第16話 クレイジーエンジニアと投獄(13.4k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百七十一日目。ヴァルハラ平野でエスタンシア帝国軍の物と見られる陸戦兵器の残骸を発見してから三十七日後。
あの後、陸戦兵器の残骸は何度かに分けて回収。
一部を残して鉄スクラップとして再利用した。
上質な鉄が確保できたことにより【試作2号機】の修理と改良は無事完了。
【免停】期間が終了したキャスリンが再度飛ぶことで、国内の情報伝達網の混乱は収束した。
同時に、国内各領地に【試作1号機】が離着陸できる滑走路が整備されることになった。
そして、残した一部の残骸は鹵獲兵器としてウィリアム達にて調査を行い、その結果をヘンリー卿を通じて王宮に報告した。
その後、ヨセフタウン及びサロンフランフルト周辺では特に何の動きも無く、平和な日常が続いている。
今日もいつも通りの一日、そして夕方。
俺は、ジェット嬢を食堂に残して【西方航空機株式会社】の格納庫で行われている集会に参加している。
格納庫に置かれた例のギロチン台の両脇に沈痛な面持ちでウィルバーとウェーバが並び、【西方航空機株式会社】の設計者達がそのギロチン台に向かって、こちらも沈痛な面持ちで整然と並んでいる。
その後ろの方には、キャスリンも居る。
ドーン
ギロチンの刃が落とされた。
もちろん誰も乗っていない。
ただ、刃が落ちただけだ。
そして、集まっているメンバーがそれに合わせて黙祷をはじめる。
何をしているのかというと、【深竜】開発中止の会だ。
ギロチンを使う意味は分からないが、彼等なりの気持ちの区切りとしてこの謎儀式を行っている。
【深竜】は、【西方航空機株式会社】が新型航空機として開発を進めていた全備重量30tを超える四発の超大型輸送機だ。
目標必達を掲げて設計を進めていったが、設計を進めるうちに各所に無理が出た。
この国に蓄積された要素技術では、この超大型機を完成させて安全に飛ばすことは不可能だった。
降着装置、操縦系統、機体構造それぞれに多くの問題点が露呈したそうだが、材料面の問題が大きかったという。
俺の前世世界では航空機の構造には軽金属合金が主に使われていたが、この国では軽金属合金の精錬技術は開発されていない。鉄と木だけでは超大型機の構造は設計できなかった。
設計進捗や問題解決の見通し等を話し合った結果、【開発中止】という結論に至った。
構想発表から開発中止判断までの四十九日間。その間必死で頑張った設計者達には悪いが、俺には最初から無理だと分かっていた。
だが、この開発の中から得られたものは大きい。
次の開発に生かせる知見が多く得られたはずだ。
黙祷後に、集会は終了。設計メンバーはとぼとぼと帰って行った。
「【リズ】はもう完成しないのね。楽しみにしてたのに……」
退社していく設計者を見送りながら、キャスリンが寂しそうにつぶやいた。
俺は心の中で突っ込む。【リズ】って何だよ。
心の整理のため、今日から一週間【西方航空機株式会社】の設計室は休業するとのこと。
静かになった格納庫の隅で、ウェーバとキャスリンが何か相談をしていた。
俺は失敗と挫折を乗り越えた彼等の次回作に期待しながら、ジェット嬢の待つ食堂棟へ帰った。
◇◇◇
【深竜】開発中止から三日後の夕方。フォード社長と車いす搭乗のジェット嬢が食堂のテーブル席に対面で座り仕事の話をしている。
「この【浄化槽】って何なの?」
「異臭騒ぎの時に東池のところに排水処理設備を作ったじゃないか。アレを小さくまとめたものさ。住宅一軒分の排水を生物処理で浄化して放流することができるんだ。オリバーとアンダーソン卿が開発して量産化の目途を立てたから、今度は事業化したいんだ」
「本当に次々といろんなことを考えるわねぇ。それで私に出資してほしいと」
