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第17話 クレイジーエンジニアと謁見(14.1k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百八十九日目。ヘンリー卿の首都邸宅にて戦争と兵器の話で盛り上がった翌朝。


 俺達は牢獄ろうごくらしき部屋で目を覚ました。


 部屋に転がっていたのは昨晩バカ騒ぎしたメンバー、ヘンリー卿、ウェーバ、プランテ、ルクランシェそして、俺。


 全員揃って当然の疑問を叫ぶ。


「「「「「なぜだ!?」」」」」


 各自起き上がり、薄暗い部屋の中で中央付近に集まる。

 何となく男五人で円陣隊形で座る。

 このメンバーの場合リーダ格となるヘンリー卿がぼやく。

「昨晩は私の首都別邸で新兵器開発の相談をしていたはずだが、ここは一体何処だ?」


「王宮の地下牢よ」

 女の声が聞こえる。

 全員バッと声の方向を見る。


「おはよう皆さん。昨晩はお楽しみだったわね」

 微妙に不適切な表現を混ぜて朝の挨拶をしたのは、やっぱりジェット嬢。

 牢獄の入口、鉄格子の近くで変な形の座椅子に座って俺達を見ていた。


「ジェット嬢か。昨晩居なかったけど、一体何処に行ってたんだ?」

「ずっと居たわよ。アンタの背中に」


「「「「「えっ!?」」」」」


「話は全部聞かせてもらったわ」


「「「「「ええっ!!?」」」」」


「皆さんに、大切なお話があります。ワタクシの前に並んで座ってもらえるかしら?」


「「「「「!!!!」」」」」


「いや、ほら、私動けないし。その距離だと話がしづらいからね。あ、逃げるのはナシで。私の魔法の到達範囲、皆気づいてるんでしょ? この部屋全部範囲内よ」


「「「「「地獄じごくだぁーーーー!」」」」」

 ジェット嬢の遠回しな脅しで男五人が恐怖に震える。


「「いや、監獄かんごくだよ」」

 鉄格子の外側から看守二名による優秀なツッコミが入る。


 両脇に衝立ついたてのような板がある変な座椅子に、いつもの薄赤色のメイド服で座るジェット嬢。

 その前にクレイジーエンジニア五人衆が正座で並ぶ。


「我々は王命に従い新兵器開発の相談をしていただけだ。投獄とうごくされるような理由は無いぞ」

「そうだ! 投獄とうごくされる容疑は何もないぞ! 不当逮捕だ!」

 ヘンリー卿がもっともなことを言い出し、ウェーバも同調する。


 確かに。

 こちらの法律は良く分からないけど、やっていたことは自体は邸内での飲酒とバカ騒ぎだから、投獄とうごくされるような容疑は無いようにも思う。


 ジェット嬢が変な座椅子の上で腕を組んで首をかしげて考えながら応える。

「うーん。ヨセフタウンで自警団の手伝いしてた頃。恐喝の現場押さえたとき、奪ったんじゃなくて貰ったんだから無罪だって主張した男がいたけど、あの男どうなったっけ」


「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」


 いや、本当にどうなったんだよ。

 フォード社長から聞いた【お仕置き】の時の話か?

 まぁ、法律に抵触しなければ何やってもいいってわけでもないとそういう話かな。

 ちょっと気になることがあるので聞いておこう。


「プランテとルクランシェはヨセフタウン出身じゃないと思うが、その頃の話を聞いたことがあるのか?」

「社員研修用資料として配布された【黙秘録】に」「おい! やめろ!」

「ちょっと! 何それ! 聞き捨てならない名称出たわよ! もしかしてその資料出回ってるの!?」

 ルクランシェの回答をウェーバが止めるも間に合わず、ジェット嬢が叫ぶ。


 ダッ ステーン

「グエッ!」

 ルクランシェが逃げようとして立ち上がり、派手にずっこけた。


 ジェット嬢に視線が集まる。

「「「「…………」」」」

「……私、なにもしてないわよ。魔法使ってないわよ」


「すみません。逃げたい気持ちに身体が追いつかず、勢い余って転んでしまいました……」


「それだー!」

 いきなりプランテが叫んで立ち上がる。


「何なのよ。いきなり」


「勢い、つまり【慣性力かんせいりょく】だ! フロギストンのエネルギー変換が終わるまで、【慣性力かんせいりょく】で素材を閉じ込めればいいんだ! いくら大きな力があっても、質量を加速するには0でない有限の時間が必要になる!」


