第1話 クレイジーエンジニアと魔王城(6.4k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから今日でちょうど一年。あの戦いから約四カ月が経過していた。
エスタンシア帝国との休戦状態は続いているが、終戦交渉が難航しているのか、終戦や講和は成立していない。
それでも商取引は始まったらしく、反斜面陣地まで伸びたトロッコ鉄道を国境沿いにあった都市の跡地まで延長し、それを使って連日穀物をエスタンシア帝国に向けて運んでいる。
俺達はと言えば、わりと早い段階で捕虜の大半が帰還したため、行動制限も解除されて自由な生活を取り戻していた。
領空侵犯は禁止だが、ユグドラシル王国領空なら自由に飛べるようになったのだ。
そして、俺が転生して丁度一周年の昼頃。俺達は王宮主催の【魔王討伐一週年記念祝賀会】に参加している。
王宮建屋三階の催事場のような場所で、百人規模ぐらいの立食パーティ。参加者は王国重鎮や、元魔王討伐隊の功労者の方々。
それに呼ばれた俺達は、【ウィルバーウイング】を使って今朝サロンフランクフルトから首都の王宮までやってきた。
ジェット嬢は珍しく脚付きのドレス姿だ。
俺は、俺専用に仕立てたスーツを着ている。
どちらも、例のおんぶ紐的ハーネスは服の内側に着用している。
何かあった時にすぐにいつもの背中合わせになれるように。
俺はこの光景を見て前世世界の忘年会を思い出していた。
前世の俺は40代の開発職サラリーマンだった。そして、俺の所属部署は百人規模の大所帯だったので、全体で集まるときは、地元のホテルの催事場を借り切って行うしかなかった。
そんな宴会もそれはそれで楽しかったが、料理に集中すると会話ができず、話し込んでばかりいると料理が食べられずという葛藤が発生してしまう難儀な宴会でもあった。
やっぱり話しながらゆっくり飲みたいなら、チーム三人で居酒屋とかがいいなぁ。とか。
だが、ここは前世世界とは違う。
俺が恐れている懸案事項についてジェット嬢に聞いてみよう。
「ジェット嬢よ。この立食パーティで、音楽が鳴ったら男女組んで踊りだすとかそんな変な展開はあるのか?」
「無いわね。そういうのもあるけどこの祝賀会は違うわ」
あるんだ。
でも今日は違うんだ。
それを聞いて安心した。
ファンタスティック世界でありがちな、催事場的な場所で男女組んで踊りだすとかいうアレ。
俺は人生経験豊富な40代のオッサンであるが、あのノリに放り込まれたら辛すぎると密かに恐れていた。
でも今日はそのノリじゃないなら安心だ。
「ジェット嬢よ、この王宮の一般常識として聞くが、こういう立食パーティは王宮ではよくあるのか?」
質問の時には注意が必要だ。
ジェット嬢と王宮の関係は【滅殺案件】に含まれる可能性があるからだ。
「魔王討伐作戦を実行中に何度かあったわ。大作戦成功のときに計画遂行の節目を祝って士気を上げたり、功労者を表彰したりとか、そんな目的よ」
なるほど。所謂【ガス抜き】というやつか。
世界が変わっても、宴会の開催目的はあんまり変わらないんだな。
会場の奥にある壇上に国王が立つ。
その壇の近くには、イェーガ第二王子と、キャスリンも居る。
人が多い中で立っていると分かるけど、国王や第二王子もわりと長身だな。
185cmぐらいの普通の長身だな。
壇上で国王がスピーチを始めた。
魔王討伐計画参加者への感謝や、今後の国の発展の展望について語った。そして、先のエスタンシア帝国との戦闘についても、作戦関係者への感謝と講和の見通しや、両国協調しての発展の未来について語った。
