった。
そこを職員宿舎としつつ、外壁掃除や水回りの設備工事、居住区画への照明設置、調理場の整備、排水路への浄化槽設置、等々、住環境の整備は彼等の力により一気に進んだ。
そして、大型飛行機用の滑走路も作った。
ジェット嬢が【魔王城】入口広場から金属パイプで木の根元を【狙撃】し伐採。
ある程度木を倒したら、イエローがトラクターで木を運び出して最寄りの村の製材所に引き渡し。
それを繰り返すことで場所を空け、整地は土魔法が得意なイエローを中心にゴエイジャーが人海戦術で行った。
最終的な工期は九日間。
ジェット嬢の大火力魔法で伐採と整地を一気にする方法もあったが、林の中で火魔法を使うと火災になる危険性があったので避けた。
昼休みの時間になり、職員全員が各自の作業を切り上げてエントランスのテーブルに集まる。
居住区画内にも食堂として使える部屋はあるが、天井が低くてビッグマッチョの俺が窮屈な感じになるので、みんな合わせてエントランスに大きなテーブルを置いて食堂にしてくれた。
調理係はアンとメイだ。
こんな配慮が心にしみる。
集まって食事を摂った後、職員達はそれぞれの持ち場に戻る。
それぞれ仕事はあるが、手の空いたメンバーには【魔王城】西側の台地の草刈りを頼んでいる。
ちなみに【魔王城】における俺とジェット嬢の主な仕事は【買い出し】だ。
食料品は生協さんから計画的に買っているが、配送頻度は十日に一回ぐらい。
冷蔵庫の無いこの世界では生鮮食品の保存が難しいため食事のメニューが偏る。
そして、最寄りの村も歩くと一日かかるぐらい遠い。
そこで、俺達が【カッコ悪い飛び方】で最寄りの村まで飛んで必要量の生鮮食品を都度買ってくるのだ。
食品以外も運べるものは買ってくる。午前中に各自が欲しいものをメモ書きにまとめてもらって、午後一で俺とジェット嬢が最寄りの村まで飛ぶというのが日課だ。
さらに遠くの街まで行かないと買えない物もあるが、そういう物が欲しいときはなるべくまとめて買えるように、買い出し予定を別途調整。
【カッコ悪い飛び方】で運べない物は、イエローがトラクターで半日かけて買い出しというルールだ。
この世界の【魔王】は【買い出し】をする。
昼食後。その日課をこなすべく、買い物メモを持ってジェット嬢を背負い【魔王城】入口広場に出たら、背中のジェット嬢が一言。
「滑走路に何かあるわ」
「あれは!」
【魔王城】入口広場から滑走路を見下ろすと、そこにはこの世界では見たことのない飛行機が着陸していた。【深竜】や【連竜】ほどではないが大型機だ。
全幅25m、全長20m、葉巻型の太い胴体を持つ双発機。
配色は【試作2号機】に近いトリコロールカラー。
形状は俺の前世世界の航空機だが、俺はあの機のスケッチは描いてない。
またウェーバの【電波】か。
ここに着陸しているということは念願の大型機の開発に成功したんだな。
「とりあえず、滑走路に行ってみるか」
「待って。ブルーを連れて行きましょう。【乗機】が欲しいって言ってたわ」
「そうだな。そこの台地の草刈りをしてるはずだから、連れていくか」
…………
ブルーを連れてその大型機の近くまで来たら、その大型機の下で体育座りで小さくなっている黒い人影を発見。
その人影は、俺達に気づくと立ち上がろうとして
ゴン 「ニャギャッ!」
頭上の機体に頭をぶつけて変な悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
頭には先の尖がった魔女帽子
額にバンダナ
目にはハート型の色の濃いサングラス
鼻と口はマスクで隠し
全身は黒ロングスカートのワンピース。
前には青いエプロン
腰には黄色のウェストポーチ
背中に赤いマント
デタラメコーディネイトの女。
キャスリンだ。
一緒に来たブルーはキャスリンよりも機体のほうが気になるようで、葉巻型の胴体を近くで見ている。
搭乗口を探しているようだ。
「ブルーよ。搭乗口だったら、たぶん胴体左側面の主翼と尾翼の間のあたりだ」
俺の知っているこの機だったら、そこに丸い扉があるはず。
「了解です。探してみます」
機体の下で頭を抱えてうずくまるキャスリン。
いいツッコミが思い浮かばないので、ジェット嬢にパスすべく、背中を向けた。
「キャスリン。今度は一体何をしたの? あと、この飛行機は何?」
ジェット嬢。今回はパスを受け取ってくれたようだ。
「【西方航空機株式会社】でエスタンシア帝国から買った軽金属材料を使用して開発した大型機の試験機が出来たということで、見に行きましたの」