 ヘンリー卿が勢いよく立ち上がった。

 意味に気付いたようだ。


「そうか! 容器が爆圧に耐えられずに素材が爆散してしまいエネルギー変換が中途半端に終わるところが【滅殺破壊弾】の設計上の課題だったが、爆圧に耐える強度が無くても単純に重い材料で囲ってしまえば、爆散までの時間稼ぎが出来て、爆発エネルギーを増大できるということか!」


 ウェーバも飛び上がった。


「じゃぁ昨晩行き詰っていた構造上の課題はクリアの目途が立ったのか! あの机に紙とかペンとかないかな。設計概要をまとめよう! 重い材料がいいならプランテが好きな鉛でいいんじゃないか!」


 ズドドドドドドドドドド


 ものすごい勢いで部屋の奥にある机の方に駆け出す三人。


「私も、私も混ぜてくださーい。重いのがいいなら、鉛よりいい材料あるんです」

 さっき転んだルクランシェも足を引きずりながらそちらに向かう。


「なんなのアレ……」

 呆れるジェット嬢。

 俺もどう答えたらいいのがわからないが、そこは人生経験豊富な40代オッサン。分かる範囲で答えよう。

「あれが、【クレイジーエンジニア】だ」


 ガサガサ バサバサ 


「紙あったぞ! 反省文用の原稿用紙!」

「ペンもありました。三色もある。やったー!」

「描け! 慣性力かんせいりょくで爆圧を閉じ込める構造だ!」


 カサカサカサ シャカシャカシャカ


「構造名【慣性かんせい閉じ込め】! 材料はルクランシェ! 数値覚えてるか!」

「あります。これです。この構造なら加工もいけます」


 ガサガサ シャカシャカ シャカシャカ


「すばらしい! これなら年内に初回実験までいけるか!」

「最初の実験は我が領内の北端でぶちかまそう。奴等たまげるぞ!」


「「「「輝け! 我らの【滅殺破壊弾】!」」」」 シャキーン


「すみません看守さん。あそこで騒いでるアホ四人をぐるぐる巻きにして独房に隔離してください」

「「かしこまりました」」

「「「「なぜだー!!!」」」」


 ジェット嬢の無情な指示により、【クレイジーエンジニア】達はそれぞれ独房へ連行されていった。


 牢獄の部屋に残るのは、変な座椅子に座るジェット嬢と俺。

 よく見ると、この変な座椅子は直方体の木箱から上と前の二面の板を取ったような形をしている。

 木箱を材料に即席でジェット嬢専用の座椅子を作ったのかな。

 シートベルトまでついている。


「アレが【手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間】なのね」

「そうだな。【クレイジーエンジニア】の鏡のようなものだな」

「本当にどうしようもないわね。四人もあんなになっちゃって、世界が滅びたらどうしてくれるのよ。アンタ責任取りなさいよ」

「正直、すまんかった。何とかするようにがんばるよ」


 そうは言っても、【クレイジーエンジニア】は投獄されても止まらない。

 【滅殺破壊弾】の完成は近づいてしまった。本当にどうしたものか……。


 そんなことを考えていたら、木の板を持った作業着姿の男二名が牢獄にやってきた。


「あ、迎えが来たみたい。私はちょっと用事があるから行ってくるわ。アンタも独房で大人しく待ってて頂戴。くれぐれも変な物作ろうとか考えないようにね」


 牢獄に入ってきた男達は、手際よくジェット嬢の箱型座椅子の正面と上面に木の板を釘止めすると、完全な木箱になったそれに赤いラベルを多数貼り付けて、両脇から持ち上げて手早く運び出していった。


 ジェット嬢よ。

 ソレ座椅子じゃなくて木箱だったんだな。

 この世界の常識は本当によく分からないが、俺の前世世界ではそれは【木箱梱包きばここんぽう】といって重量物や精密機械を輸出する時とかに使う、荷物用の運搬方法なんだぞ。


 そして、木箱に貼り付けられた赤地に白文字のそのラベル。

 俺はこの世界の文字は読めないんだが、そこには【危険物】とか【取扱注意】とか、そんな意味の文言が書いてあるんじゃないのか?


【木箱梱包対応取扱注意型滅殺破壊系ヒロイン】爆誕


 許されるのかなコレ。

 酸欠で窒息する前に【開梱かいこん】してもらうんだぞー。


 その後、俺も独房に移された。

 ジェット嬢の慈悲の心なのか、ぐるぐる巻きは免除された。


…………


 独房の中でしばらく仮眠。

 暗くて静かなので、寝心地はそんなに悪くない。


「出ろ」


 仮眠終了。

 若干寝ぼけた頭で看守に従い廊下に出ると、ドレス姿のジェット嬢が立っていた。


 そう、立っていたのだ。


 綺麗に化粧はしているが、間違いなくジェット嬢。

 腰に手を当てて得意げに俺を見上げている。隣にはメイド服姿の女性が並んでいる。

 お姫様と従者のような組み合わせだ。

 さっき【木箱梱包】で運び出されたジェット嬢がお姫様的ポジション? 何なんだ、この状況。

 隣にいらっしゃるメイド服姿の女性とはどんな関係? 