「【浄化槽】の機械製造自体はオリバーの会社でできるけど、定期的な保守点検は営業範囲が広くなるから別会社を作りたいんだ。名前は【西方環境開発株式会社】を予定してる。魔王討伐成功で城壁都市外側に住宅地の造成が進んでるけど、ここと同じで水はけが悪い場所もあるんだ。そういうところに人が住むためにこれは必要になるはずだ」
「分かったわ。排水処理は国内全域で問題になっている話だし、それの解決策なら事業性は十分ね。株式を発行しなさい。全部買うわ」
「やった!」
商談は成立したようだ。
ジェット嬢の左後ろ、執事的ポジションで見守っていた俺も今回は冷や汗の出るやり取りが発生せずに安心したよ。
二人でコーヒーを飲んだ後、ジェット嬢が話を切り出す。
「そういえば、【西方農園】の今年の今年の作付面積、ちょっと異常じゃない? トラクターがあるからって、やりすぎと思うわ」
「俺もそうは言ったんだけど、ヴァルハラ平野は広いし、排水処理設備の汚泥から肥料が大量にできたし、裏山のため池の水量は余裕があるし、これだけ条件が揃ってしまったからオリバーが暴走してしまって……」
「普段の見回りどうするのよ。トラクターがあってもあの広さは大変よ」
「【試作1号機】で空から見回りするそうだ。ウェーバも飛行機の用途が増えると喜んでた」
「【豊作貧乏】になっても知らないわよ」
「まぁ、売れ残ったら玄麦の状態で国家備蓄として買い取ってもらえば無駄にはならないし、いいんじゃないかな」
「国家備蓄の買取価格は安いのよね。在庫過剰になりがちなのは分かるけど、食料の生産力は重要なんだからもうちょっと値上げしてほしいわ」
「同感だ」
二人でテーブルに置いてあるビスケットをつまみ、ちょっと間があく。
40代のオッサンとして、仲の良い男女二人を生暖かい視線で見守る俺。
こういう日常が楽しいのだ。
「俺、社長辞めようと思うんだ」
「ゲフッ! ゴホゴホ!」
フォード社長がいきなりとんでもないことを言い出して、ジェット嬢がむせた。
「いきなり何を言い出すのよ! むせちゃったじゃない!」
「すまん。実は、最近【西方運搬機械株式会社】の経営実務はエドゼルに任せてたんだ。仕事は楽しいんだけど【深竜】の件もあって、このままじゃよくないと思うようになったんだ」
「それで、【社長】を辞めて、次は何をしたいの?」
「物書きになりたい。そして、【売れっ子作家】を目指したい」
「向いてないわ」
「なっ! なんで断言するんだよ! 俺こう見えて作文得意だぞ!」
「向いてない。物書きとか絶対に向いてない! アンタは経営者が天職よ!」
「俺の書いた資料渡した時、文章力とか構成力とかメアリにも褒められたんだ。出版したら売れるかもしれないとまで言われた。だから、ユグドラシル出版社に原稿を持ち込みたいんだ。そして、続編を書きたいんだ」
「持ち込むべきじゃないわ! 書くべきじゃないわ! 続編だなんて冗談じゃないわ! アンタの天職は社長! もう社長するしかないのよ!」
珍しくジェット嬢が必死だ。
そんなにフォードに本を書かせたくないんだろうか。
「俺の人生は俺の自由だ! 社長業はエドゼルに引きついで、俺は続編も番外編も特別号限定版も執筆して出版して、【売れっ子作家】になるんだー!」
フォードが席を立って食堂棟から飛び出して行った。
「ちょっと! 待ちなさーい!」
ドドドドドドドドド
焦るジェット嬢を背中に張り付けて、食堂棟北側広場を裏山に向かって走って逃げるフォードを【ジェットアシストマッチョダッシュ】で追撃。
正直、フォード相手の追いかけっこならジェットアシストはいらないんだが、ジェット嬢は必死なのか魔力推進脚の推力でグイグイ押してくる。
ダダダダダダダダダ
「逃げるっていうことはそういうことなんだよ! 分かれよ! 」
ドドドドドドドドド
「追いかけるということはそういうことなんだ! すまん! 分かってくれ!」
どこかで聞いたようなやりとりをしながら追いかけて距離を詰める。
「捕まえずに追い越して頂戴!」
ジェット嬢から謎の指示。言われたとおりにフォードを追い越した直後。
「捕獲!!」シュバッ
ズゴォォォォォ バチバチバチ