「ああ、あの【密輸】で手に入れた材料ね。それで、コレがその試験機なの?」
「ハイ。そしてこの機を見たら、なんか宙返りができそうだったので、つい我慢できず……」
この大型機を見て宙返りができそうと思うのか?無理だろ。
「また強奪してしまったと。そういうわけね」
「ハイ。宙返りはできたんですが、そのまま帰るとまた立てなくされるかと思いまして、どうしようかと飛び回っていたら、ここにちょうどいい滑走路があったので降りてしまいましたの」
「宙返りできたのかよ! この大型機で!」
「余裕でできましたわ。電動機出力も機体強度も【試作2号機】とは段違いですの。速度も巡行で三倍以上ですわ」
「せっかくだから中を見たいわ。私達は入れるかしら」
「後部の貨物室は【魔王】様も入れるそうです。今案内しますわ」
ゴン 「ニャギャッ!」
キャスリンは立ち上がろうとしてまた機体に頭をぶつけた。
動揺しているのだろうか。
…………
機体出入口は俺の予測通り機体左側面にあった。そして、ブルーが既に乗り込んで操縦席で取扱説明書を読んでいた。
ミシッ ミシッ ミシッ
搭乗口から機内に入り、後部の貨物室を歩く。
機内を俺が歩くたびに機が揺れて床板から軋むような音がするが、床板が歪んだり凹んだりはしない。体重が常人の二倍以上で、ジェット嬢を背負うと三倍ぐらいになるビッグマッチョの俺が機内を歩ける。
この世界でいろんな乗り物を見てきたが、俺が乗れる物は少なかったのでちょっと嬉しい。
「大型機なだけあって中は広いな。かがんた状態とはいえ、ジェット嬢を背負った俺が中で動ける」
「床は気を付けてくださいね。【魔王】様の体重に耐えられる床板は緑色の部分だけですわ。他の部分を踏むと踏み抜いてしまう危険性がありますの。あと、貨物室中央の床の開口部には気を付けてくださいまし」
「俺の体重を考慮して作ってあるのか。まるで俺達を乗せるために作ったような機体だな。まぁ、俺達は自力で飛べるから飛行機が必要かどうかは微妙だが」
「あら、私はこの飛行機欲しいわ」
俺の背中に乗るジェット嬢が意外な一言。
「そうなのか。意外だな」
「【カッコ悪い飛び方】はスピード出せないし疲れるでしょ。それにあんまり荷物も持てないし。この大きな機体で【試作2号機】の三倍の巡航速度が出せるのは魅力だわ」
「確かに【カッコ悪い飛び方】は推力に余裕あってもほぼ生身で飛ぶ分【試作2号機】よりも遅いからな。だが、この機だと離着陸できる場所が限られるぞ」
「そこは確かに問題ね。今降りられるのはサロンフランクフルト以外ではここと首都ぐらいかしら」
「目的地上空で飛び降りれば良いのですわ」
操縦室からキャスリンがしれっととんでもないことを言い出した。
「はっはっはっ。御冗談をお姫様」
面白い冗談なので笑って返す俺。
笑いつつも、俺は前世世界のこの機がどんな飛行機だったかを知っている。
そして、貨物室中央の床に前後方向に空いている大きな開口部と、その下に見える扉がどういう物かも知っている。
「ブルー。投下扉解放ですわ」
「了解」 ガシャッ
ウィィィィィィィィィィン
床下から響く電動機の音。
そして、貨物室床の開口部の下に見える扉が開いて地面が見える。
やっぱりそこが開くのか。
「何? 見たい。見たい」
俺の背中でジェット嬢が騒ぐので、貨物室前端の操縦室入口あたりで前を向いてしゃがんでみる。
こうすればジェット嬢にも貨物室全体が見えるだろう。
「おー。ファンタスティーック。これは面白いわね」
ジェット嬢は気に入ったようだ。
【深竜】や【連竜】もそうだったが、この機の元になった機体も前世世界では軍用機だった。
【陸上攻撃機】又は【雷撃機】と呼ばれたもので、敵の上空から爆弾や魚雷を投下するための飛行機だった。
この投下扉は元は魚雷や爆弾を投下するための構造だ。
だが、この世界では航空機を兵器として使用していない。魚雷や爆弾を投下する必要は無い。
だったら、この投下扉は何を投下するためのものか。
【俺達】を投下するためのものだ。
マジか。
あんまりな設計を目の当たりにして、ついキャスリンに敬語で確認をとってしまう。
「ちなみにお姫様。この機の構造の発案者はどちらさまでございましょうか。あと、この機は一体何なんでしょうか」
「設計主担当はウェーバ社長ですわ。この機の開発名は、陸上突撃機【双発葉巻号】。愛称は【ベティー】ですの」
「ウェーバぁぁぁぁぁぁ!」
この俺を空から落とすための飛行機。
何の恨みがあってそんなものを作るんだ!
