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第2話 クレイジーエンジニアと空飛ぶボート(10.1k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生とやらでこの世界に降臨してから丸二日。

 攻撃担当のヒロインを背中合わせで背負い、兵站へいたん担当の俺の武器は両手に持った食料バッグ。


 戦うときは敵に背を向けるというデタラメすぎる戦闘スタイルで、魔王討伐完了により撤収する魔王討伐隊本隊への合流を目指して、林の中をさ迷っている。


「ターリーホウ」

 前方に【魔物】を見つけて俺は掛け声をかける。


「180度回頭ー」

 俺の背中で相方のジェット嬢が応える。


 俺が【魔物】に背を向ける。


 ズドォォォォォォォン ギャァァァァァ ゴォォォォォ


 またオーバーキルなやりすぎ攻撃魔法が背後で炸裂。【魔物】が可哀そうとも思えてしまう。

 しかし、この【魔物】って一体なんなんだろうね。


「針路、もどーせー」

 ジェット嬢から号令が出るので、俺は前を向く。


 会って二日しか経っていないが、背中合わせで二日も歩き回ると自然と息が合ってくる。道案内はジェット嬢だが、言うとおり進んでもなかなか目的地に到着しない。ちなみに今の目的地は、魔王討伐隊の前線基地だ。

 食料の残りも少なくなってきたので、俺は気になっていたことをジェット嬢に聞いてみる。


「背中合わせで背負われて、後ろしか見えない状態で道案内って、そもそも無理なんじゃないか?」

「……正直、迷子よ」


 やっぱり。


 ここで道案内を俺のヤマ勘に切り替える。


 二日も動き回っていたので、太陽が昇る方角と沈む方角は分かっている。

 この世界は西に山脈、東に海、山脈と海の間に広い平野という地形が南北に続いており、国が二つに分かれている。


 北側のエスタンシア帝国と、南側のユグドラシル王国。中央を西から東に流れるヴァルハラ川が国境となっており、国境沿いには広大なヴァルハラ平野が広がる。

 そして、【魔王城】は西側の山脈近くのヴァルハラ川沿いでユグドラシル王国側。


 俺達の所属はユグドラシル王国。

 進撃時にもヴァルハラ川は渡っていないそうなので、現在地がユグドラシル王国領であるのは間違いないとのこと。 


 ユグドラシル王国領【魔王城】近隣で迷子の俺達の進行方向として、ヤマ勘ナビゲートが示すのは南東側。

 前線基地は林を抜けたヴァルハラ平野にあるので、林を出るまで南東側に進めば発見できる可能性が高い。


…………


 道案内を切り替えて南東側を意識して進みだしてから数時間後。

 ようやく目的地である魔王討伐隊の前線基地まで到着した。


 しかし、既に撤収済みだったようで、すでに前線基地跡地になっていた。


「思っていたより撤収が早かったわね」

「遅かったとはいえ、置いてけぼりかよ。ちょっと扱いがひどくないか」

「魔王討伐隊の本隊も結構ギリギリだったのよ。死者も負傷者も多かったし、医療品や食料も限りがあるし、【魔物】残党の襲撃しゅうげきもあることを考えれば、行方不明者を待つよりも撤収を優先するのは仕方ないわ」

「そうは言っても、俺達どうすればいいんだ?」

「とりあえずせっかく到着したんだから休憩しましょ」


 確かに腹も減っていたので、適当な場所にシートを敷いてジェット嬢を降ろす。

 40代のオッサンである俺は紳士なので、女性を地べたに座らせるようなことはしないのだ。


 ジェット嬢から離れて、前線基地跡地を観察する。跡地のあちらこちらには、撤収時に放棄されたと思われる資材が放置されていた。

 その中には車輪が壊れた小さな馬車もあった。前世世界での観覧車のゴンドラぐらいのサイズ。寝床としては使えそうだ。


 馬車の扉を開けて中を見ると、馬車の床に俺が持ってきた鞄によく似た鞄。座席には手紙が置いてあった。手紙の文字は俺には読めない。俺はこの世界の文字を読めないのだ。


 手紙と荷物を持ってジェット嬢のところに戻る。


「馬車の中に荷物と置手紙があったぞ」

「手紙を頂戴」

 手紙を渡すと、ジェット嬢はそれを読み難しい顔になる。

「私たちのために食料を残してくれたそうよ」

 グッドニュースじゃないか。なぜそんな難しい顔になる。

「それは助かる。もう手持ちは残ってないからな。こっちの荷物のことかな」

「確認してみるわ」


 俺はジェット嬢に荷物を渡して、再び廃棄された資材の物色を行う。なんかこう、ジャンク品を求めて粗大ごみ置き場を漁ってた前世の若かりし日を思い出す。


 本隊がギリギリの状況で撤収したのは本当だったようで、撤退に不要な物は全部捨てていったような感じだ。まだ使えそうなテント生地とか、ロープとか、本革製の戦闘服とか、剣や盾なんかも十人分ぐらいは捨てられていた。