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
半径6mぐらいの【地獄の業火壁】が俺達の周りに出現。急ブレーキで灼熱のプラズマカーテンへの突入を回避。
フォードが叫ぶ。
「何するんだ! 危ないだろ!」
「話し合いよ! 仕事の話よ!」
食堂棟北側広場の中に突如出現した【地獄の業火壁】。
周囲全周を囲う推定温度3000℃のプラズマ火炎のカーテン。その中に閉じ込められた俺達三人。犯人は当然ジェット嬢。
俺は灼熱のプラズマ火炎からの輻射熱に耐えながら、フォードに背中を向けて話し合いが終わるのを待った。
普段から【不適切発言】や【不道徳行為】に対しては容赦ないジェット嬢であるが、話し合いのためだけにここまでするのは珍しい。
それほど重要なことなのだろうか。
結局、フォードを社長として【西方良書出版株式会社】を設立することを条件に、フォードがジェット嬢からの仕事を引き受ける形で話はまとまったようだ。
そして、ジェット嬢からの依頼の仕事の都合と、首都に本社を置く形で【西方良書出版株式会社】を設立するため、フォードは首都に向かって旅立っていった。
【西方運搬機械株式会社】の社長はエドゼルに交代だ。
フォードがヨセフタウンから居なくなる。
寂しくなるなぁ……。
◇◇◇◇◇◇
【西方運搬機械株式会社】の社長がフォードからエドゼルに交代し、フォードが【西方良書出版株式会社】設立のため首都に旅立ってから六日後の午前中。俺達は【西方航空機株式会社】の格納庫に居た。
俺とジェット嬢が遊覧飛行をするのに使っていた翼は【勝利終戦号】に撃墜されたときに全損していたが、ウィルバーがその後継機を作ってくれたというのでそれの試運転をして帰ってきたところだ。
「新しい翼の飛び心地はどうでした?」
「なかなかよかったぞ。翼に動翼がついて俺も多少操縦が出来るようになったのがいいな」
シュバッ
ジェット嬢が俺の背中で両腕を上げて存在アピールしてから語りだす。
「私からは下と前が見えないから、舵取りを分担できるのは助かるわ。あと、下からだと鳥に見えるような外観もいいわね」
「今はヴァルハラ平野上空が飛行禁止ですからねぇ。そうなると遊覧飛行は街のある南側に限られるから、擬装はちょっと工夫してみました」
「作ってくれたのはすごくありがたいんだが、今になって突然これを作ったのは何か理由があるのか?」
「理由ですかぁ……。ちょっといろいろあったので、初心を思い出そうと思いまして」
「【深竜】の件か」
「そうですねぇ。あの開発中止を通じて、自分達には何の技術も無かったということを思い知らされまして」
「何もないということはないだろう。【試作1号機】と【試作2号機】はお前が作ったじゃないか」
「あれは先生から頂いたスケッチを元に再現しただけです。確かに飛ぶことはできましたが、あの形に至る経緯を知らないので、僕にはあの形の必然性すら分からないんです」
「確かに、最初に完成形を見てしまうと経緯が分からなくなるな。でも、俺もあの形にたどり着いた経緯までは知らないんだ。そこを教えてやることはできない。すまん」
「いいんです。ここから先は僕達がこの世界の技術として完成させていくべきなんです。多種多様な鉄系合金を開発したヨセフタウンの鍛冶屋達のように、必死の思いで技術を積み上げる過程をとる必要があるんです」
【深竜】の開発中止を通じてウィルバーもいろいろ考えたんだな。
それはそれとして、気になっていたことについて話が出てきたのでついでに聞いておこう。
「ウィルバーよ。ヨセフタウンの鉄系合金の開発経緯について何か知ってるのか? 【魔物】対策のためとはいえ、盾の開発にだけ執着する意味がちょっと疑問だったんだが」
「ああ、それはですね」シュバッ
ウィルバーが何か言いかけたところで、背後のジェット嬢が両手を上げて存在アピール。
「……【深竜】の開発中止を通じて、技術の開発の過程の重要さとか、そういうことを感じたのは僕だけじゃないんです。ヘンリー卿やフォードさんもいろいろ考えているようでした」
