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第3話 クレイジーエンジニアと金色の滅殺破壊魔神(11.6k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生してから六日目。魔王討伐隊の前線基地跡地からロケットボートで飛び立ったその日の夕方。俺達は目的地だったユグドラシル王国東側の地方都市ヨセフタウンに到着していた。


 到着した場所は、サロンフランクフルトという多目的施設。

 俺達が今居るのは、展示室と呼ばれる部屋。

 そこで、俺は俺好みのブツと対峙していた。


「これは、【電磁石】じゃないのか。この世界にもあったんだ」

「ヘンリー卿が趣味で作った何かよ。私にもこれが何なのかわからないから、詳細知りたいなら直接本人に聞いてみて」

 メイド服を着て車いすに乗った状態で俺の隣に居るジェット嬢が言う。

「ぜひ会ってみたいな。このブツについて徹夜で語り合いたい気分だ」


 サロンフランクフルトはヨセフタウン市街地の北東2kmぐらいにある多目的施設。敷地は1km四方程度で中にはいろいろなものがある。


 北側には裏山と呼ばれる小さな山がある。この山の中腹には丸いため池があり、近くの農地に農業用水を供給しているそうだ。


 東側には東丘と呼ばれる丘があり、その丘のさらに東側には東池と呼ばれる丸い池が二つある。こちらは雑用水の水源として使用されているらしい。


 敷地の南の端には、俺達が今いる食堂棟と、管理人であるスミスとメアリが住んでいる居住棟がある。かつては他にも建物があったそうだが、不要になった際に撤去したとのこと。

 そのため敷地内に今ある建物はこの食堂棟と居住棟のみで、今のこの施設の主目的はヨセフタウンの領主であるヘンリー卿が趣味で使う別荘だそうだ。


 この食堂棟もなかなか面白い作りで、一階には、カウンター席付きの大きな食堂。

 入口から入ったらすぐにこのカウンター席があり、カウンター席沿いに左に進むと大きな食堂に出るような間取りになっている。

 前世世界でのラーメン屋に大きな食堂を合体したようなイメージだ。


 その食堂の奥には、俺達が今いる展示室がある。

 この部屋は、領主でもありこの施設の家主でもあるヘンリー卿が趣味で作ったものを飾るための部屋とのこと。

 中央に長机、奥には本棚がある。でも、俺に読める文字で書かれた本は無かった。


 食堂棟入口入って右に、食堂の反対側に行くと、突き当りに大きい医務室。

 その突き当りをさらに左に曲がると、二階に通じる階段がある。二階は宿泊施設となっており、二十部屋あるそうだ。

 ちなみにこの世界では部屋番号に四という数字を避ける習慣が無いそうで、四号室もちゃんとあるとか。


 今回の空の旅の最終目的地はここだったそうだ。

 ジェット嬢は魔王討伐隊に入隊する前はここで住み込みでウェイトレスをしていたとのこと。

 つまりここが、ジェット嬢の実家なのだ。



 今日の早朝の話になる。


 俺はヨセフタウン郊外上空高度8000mよりこの施設の三つの池を確認。三つの丸い池が目印というのは打ち上げ前に聞いていたので、無事目標を発見できたことに安堵した。

 すると、ジェット嬢が魔力で運転していた魔力ロケットエンジンが突然停止。推力を失ったボートは安定を失い転覆。俺達は上空8000mの寒空に投げ出された。


 誰かが言った。

 自由落下は自由ではない。


 それは本当であることを体感した。本当になんにもできねぇ。

 展開前のパラシュートを抱えて、高空の超低温に耐えながら真っ逆さまに自由落下。


 そこで俺は気づいた。

 ジェット嬢はケロッとしてはいたが、両足切断の重症者だ。

 傷口がどうなっているかわからないが、ローブの下側が赤く染まるほどの血痕を見る限り、出血量も少なくは無い。

 失血した状態で高空の低圧にさらしたことにより、意識を失ってしまったようだ。


 ファンタスティックな空の旅に夢中になり、怪我をした女性への配慮が足りなかったのが転覆事故の原因か。などと真っ逆さまで落ちながら反省していたら、急に空気が暖かくなり、落下姿勢が俺をボート代わりにするような形で安定した。