 大きいものもあった。未使用と思われる二人乗りぐらいのボートがあった。何に使うつもりだったんだろう。


 車輪付きの大砲のようなものが数門捨てられているのも見つけた。こういうの好きなので、ウキウキしながら近づいて確認する。


「前装式かつ、駐退機ちゅうたいきナシの初歩的な大砲か」


 しゃがんで砲口から内側をのぞき込んで細かなところを見る。

 前世ではこういうものの現物は博物館で柵超しでしか見られなかった。でも今は近くで見ても触っても動かしてもいいのだ。ちょっと楽しい。


「砲身内にライフルは刻んでない。滑口砲か? 砲身も思っていたより厚肉だな。口径は85mm程度、砲身長は十五口径ぐらいといったところか」


 ぶつぶつとつぶやきながら、今度は立ち上がり上から砲身を見下ろしながら考える。

 前装式ということは、発射口から弾薬を装填するということで、これでは連射はできない。

 駐退機ちゅうたいきナシということは、発射の反動で大砲自体が後ろに飛び跳ねるということで、発射のたびに据え付け直す必要がある。


 この大砲の特性と使い方を考えながら、今まで遭った【魔物】を思い出す。

 この大砲ではあんな風に動きまわる標的に命中させるのは絶望的だ。

 何を考えてこんなものを持ってきたのやら。


「【魔物】相手では置物確定だな」

 そう言いながら、大砲の後端部をそっと触る。


 カチッ ドゴォォォォォン


 大砲が暴発ぼうはつし、砲全体が後ろに飛び跳ねて周囲が煙に包まれた。

 あぶねぇ……。

「…………」

 けむりが晴れてきたところで、おそるおそるジェット嬢の居る方を見ると、目を丸くさせてこちらを見ていた。


あきれた……。本当に暴発ぼうはつさせたわ、このアホ……」

 誰がアホだ。俺か。俺だよね。わかってる。

「ごめんなさい。今後気を付けます」


 装填状態で放置したアホも悪いと思うが、ろくに確認もせず不用意に触った俺が一番悪い。

 そういえばさっき俺コレの砲口覗いてたよな。


 いや、考えるまい。


 廃棄物の中から気に入ったガラクタを集めて、それを抱えてジェット嬢のところにウキウキ気分で戻る。


 オカンにシメられるボウズの姿が再び顕現した。

 座るジェット嬢の前で、正座でうなだれる俺。


「さっきアンタが暴発させたアレは大砲って言って、取り扱いがすごい難しい武器なの。すごく危ないの。不用意に触らないで」

 ジェット嬢の説教を受ける。


 アレが大砲ってことは俺だって知っている。取り扱いが難しいってことも、危ないってこともよく知っている。だけど、何でそれを知っていたうえで不用意に触ってしまったのかは分からない。

 これが俺のダメ行動癖。だからダメな結果になる。だから説教される。


「申し訳ありません」

 謝る俺にジェット嬢の追い討ちは続く。

「とにかくアンタは、武器やそれに類するものは触らないで。見つけても触らないで。絶対にロクなことにならないから」

 怒られながらも、気になったことがあって聞いてみる。


「あの大砲は【魔物】相手には不向きだと思うんだが、何でここに持ってきていたんだ?」

「魔王討伐計画を共同で行っていたエスタンシア帝国から提供されたのよ。命中した時の破壊力はあるから使えると思ってた人も多かった。だから、前線基地まで持ってきたの。でもアンタの言う通りで、【魔物】相手には不向きだったわ。結局討伐でも使えなかった」