明らかに話を逸らしたな。
なんかジェット嬢が関わっていそうなので今追及するのはやめよう。
他にも気になっていたことはある。
「【試作1号機】の元設計の必然性が分かっていないと言ったが、だったら【深竜】の設計構想はどこから出てきたんだ? あの形は俺の前世世界の航空機だが、俺はあの機のスケッチは描いてないぞ」
「【キツネ耳(茶)】を装備したウェーバが構想図を一気に描き上げましたぁ」
ウェーバの【電波】が絡んでいたか。本当に発信源はどこなんだ。
せっかくだから、教えてくれるかどうかは分からないが、次に何を作るのか聞いてみることにした。
「次は何を作るつもりなんだ。やっぱり輸送機か?」
「【深竜】よりは小さくするつもりですが、次も輸送機ですね。キャスリン様からも輸送機を期待されているので、その期待に今の技術で応えられるような形をウェーバと検討しています」
「何か解決策があるのか?」
「先生から教えて頂いた飛行機の基本構成から一旦離れる形で検討を進めています。開発名は【八咫烏】にしました。近いうちに原案をお見せできると思います。もしかしたら二人に協力してもらうことになるかもしれません」
「そうか。楽しみにしているぜ」
俺達二人に協力を求めるところが不可解だが、何はともあれ彼等の次回作が楽しみだ。
この後、技術話を少々した後で俺達は食堂棟に帰った。
【深竜】の開発中止を通じて多くの人が技術の積み上げる過程の重要性に気づき、次の歩みを始めている。
この世界の技術の未来は明るい。そう感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達がウィルバー作の新しい翼【ウィルバーウイング】の試運転をしてから八日後。
食堂の昼食の営業が終わり、食堂で後片付けと掃除をしているときにキャスリンがフラッとやってきて、当然のように無茶ぶりをした。
「お忙しい中申し訳ありませんが、ちょっと首都まで来てくださいまし」
「いきなりだな。一体何があった」
「いろいろ事情がありまして、搭乗割は、ウェーバ操縦でプランテとルクランシェを【試作1号機】、貴方とイヨ様は例の翼で後続ですぐに出発しますわよ」
物腰柔らかい口調で、有無を言わせず命令。
ジェット嬢曰く、こういう時のキャスリンに逆らうのは危険とのことなので、俺達は問答無用で指示通りの搭乗割で離陸となった。
一列に並んだ【編隊飛行】。
キャスリン操縦の【試作2号機】が先頭で案内役。
その後にウェーバ操縦、プランテとルクランシェを乗客として乗せた【試作1号機】。
その後ろを、【ウィルバーウイング】を装着した俺とジェット嬢が追いかける。
この中で一番遅いのは俺とジェット嬢なので、先行する二機には速度を抑えるように頼んだ。
それでも飛行機は速い。150km/h程度は出ている。
防寒着はつけたけど生身で飛行機を追いかけて飛び続けるのは結構辛い。
俺は前世で大型バイクに乗っていたが、それで高速道路走った時の感覚に近い。80km/h超えたあたりから風圧が辛くなるあの感覚を思い出した。
宿泊前提だが、男達の荷物は最小限だ。でも、ジェット嬢は大きめのスーツケースサイズの鞄を持っていきたいと言ったので、それは【試作1号機】に積んでもらった。
女性は荷物多くなるのは仕方ないよね。
【編隊飛行】で飛び続けることおよそ一時間半。
首都の城壁都市外側に作られた飛行場に到着。
そこには、大型輸送機【深竜】の完成と運用を想定した長い滑走路と、大型の格納庫。そして、簡易的な貨物ターミナルのような設備が用意されていた。
【深竜】は国策としても期待されていたようだ。
ウェーバが気まずそうにその設備を眺めていた。
次の輸送機。無事完成するといいな。
飛行場で俺達を待っていた使用人の方の案内で、徒歩で首都のヘンリー邸に向かう。
馬車は用意されていたが、ジェット嬢を背負ったビッグマッチョの俺が馬車に入れないので、みんな合わせて歩いてくれた。