実際、終戦と講和さえ成立すれば、この国の発展の余地は大きいと俺は思っている。
開戦準備目的で作った東海岸沿いの【東海道】と、国土を斜めに横断する【中央道】の道路インフラ。そして、戦時量産体制で生産し、休戦後に民間に払い下げられた多数のトラクター。これらにより国内の物流網は急速に発達した。
情報伝達もそれにより加速している。国土西側のインフラ整備は遅れているが、それも計画中の【山陽道】が完成すればすぐに追いつく。
俺達がサロンフランクフルトで実用化した数々の技術も、開戦準備を通じて全国各地に広がり、今まさに生活の中に普及しようとしている。
急速な経済成長につきものの【公害】も、この国に元からある厳しい環境規制を守って発展していけば、予防できる可能性が高い。
国王の挨拶が終わって、歓談タイム。
別段語りたい知り合いの居ない俺は、ジェット嬢の傍にいる。
「この国、終戦さえできれば普通に未来が明るいんじゃないか」
「そうね」
今回初めて知ったが、義足装着のジェット嬢は足が遅い。
あの義足は飾りとまでは言わないが、歩くのがやっとの物だった。
だから義足装着後の移動の大半は俺の片腕にぶら下がってきた。
端から見るとエスコートしているようにも見えて違和感が無いそうだ。
ジェット嬢は、こちらにやってきたキャスリンと話を始めた。ガールズトークかな。
キャスリンは今回は普通のドレス姿だ。色は黒じゃなくて薄い緑色。やっぱりドレスで黒は難しいよね。
そして、この二人が並ぶと分かる。身長170cmと150cmぐらいといったところか。
やはり、ジェット嬢は女性にしては大柄だ。
それ以上に大柄な俺は、仲良く会話する女子二人を上から見下ろして気分をなごませる。
だが、キャスリンの胸元に上から視線を送るのは非常に危険だ。
この世界では【セクハラ】や【不道徳行為】に【死刑】が適用される危険性がある。
自らの視線による身の危険を避けるため周りを見渡す。
会場の隅で国王が俺の方を見て手招きしている。
国王の隣にいる白衣の男は医者か? そして、俺か? 俺を呼んでるのか?
まぁ、あのしんどい秘密会議でさんざん罵倒したので、その時の非礼をお詫びする意味でも、ちょっと挨拶してこようかなと国王の方に向かう。
これから終戦とか講和とか国の発展とかがんばってほしいから、今回からは敬語でいってみよう。
「お久しぶりです。国王陛下」
「久しぶりだな……ユーリよ……」
ユーリって誰だよ。
「やってくれ」
国王が、白衣の男に指示を出す。何をするのか。
「王子、失礼」
なんか強張った顔の白衣の男が手を伸ばし、俺の顔に触れる。その瞬間。
「!!」
顔に熱い感触と、激しい耳鳴り。なんなんだ一体。
「…………!!」
白衣の男の手が離れて、顔面の熱い感覚が収まっても耳鳴りが収まらない。
人の声がうまく聞こえん。
白衣の男が驚愕の表情で、国王はなにか嬉しそうに俺の顔を見上げる。
俺の顔に何か付いてるか? 眼鏡しかついてないぞ。
国王が俺の眼鏡を外そうと手を伸ばして来るが、ちょっとそれは避ける。
度なしだけどコレ気に入っているんだ。
「……!!…………!………………!」
何か、高い声が聞こえるが、耳鳴りが酷くて何を言っているのか分からない。
声がしていそうな方向を向くと、ジェット嬢が俺を見てなにか叫んでいる。
俺に向かって? いや、国王と、白衣の男に向かって言ってるのか?
こっちに歩いてこようとするジェット嬢が兵士二名に取り押さえられた。
ジェット嬢が兵士に取り押さえられた?
なんか、瞬時に殴り飛ばしそうなイメージしかないジェット嬢が兵士に取り押さえられている?