 ため息をつきながらも事情を教えてくれるジェット嬢。


「当たらなければどうということはない。というやつだな」

「そう。それよ」


 ジェット嬢ともだいぶ息が合ってきた。

 その後、ジェット嬢は林の中で迷っているときに俺が話した魔法の話を持ち出してきた。


「魔法に対する解釈が違ってるってどういうこと? アンタ魔法使えるの?」

 あの時は直後に【魔物】が出たのと、それをオーバーキルした後に食べ物の話で盛り上がったので今まで忘れていた。

「俺は魔法は使えない。だが、俺の前世で得た知識からすると、魔法のエネルギー源についての解釈が間違っていると思ってな」

「どういうこと? 術者の体内で生成しているってのが私たちの常識だけど」


 ジェット嬢の疑問に対し、俺は前世の世界の常識と絡めて俺の考えを説明する。

「エネルギー保存則というのがあってな。エネルギーっていうのは消えたり現れたりはしないもんなんだ」


 剣と魔法の世界でこの俺の前世の世界の常識が成立するのか。

 理由は無いが、なぜだか俺は成立すると確信していた。


「つまり、人間は食べたものから得た以上のエネルギーを出すことはできない。しかし、【魔物】を焼くたびに使っていたジェット嬢のやりすぎ火魔法は、明らかに人間が食べるエネルギー量を超えている。エネルギー保存則が成立するという仮定でこの現象を説明するには、魔法のエネルギー源は術者の体内ではなく、外から取り込んでいると考えるのが妥当だ。と考えた」


「じゃぁエネルギー源はどこなの」

「この空間に満ちている何かだと考えている。俺はその何かについて仮にフロギストンと名付けた。この名前に大した意味はない。ホニャララでもゴロニャーゴでもいいが、とりあえずフロギストンだ。いいか? ちなみにこの世界でフロギストンという言葉に別の意味はあるか?」


「無いわ。その何かの名前もフロギストンでいいわ」

「じゃ続けるぞ。仮説だが、このフロギストンは、魔法を使う術者の意思か何かをトリガに、エネルギーか物質かどちらかに変換できる性質があると考えている。つまり、火魔法はフロギストンを熱エネルギーに変換した結果。移動中なにかと便利だった水魔法はフロギストンを水という物質に変換した結果だ」

「じゃぁ風魔法は?」


 俺も気になっていた疑問をジェット嬢が口にする。

 話の流れ的にちょうどいい。


「それは俺も気になっていた。風っていうのは空気の流れだ。この風を作るためには、二種類の方法がある。今ある空気に動きを与える方法と、今までなかった空気を作り出すことで空気を動かす方法だ。ジェット嬢は風魔法は使えるか?」