 昨日からいろいろありすぎてちょっと疲れていた俺はふと思った言葉を漏らす。


「誰?」


 瞬時に顔をひきつらせたジェット嬢が、おもむろに背後の鉄格子に左手でぶら下がる。

 そして、


 ガラン ガラン


 ジェット嬢のドレスのスカート下に脚が落ちた。

 やっぱり義足だったか。作ってあったんだ。

 目の前で脚を切り離すとか、過去のトラウマを思い出すのでちょっとやめてほしいんだけど。

 そんなことを考えて呆然ぼうぜんと落ちた義足を眺めていると、ジェット嬢は右手でドレス後ろ側の飾りを取り外した。

 同時に、スカート下半分が切り離されて床に落ちる。


「私よ」


 ああ、分かってるよ。


 片手で鉄格子にぶら下がり、膝丈ひざたけスカートの下に脚が無い。

 こんなことができるのはジェット嬢以外にあり得ない。

 そのヘンテコギミック付きドレス。いつの間に作ったんだ?


 一緒に見ていた看守が唖然としている。驚くよね。心臓に悪いよね。これは。

 俺もあんまりな眼前の光景に呆然ぼうぜんとしていると、ジェット嬢が怒った。


「分かったんだったら、こっち来て回れ右!」


 言われたとおりに近づいて背中を向ける。

 ジェット嬢はいつものように俺の背中によじ登り、俺の背中に張り付いた。


 一緒に来ていたメイド服姿の女性。アンというそうだが、彼女の案内で牢獄出口の階段に向かう。

 他のメンバーは先に出発したとのこと。


 牢獄出口の階段を昇りながら、背中に張り付いたジェット嬢に聞く。

「さっきの義足で階段上ってもよかったんじゃないか? 脚付きのドレス姿も似合ってたぞ」

「アンタが【誰?】とか言わなかったらそうしたわ」


 前世世界で読んだ創作物でよくあるパターン。

 化粧前後の女性を別人と認識してしまうアレ。


 ファンタジーな読み物としては面白いとは思うが、現実的にはそんなの絶対あり得ないと俺は思う。

 普段会わない人間ならともかく、身内とか普段会う相手なら化粧したって大怪我したって顔は普通に分かるだろ。

 俺の前世の妻も詐欺メイク自称してたけど普通に分かったぞ。

 確かに綺麗にはなったけど。


 普段一緒に居る相手に対して化粧したぐらいで別人認識で【誰ですか】とか失礼すぎるだろ。


「…………」

 そこまで考えて、俺はやっと気づいた。


 失礼やってるのは この俺だ。


「やってもぅた……。俺はやっぱりダメな奴だ」

「反省しなさい」


 俺は、深く反省した。


 階段を昇って地上階。

 王宮内の通路を進みながら俺はジェット嬢に確認する。

「どこに向かってるんだ? まさかギロチンじゃないよな」

 俺もこの流れでギロチンは無いとは思っているが、失言の罪は自覚している。


「王族に言いたいことがあるんでしょ。国王に直談判して秘密会合を手配したわ。時間がないから会合に直行よ。軽食ぐらいは出してもらえるように頼んでおいたわ」

 俺と違って、ジェット嬢はできる奴だ。そう思った。


「国王に直談判とかオマエ本当に何者なんだ? でも今の状況では最高にありがたいぜ」

「どうするつもり?」

「暴言を吐くつもりだ」

「やっぱりね。ヘンリー卿達には悪いけど、話はつけてあるから思う存分やっちゃって」

「ありがたい」


…………


 王宮内の通路を進むこと数分。

 大きい長方形の机が置かれた会議室のようなところに到着。


 部屋にはヘンリー卿達が到着しており、奥側の長辺には顔なじみの第二王子を含む王族メンバー三名がすでに着席していた。

 俺達も入口側の椅子前に並ぶ。


 上座側の初老の男性が口を開く。

「私が国王のワフリート・ソド・ユグドラシルである。着席してくれたまえ。これは正式な会議ではなく、記録も残さない秘密の会合とする。事態はひっ迫している。発言の不敬は問わないので、忖度そんたくのない意見を問いたい」