 ジェット嬢が意識を取り戻したのだ。


 女性の体調への配慮って大事だね。

 それを怠ると命に関わるよ。


 ちょっと高いけど、目測高度1800m程度でパラシュート展開。

 そこからの風魔法による軌道修正で目印にしていた三つの池の中央部ぐらいに落下。

 さすがに着陸の衝撃は大きかったが、ジェット嬢の風魔法による最終減速と俺のマッチョ脚力の組み合わせで着陸成功。


 俺達は空の旅から生還した。


 着陸場所はサロンフランクフルトの敷地内。

 すぐ近くにあった食堂棟の入口から普通に入ると、早朝にもかかわらず食堂棟ではメイド服を着た女性が朝食の仕込みを始めていた。

 この人が、管理人の奥さんのメアリだ。


 お邪魔しますと入店して、回れ右して背後を見せる。

 挨拶の仕方すらデタラメだが、ここのことを知るのは背後に載っているジェット嬢だけだから仕方ない。


 ちなみに、この時の俺達の恰好。


 俺は最初に着ていた皮の服。

 心臓のところに穴が開いてそのへんに血痕が付いてたアレ、の上に、ジェット嬢が作ったジャケット風おんぶ紐的ハーネス。

 ジェット嬢は最初に会ったとき着ていた白いローブ。

 上半分はおんぶ紐的ハーネスのベルトを繋げるためにところどころ穴が開いており、下半分は脚を切り離した時の出血なのか、血で赤黒く染まっていた。


 メアリが管理人のスミスをすぐに呼んできてくれて、スミスはすぐに医者を呼びに町まで馬で走ってくれた。

 この世界には電話とかそういうの無いらしい。


 メアリが朝食を出してくれたのでそれを頂いていたら、馬車で医者が到着。

 この医者はドクターゴダードと言って、外科治療を得意とするヨセフタウン一の名医だとか。

 そうだよね。【魔物】出る世界だから、外科医って重要だよね。


 ジェット嬢を医務室に搬送。

 医務室での診察の結果、やっぱり切断跡の処置がよろしくなかったらしく、メアリを助手として医務室で緊急手術。ここの医務室には手術設備もあるそうな。


 この施設、元はなんだったんだろう。

 そしてメアリすごいな。


 メアリは手術になることを予測してドクター到着前に機材の滅菌処理を済ませていたとか。その準備のおかげで一時間半ほどで手術は終わり、メイド服を着て車いすに乗ったジェット嬢が医務室から出てきた。


 清拭せいしきされ、髪も整えられ、マトモな服装に着替えたジェット嬢はなかなかの美人さんであった、目つき鋭い悪役顔系の美人さんだ。


 その後、メアリは昼食準備、ドクターは手術の後片けで忙しくなりちょっと時間ができた。

 ジェット嬢はしばらく医務室で寝泊まりすることになったとのことなので、その時間で空の旅から持ち帰った荷物を医務室に運んだ。


 その時初めて例のおんぶ紐的ハーネスの全体像を知った。

 ジェット嬢側がどうなってるか知らなかったが、ジェット嬢側は服の下に着用する形だったようだ。よくできている。これをあんな短時間で作るあたり、実はモノづくり適性高いんじゃないかと思った。


 この時点で俺は着替えておらず、心臓あたりに血痕がついている皮の服を着ていた。さすがに見た目がアレなので、着替えがないのかとジェット嬢に聞いてみたが、規格外のビッグマッチョボディである俺が着られる服は仕立てないと無いとのこと。


 持ち帰った荷物の中に俺用のインナーが一着だけあったのでインナーだけ着替えた。

 心臓のあたりの穴と血痕は、ジェット嬢が紙を貼って隠した。

 読めないけどなんか文字が書いてあるように見える。


 アホとか書いてないよな。


 そして、昼食。

 スミス、メアリ、ドクターゴダード、ジェット嬢、俺。

 ここでも俺はオッサンを名乗った。

 世間話をしながらの楽しい食事だったが、俺の正体や、ジェット嬢が何してきたとかそういうことは話題にはならなかった。そういう話をしないというのはこの世界の暗黙の了解かな。