「使えるわ」

「だったら検証に協力してくれ。ここに水筒のような筒がある。ちょっと口を下にして持ってみてくれ」

 そう言って、さっき拾ってきたガラクタの中から金属製の水筒のようなものを渡す。

「持ってみたけど、これをどうするの?」

「その水筒の中に、風を起こしてみてくれ。ちょっと強めに」

「この中に風を起こすの? まぁやってみるわ」


 バァン


 水筒が 跳んだ。


 10mぐらいだろうか。空に飛びあがった水筒は、俺の後ろに落ちた。

 水筒内で魔法により生成された空気が口から噴き出して、その反動で飛ぶ。俺の前世世界で言うところのペットボトルロケットの水なしバージョンだ。

 そして、おそらくこの世界初の魔力噴進弾まりょくふんしんだんである。


「何これ! ファンタスティック!」


 ジェット嬢が目を輝かせて興奮している。

 ファンタスティックでデンジャラスなオーバーキル魔法が使えにるジェット嬢にとっては、俺から見ると簡単なコレのほうがファンタティックらしい。


 これが世界の違いかな。

 次の水筒を欲しそうにしているジェット嬢だが、渡す前に説明は一旦終わらせておこう。


「風魔法っていうのは、フロギストンを空気という物質に変化した結果と言えるな」

「その水筒全部頂戴!」


 まぁ好きに遊んでくれ。

 とりあえず全部渡した。


 それからしばらく俺はポチになった。

 ジェット嬢が飛ばした水筒を拾い集めて戻す係だ。

 脚の無いジェット嬢は自分では動けないからな。


「ファンタスティーック! ファンタスティーック!!」

 楽しそうにしている。


 そしてその後俺はカモになった。

 水筒をあろうことか俺目掛けて発射してくるのだ。

 当たるとマジで痛いので走って逃げまわる俺。

 回を重ねるごとに命中率が上がってくる。ひどい。


「あはははははは! ファンタスティーック!」


 夢中で遊ぶジェット嬢だったが、何度も発射して落としてを繰り返したので金属製の水筒も全部ボロボロになり、幾つかは発射時に破裂してしまった。

 残念ながら水筒はもう無い。遊び足りないのか、何か飛ばせそうなものはないかと、ジェット嬢は座ったまま周囲を見渡す。

 そして、俺がさっき暴発させた大砲を指さして言う。


「アレ取って」


 いいけど、さっき俺に触るなって言ってたよな。


 結局取ってきた。

 大砲から砲身だけ外して、砲口を下にして地面の上に立てている。

 前装式なので尾栓は最初から閉じてる。


「うまく飛ぶかなー」

 ジェット嬢が立てた砲身に触れながら一言。


「発射するときは合図しろよ。さすがにこれだけでかいと、持っている俺も怖い」

 地面に立てた砲身を上のほうから支えながら俺が注意。


 カウントダウンをして発射することに。


「「3・2・1」」


「「たーまやーー」」


 ズドォォォォォォォン


 轟音と爆風。そして砲身は空高く飛んで行った。おそらくこの世界初の魔力無砲弾まりょくむほうだんである。

 至近距離で発射の爆風を浴びたが、俺はマッチョパワーで耐えた。

 ジェット嬢は風魔法か何かで防御したようだ。


「アレに乗ったら、空飛べないかしら」

 空高く飛びあがっていく砲身を見送りながら、ジェット嬢が意外なことを言い出す。


「確かに、飛べるかもしれんな」

 俺も面白そうだと思った。


 空から音が聞こえる。


 ヒュルルルルルルルル


 音のほうを見ると、先程発射した砲身が落下してくるのが見えた。幸い、落下予測地点は俺達よりかなり離れている。


 ドガァァァァァン


 落下してきた砲身が轟音ごうおんと共に地面に突き刺さる。


「問題は、安全に着陸できるかどうかだな」

 当然のように思ったことを俺は口にする。


「そうね」

 問題意識は共有できたようだ。


 遊んでいたら外が暗くなってきて風も冷たくなってきたので、二人で馬車の残骸に入る。ジェット嬢を馬車の座席の上に置き、俺は馬車の床に座る。

 ビッグマッチョな今の俺の身体では窮屈すぎて馬車の座席に座れない。


 火魔法で作った照明の下で次の目的地について話し合う。食料は二人分で考えるとあと二日分もない。そう。食料を残してくれた本隊にとっては、俺の降臨はイレギュラーだったのだ。


「金貨ならある程度持っているから、町にさえ到着すれば何とかなるわ」

「最寄りの町までどのぐらいかかるんだ?」


「アンタの歩く速さなら二日で着けると思う」

 地図を広げながらジェット嬢が応える。

 だったら何の問題もなさそうな気がするが、ジェット嬢が憂鬱ゆううつそうに続ける。


「でもねぇ。町に到着して本隊と合流するのも気が進まないの。役割は果たしたし、仕事は終わったし、アンタも居るし……」


 事情は分からんが、本隊と合流したくないようだ。

 まさか、林で迷子になったのもわざとか?