そういう友情が心にしみる。
キャスリンは別用があるということで飛行場にて【試作1号機】に乗り換えてどこかへ飛んで行った。
首都のヘンリー邸、まぁ、各地領主が首都に持っている小さな別荘のようなところに案内されて、久しぶりにヘンリー卿と会った。
ヘンリー卿は首都で開かれる議会のために首都に来ていたとのこと。
その議会の内容に関連して緊急で相談したいことがあるので、キャスリンに頼んで俺達を連れてきてもらったそうだ。
首都に集まっている他領の領主も同じような状況らしく、そのためにキャスリンは【試作1号機】で飛んだとか。
会合部屋に集まったのはヘンリー卿、俺、ウェーバ、プランテ、ルクランシェ。この屋敷には会議室のような部屋が無いそうなので、ヘンリー卿の趣味の作業部屋を片付けて、普段作業台として使っている大きめのハイテーブルを囲んで立ったまま会合。
部屋の入口には俺達を案内してくれた使用人の女性。
【ザ・メイド】みたいな感じで立ってる。一人だけ規格外のビッグマッチョな俺が気になるようだが、あんまり気にしないでくれ。
「みんな突然済まない。今日の議会で国王から重大な発表があった。それに関連して、急ぎの仕事を頼みたいので急遽集まってもらったのだ」
ちょっと疲れた表情のヘンリー卿が話を切り出した。
「何があったんですか? 次の輸送機なら開発を始めていますよ」
気まずそうなウェーバの問いにヘンリー卿が応える。
「今回はその件じゃない。エスタンシア帝国から【宣戦布告】を受けたとのことだ」
全員、絶句。
俺、復活。
聞きたいことが多すぎる。
「詳細を教えてくれ。一体何がどうなってそんなことになったんだ」
「エスタンシア帝国側の事情は分からないが、今年いっぱいでヴァルハラ平野を明け渡さないと、開戦するという内容だそうだ」
「それで、国王はどうすると言っているんだ」
この国の政治システムは良く分からないが、意思決定には国王が大きく関与しているはず。この状況を打破する方法を考えていてくれればいいが。
「それで、今回の議会で各地領主に、エスタンシア帝国軍に対抗できるだけの兵器の開発を行うように指示が出た。当然私もそれに従う必要がある。そのために、領内屈指の技術者である君達を急遽連れてきてもらったということだ」
「断固拒否する!」
そんなものを作るために俺は技術者になったんじゃない。
そんなことをするために、俺はこの世界に前世世界の技術を持ちこんだんじゃない。
「だが、今のユグドラシル王国の装備ではエスタンシア帝国軍に対抗できないぞ。それを報告した本人なんだからよく分かっているだろう。我々に負けて滅びろというのか」
分かっている。
それはよーくわかっている。
鉄スクラップ回収時に見つけたエスタンシア帝国軍のものとみられる陸戦兵器。
重機関銃、連射可能な大砲、内燃機関搭載の軍用車両。どれも今のユグドラシル王国には無いものだ。
今のユグドラシル王国の装備は、剣と魔法の世界そのもの。
鎧を着て剣を持ち、盾を構えて白兵戦。
そんな装備で重機関銃で武装した師団の前に出たら千人居たって秒殺だ。こちらにも小口径の単発銃はあるそうだが、重機関銃相手じゃ大して変わらん。だからといってこちらも新兵器開発で対抗したら世界がどうなるかは明らかだ。
「武器の開発はいたちごっこだ。俺の前世世界の歴史はこっちの世界とは違って人間同士の戦争を繰り返しだった。戦争を繰り返すたびに兵器技術は進歩し、その災禍は拡大してきた。俺はこの世界をそんな悲惨な世界にしたくないんだ」
「その世界での進歩した兵器というのはどのようなものがあるのでしょうか。その中に、災禍を拡大させないように、勝利を得るようなものは無いでしょうか」
「プランテよ。災禍を拡大しない兵器なんてものは無かったぞ。エスタンシア帝国軍の残した残骸は、俺の前世世界の機関銃や大砲に近いものだ。陸戦兵器についてはこの世界も同じような進歩をしている。あとは、俺の前世世界では飛行機を兵器として使った。これが最悪の進歩だった」