「やればできるじゃない。この機、【魔王城】で買うわ」
「おい! 本当に飛行機から飛び降りるつもりか!」
「遠出するとき便利でしょ」
「片道になるぞ。帰りはどうする」
「片道だけでも十分よ。帰りはいつも通り飛べばいいじゃない」
そこで操縦室からキャスリンが一言。
「往復も可能ですわよ。飛行中にこの扉から乗り込めば良いのです。それ用の機材も準備中ですわ」
「あ、なるほど。なんかできそうな気がするわ」
空中空母かよ。
陸上突撃機【双発葉巻号】は【魔王城】の備品として購入することが決定。
【乗機】を欲しがっていたブルーがこの機の【機長】に任命された。
未搭載の機材が残っているとのことなので、ブルーの訓練飛行も兼ねて【西方航空機株式会社】に回送することにした。
その【大口の商談】を終えたキャスリンがなにか見覚えのあるオーラを出している。
あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。
【整備下請け会社の一員として一人で客先の機械室に入って機械の点検をしたら、バルブ操作を間違えて機械室を水浸しにしてしまい途方にくれていたところ、遠隔監視装置の警報を見た親会社の整備員さんが駆けつけてきてくれたので、一緒にお客様に謝りに行ってもらおうと思った時】のオーラだ。
強奪してきたから一人で帰るのが怖かったんだな。
帰ったらウィルバー部長とメアリ様が居るから怖いんだな。
臨死ブルーを連れ帰ることができて都合が良かったんだな。
でもまぁ、【大口の商談】をまとめてきたんだから、叱られずに済むんじゃないかな。
…………
陸上突撃機【双発葉巻号】の離陸を見送った後、歩いて【魔王城】の入口広場に戻ったらアンが待っていた。
「買い出しは?」
「「忘れてた!」」
「コラー!」
アンに怒られて俺とジェット嬢は急いで飛んだ。
食材の【買い出し】は時間が大事だ。夕食の調理に使う材料なら、夕食の準備を始める前までに調理場に届けなければいけない。
それが遅れると調理の手順が変わってしまうため、調理担当者に迷惑をかけることになる。
お出かけついでにと【買い出し】を頼まれた【お父さん係】はそこのところよく考えよう。帰りが遅くなるならちゃんと連絡しよう。
子供がいるご家庭で夕食時間が遅くなると【お母さん係】はいろいろ大変なんだ。
マジで。
…………
ちょっと遅くなった夕食時。臨死ブルーが欠席になっているものの、いつも通りの賑やかな食卓。そんな中、ジェット嬢が俺の隣で渋い顔をしてつぶやく。
「キャスリンは無事サロンフランクフルトに到着したようね」
「なんで分かるんだ?」
「微かにだけど、キャスリンの【あの悲鳴】が聞こえるわ」
「それは、無事、なのか?」
「あの飛行機は無事かしら」
「あの飛行機は、もういいんじゃないか?」
「いや、アレは欲しいわ」
◇◇◇◇◇
キャスリンと臨死ブルーが陸上突撃機【双発葉巻号】の回送と訓練飛行に飛び立った五日後の午後。俺とジェット嬢は【カッコ悪い飛び方】で日課の買い出しの帰り道。
臨死ブルーは帰ってこないが、【魔王城】周辺の整備が一段落したので今夜は【魔王城整備慰労会】を行う予定だ。
だから買い出しの荷物もちょっと多い。
「さすがにちょっと重いわね」
【カッコ悪い飛び方】で俺を背負って飛ぶジェット嬢がぼやく。
「確かに、慰労会するから仕方ないけど、今日の買い出しは量が多いな」
大きい買い物袋二個を抱えて背負われる俺が応える。
「お酒とか保存ができる物は昨日の買い出しで頼んでくれても良かったのに」
「そうだな。昨日は買い物少なかったからな。でも、楽しい慰労会のためだ。【魔王城】まであと少しだ。がんばれ」
「この私が重たいアンタを下から支えてがんばるなんて、コレが【内助の功】とかいうやつかしら」
「はっはっはっ。妻じゃねえだろ」
パキン
●次号予告(笑)●
「【魔王妃】として世界征服でもしてみるか?」
「これから二人で良い思い出を作っていこうぜ」
「俺達二人でここに住むんだろ」
「ジェット嬢の料理か、一度食べてみたいな」
「これから長い付き合いになるんだ。気長に頼む」
そして
「妻じゃねぇだろ」
常識的に考えて、この流れでただで済むとは思えない。
さらに言うと、軽食や弁当で既に何度か手料理食べてるよね。
まぁ、男の感覚なんてそんなもんだ。
世界の命運は如何に。
次号:クレイジーエンジニアと男の決断