 だったらそこまでして行きたくないところにわざわざ行く必要も無い。役割を果たして仕事が終わったのは俺も同じだ。


 行きたいと思うところに行けばいいんだ。そう思って聞いてみる。


「逆に、今一番行きたいところはどこだ。そこに行けばいい」


「ここから東側にヨセフタウンっていう町があるの。以前私が住んでいた町。今はそこに帰りたいわ。ここからじゃ遠すぎるけど」

 地図を指さしてジェット嬢が言う。


 仕事が終わったから地元に帰りたいという気分か。

 俺はこの世界の文字は読めないが地図ならわかる。地図を見てヤマ勘で距離を読み解くと、ここから東南東130km~180kmぐらいか。

 歩いて行くには遠いな。食料が持たない。


 それに、ジェット嬢はこう見えて両脚切断の大怪我をしている。切断位置は直接見てはいないが、おそらく膝関節ひざかんせつより上側。重症だ。

 この世界の医療がどんなものかはわからないが、早めに医者に診せたい。


「飛んでいけたらいいのになぁ」

 ジェット嬢は馬車の窓から外を見上げて寂し気に言う。


「飛んで行ったらいいんじゃないか」

 俺は応える。


 ジェット嬢は目を丸くして続きを聞きたそうにしていたが、夜も遅くなっていたので続きは夜明け以降ということで、馬車の中で寝た。



 翌日夜明け。俺はファンタスティックな帰省作戦概要を説明した。


 廃棄してあるボートに大砲から作った魔力ロケットエンジンを搭載して魔力ロケットボートを製作。それに乗ってヨセフタウン郊外上空まで飛ぶ。

 ヨセフタウン郊外上空で、魔力ロケットボートを切り離し、落下傘でヨセフタウン近隣に降下し、そこからは歩く。


 ファンタスティックに無茶苦茶で、かつ前世の俺の趣味が強く入っている。しかし、ジェット嬢がいればこんな無茶苦茶なこともできそうな気がしていた。


 キーパーツになるのは、魔力ロケットエンジン。

 フロギストン物質変換による空気生成を大砲の砲身内部で連続的に行い、生成した空気を砲口から噴射。その噴射の反動を推進力とする。言うなれば、無限燃料ロケットエンジン。

 ファンタジーとテクノロジーの融合が生み出す反則技デバイスだ。


 本当にできるかどうかはわからない。

 分からないなら、分からない部分を一つ一つ検証していけばいいのだ。


 検証その一

 推進力を維持するだけの莫大な量の空気生成を連続的に行うことができるか。

 昨日落下した砲身を回収し、それを今度は砲口を上にして三割方地面に埋める。その状態で、砲口付近での流速が音速近くになるぐらいの空気生成が連続的にできるかどうかを試す。

 試してみたジェット嬢曰く、媒体となる砲身に身体が触れていれば余裕で可能だという。

 離れていても任意の場所で空気生成はできるが、魔力ロケットエンジンに推力を与えるほどの流量は得られなかった。

 触れていない場所でもある程度の空気生成が可能とのことなので、ボートの空中における姿勢制御はこの風魔法で可能ということも分かった。


 検証その二

 大砲一門でこの飛行が可能か。

 ここは前世の俺の記憶が役に立った。

 ロケットエンジンの推進力は質量流量と排出速度で決まる。

 荷物の中にあった紙切れに、この世界の文字ではない俺にしか読めない文字を書いてうろ覚えの計算式と、うろ覚えの定数を駆使してざっくり計算をする。

 ジェット嬢も計算方法が気になっているようだが、まぁそのうち教えてやる。

 計算の結果、この大砲の口径では噴射量が足りないことが分かった。搭載するロケットエンジンの数を増やすか、この大砲の口径を広げる改造をするかジェット嬢と協議。

 搭載数を増やすとその分重量も増えるので、口径を広げる改造をすることに。

 火魔法での加熱と、風魔法の応用で発生させた衝撃波を使って、砲身端部の口径をロケットエンジンのノズルのように広げる改造に成功。出口口径は元の三倍ぐらいになった。

 これで計算上は推力は十分。のはず。計算間違ってたらごめん。


 検証その三

 着陸に使用する落下傘が製作可能か。

 俺は捨ててあったテント生地とロープを使って落下傘を仮組み。ジェット嬢の風魔法により展開させてみて、うまく展開しない場所があれば修正。

 そうやって形を決めたら、その仮固定にあわせてジェット嬢が皮用の裁縫道具を駆使して縫い合わせていく。ジェット嬢は意外にも裁縫が上手い。

 そういえばこのおんぶ紐的ハーネスも即席で作っていたな。


 忙しくそんなことをしていたら空が暗くなってきたので、軽く食事を摂って馬車の中で就寝。

 ジェット嬢も楽しんでいるようだ。俺も楽しい。



 翌日、部品は揃ってきたので、それらのボートへの搭載を考える。


 そこで問題が発生する。

 着陸時にはボートを捨てて落下傘降下をする。

 その時にはジェット嬢は俺の背中に固定していないといけないので、ボートに乗る時点で俺の背中に背負っているのが望ましい。


 ボートのサイズはビッグマッチョな俺が腹ばいで入るといっぱいになるぐらいのサイズ。

 俺はうつ伏せで船底に納まるしかない。


 そうなるとジェット嬢の搭載位置も俺の背中の位置で決まる。

 魔力ロケットエンジンは船尾側にしか置けないので、ジェット嬢の手が魔力ロケットエンジンの尾栓まで届かない。

 触れていなくても風魔法は使えるが、魔力ロケットエンジンで推力を発生させるほどの量の空気を生成するには媒体となる物に触れていないとできないとジェット嬢は言う。


 二人で紙にボート内の配置図を描きながらいろいろ悩んだ結果、ジェット嬢の切断した脚の端部が魔力ロケットエンジンの尾栓に届くことが分かった。

 脚の切断部で触れることで魔力ロケットエンジンが使用可能かを検証したところ、切断した両脚の端部で魔力ロケットエンジン尾栓あたりを挟むことで保持が安定し、手で触れるよりも調子がいいことが分かって採用。 


