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19-1 失言の呪いを解いた夜(3.2k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから二年と一日目。久しぶりに【魔王城】でジェット嬢と二人きりで過ごした翌日の昼。

 重い疲労感と共に目覚めた時に、すぐ隣で添い寝していたジェット嬢が放った一言で俺は魂の危機を迎えていた。


「初体験だったわ」


 足腰立たないぐらいの疲労感と共に目覚めた俺のすぐ隣に、やたらつやつやした顔で転がって、【初体験だったわ】だと?


 一体ナニをした!?

 ありえねぇ。


 俺は前世で既婚で子持ちの40代のオッサンだった。【経験】が無いわけじゃない。

 だが、自発的な交際歴は皆無で、普通よりちょっと遅めにお見合い結婚して、婚歴アリの妻が最初で最後。

 子供をすぐに授かり、その後は育児に明け暮れた俺の【経験値】は【滅殺案件@俺様】だ。


 そんな俺に対して、寝てる間にナニをした?

 いや、分かる。

 ナニをしたのかはもう分かる。

 そもそも寝てる間に出来る物なのかは分からんが。



 隣で転がるジェット嬢の顔に慈愛に満ちた笑顔が浮かぶ。


 本能的に危険を感じて思考が超高速化し、周囲の動きがスローモーションになる。

 今の俺なら飛来ひらいする銃弾じゅうだんすら視認できる。


 【った】のか。

 俺は【われた】のか。

 コイツが【う】と言ったら、実際に俺の骨や肉をったりすると思っていたが、なんでここだけ【正しい男のい方】が出てくるんだ。

 い方としては正しいが、表現が間違ってるぞ。


 俺が黒焦げになる【結婚式】をやった時以来、こういう展開はひそかに懸案事項だったが、コイツがそういうことはしないだろうと俺は安心していた。

 だが、いきなりその安心をぶち壊してくれた。

 裏切りだ。これは裏切りだ。



 隣で転がるジェット嬢は慈愛に満ちた笑顔で俺を見ている。


 いや待て。

 【結婚式】をやった後にコレを裏切りと言ってしまったらそれは俺の方が間違っている。

 コイツが【結婚】の意味を何処どこまで理解しているか、どういう風に理解しているかは分からないが、一般常識的に考えて、【結婚】後に【う】のはそんなに間違ってない。

 しかも、寝る前にジェット嬢が【獲物を見る目】で俺を見た時に、俺は【うのはいいけど】と答えたじゃないか。

 ここでジェット嬢の行動を否定してしまったなら、裏切りは俺の方だ。

 【結婚】しながらも、【実はむすめみたいなものと思ってました】とか今このタイミングで口に出したら、【機銃掃射】や【黒焦げ】じゃ済まない。


 かじられる。

 あの【地獄ヘル激痛牙デスペインファング】でしこたまかじられる。

 【歯並び】も人間離れしてそうだけど、あの【痛み】は多分【闇魔法】か何かだろ。

 この流れでドコをかじられるかなんて考えたくもない。


 なまじ【回復魔法】で治療ができる分、最大限の激痛と共に情け容赦なく執拗しつように、それこそ、【本体ほんたい】にかろうじて繋がった状態で【原型げんけい】が無くなるぐらいまでじっくりと咀嚼そしゃくされるに違いない。

 恐ろしい。

 【失言】の報復はいつも過酷だ。



 隣で転がるジェット嬢の顔に、何かを伝えようという意思が浮かぶ。


 同時に、俺の脳裏に【失言】の意味が浮かび、【たましいの危機】を感じる。


 【こころ】は【言葉ことば】により作られ【言葉ことば】により動く物。

 【たましい】とは、【言葉ことば】により流れる【こころ】の循環であり、連なる【言葉ことば】の力により遷移せんいする状態のたばそのもの。

 【たましい】と【こころ】は【言葉ことば】によりかたどられ、【言葉ことば】により滅びる。


 今この瞬間、俺の【こころ】と【たましい】を滅ぼす【言葉ことば】がある。

 その【言葉ことば】が隣で転がるジェット嬢の口から出てしまったら、人生経験豊富で自らの【死】すらも乗り越えた40代オッサンである俺のこの【たましい】は間違いなく滅びる。

 そんな【言葉ことば】が存在する。


【物足りない】


 実年齢【むすめ】相当の女に【初体験だったわ】とあっさり【われ】て足腰立たなくされた後で、その【言葉ことば】を浴びせられてしまったら、前世でも現世でも【男】として生きた俺の【たましい】は滅びる。