違和感を感じた次の瞬間、思い出した。
そうだ! ジェット嬢は義足装着だと歩くのがやっとなんだ。
その状態では拳は使えない。
殴打にも脚力は必要なんだ。
「……!!…………!!!……!」
ジェット嬢がすごい剣幕で何かを叫んでいるが、耳鳴りが止まらず、何を言っているかまで分からない。
でも、とりあえずジェット嬢を助けねば。
そう思ってジェット嬢の方に向かう。
なんかだんだん耳鳴りが収まってきた。
会場内の音が聞こえだす。
駆け寄ってジェット嬢のところに到着。
すると、ジェット嬢は兵士の腕を振り払って俺の腕にしがみついてきた。
「見てたなら早く助けなさいよ!」
やっと人の声が聞こえた。
俺の腕にしがみついたジェット嬢は、素早く俺の背中によじ登り、例の背面背負いおんぶ紐的ハーネスの金具を固定。背中合わせのいつものスタイルになった。
そして、俺がソレやめてと思う間もなく。
ガラン ガラン
俺の背中に張り付いた状態で両脚の義足を落とし、そして、スカートの下半分も落とした。
王宮の牢獄で見たトラウマ級ヘンテコアクションを今度は俺の背中で再び。
そのヘンテコギミック付きドレスいつの間に作ったんだよ。
「大窓から背面ダイブ! 緊急途中退場よ!」
ジェット嬢から謎の指示。
だけど、お互いのとっさの指示に疑問を出さないのは俺達の暗黙の了解だ。
言われた通りに俺達が飛び出せそうな大窓に向かうと、国王が叫ぶ。
「待ってくれユーリ!」
だからユーリって誰だよ。
大窓に向かう俺達を国王や第二王子や兵士達が追ってくる。
何この状況?
バン バン バン バン バン ガン ガン ゴン
どこからともなく金属コップ噴進弾が会場内に飛来。国王と追ってきた兵士の頭にヒット。第二王子の頭にもヒット。
発射音のした方向を見ると、立食パーティ会場隅のバーのテーブルから、キャスリンが会場内目掛けて風魔法応用による金属コップ噴進弾を乱射していた。
本当に何この状況?
キャスリンは俺達を見ると、金属コップを一ダースぐらい重ねたコップタワーを抱えて、それを俺達が向かっている大窓の方に向け一斉射。
バババババババババーン ガシャーン
大窓の窓ガラスを窓枠ごと吹っ飛ばした。腕を上げたなキャスリン。
なんだかわからんが、そこから出ろということか。
キャスリンの傍にいるメイド服を着た女性が、次の金属コップタワーを渡して【次弾装填】。
それを受け取り引き続き会場内への乱射を続けるキャスリン。
主に第二王子に命中している。
撃たれる側の兵士や参加者も、倒したテーブルの陰に隠れて瓶や食器を投げ返して応戦。
食器や金属コップが飛び交い、あちこちで被弾した兵士や参加者が倒れる阿鼻叫喚の乱闘パーティ会場。
キャスリンが窓ガラスを吹っ飛ばした大窓に到着した俺は、カオスな会場に向き直り、半ばヤケクソで常識的な挨拶を一言。
「お先に失礼しまーす!」
そして、三階の大窓から外に向かって恐怖の背面ダイブ。
少し落ちたかなと思ったところで、ジェット嬢の魔力推進脚の推力で上昇。脚をたたんで【カッコ悪い飛び方】で会場を後にした。
…………
仕立てたスーツを着た大男の俺が、スカートを膝丈に切り詰めた薄赤色のドレス姿のジェット嬢に背負われて飛ぶ。
通称【カッコ悪い飛び方】。
この飛び方をあまり人に見られたくないのは二人の共通認識なので、高高度に上昇して早々に首都上空を脱出。
でもあまり高高度に上がると寒いので、城壁都市上空を抜けたら低高度飛行に切り替えて引き続き【カッコ悪い飛び方】。
ちなみに飛行原理はジェット嬢の両脚である【魔力推進脚】。
大腿切断したジェット嬢の両脚にノズルを埋め込み、風魔法の応用でその中で圧縮空気を連続的に生成して噴射することで推力を得る。無限燃料の魔力ロケットエンジンだ。
針路は北向き。
ジェット嬢がどこに向かっているのかは分からないが、俺もこの状況でどこに行けばいいのか分からない。
王宮に置き去りの荷物の回収はしたいが、あんな感じで逃走したので、戻りづらい。
あの祝賀会で何が気に入らなかったのか分からないが、ジェット嬢は飛びながら黙っている。
こういうときにあんまり話しかけるものではないと思うが、気になることが出てきたので注意深く聞いてみる。
「あの王宮の常識を教えてくれ。会場で乱闘するのが王宮風のテーブルマナーなのか?」
「そんなわけないでしょ」
そりゃそうだ。じゃぁあの乱闘は一体何なんだ。キャスリンの衝動的暴挙か?