 国王の開始宣言により、こちら側のメンバーも対面で着席する。

 ジェット嬢を背中に張り付けていると座って話がしにくいので、俺の隣の椅子に降ろした。


 並び順は国王の前側から俺、ジェット嬢、ヘンリー卿、ウェーバ、プランテ、ルクランシェ。

 俺以外は明らかに緊張している。いや、俺だって緊張してる。

 でも今回は王族相手に暴言を吐く覚悟で来ている。

 聞いてるだけでも心臓に悪いが全員我慢してくれよ。


 こちらが着席したのを見計らって、国王の隣の男が口を開く。

「私は宰相のオットー・ホン・パラワルクだ。王子については面識があるという認識でよろしいか」

「ああ構わない。サロンフランクフルトで何回か会ってる」

 不敬問わないと言われてマジでタメ口したら室内の雰囲気が悪くなった。

 俺も気が重いけど社会人経験の長い40代オッサンとしてがんばる。


「はっきり言って状況は最悪だ。隣国から突如の宣戦布告を受けているが、相手方の戦力、国内状況、開戦動機などの基本的な情報が掴めてない。外交と国防に関する対応が完全に後手に回っている。これは王族の無能と無策が招いた結果だ。その認識はあるか」


 確信犯だけど、場の空気がさらに悪くなった。

 ヘンリー卿達真っ青。ジェット嬢だけは平然としている。

 これはこれですごい。


「前もって聞いてはいたが、辛辣しんらつだな。無能扱いついでに、この状況の要因について貴公きこうの見解を聞きたい」

 国王もすごい。顔面ちょっと青筋立ってるけど、言動は大人の対応だ。


「まずは、外交についてだ。隣国の情勢に気を配るのは基本中の基本だ。正式な国交が無かったとしても、魔王討伐で共同戦線を張ったのなら連絡手段はあったはずだ。また、魔王討伐の混乱でその連絡手段が途絶えたとしても、国境沿いに見張り兵を配置しておけば何らかの軍事行動の予兆はつかめたはずだ」

 宰相が口を挟む。

「国境沿いの対応は各地の領主に一任してある」


「お前らバカだろ」


 部屋の空気が完全に凍った。

 ヘンリー卿の顔に死相が出た。王族をバカ呼ばわりとか不敬の極みだろう。良くて投獄悪くてギロチンといったところか。

 だが、バカにはバカと言ってやらねばならん。

 絶句している皆を前に俺は続ける。


「地方自治が進んでいるのは分かる。だが、外交や国防は国家の専決事項だ。【魔王】討伐だって国家主導で行ったのと同じで王族が主体的に情報収集と対応をすべき事案だ。国境沿いの自治区がいくつあるかは知らんが、各地の領主に適切な指示は出したか? ヘンリー卿からも王宮から国境周辺に関する事案の指示は受けてないと聞いている。どうせどこにも何の指示も出してないんだろう」

 国王が応える。

「……それは間違いない」


「王宮からの指示は受けていないが、ヘンリー領では測量ついでに独自に情報収集はしていた。ヴァルハラ平野北部の地上調査結果。ヘンリー卿からも報告は受けていたはずだ。たびたび飛来するキャスリン嬢にも報告書は逐一渡していた。そこにはエスタンシア帝国軍が越境攻撃をした痕跡についても記載があったはずだ。遅くても九月時点では国境沿いで異常事態が発生していた。国王は報告を受けてないのか? 見て何とも思わなかったのか? 宰相殿、ヘンリー卿からの報告握りつぶしたりしてないよな。キャスリン嬢には報告書の重要性は説明したぞ。国王陛下には報告したのか?」

「……私は国王として全ての報告を受けている」


 さすがに王宮内で情報が滞ることはないようだ。

 数少ない安心要素だな。


「だったらそれを見て何とも思わなかったのか。何もしなかったのか。国家全体で隣国と協調して【魔王】討伐を成し遂げた国だ。中央と地方で歩調が合わないほどの軋轢あつれきがあるわけではないだろう。指示を出せば領主は動けたんじゃないのか? 少なくともヘンリー領では指示があれば調査範囲は広げることはできたし、軍人を派遣してくれれば越境しての航空偵察だって出来たんだ」


 王宮メンバーの視線が俺に集まる。

 でも、もうだれも何も言えない。

 【魔物】や【魔王】との戦いに明け暮れて、人間国家同士の外交の歴史が無かったんだ。

 この状況下で適切な判断を下せるノウハウの蓄積が王宮にもなかったんだろう。


 話を変えよう。


「次は国防についてだ。国境沿いのヘンリー領で半年近く暮らしていれば嫌でも気づく。国境に防衛用の戦力を配置してないだろう。隣国から進軍があった場合どうするつもりだったんだ」