「飛行機を武器に使うなんて絶対に許容できません!」
ウェーバが怒った。コイツは飛行機好きだ。怒るのは当然だ。
「俺の前世世界では、飛行機を兵器としたことが原因で、戦争を取り返しのつかない形に進化させてしまった」
「飛行機を兵器として使うというだけで、どれほどの変化があるというのだ。参考までに教えてくれないか」
ヘンリー卿が飛行機の兵器としての使いかたに興味を持ったようだ。その危険性は教えておかねばなるまい。
「飛行機は空を飛ぶ。兵士達が戦っている前線の上を飛び越えて、敵国の市街地上空まで到達できる。俺の前世世界の戦争では【戦略爆撃】と言って、敵国の市街地上空に大型飛行機で侵入し、一般人が日常生活をしている都市の上空から【焼夷弾】を投下して街を焼き払うような戦い方が横行した。これで一般市民が十万人以上、戦場でもない自分の住んでいる町で焼き殺された」
全員絶句。
「狂ってます! その世界の人間は狂ってます! どう考えても頭がおかしいとしか思えません! 何を考えてそんなことをするんですか? 意味が分かりません」
青ざめたプランテが机に手をついて応える。汗だくになっているのが分かる。
冷や汗か。そうだろうな。
まぁ、分からないならその意味は教えておく必要があるだろう。
「【戦略爆撃】というだけあって、戦略的には意味がある。兵器も兵士も敵国の都市で生産されて前線に送り出される。だから、前線の向こう側にある都市を焼き払うことで、敵国の兵器製造や兵士の確保を滞らせて戦いを有利に進めることができるようになる。また、都市を焼き払うことで、敵国の戦争継続意思を削いで、降伏を促す意味もある」
「確かに【深竜】ぐらいの飛行機があればそれは可能だ。だけど、それはもはや戦争じゃない。虐殺だ。そんな狂った世界は嫌だ。この世界をそんな狂った世界にしたくない」
ウェーバがつぶやく。俺も同感だ。
「飛行機を一度でも兵器として戦争に投入したら、最終的にはこの【戦略爆撃】に行き着く。この世界でも同じだ」
この世界の飛行機は事実上の永久機関である【魔力電池】を動力源としている。
俺の前世世界の航空機と違って、航続距離の制限が無い。
要素技術の制約で大型機を完成させるのは難しかったが、小型機で良いなら【戦略爆撃】の実運用までそんなに長い時間はかからない。
そして、どちらかが一度でもそれをしてしまったら、【戦略爆撃】の応酬になる。どちらの国にも安心して住める場所は無くなり、街中に【防空壕】を常設し、【空襲警報】に怯えながら暮らす日常になってしまう。
「その【戦略爆撃】で戦争が終わったのか?」
黙って聞いていたヘンリー卿が、何かを考えながら問いかける。
戦争は終わったか。難しい問いだが、俺は前世世界の歴史をそのまま伝えることにした。
「その戦争は最終的には、都市一つを一発で焼き払う【最悪の兵器】の実戦投入で終戦となった。その時にも数万人の一般市民が、自分の住む町で焼き殺された」
「飛行機はすでにある。その【最悪の兵器】を我々の技術で再現して、エスタンシア帝国の首都上空に運んで降伏を迫れば、戦争は終結できるんだな」
ヘンリー卿が、とんでもないことを言い出した。
「何を言っているヘンリー卿。それは最悪の選択だぞ」
「どこが最悪なんだ。その脅しで相手が降伏するなら、前線で一人も兵士が死なずに済む。一般市民も当然無傷だ」
「こちらがそれをしたら、相手も同じことをしてくるぞ。俺達の頭上に【最悪の兵器】が飛んでくるぞ」
「お互いの頭上に敵国側の【最悪の兵器】があれば、実際に使うことはできないだろう。その状態であれば、開戦も抑止できる。私の立場からすると魅力的な解決策だ」
「こんな危険な手段のどこが魅力的なんだ?」
「皆が住んでいる私の領地は国境沿いだ。そして国境線に一番近い街があのヨセフタウンだ。【魔物】との戦いでも最前線だったが、今回もエスタンシア帝国軍の侵攻予測地点になっている。戦いが始まればあの街でまた多くの犠牲者が出る。それを防ぐため開戦を回避したい。そういう意味で【最悪の兵器】による抑止力は私にとって魅力的ということだ」
