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幕間 退役聖女の職歴(7.0k)

 【金色こんじきの滅殺破壊魔神】などという物騒な異名を取る私だけど、この異名は職業ではない。職業は本業と副業が別にあるのだ。


 私は十二歳の時にスミスとメアリに孤児院から引き取られた。

 そして、その時から多目的施設サロンフランクフルトにて、町外れの宿屋のウェイトレスとして働いている。

 だから私の本業はウェイトレス。

 一時期休職していたけど今は復職している。


 十三歳の時に、あるアホ共が起こした事件に巻き込まれたことがきっかけで【金色こんじきの滅殺破壊魔神】などと呼ばれるようになってしまった。

 そのときに魔法という職能を手に入れた。

 私の魔法は何をやっても大火力になってしまうという欠点があったものの、本業や副業でこれは大いに役立った。


 本業では、大火力な【回復魔法】が役立った。

 サロンフランクフルトは城壁都市の外側にあるので来店時に【魔物】に襲われることもしばしばあった。ウェイトレスとして、来店時に怪我をしたお客様を食事前に【回復魔法】で治療したのだ。

 軽症者は食堂で治療してそのまま食事。重傷者は医務室でメアリと一緒に治療してしばらく休んでから食事。本業のサービスとしてこれは好評だった。

 傭兵や自警団のお客様が増えて、遠方からの宿泊客や団体客も増えた。

 【看板娘】だ。


 副業として、メイド服着用のウェイトレスの格好で西方農園の農作業の護衛もした。

 この仕事では、大火力な火魔法が役立った。

 これは楽だった。農園の外側なら大火力になってしまっても問題ない。農園に近づく【魔物】を遠慮なく焼き払えば良いだけだ。

 でも一度、麦畑に侵入した【魔物】を焼き払うときに、麦畑一区画ごと焼き払ってしまったことがあった。

 炭化した麦と溶岩のようになってしまった土を見てオリバーが泣き崩れていた。

 悪いことをしてしまったと思ったので、後で水魔法と土魔法で耕しておいた。


 それ以来、農園の護衛時には私に護衛が一人つくことになった。

 この役割としては、フォードが来ることが多かった。


 別の副業として、自警団の手伝い。メイド服着用のウェイトレスの格好で一人で街中を巡回。

 この仕事では、火、風、水属性の魔法と、【回復魔法】が役立った。

 街中で悪事を働いている人間を懲らしめればいいと言われていたので、街中の裏路地に入りこんでは、暴行や恐喝をしている現場を見つけ次第、その場で殴ったり焼いたり薙ぎ払ったり吹き飛ばしたりした。