 宰相が応える。

「【魔物】との対応と同様に各領主配下の自警団が対応する手はずだった。また、ヘンリー領周辺にはイヨ様がいらっしゃることがわかっていたので楽観視していた部分がある」


 予想以上に最悪な回答だ。

 とことんとっちめてやる。


「問題点が少なくとも二つある。バカにもわかるように説明してやる」

 王族相手にバカ連呼しても部屋の空気はこれ以上は凍らないようだ。


「一つは、防衛組織体制の不備だ。敵国軍に応戦するには軍隊に相当する組織が必要だが、それに相当する組織が無い。自警団はあるがその位置付けが不明確だ。有事の際に徴兵して即時編成するような制度も無さそうだ。まさか、進軍する敵国軍に民間人で応戦することを想定してるんじゃないだろうな」


 バカ宰相が応える。

「自分の町を自分の力で守る。それの何が問題だ。今までだってそうやって【魔物】から町を守ってきたんだ。相手が【魔物】から敵国軍に代わるだけで何も変わらないだろう」


 このバカ上等だ。

 黙ってる他の王族も同レベルのバカなんだろう。

 よろしい戦争を教えてやる。


「【魔物】の討伐と人間相手の戦争は根本的なルールが違う。民間人が軍隊に応戦するのは人間同士での戦争における最悪のルール違反だ」

 侵入する敵国軍に民間人が応戦する。俺の前世世界で【ゲリラ戦】と呼ばれた戦いだ。

 自分の街を守りたい気持ちはあるのだろうが、これは戦争においてはルール違反だ。


「理由を教えてやる。戦争で戦う相手は、自分達と同じ人間だ。敵視点で考えろ。敵国の軍人だって死にたくない。だから、生き残るためには、撃ってくる奴は殺さないといけない。それが戦場だ」


「軍人同士が殺し合うなら戦場としてはノーマルだ。しかし、そこに民間人が混じると地獄になる。攻撃する民間人と一般の民間人の区別なんて戦場ではできない。だから、民間人から攻撃を受けてしまった軍人は敵国の民間人も殺さなくてはいけなくなる。その状態で防衛線が崩れて敵国が市街地に入った場合どうなるか分かるか?」


「無差別大虐殺だ」


 歴史は勝者がしるす物。

 ルール違反を犯しても、勝ったなら武勇伝として歴史に残ることはあるだろう。

 だが、ルール違反を犯した上で負けたなら、記録にも残されない悲劇が待っている。

 俺の前世世界にはそのような歴史の断片が多数転がっていた。


「一度でも民間人から攻撃を受けたら、敵国軍人は目の前にいる民間人が女子供だろうが、自分が背を向けた瞬間に殺しにかかってくる可能性を意識してしまう。そうなったらもう自分が生き残るために無差別に殺さざる得なくなる。それが戦場となった市街地全体で行われる。その地獄が想像できるか?」


 うん。全員顔色がステキな土気色になりました。


「だから、先ず行うべきことは、軍隊に相当する組織の編成だ。この国の戦力がどのような指揮系統で編成されているのかは知らんが、【魔王】討伐が実施できたということは、戦闘可能な人間が多数所属する戦闘組織があるはずだ。それを再編成すればいい」


 こちらの方は組織の問題なので、王族が戦争のルールを理解したなら対応は難しくない。

 しかし、厄介な問題がもう一つ。

 いや、実質二つ残っている。


「もう一つは、戦力不足だ。四月の【魔王】討伐の際にエスタンシア帝国軍から大砲の供与を受けていたことは知っているだろう。【魔物】討伐には不向きな兵器ではあったが、人間同士の戦争においては有効だ。つまり、あの時点でエスタンシア帝国軍の方が装備面では優勢だった」


「そして、九月に発見した陸戦兵器はそれよりも数世代進化したものだ。特に【重機関銃】は脅威だ。今のユグドラシル王国の装備では全く歯が立たない。剣と盾の装備で【重機関銃】に対抗すれば、千人居たって秒殺だ」


 宰相が口を挟む。

「攻撃魔法を駆使すれば火砲に相当する破壊力は得られる。戦力で劣っているとは考えていない」

 バカは黙ってろと言いたいが、教えないといけないことが増えたのでよしとしよう。


「確かにヘンリー領にも魔法適性がある者はいくらかいる。その中には火砲に相当する火力が期待できる者も数人はいる。でも戦力として扱うには全員集めても数が全然足りん。また、彼等を応戦させるためには軍隊組織に徴兵する必要があるが、軍人は死ぬのも仕事のうちだ。総数が少ない中から志願者を募る必要がある。どう考えても戦力となるほどの数は集まらん」


