プロローグ(2.6k)
40代の開発職サラリーマン。だったけど、ちょうど一年前に剣と魔法のこの異世界にビッグマッチョな大男として転生した。
既婚子持ちのサラリーマンで家庭に仕事にと現実的にいろいろと抱える物が多い40代オッサンにとって、突然の死と謎の異世界転生はすごくハードな現実であった。
だけど、気持ちを切り替えて、現実を受け入れてここで生きると決めた。
一年間、本当にいろいろなことがあった。
前世で技術者だった経験を活かして、この世界の若者達と小さな産業革命をやり遂げたり、環境改善をしたり、投獄されたり、国王に謁見したり、そして、戦争の現実に立ち会ったり。
つらいことも多かったけど、なんとかやってこれたのは、背中に背負った相方のジェット嬢のおかげと思う。
転生初日に最初に出会った【金色の滅殺破壊魔神】ことジェット嬢。フルネームがイヨ・ジェット・ターシなので、俺はジェット嬢と呼んでいる。
出会った直後の俺の失言のせいで両脚を失った彼女は、自分で立って歩くことができない。
義足もあるにはあるが使いにくいとのことで、普段はビッグマッチョの俺が背中合わせで背負って脚代わりをしている。
でも、運んでばかりでもない。
彼女は大腿切断した両脚に無限燃料の魔力ロケットエンジンを組み込んだ【魔力推進脚】を持っている。その大推力を活かして、俺を背負って飛ぶことができる。
状況によっては、俺が運ばれることもあるのだ。
背負うために使っている背面背負い用おんぶ紐的ハーネスは彼女の設計。
お互いが服の内側に着用していれば、背中に出た金具で自由に脱着が可能な優れもの。
コレのおかげで、背負って歩いたり、背負われて飛んだり、車いすに下ろしたりと、二人で案外自由な日常を楽しめている。
そして、今日の話になる。
王宮で行われる【魔王討伐一周年記念祝賀会】に呼ばれたので出席したら、義足装着で参加していたジェット嬢がいきなり怒り出して立食パーティが乱闘パーティに。
怒ったジェット嬢は乱闘の隙を見て俺の背中に張り付き、義足を切り離すヘンテコアクションを皆に披露。
なんかもう収拾つかなくなったので、俺は三階の会場窓から背面ダイブし、俺達二人は【カッコ悪い飛び方】で緊急離脱。
【カッコ悪い飛び方】で飛んでる間の雑談で興味がわいたので、寄り道しようと【魔王城】に向かい、西の空に夕焼けが見える頃に到着。
山の崖っぷちに建設された体育館のような形のお城。
その入口前の広場に着陸し、開きっぱなしの正面入口から中に入ったら、変な奴に出迎えられて今に至る。
『お待ちしておりました【魔王】様』
「なんでやねん」
目の前に見える変な奴。
前世世界のファンタジーで見た【ガーゴイル】的なアレが、意味不明なことを言い出したので、とりあえずツッコミを入れる。
背中に張り付いているジェット嬢にもあの変な奴が見えるように横を向いて、念のため確認。
「ジェット嬢よ。オマエ【魔王】だったのか?」
「違うわよ」
「ちなみに、アレって【魔物】か?」
「違うわね」
「アレは一体何だ?」
「知らないわよ」
ジェット嬢はさっきからすこぶる機嫌が悪い。
王宮での怒りが抜けてないのか、俺が【魔王城】に行きたいと言い出したのが気に入らなかったのか。
そもそも何に怒ったのか。
『一度しか言わないからよく聞け』
【ガーゴイル】的な変な奴が口調を変えて話しかけてきた。
『【副魔王】様がお待ちです。二階の【謁見の間】までお越しください』
デパートの迷子アナウンスのように、ツッコミどころ満載なことを言い出して、俺のミラクルツッコミ力がいきなり限界を超えた。
こういうときは背中に居る【ツッコミ上手】のジェット嬢にパスだ。
「だそうだ。ジェット嬢」
「だから、私じゃないって」
パスを拒否された上に、変な奴がまた喋りだす。
『貴方ですよビッグダンディ。そっちのリトルレディじゃありません』
やっぱり俺?
どうしても俺?
なんで俺?
なんかもうついていけない。
でも、俺にもツッコミできるところが出てきたので、せめてそこだけでもツッコミしておこう。
「俺がビッグなのは事実だが、コイツはリトルじゃねぇ! 人間の女の中では【でかい】方だ!」
ゴォォォォ 「うおっ!」
俺がなけなしのツッコミを放った次の瞬間、背後から足元に推進噴流を浴びて背中が軽くなる。
推進噴流の発生源はジェット嬢の魔力推進脚だ。
「いきなり何するんだ! 危ないだろ!!」
パキン
例の背中合わせおんぶ紐的ハーネスの金具が切り離された音がして、背中に冷たい空気の感触。
慌てて振り向いたら、ジェット嬢がこちらに背中をむけた単独飛行で、推進噴流を周囲にばらまきながらゆっくりと離れていくのが見えた。
頭の高さが元の自分の背丈になるような高さで飛んでいるので、歩き去っているようにも見える。
「何をしてる! 戻れ!」
できるであろうとは思っていた、ジェット嬢の魔力推進脚による単独飛行。
だが、今までそれを試したことは無い。
なぜなら、ジェット嬢は単独では着陸ができないからだ。
「着陸できないんだろ! どうするつもりだ!」
さっき俺達が入ってきた【魔王城】の出入口を出たあたりで、俺を振り返る。
出会ってから今日でちょうど一年。
背中合わせで毎日一緒に行動していた。
背負っている時には顔は見えないが、車いすに降りた時には顔を合わせることも多かった。
そんな俺が見たことの無い表情を見た。
【怒り】【悲しみ】【軽蔑】【絶望】そして、【虚無】
ドガン
俺を見た後、砲弾のような速さで上昇し、どこかへ飛び去ってしまった。
俺は、自らの失敗に気付いた。
彼女に対して、絶対に言ってはいけないことを言ってしまった。
転生して一年目のこの日。
しばらく鳴りを潜めていた俺の【ダメ行動癖】【ダメ発言癖】【失言癖】を、最悪の場所で、最悪の時に、最悪の形で復活させてしまった。
俺は、【魔王城】のエントランスで天井を見上げながら、頭をかかえて叫ぶ。
「やってもうたぁぁぁぁぁー!」