「キャスリンはいつもあんな感じなのか?」
「いつもではないし、あそこまで派手なのは初めてよ」
引っかかる回答だが、乱闘パーティが王宮の日常ではないということは何となくわかった。じゃぁ、何が悪かったのか。
【魔王討伐一周年記念祝賀会】だからだろうか。そこで別の事が気になったので、ジェット嬢に聞いてみることにした。
「この世界の常識として教えてくれ。【魔王】って一体何なんだ」
「【魔王】は【魔王】よ。この世界の常識では、【魔物】を作り出して世界を苦しめ続けた諸悪の根源って言われているわ」
「この世界の常識として、【魔王】はいつから居たんだ? 千年前とかか? 【世代交代】とかしてるのか?」
「異世界人なだけあって面白いこと考えるわね。【魔王】が【世代交代】とか考えたこと無かったわ。【魔王】が出現したのは今から八十三年前。だから今年は【魔王歴83年】よ」
「【魔王】の出た年を基準に暦を数えていたのか。でも、わりと【魔王】は新しいんだな。それ以前のこの世界の歴史や暦はどうだったんだ?」
「一度調べようとしたことはあるんだけど、記録が残ってないみたい」
俺の前世世界では二千年以上前の本が残っていたりもするが、この世界では八十三年前より前の歴史資料が無いのか。
異世界人の俺が口出しできる話じゃないが、過去の歴史はもうちょっと大事にしたほうが良いようにも思う。
まぁ、それはいいや。
「この世界の一般常識からして、【魔王】って喋れるのか? 【魔物】をばらまいた目的とかあるのか?」
「この世界の一般常識として、喋ってたわよ。【魔物】の力で【第三帝国】として世界征服するとか言ってたわ」
言ってたとか、会ったことあるのかよ。喋ったことあるのかよ。
でもなんかそのへんは【滅殺案件】がからみそうだ。
それよりも、すごく気になる単語が出てきた。
「この世界の一般常識として、【第三帝国】っていうのは、【魔王】が言ってたのか?」
「そうよ。センス無いわよね。ユグドラシル王国とエスタンシア帝国の二国しかないからって、【第三帝国】を名乗るって」
【第三帝国】という謎の国名。
【魔王】について、さらに気になることができてしまった。
現在、【カッコ悪い飛び方】で北上中。俺の地理感が合っていれば、このまま北上すれば【魔王城】に向かうことができる。
「このまま【魔王城】に行くことってできないか?」
「できなくはないけど、あの場所はあんまり行きたくないわね」
【滅殺案件】が大きく絡みそうな場所だからな。
「でも、帰り道といえば帰り道だし、誰もいないはずだし、【絵】をこっそり貰いに行くのはいいかもしれないわ」
「【絵】って何だ。【魔王城】に【絵】が飾ってあったのか?」
「そうよ。エントランスにいくつか飾ってあって、そのうちの一つがちょっと気になってはいたのよ」
「それは丁度いい。誰も居なかったら頂いてしまおう。俺も用事はすぐ済ませるから、【魔王城】行ってみるか」
「了解」
こうして、俺達は針路を北北西に向けて、【魔王城】を目指した。
そこで俺は、取り返しのつかない失敗をすることになる。
●次号予告(笑)●
前世でも、転生後でも、さんざん言葉遣いの大切さと、【失言】の危険性を学んでいたにも関わらず。
男はやらかした。
案内役は消え失せ、相方に捨てられ、帰る手段も無い。
ならば、案内役の最後の言葉に従い、【魔王城】の謁見の間に続く階段を昇るしかない。
そこで見た【副魔王】。
前世世界でガチで【魔王】と呼ばれていたあの御方がそこに居た。
この爺さんに名乗らせてはいけない。
【魔王】と呼ばれた男は咄嗟に知恵を絞り、【副魔王】に名を与える。
次号:クレイジーエンジニアと副魔王