 昼食後、食堂棟のテーブル席にて、俺とドクターゴダードとジェット嬢で今後の治療方針と義足の設計について打ち合わせをした。


 切断部分は膝関節ひざかんせつより上。

 大腿切断だいたいせつだんだ。


 服の上から見てそうではないかと思っていたが、診断が確定するとやはりショックだ。

 あの時の自らの【失言】の罪深さに頭をかかえていると、ジェット嬢がとんでもないことを言い出した。

 義足はいらないから、その代わりに空の旅で使った魔力ロケットエンジンを自分の両脚に組み込みたいと。


 女の子がサイボーグになりたいとか言い出すんじゃありません。


 俺とドクターは当然猛反対した。

 でも、ジェット嬢がテーブルにあった金属製のコップで例の魔力噴進弾を軽く実演したら、ゴダードは興味を示したようでうなりながら考え出した。

 ドクターゴダードも風魔法が使えるようで、ジェット嬢からやり方を聞いて、練習を始めた。


 俺は再びポチになった。


 テーブルから食堂内のあちらこちらにコップを飛ばすジェット嬢とドクター。

 飛ばされて散らばるコップを拾い集める俺。

 飛ばされて落ちるたびにボコボコになっていく可哀そうなコップたち。

 申し訳ない気分になりながら、それらを再度ジェット嬢とドクターの机に戻す。


 そんなことを繰り返していたら調理場で片づけをしていたメアリが出てきて、食堂にオカンにシメられるボウズが再度顕現した。


 オカン係はメアリに交代。

 俺が叱られる。

 俺だけが叱られる。

 怒るメアリはマジ怖かった。


 さすがにコップ飛ばしは終了。

 義足の件に話を戻そうと俺も机に戻ったら、すでに机の上には脚に装着するロケットのイメージ図を描いたA3ぐらいの紙があった。


 開発コードネーム【魔力推進脚まりょくすいしんきゃく】。


 コップを飛ばしつつも、ジェット嬢とドクターで描いていたそうな。

 ドクター、アンタ医者じゃねぇ。

 【マッドサイエンティスト】だ。


 こんな非人道的なもの作らせてたまるかとイメージ図を見る。


 俺はこの世界の文字は読めないが、図なら読める。

 その図を見て、設計上の問題点を次々指摘していく。


 ノズル外径設計の考え方について語る。

 図上の設計ではノズル外径が大きすぎる。

 ロケットボートで使った魔力ロケットエンジンのサイズに合わせたらしいが、外せない形で脚に直結するんだから普段の生活のことも考えろと。

 大股おおまた開きで日常生活したいのか。

 ジェット嬢もそれを聞いて気づいたらしく、ノズル外径を縮小する形で図を修正しだした。


 最大推力の考え方についても語る。

 ノズルが大きいほうが推力は出しやすいが、脚に直結なのでその力を大腿骨だいたいこつ骨盤こつばんで受けることになる。

 そこをよく考えて最大推力の設計が必要と説明すると、ドクターは、ジェット嬢の体格の場合の安全荷重をおおよそで計算し、その計算結果をもとに許容される最大推力を試算。

 二個あるからな、脚は二本あるんだ。そこ間違えるなよ。


 装着時の脚長さの設計要件についても語る。

 これを装着した状態で大腿骨が折れると取り返しがつかないので、推進時に大腿骨だいたいこつにかかるモーメントをなるべく小さくすべきだ。

 その考えの下、ノズル込みでの脚の長さはなるべく短くする方向となった。

 それにより、魔力推進脚の先端は、切断前の元の膝関節位置よりも上側、短い側の位置に持ってくることとした、こうしておけば魔力推進脚に義足を接続することで形を人型にすることもできる。

 両足大腿切断だから物理的に義足をつけても再び歩くのは難しいのかもしれんが、そこは魔力で義足を動かすとかできれば何とかなるだろう。


 さらに、拡張性についても語る。

 魔力推進脚の噴射口の外径形状を工夫し、端部に拡張ノズルを取り付けできるようにという考え方だ。拡張ノズル側に推進力を受ける構造があれば、大推力を発生してもジェット嬢の身体はジェット嬢の自重を支えるだけで済む。

 つまり、ジェット嬢にノズルを追加するのではなく、大型の飛行体に増設ノズルを固定し、そこにジェット嬢をエンジンとして接続する構成だ。

 媒体に触れてさえいればロケットエンジン級のフロギストン変換空気生成はできるのだから、この設計は成立するはず。

 この場合の最大ノズル径は、接続時にジェット嬢があんまり大股おおまた開きにならないようなサイズに制限されるので400mm~500mmぐらいになるかなと予測している。