 バカ宰相が応える。

「イヨ様をその軍に加えて応戦させれば戦力としては十分だろう」


 このバカいい加減にしろと。


「ジェット嬢の参戦については、先程話した二件とは別次元の大きな問題がある。宰相殿が期待する通り、ジェット嬢の魔法攻撃力なら重武装した一個師団を一撃で焼き払うぐらいの火力はある。やりようによっては敵軍相手に一人で防衛線を維持することも可能だ。だが、その場合敵国の軍人数百数千人の命を奪うことになる」


「つまり、家に帰れば家族が居て、戦死しなければ家族との幸せな未来があったはずの数百数千人の命を奪い、その親、妻、子、兄弟からの怒り、恨みをの業を背負う。それをこの小娘一人にさせるんだ」


 バカ宰相が問題に気づいたようだ。

 国王と第二王子と揃って顔色がヤバイ色になっていく。


「宰相殿、自分のバカさ加減が少しは分かったか。自分がこの小娘に何させようとしていたか理解したか?」


 ジェット嬢が口を挟む。

「私が前線に出て、敵国軍人を殺さずに兵器だけを破壊して帰ってもらうというのはどうかしら」


 ジェット嬢よ。

 戦いたいのか? 役に立ちたいのか?

 でもそれはだめだ。


「戦争の相手は【魔物】じゃない。自分達と同じ人間だ。相手の立場になって考えろ」

「双方やる気の無いような戦場に第三者として降臨して大暴れするならそういうのもアリかもしれん。だが、今回エスタンシア帝国軍は勝つつもりで攻めてくるし、今のジェット嬢はユグドラシル王国所属だ。開戦の判断をするほどに追いつめられた国から、死ぬ覚悟を持って勝ちにきた戦場で、デタラメな奴に全部ひっくり返されたら相手は次何をすると思う」


 ジェット嬢が少し考えて答える。

「そのデタラメな奴を、手段を選ばす消そうとするわね」


 ジェット嬢がすぐに正解を出したことに正直驚いた。

 コイツは普段の言動が若干残念なところがあるが、頭の回転は速い。


「そうだ。そして、そのデタラメな奴がオマエだ。一度でも前線に出て敵国にデタラメ認定されると、一生涯手段を選ばずに命を狙われる余生を送ることになる。そして、本当に殺されてしまった場合は戦力逆転でユグドラシル王国の敗戦だ。戦場にデタラメを持ち込んだ報復も加わるから普通に負けるよりも凄惨な戦後処理にはなるだろう」


 ジェット嬢がうつむいてしまった。

 何かを考えているようだ。

 そして、まだ別次元の問題は残っている。


「ジェット嬢の生死や戦争の勝敗以上に危険な問題点もある。ジェット嬢は魔王討伐隊の一員として参戦したんだよな。だったら、同等の魔法攻撃力を持つデタラメな奴が他にも居るんだろ。ちなみに、ユグドラシル王国内にそういう奴はどのぐらい居るんだ」


「……他に生存者は居ません」

 しばしの沈黙の後、第二王子が応えた。


「そうか。それは、言い方は極めて不適切だが、安心要素だな」

「どういう意味よ」

「エスタンシア帝国側にデタラメな魔法攻撃力を持つ奴が居て、それと戦場で対峙してしまった場合【滅殺破壊魔法】に匹敵する大火力魔法の応酬になる」


「下手をすると、世界が滅びる」


 秘密会議参加者の視線が俺に集中した。


「現時点でエスタンシア帝国側は魔法攻撃力を前面に出していない。ということは、向こう側にそういうデタラメな奴が居ないか、居るけどそれを戦争に投入した場合の危険性を理解しているかどちらかだ。前者の場合で味方側にそういう奴が他にも居た場合、寝返って対峙する危険性も考慮する必要があった。だが、他に居ないならその危険性は考慮しなくていいことになる。後者の場合、こちらがジェット嬢を戦場に出すと、相手もデタラメな奴を出して来ることになる。そうなれば世界滅亡の危機だ。戦争の勝敗どころの話じゃなくなる」


「単純に力で戦闘に勝てばいいというわけではないということか」

 バカ宰相が解釈を述べる。理解してくれたようだ。


「そうだ。人間同士の戦場にデタラメは禁物だ。勝つにしろ、負けるにしろ、今後の歴史に禍根を残さない形で戦争を終結させる必要がある。そのためには、自軍に多数の死者が出たとしてもジェット嬢を敵前に出さないようにするのが必要条件だ」