 隣で転がるジェット嬢の口が開こうとするのが見える。


 ナニを言うつもりだ。

 俺を滅ぼす【言葉】か。

 やめてくれ。それだけは。

 立てなくなる。再起不能だ。【不能ふのう】だ。

 オマエを背負うこともできなってしまう。


 俺は【失言】の意味を理解していなかった。

 【失言】は、単に相手の機嫌を損ねる不適切で無思慮な発言に過ぎないと思っていた。

 その本当の危険性を全く理解できていなかった。

 【失言】の危険性を分かったつもりで居ながらも、それを言われたぐらいで落ち込んだりへこんだりする方がなんかもろいと心のどこかで思っていた。


 【太った】と言われたぐらいで泣き崩れて寝込む前世の妻を、ちょっとオカシイと思っていた。

 【太い】と言われたぐらいで【摂食障害】に陥る年頃の女子を、心のどこかで小馬鹿にしていた。

 【でかい】と言われたぐらいで逆上するジェット嬢を、単純で短気だと思っていた。


 だが今なら分かる。

 【失言】はそんな次元の【言葉ことば】じゃない。

 あれは【たましいを滅ぼす言葉ことば】だ。

 【言葉ことば】によりかたどられた【こころ】と【たましい】を内側から破壊する【禁断の言葉ことば】だ。


 今まで俺がそれを知らずに生きて来られたのは、俺が強かったというわけじゃない。

 【たましいの危機】に瀕する機会が無かっただけだ。

 単に運がよかった。恵まれていただけだ。



 隣で転がるジェット嬢の口がさらに開く。


 断罪だんざいか。

 かつて、前世の妻やジェット嬢に【失言】を浴びせて【たましい】を深く傷つけてしまった俺が、【失言】に反省しつつも、その本当の意味に今まで考えがいたらなかった俺の【たましい】が断罪だんざいされる時が来たのか。

 俺の【たましい】を滅ぼす一言を浴びる時が来てしまったのか。

 いや、コイツの場合に限り、もっとひどい【言葉ことば】が出る可能性もある。


【物足りなかったから強化改造しますた】


 やりかねんのだ。コイツは。

 出会った直後に俺の顔をしこたま殴って人相変えたし、【結婚式】で俺を黒焦げにした時に、俺の治療のついでに自分の足腰を【強化改造】しただろう。

 抱き上げた時に大腿部の筋肉が増えていたし、あれ以来【カッコ悪い飛び方】の安定性が増していたから間違いない。

 【物足りない】と思ったら他人であれ自分であれ躊躇ちゅうちょなく【強化改造】するんだコイツは。

 滅びる。

 今そんな【言葉ことば】を浴びせられたら、俺の【たましい】は滅びる。

 改造されるのは別段かまわない。

 そもそも今の身体も元は俺のじゃない。

 だが、そんな事実は関係ない。

 浴びせられる言葉が問題だ。


 【こころ】と【たましい】は【言葉ことば】で滅びる。


 時間的には一瞬だったが、思考の超高速化が限界を迎える。

 【たましいの危機】を迎えたとしても、人間の集中力はそんなに長くは続かない。

 永遠ともとれる一瞬が終わり、俺は断罪の時を迎える。



「アンタは本当に【高性能】ねぇ」


 なんだと。

 どういうことだ。俺は寝ていたが、寝ている間にも俺はがんばったのか。

 ナニをドウ頑張ったのか分からないが、ジェット嬢が【高性能】というぐらいに、【高性能】は【高性能】を発揮したのか。


「私は、満たされたわ」


 成し遂げた。


 俺は、前世でも、現世でも【男】として生きた俺は、女を満たすという【男の命】の本来の役割を成し遂げた。


 苦労の多かった人生。

 その中で磨いた俺の【たましい】に、ジェット嬢から受けた言葉が【愛】を灯した。


 俺の【たましい】が輝く。

 長年俺をしばっていた【失言の呪い】が解けたのを感じる。

 これが、俺が前世より求め続けていた【かがやたましいの力】。


 俺は、死と転生を経て、ついに【男】として到達できる頂点に到達した。

 疲労感と倦怠感に支配されていた身体に力がみなぎる。


 今なら、俺は、【成層圏】まで到達できる。

 

「アンタが【高性能】すぎて動けなくなっちゃったから、筆記用具を取って頂戴」

「了解だ」


 居室にある机から、仰向けでも筆記が出来るように画板と紙とペンと色鉛筆などを一通り集めてジェット嬢の枕元に置いた。

 足腰立たなくなっていたのはジェット嬢の方らしい。

 脚が無いから立てないのはいつものことだが、今は座ることもできないようだ。


 俺が寝ている間にナニが起きたのか。

 それはもう気にしないことにした。


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