「街を守るために、世界全体を危険に晒すのか?」
「私は領主として領民を守る責任がある。世界を守るためだとしても、領民の命を差し出す選択肢は無い。それに、その狂った世界は【最悪の兵器】で滅びたのか?」
「滅びそうになったことはあったが、滅びてはいない。ヘンリー卿の言ったことと同じようなことをした時代もあったし、その世界で俺が死んだ頃も、それが抑止力となって大きな戦争を防いでいた部分もある」
「だったら、その【最悪の兵器】の開発が、今回の王命に対する最適解だろう。これを実現できる原理に心当たりがある者はいないか」
今まで黙って聞いていたルクランシェが手を挙げた。
「その【最悪の兵器】の実際の原理は分かりませんが、単純に巨大な爆発力を得られれば良いのであれば、フロギストン感応素材の組み合わせで実現可能性があります」
「ルクランシェ! そんなものを作ろうとして、技術者としての良心は痛まないのか」
「戦争を抑止するためのものです。戦死者が出るのを防ぐためのものです。誰に恥じることもありません」
「この世界の歴史に禍根を残すことになるぞ」
プランテが青ざめた顔で震えながら口を開く。
「フロギストンのエネルギー密度は非常に高いことが分かっています。僅かですがフロギストンを吸蔵出来る材料を発見しているので、それとフロギストンの熱エネルギー変換を誘発できるような材料があれば、その組みあわせで爆発させることは可能です。爆発させることしかできないのでその構成は研究対象から外していましたが、爆発させる必要があるなら使えます」
「プランテまで何を言い出す。世界を滅ぼすつもりか」
ウェーバが怒りながらも口を出す。
「【滅殺破壊魔法】を技術で再現するようなものか。そんな物作りたくないけど、それがあることで飛行機を兵器にしなくて済むなら……」
ヘンリー卿が紙束とペンを持ってきた。
「ならばその新兵器は【滅殺破壊弾】とでも呼ぶか。爆発させれば都市一つ消滅させるだけの威力を持つが、実戦での使用は想定せずに戦争を抑止するための【戦略兵器】として使う。あまり時間は無いが、短期間での開発は可能か?」
各自がそれぞれ紙に図とか文字とかを描き始めた。
俺は失敗した。
兵器の開発を止めるために俺の前世世界の悲惨な戦争の歴史を教えた。
そのつもりだったが、【最悪の兵器】の話をしたのは大失敗だった。
彼等は技術者だ。俺が持ち込んだ技術の欠片を応用して、いろんなものを作り出した技術者だ。
原理的に可能であることを示せば、自分達でそこにたどり着くだけの力がある。
俺の話を通じて【最悪の兵器】が実現可能ということを知ってしまった。
このままでは、この世界の技術で【最悪の兵器】として【滅殺破壊弾】を完成させてしまう。
何としてでも阻止しなくては。
「ヘンリー卿よ。その【滅殺破壊弾】が完成したとして、この世界で本当にそれが抑止力として機能すると思うのか? 今回はいきなり【宣戦布告】を受けている。何の交渉も無くいきなり最後の通知が来ているんだぞ。そんな幼稚な国際関係しかないこの世界で、一歩間違えば世界を滅ぼす【滅殺破壊弾】を抑止力として使いこなせるか?」
「外交関係は王宮が考えることだ。国王から武器開発の指示が出ている。我々領主はそれに従い仕事をして、役割を果たすだけだ」
そして、ヘンリー卿は天井を見上げながらつぶやく。
「それに、この世界の在り方は、この世界で生まれ育った我々に選ばせてくれてもいいじゃないか。たとえ、それが破滅に向かう危険性を持っていたとしても」
「それは一体、どういう意味だ」
「教えてもらった異世界技術を元に、この半年余りでいろんなモノを作ってきた。たしかに、仕事も生活も便利になった。しかし、その基礎になっている【我々の技術】自体は未熟だ。確かにモノはできているが、その基底となる要素研究、要素技術が薄っぺらなままだ。【深竜】の開発中止を通じてそれがより明確になってしまった」