 自軍に死傷者が発生するのを前提とする。

 その話の流れで顔色が悪くなった国王が重々しく口を開く。


「【魔王】を討伐したのに、なぜ人間同士で殺しあわねばならんのだ」


 嘆きか、弱音か、あるいは本音か。その問いの答えは俺も持ってない。

 しかし、国王よりかは答えに近い自負がある。


「その質問の回答は俺も持っていない。でも俺なりの考えはある」

「聞かせてくれ」


「私見ではあるが、【戦争は愛から生まれる】と考えている」


 何度目かわからないが、全員がぎょっとした顔で俺に注目する。


「どういうことだ」

 国王が問う。


「世界の片隅に、安全な水や十分な食料が得られないことで我が子を亡くそうとしている親が居て、かたや世界の反対側に飲用水で水洗便所、まだ食べられる賞味期限切れ食料を大量に廃棄している連中が居るとしたなら。【殺してでも奪い取る】という選択するのは、愛の一環と言えるだろう」


「それは確かに道理だ。それならば、水や食料を送ればよいのではないか」

「自国民を飢えさせることなくそれが可能であれば。また、自国民がその負担を受け入れられるのであれば可能だ」

 簡単な理屈だが、俺の前世世界ではそれが成功した試しは無い。

 物的支援は物量をどれだけ充実させても一時しのぎにしかならない。


「確かに、戦争回避のためとはいえ、他国をまるごと養うのは現実的ではないな。だが、双方に利益がある形で協調できれば可能性はあるか」

 国王もわかってきたようだ。


「つまり、そういうことだ。戦争というのは開戦側にしても自国を滅ぼしかねない危険な博打だ。開戦という最悪な判断に至るには相応の大きな理由がある。開戦を回避するにはその理由を知ることが重要だ」

「相手国の情報収集が重要ということか」


「最初に外交の話をしただろう。早い段階で、魔王討伐成功のあたりからエスタンシア帝国側の情報収集と適切な対応ができていれば今回の危機的状況は回避できた可能性が高い。だから、今回の危機は王族の失態だ。無能と無策で国民の生命と財産を危機に晒した責任は取ってもらう」

「手厳しいな。だが、確かにその通りだ」


「考え方については一通り伝えた。俺は政治家でも王族でもないから具体策については口出しできない。今後どうするべきかは、しかるべきメンバーで検討して決定してくれ。既に宣戦布告を受けいて、装備面では相手側のほうが上。相手は勝つもりで仕掛けている。開戦はもはや不可避。今からできることは、その初戦で国が滅びないようにすることと、その後の戦いを禍根を残さない形で早期終結させることだ。戦火を初戦だけで終わらせるのが今できる最善策だ」


 国王は立ち上がって言った。

「理解した。大至急対応部隊を編成し、具体的行動に移る。オットーついて来い。イェーガこの場を頼む。後で来い」

「はい、バカ宰相お供します」

「了解しました」

 バカ宰相と王子は応える。


 国王とバカ宰相は速足で部屋から出ていった。


 俺は大きく息を吐いて背もたれにもたれる。疲れた……。

 でもまだ終わってないな。


「ヘンリー卿。生きてるか?」

 この場で一番ストレス感じたであろう男に声をかける。

「ああ、なんとかな」

 よかった。生きてた。


「また緊急議会が招集されるだろう、それに参加できるのはヘンリー卿だけだからいろいろ頼みたいことがある。ヘンリー邸に帰ったらちょっと話そう」

「特別枠で議会に参加させてもらったほうがいいんじゃないか?」

「また土気色になりたいのか? 俺は【異物】だからな。もう仕事は終わったよ」

「それもそうだな。ここから先は、我々が選ぶべきだな」

 ヘンリー卿が残念そうに笑った。


 イェーガ王子が声をかけてきた。

「本日のお話大変勉強になりました。しかし、あのような知見を何処で学んだのでしょうか。我々の知っている限り、そのようなことを学べる場所は国内には無かったかと」

 前世の記憶だからな。何処でと言われても困る。でも今さらだろう。


「俺がこの世界の常識外のことを言い出すのはいつものことだろう」

 気になったことがあるので、ついでに聞いておこう。

 他国との外交や人間同士の戦争の歴史が無かったとはいえ、この状況下で外交について考えた形跡すらないのが不自然だ。担当者が辞職した直後の業務の状況に似ている。


「つまらないことを聞くが、最近辞めたか亡くなった王族はいないか?」

「何? なんで今そんなことを聞くの?」

 ジェット嬢が声を上げる。

「魔王討伐ではエスタンシア帝国と共同戦線を張ったんだろう? それだけのことができていたのに、今の王族がここまで無能なのは不自然だ。外交や国防を担当していた前任者が突然居なくなったと考えるとつじつまが合う」