 そして、スロート形状の設計についても語る。

 ノズル内側のスロート形状はジェット嬢が考えたほうがいい。

 ロケットエンジンの場合は、燃焼室から出た音速のガスを超音速まで加速するためのものだが、この魔力推進脚の場合はフロギストン物質変換による空気生成とその噴射を行うためのものだ。

 原理が違うので、最適形状が俺にはさっぱりわからない。そう言ったらジェット嬢は紙に図を描いた。

 俺の知っているスロート形状からは離れていたが、ジェット嬢がそれがいいというならそれがいいんだろう。ドクターも製作可能と言っている。


 このように、各種問題点の洗い出しと解決策の検討を進めて、同時進行で設計構想図を描いていく。


 ノズル外径はφ140程度。

 端部位置は元の体格の膝関節よりおよそ100mm上側。

 太腿だいたいの筋肉内にノズル構造を埋め込み、体内で大腿骨だいたいこつと強固に結合する。


 こうして書きあがった構想図は、非人道的なサイボーグ的肉体改造を伴うとんでもないものだった。


 設計構想がまとまり、ドクターゴダード改めマッドサイエンティストゴダードは構想図や検討資料を嬉しそうに持ち帰っていった。

 ヨセフタウンは国内でも鍛冶屋、つまり冶金や精錬、金属加工等の技術が発達しており、幾つかの鍛冶屋が協力すればこのノズル部品は製作可能とのことだった。

 早速製作についての相談に移るとか。


 ねぇ、本当にやるの? 改造人間ですよ。

 非人道的ですよ。


 止めるつもりだったのに、完成の道筋が立ってしまった。

 なぜだ。

 俺か。

 俺が原因か。

 俺のダメ行動が原因なのか。

 何がダメだった。

 再び頭を抱える。


 ジェット嬢は嬉しそうにしている。


 オマエ人間捨てるんだぞ。

 サイボーグになるんだぞ。

 バケモノだぞ。


 本当にそれでいいのか? と思ったところで、例のオーバキル大火力魔法を思い出して気づく。


 ああ、もとよりある意味バケモノだったな。


 俺、ひどいかな。


…………


 こうして、マッドサイエンティストゴダードを見送った後、食堂奥の展示室に入り、俺は心のときめきを思い出すようなステキなブツに出会い、冒頭の話に戻る。


 長い鉄心に絶縁体を巻いて、その上に裸銅線を巻いた初歩的な【電磁石】。


「勝手に触ったらさすがに怒られるわよ」

 わかってる、だから触るのは我慢して多方向から眺めてる。


「そうは言っても、コレは、ツッコミどころが多すぎてなぁ。これ作ったのヘンリー卿だっけ。ここの家主でもあるんだよな。そのうち来てくれないかな」


 小一時間ほどツッコミどころ満載の【電磁石】を眺めていたら、本当に来た。


 やや太めの体格の銀髪の紳士。前世の俺の享年より少し若そうだ。

 展示室に入ってくると、ジェット嬢を見つけて嬉しそうに話しかける。

「久しぶり。よく帰ったね。ドクターからイヨが帰ってきたと聞いて来てしまったよ」

「お久しぶりですヘンリー卿。お変わりありませんね」

「おや、こちらの方は?」

 ヘンリー卿が俺を見て訪ねる。


 この場での俺の立ち位置が分からん。

 ジェット嬢がどう紹介するのか気になるが、下僕とか言われても困る。

 ヘンリー卿は領主様だから偉い人なんだろうけど、実質異世界人の俺が敬語を使うのもなんか違う気がする。


 もういいや。タメ口で適当に名乗ろう。

 デタラメ上等。


「俺は、オッサン。ここより違う世界にある神聖大四国帝国しんせいだいしこくていこくから来たクレイジーエンジニアだ。諸事情によりジェット嬢を背負って旅をしてきた」

「ジェット嬢っていうのは、私のことよ。この人私をそう呼ぶの」

 呼び方についてジェット嬢がフォロー。それで呼ばれる事は無かったんだ。

「あぁ、初めまして。ヨセフタウンの領主をしているヨセフ・ハン・ヘンリーです。よろしくお願いします」


 ヘンリー卿は俺のいきなりのタメ口にちょっと引きながらも、俺に向かって常識的な挨拶と自己紹介をした。

 でも、俺が話したいのはそこじゃない。早速だが、俺的な本題に入る。


「この【電磁石】、絶縁体ぜつえんたいの使い方が間違ってるぞ」

「どこが間違ってると」

 ヘンリー卿が食いついた。


絶縁体ぜつえんたいの使い方だ。なぜ鉄心に巻く」


「鉄心と銅線の間に電気が通らないものを挟まないと、銅線から鉄心に電気が逃げて磁力が発生しないんだ。だから、試行錯誤の末に鉄心に電気を通さないものを巻くことで今の形に行き着いたのだよ」