「それは、時間をかけて追いつけばいいだろう」
「【我々の技術】を本当の意味で進化させるためには、ただ、答えを貰っただけじゃない。それに追いつくためだけに研究しただけじゃない。苦しみながら、数多の犠牲を出しながら、その答えにたどり着く過程が必要なのだよ。その狂った世界もそうだったんだろう。悲惨な戦争。狂った殺戮。自ら招いた滅亡の危機。その繰り返しの中で、人々の意識もそれに追いつくように進歩し、技術も進歩してきた。本当の意味での【我々の技術】の進歩のためには、我々の世界にもそのような歴史が必要なのだよ」
「その過程の中で無関係な人が沢山死んでもか。俺達だって死ぬかもしれないんだぞ」
「技術の進歩は世界全体に恩恵をもたらす。無関係な人など居ない。そして、何もしなくても我々は百年後には死んでいる。例え戦争の抑止に失敗したとしても、次の時代に優れた技術を残すために死ねるなら技術者として、研究者として本望だよ」
何を言っているんだヘンリー卿。技術者なら分かっているだろ。
技術は人々の生活を豊かにするためにあるべきだ。人々が幸せに生きるためにあるべきなんだ。
その進歩のために戦争の歴史と市民の犠牲を必要とし、自分の命すらも捧げようというのか。
領民を守る義務があると言いながら、それを犠牲にした技術の未来を望むのか。
本末転倒じゃないか。
それじゃまるで……
【手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間】
そうか。
そういうことか。
彼はもう、俺を超える【クレイジーエンジニア】に進化していたんだ。
「分かった。ならばもう何も言うまい。そもそもこの俺は【異世界人】だ。この世界では【異物】だ。この世界の未来に口出しする権利は無い。この世界の人間で、この世界の未来を選ぶといい。狂った世界からの迷い人として、死ぬまでこの世界を見届けてやる」
ヘンリー卿が陰のある笑みを浮かべて頷く。
ウェーバ、プランテ、ルクランシェもそれに続き、頷く。
全員、異論は無いようだ。
俺はやりきれない。
無理を承知で我儘を言ってみることにした。
「酒が飲みたい。乾杯しよう。この世界の未来の選択を祝って」
ヘンリー卿は意外にも乗ってくれた。
「そうだな。私も飲みたいと思ったところだ。おい、酒をあるだけ持ってきてくれ」
部屋の入口で立っていた【ザ・メイド】の方に指示を出す。
その後、俺達は飲んだ。
飲みながら、【技術を進歩させるための戦争】の実現と【滅殺破壊弾】の開発について熱く語りあった。
世界を滅ぼしかねない危険な博打であることは分かっている。だが、この世界の人間がそれを選ぶなら【異物】の俺にはそれを止める権利は無い。
何のために俺はこの世界に来た?
俺の仕事は? 俺の役割は?
俺は、前世で学んだ技術で何をしてしまった?
一時でもこの葛藤を忘れたい。
そうも思って、俺は飲んだ。
ふと思い出す。
「そういえば、ジェット嬢どこだっけ」
そして、俺達は投獄された。
●次号予告(笑)●
社会の中での人との関りにはルールがある。法律があり、それに反した際に取り締まりを行う警察組織がある。単純な力関係だけでは対人関係は決まらない。
それに対し、国家と国家の間には法律も警察も存在しない。軍事力の力関係によりその関係性が決まる。
目が覚めたらみんなで牢獄だった。
不条理な扱いに対し、領主は主張する。
「我々は王命に従い新しい兵器開発の相談をしていただけだ。投獄されるような理由は無いぞ」
脚の無い女は応える。
「うーん。ヨセフタウンで自警団の手伝いしてた頃。恐喝の現場押さえたとき、奪ったんじゃなくて貰ったんだから無罪だって主張した男がいたけど、あの男どうなったっけ」
対人関係も、案外【力関係】次第なのかもしれない。
そして、国王の元に引き出された男は暴言を吐く。
「お前らバカだろ」
次号:クレイジーエンジニアと謁見