 ただし、ジェット嬢と魔力ロケットエンジンの接続だけ見ると、ローブの下から脚の代わりにロケットエンジンが生えているような、前世で好きだったロボットアニメのアレみたいな形でちょっとシュールな感じになってしまった。


 ボート内の配置が決まったら、それに従い組み立て。

 ボート本体の加工はボートに大砲の砲身から作った魔力ロケットエンジンを取り付けるだけ。

 ただし、ここはかなり頑丈に結合しないといけないので、廃棄してあった盾やら剣やらから材料取りして固定部品を作り、火魔法を使った簡易的な溶接を多用してくっつけた。

 ジェット嬢は魔法による鍛造や溶接も器用に行った。この世界では機械加工や材料製造等に魔法を使うのは珍しくはないらしい。たしかに便利だと思う。


 最後に、ボートの中から俺が地表を見ることができるように、船底に小さい穴をあけて覗き穴を作り、そこに廃棄物の中にあった眼鏡のレンズを取り付けて覗き窓とした。


 使い捨てにするにはちょっと惜しいようなロケットボートが完成した頃には、日が傾いてきていた。


 本日最後の作業として発射台を作った。

 土魔法で穴と盛土を作りそこにボートを立てかけて発射台とした。


 東に向かって飛ぶということで、明日夜明け前に離陸して朝日に向かって飛ぶことにした。

 馬車の残骸の中で最後の食事を摂り、早起きするために早めに就寝。



 そして翌朝。朝日が昇る少し前ぐらいの時間。

 持ち帰る数少ない荷物と落下傘とジェット嬢を俺の身体に固定して、俺は発射台に立ててあるロケットボートに搭乗。


「「3・2・1」」

「「キャット・ワン!!」」


 ファンタジーとテクノロジーを掛け合わせた力で俺達は地球の重力から魂を開放した。


 魔力ロケットエンジンの大推力と風魔法を駆使した姿勢制御で急上昇。雲を突き抜け高度8000mに到達。

 計器がないのでヤマ勘だがだいたいそのぐらいだと思う。

 ロケットボートは重力と抗力が釣り合う機首上げ姿勢のまま水平飛行に移行し、偏西風にも背中を押されながら東へと向かう。


 推定速度 時速280km/h

 予測飛行時間およそ35分の空の旅。


 推力と姿勢制御はジェット嬢担当。

 俺は航法担当。うっかり領空侵犯しないように注意しながら進行方向を微調整する指示を出す。


「針路ちょい南」

「ヨーソロー」


 本当に息が合ってきた。


「「ファンタスティーック!」」


・魔王歴82年5月5日 早朝

 ヴァルハラ平野上空8000mを金色に光る飛行体が東に向かって飛んで行った。

 この飛行体はユグドラシル王国、エスタンシア帝国両国のヴァルハラ平野沿いの広い範囲の地域から目撃された。

●次号予告(笑)●


 超高空の空の旅。

 目的地上空で転覆てんぷくこそしたものの、背中合わせの二人は目的地への降下を果たす。

 実家へと辿り着いた女は、連れ帰った謎の男と共に養父母に暖かく迎え入れられる。


 そこで男は、この世界の電気技術者兼、家庭内下着ドロと運命の出会いを果たす。

「この【電磁石】、絶縁体ぜつえんたいの使い方が間違ってるぞ」

 そして、この世界の歴史を大きく動かす異世界技術の持ち込みを始めてしまう。


 その一方、魔力ロケットエンジンに魅了された脚の無い女は、自らの両脚を脚と言えない形に改造することを望む。

 開発コードネーム【魔力推進脚】

「女の子がサイボーグになりたいとか言い出すんじゃありません」


 なし崩し的に同居が決まり、背中合わせの二人は新生活のための生活用品を買い出しに街へと繰り出す。そこで、男は女の地元での渾名あだなを知る。

 それは、女の子に付けるにはちょっとひどいんじゃないかと思うようなものだった。


次号:クレイジーエンジニアと金色こんじきの滅殺破壊魔神

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