「ヘンリー卿、電気が通らないものというのを絶縁体ぜつえんたいと呼ぶんだ。そして、そこまでわかっているなら何故銅線に絶縁体ぜつえんたいを巻かない」


「銅線の間は距離を取れば電気を逃げないように作れるから必要ないのだよ」

「その発想が根本的に間違ってる。銅線間の距離を取らないといけないから、こんなに長い鉄心でも銅線がまばらに一重にしか巻けないんだ。これじゃぁでかいばかりで強い磁力が出ない。強い磁力を作りたいなら短い鉄心に銅線を密集して幾重いくえにも巻くんだ。銅線に絶縁体ぜつえんたいを巻けば簡単にできるだろう」

「そうか! その発想は無かった。鉄心を大型化しても磁力が頭打ちになるのが悩みだったが、銅線を絶縁して幾重いくえにも巻けば簡単に解決できる!」


「さすがにここまで作り上げただけのことがあって理解が速いな。ちなみにこの鉄心に巻いてある絶縁体ぜつえんたいは何なんだ。絶縁体として使うには不必要なはずの柄が入っているように見えるが」

「妻のペチコートかっぱらってバラして作った絹の帯だ」

「ヘンリー卿、アンタ何やってんだ」

「無茶苦茶怒られた」

「奥さん大事にしろよ……」


 ヨセフタウン領主兼電気研究者ヘンリー卿、改め、家庭内下着ドロヘンリー卿。

 この御方おかたとは仲良くなれそうな気がした。


 その後、ヘンリー卿とは技術話で盛り上がった。

 この国の主要穀物は小麦。小麦は粉にしないと食べられないので、どうしても製粉機械が必要になる。水車や風車による製粉機械は普及しているが、設置場所が限られる。

 ヘンリー卿はどこでも使える動力式製粉機を作りたいと考えて長年試行錯誤をしていたそうだ。

 電動機に近いものも作ってはいたが、うまくいっておらず行き詰っていたという。


 そりゃそうだ。

 絶縁体ぜつえんたいの使い方の時点で間違ってたんだから。

 しかし、導体に絶縁体ぜつえんたいを巻くという方法で光が見えたらしい。


 電源については、隣領のボルタ卿が電池を研究しているとか。今までもこの場所にそれぞれの試作品を持ち寄って組み合わせて実験をしていたとのこと。

 楽しそうでいいな。

 そういうことなら俺もできるだけ協力しようと、俺の前世の世界の電気理論や電気技術。その実用化の形態について覚えている限り話した。


 俺は40代のオッサン。

 前世では本職のクレイジーエンジニアだった。

 広く浅く時に深く。仕事で趣味でいろんな技術を学んできた。

 それをここで活用したっていいだろう。


 紙とペンを持ってきてくれたので、たくさん図を描いた。

 絶縁電線、ケーブル、コイルの巻き方、磁性体の種類などの要素的な部分や、電動機の種類。主に直流機の原理や構造の話をした。

 俺はこの世界の字を読み書きできないので、俺が書いた図にヘンリー卿がいろいろメモ書きをする。


 そんなことをしていたら、外は暗くなってきた。

 ヘンリー卿は今日はここに泊まることにして、皆で夕食となった。


 夕食後、俺とヘンリー卿だけ展示室に戻って、ランプの明かりの下で技術話の続きをした。

 紙がなくなったが、ヘンリー卿がスミスに頼んだら、スミスは紙をたくさん持ってきてくれた。


 電気の話にとどまらず、理論の話も盛り上がった。

 どちらかというと、ヘンリー卿は理論のほうが好きなようで、すごく食いついた。


 質量保存の法則。

 エネルギー保存則。


 この世界にはその法則をぶち壊す魔法なんてものがあるから、それが邪魔をして理論の研究は遅れていたようだ。だから、俺は未完成のフロギストン理論の概略を説明して、魔法に関連する部分はとことんスルーして研究することを提案した。そうすれば同じ理論に行きつけるはず。