「国家機密につきお答えすることはできません」

 ちょっと間を置いて、イェーガ王子が応えた。

「秘密会議で国王をバカ呼ばわりした俺にまで言えないほどの機密か?」

「そうです」

 気になることではあったが、追及するのはやめておこう。

 これは今重要なことじゃない。


 イェーガ王子が退室するのと入れ違いで、メイド服姿のアンが人数分の軽食を持ってきてくれた。朝食と昼食を兼ねるような時間になっていたが、全員ありがたく頂いた。


…………


 こうして、牢獄と、ある意味牢獄よりもしんどい秘密会議から解放された俺達は首都のヘンリー邸へ帰ってきた。


 そして、昨日バカ騒ぎをしたあの部屋に再び集まっている。

 昨日と違うのは、ジェット嬢が俺の背中ではなく皆から見える位置に居ること。


 机がハイテーブルのため椅子に座ると高さが合わないので、ジェット嬢は【ヨセフタウン名産高強度耐食鉄合金製四段脚立】の三段目に座っている。


 ヘンリー卿が【ヨセフタウン名産耐食鉄合金製バケツ(大)】をもってきて皆に呼びかける。


「この世界の未来の選択をするぞ」


 ウェーバ、プランテ、ルクランシェが、紙束をバケツに入れる。

 そして、ヘンリー卿も紙束をバケツに入れて、そこに火をつけた。


 室内に置いたバケツの中で紙束が燃える。

 煙が出たので、プランテとルクランシェが窓を開けた。


 ジェット嬢がどこからともなく紙束を取り出して言う。

「牢獄で描いていた分がここにあるわ」

「そうか、それは助かる。ウェーバ、プランテ、ルクランシェ、描いたものが全部揃っているか確認してくれ」

 ヘンリー卿が応えて、全員が紙束を確認する。


「「「全部あります」」」


 ヘンリー卿がその紙束をまとめて、バケツで燃える火の中に入れる。


 バケツの中で燃えている紙束は、昨日と今日で描いた【滅殺破壊弾】の設計資料だ。

 今日のしんどい秘密会議を通じてヘンリー卿達は何らかの答えを見つけたようだ。

 それがどのようなものかは分からないし、各人で見つけた答えは違うのかもしれない。


 それでも、【滅殺破壊弾】がこの世界の歴史に不必要という認識は共有したということだ。

 全員でバケツの中で紙束が燃えるのを見守った。

 バケツの中身が燃え尽きた頃、ヘンリー卿が口を開いた。


「我々の未来の選択を祝って、飲もうじゃないか」


 全員、静かに頷く。


 【ザ・メイド】の方が酒とグラスを持ってきた。


 脚立に座るジェット嬢が一言。

「今日は投獄されるような発言は慎みなさいよ」


 そうだな。もう投獄はこりごりだ。


 エスタンシア帝国との開戦期日まで残り五十八日。

 やるべきこと、考えるべきことは多い。

 でもそれは明日からだ。


 今日はもう疲れた。

 休んでもいいだろう。

●次号予告(笑)●


 大砲と重機関銃の近代的陸戦兵器で武装する敵国エスタンシア帝国軍に対し、自国ユグドラシル王国は剣と盾のファンタスティック装備。

 正面から対峙すれば秒殺不可避な火力差。


 防衛戦となる初戦を引き分けに落とし込むためには兵器と戦術の革新が必要。

 各地領主が国を守るために要素技術を持ち寄る中、男は【戦争の現実】と【技術者倫理】の間で葛藤かっとうする。


「新兵器の開発を拒否した俺が、新兵器の開発を提案するのか?」


「俺は技術者だ。軍人じゃない」


 開戦期限は間近。

 戦争へと転がり始めた歴史の流れを止めることはできない。


「前世世界の英霊えいれいに対して、これは、報恩ほうおんか、それとも冒涜ぼうとくか」


次号:クレイジーエンジニアと反斜面陣地

(また幕間入るかも)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「戦争は愛から生まれる」に、そしてとんでもない力がどのような結末を迎えるのかにもシビれました!! 私も同じようなことを思った経験があります。(ご存じだと思いますが。(笑)) これからどのよ…
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