 ヘンリー卿はボルタ卿はじめ各地に居る研究仲間にも手紙を出してこの内容を伝えると言った。でもファラデー卿には手紙は出さないとか。仲悪いのか? 人間関係は大事だぞ。


 そんなことをしていたら、展示室に朝日が差し込む。


 技術話で徹夜。

 クレイジーエンジニアらしくていいじゃないか。



 机の上には二人で徹夜いろいろ描いた紙の山、バラバラに分解された電磁石、ヘンリー卿が本棚から持ちだした書籍が散乱。

 そんな机を徹夜明けでぐったりしたビッグマッチョと紳士が囲む。


 しばらくして、展示室にジェット嬢が来た。

 メイド服装備、車いす搭乗だ。


「……朝食よ」


 俺達を見て、そう言って出て行った。

 そうだよね。

 言葉にならないよねこの状況。


 朝食後しばらくすると、ヘンリー卿の奥さんが馬車で迎えに来た。

 昨晩帰ってこなかったから心配になったらしい。

 ヘンリー夫妻とスミス夫妻は食堂のテーブルでしばらくお茶していた。


 ジェット嬢が町に行きたいというので、ヘンリー卿が帰るときに馬車で街まで乗せていってもらうことにした。

 しかし、ジェット嬢を例のおんぶ紐的ハーネスで背負って馬車に乗ろうとしたときに問題が発生。

 ビッグマッチョな俺は、ジェット嬢を背負った状態で馬車に乗ることはできなかった。

 窮屈すぎたのだ。


…………


 結局、俺はジェット嬢を背負った状態で馬車を追いかけて町まで走った。


 城壁都市入口でヘンリー卿と別れた後、町を歩く。

 大通りを馬車が行き交う俺の前世世界での十八世紀風の地方都市。

 だが、違和感を感じて俺はジェット嬢に尋ねる。


「石造りと木造の建物が混在してるけど、この町ではこれが普通なのか?」

「石造りは比較的古い建物ね。今新築する場合は木造にすることが多いわ」


 ちなみに、背中合わせで背負った姿はさすがに目立つため、ジェット嬢は頭からすっぽりとカバーのようなものをかぶっている。荷物擬装にもつぎそうだ。

 カバーの隙間から周囲を見て、小声で俺に指示を出す。


「次の交差点を左折」

「ヨーソロー」

「次の赤い看板の店に入店」

「だぁらっしゃぁー」


 後ろしか見えなくても、街中でのナビゲートは完璧だった。

 最初に来たのは、ユグドラシル物流局。俺の前世の世界で言うところの郵便局である。ここでも赤い看板なんだなと懐かしさを感じる。


 入店後、荷物擬装にもつぎそうを解除して窓口に背中を向ける。

 窓口職員はジェット嬢と顔見知りらしく、楽しげに話をしながら用事を済ませた。ジェット嬢はサロンフランクフルトから持ってきた荷物を何処どこかに送る手続きをしたようだ。


 次はゴダードの病院へ行った。

 あのマッドサイエンティストゴダードのところだ。


 診察室にてジェット嬢を降ろし、俺は待合室で待つ。町の診療所のような雰囲気だが他に患者は居なかった。この町はみんな健康なんだな。

 診察の結果、傷口は順調に回復しているとのこと。例の魔力推進脚もあと三日ぐらいでできるそうだ。

 本当にアレやるの?


 街歩きは続く。


 次は洋服屋。仕立て屋とも言う。

 ジェット嬢の普段着と、俺の普段着を新調するためだ。特に、規格外ビッグマッチョな俺は既製品の服では着ることができないので仕立てるしかないのだ。


 ここでジェット嬢は、例のおんぶ紐的ハーネスの改良型の製作を依頼した。

 設計図のようなものを書いた紙を店主に渡す。

 それを見た店主は乗り気になったようで、早速俺とジェット嬢の採寸にかかる。

 ジェット嬢は試着室にて仕立て屋の夫人が採寸したようだ。


 新しいおんぶ紐的ハーネスの最大の特徴は、それぞれが着用状態で離脱と連結を簡単に行えることだ。連結部分は左右あわせて六個所の金具で、その金具さえ露出していれば服の下に着用も可能というよく考えられたものだった。

 いつの間に設計したのかわからないが、ジェット嬢、設計センスあるな。


 普段着もあわせて注文する。

 ジェット嬢はそのおんぶ紐的ハーネスに合わせて背中に穴を開けた薄赤色のメイド服。

 俺は、ポケットの多い作業服風の灰色の上着と、紺色のズボンを頼んだ。


 前世の俺は作業着で仕事するサラリーマンだった。

 だから、どうせ仕立てるなら、それに近いものが欲しかった。

 もちろん上着にはおんぶ紐的ハーネスの金具に合わせた穴の配置をお願いした。


 そしてついでに、俺用にコサック帽のような帽子を買ってもらった。転生初日に髪を焼かれて坊主頭のような状態になっていたので、何となく帽子が欲しかったのだ。


 次は、眼鏡屋。

 今の俺は視力は悪くないが、ジェット嬢がきっと似合うというのでレンズ大きめの度なし眼鏡を試着してみた。それを付けると、なんとなく前世の俺の風貌ふうぼうに近づいた気がして懐かしさを感じる。

 結局それを買ってもらった。


 眼鏡でコサック帽でビッグマッチョ。そして背中に【滅殺破壊娘めっさつはかいむすめ】これがこの世界の俺だ。


 一通り用事を済ませた帰り際。

 大通り沿いの酒場の前で乱闘騒ぎをしている男達に遭遇。

 野次馬も集まっている。


 俺はこの世界の文字が読めないので、その建物が酒場かどうかは厳密には確定できない。でも、白昼堂々酔っ払いが店の前で乱闘騒ぎをしているのだから、あれは酒場なんだろう。

 スルー一択と考えて野次馬の外周から離脱しようとしたら、荷物擬装にもつぎそう状態で背負っているジェット嬢から理不尽な指示が飛ぶ。


「ターゲット確認。反転。突撃せよ」

「指令! スルーを提案します」

「却下する。ただちに突撃せよ」

 逆らえない俺は仕方なく突撃を敢行。


 野次馬をかき分けて乱闘男達の前までたどり着き、回れ右して背中を見せるというヘンテコアクション。


 荷物擬装にもつぎそう解除したジェット嬢が男たちに声をかける。

「お久しぶりね。白昼堂々、何楽しそうなことしてるの?」


「「お前は! 【金色こんじき滅殺破壊魔神めっさつはかいまじん】!」」


「ブッ!」

 男たちの発言に俺は思わず噴き出した。

 何そのネーミングセンス。

 何をどうやったらそんな風に呼ばれるようになれるのか。


「その名で呼ぶんだったら、期待に応えてあげたほうがいいかしら」

「「申し訳ありません。どうかお許しください!」」


 乱闘していた男達、直角謝り後一目散に逃げる。

 喧嘩してたんじゃないのかよ。

 男たちが逃亡し、野次馬も解散し、大通りが静かになったところで、俺はつぶやいた。


「過去に何があったのか、聞くのが怖いな」

「聞かなくてもいいのよ」

 それもそうか。


 俺達は、サロンフランクフルトに帰った。徒歩で。



・魔王歴82年 5月6日

 魔王討伐隊からの急ぎの使者が王宮に到着。

 魔王討伐成功と討伐隊隊長である第一王子 ユーリ・ジル・ユグドラシルの戦死を報告した。

 その報を聞いたユグドラシル王国国王 ワフリート・ソド・ユグドラシルは、使者の前で杖を落としたという。

●次号予告(笑)●


 自らの【失言】のために脚を失った女のために、男は食堂棟のバリアフリー化工事の指揮を執る。

 【バリアフリー】を【アスレチック】にしてしまった男に対し、【金色こんじきの滅殺破壊魔神】は容赦なく判定を下す。

「やり直し!!」


 そうこうしているうちに完成した【魔力推進脚】の部品。男は罪の意識を感じながら手術室へ消える女を見送る。

「せめて、俺が脚代わりになってやる」


 そして、女は久しぶりに会った顔見知りの不適切行動に亜音速の蹴りを放ち、蹴られた男は電気研究者の成果物を「がっかり重量物」とこき下ろす。


 その混沌の先に、この世界の「雷属性魔法」の未来が見える。


「雷は、電気だ」


次回:クレイジーエンジニアと魔法の雷

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