 しっかりと懲らしめた後で、怪我が残らないように【回復魔法】で治療した。懲らしめた相手が再犯しているのを見たことは無いので、この方法は良かったと思う。


 だけど、街中で魔法を使うときには大火力になってはいけない。これが大変だった。

 一度、薙ぎ払う手加減を誤って現場近くの空き家を五件ほど粉砕してしまった。

 瓦礫がれきになってしまった入居前の新築住宅を見て、施主さんが泣き崩れていた。

 悪いことをしてしまったと思ったので、後で基礎だけ土魔法で作り直しておいた。


 それ以来、私の巡回には自警団の護衛が付くようになった。

 ついでにフォードが来てくれることも多かった。


 このときフォードから、【土下座して泣いて謝る相手を殴ったり焼いたり薙ぎ払ったり吹き飛ばしたりしてはいけない】と教わった。

 それはなるべく守るようにした。


 この副業では怖い思いをしたこともあった。

 でも、【一発芸】を編み出したりしながら仕事として頑張った。


 また、街中で起こした【不祥事】はメアリに報告するように義務付けられた。

 私は【不祥事】を起こしているつもりは無かったけれど、殴ったり焼いたり薙ぎ払ったり吹き飛ばしたりしたときは必ず報告するようにした。


 十四歳の時の四月、ヨセフタウン北部にあるリバーサイドシティ跡地にて【魔物】が大量発生する現象【スタンビート】が発生。

 ヨセフタウン自警団と応援に駆け付けた王宮騎士団による緊急合同討伐作戦に呼ばれた。

 臨時の副業として、メイド服着用のウェイトレスの格好で参加した。


 ヨセフタウンからリバーサイトシティ跡地までは、馬車で半日ほどの距離。討伐隊はその中間点ぐらいで【魔物】の群れと遭遇。

 最初は剣と盾で武装した騎士団と自警団の後ろから攻撃魔法で援護していたが、【魔物】の数が多すぎて、負傷者、脱落者が続出。

 【回復魔法】での治療も追いつかなくなり、陣形を維持できなくなって撤退命令が出た。


 撤退時には【魔物】の追撃を阻止する役割が必要になる。

 殿しんがりというやつだ。


 あろうことか、王宮騎士団は私一人にその役を任せた。


 戦況の悪い最前線にウェイトレス姿の女の子一人残して撤退ですかそうですか。

 騎士道精神も地に落ちたものだな。

 そう思った。


 しかし、負傷者の中には重傷者も多く、戦闘可能な人数も殆ど残っていない状況を考えると、彼等に文句は言えなかった。

 指示通り、討伐隊の撤退援護てったいえんごのため、魔法を駆使して一人で【魔物】の進行を食い止め続けた。


 ふと後ろを見ると、本当に全員撤退。

 指示通り、予定通りだけど、誰一人残さず撤退。

 誰もいない。もう姿も見えない。


 もう誰も見ていないと思うと、頑張って【魔物】の進行を食い止めているフリをするのが馬鹿らしくなった。

 人前でデタラメなことをすると女の子扱いしてもらえなくなる恐れがあったので、人に見られているときはいろいろ自重してた。

 でも、誰も見ていないなら問題ない。


 やりきれない気持ちを【魔物】にぶつけて、目の前に居る【魔物】を得意の大火力魔法で一掃した。


 指示された役割は撤退の援護。

 その撤退は完了している。


 だからここで帰ってもよかったのだが、ここで帰ってしまうと【魔物】は再び追いかけてくる。街まで【魔物】が押し寄せても、派遣された王宮騎士団や自警団には戦力が残っていない。

 そうなると、私が一人で街の前で【魔物】を食い止めることになる。


 街の近くで、人が見ている前で、大火力魔法で【魔物】の群れを一掃するのは嫌だ。

 女の子扱いしてもらえなくなる。

 そう思った。


 手持ちの食料も多少ある。どうせ一人で【魔物】と戦うんだから今片づけてしまおう。

 そう思った。


 際限なく出てくる【魔物】の群れを討ち漏らさないように気を付けながら、焼き払い切り刻み薙ぎ払い吹き飛ばし叩き潰し、発生源と思われるリバーサイドシティ跡地まで一人で進撃した。


 リバーサイドシティはかつてはユグドラシル王国の首都を超える大都市だったという。それだけにかなり広い。

 その広い都市跡地全体に【魔物】が溢れていた。


 誰も住んでいない。建物も廃墟しかない。誰もいない。誰も見ていない。

 廃墟ならいくら壊してもメアリにお尻を叩かれずに済む。

 【滅殺破壊魔法】だけ使わなければいい。

 そう思った。


 そして、その時私は【王宮騎士団風の女の子扱い】のせいで気が立っていた。


 遠慮なく、焼き払い切り刻み薙ぎ払い吹き飛ばし叩き潰した。

 不眠不休で二日ほど暴れた頃には【魔物】はすっかりいなくなり、廃墟の町だったリバーサイドシティ跡地は瓦礫がれきの町になっていた。


 ボロボロになったウェイトレス姿で歩いて街に帰ったら、ヨセフタウンは疎開作戦が最終段階になっており、街から人が消えていた。


 防衛線を張っていた騎士団に【魔物】は片づけたことを告げると、皆に感謝された。

 これが、後に【77年ユグドラシル東部スタンビート事件】と呼ばれる出来事だった。


 王宮から勲章をもらった。

 嬉しくなかった。


 【魔物】が大量発生するたびにこんな扱いをされたのではたまらない。

 次回以降は騎士団や自警団に守ってほしい。

 そう考えて、今回こうなった原因を考えた。


 よく考えた末、自警団や騎士団が戦列を維持できなかった原因は、使っていた盾が悪かったからという結論に行きついた。

 疎開作戦からの復旧が落ち着いたころ、ヨセフタウンの防具屋に行って相談した。


 そんなはずはないと笑われた。


 理解してもらうために、騎士団や自警団等のお客さんが大勢いるその場で、店にある盾を全部拳で叩き割ってやった。

 防具屋の店主は泣き崩れていたが、盾がだめだったことは理解してくれた。


 こぶしは万能だ。

 説得にも使える。


 その後、自警団の手伝いで街を巡回しているときに、鍛冶屋や防具屋の主人に呼び止められることが増えた。新しい盾を作ったので使えそうか確認してほしいとのことだった。

 確認と言っても、たくさんある盾の試作品を拳で粉砕していくだけ。場所は防具屋だったり、鍛冶屋の工場だったり。回を重ねるごとに一回で出てくる盾の数も増えて、見物人も増えてきた。


 見世物みせもの扱いが嫌になってきたのでそれを告げると、お菓子をくれた。

 女の子の扱いとして適切だと感じたので、よしとした。


 彼等は私が拳で粉砕した盾の破断面に興味があるようだった。

 一度、割った盾をなんとなく手に取ってつなぎ合わせてみようとしたら、ものすごい勢いで止められた。破断面の確認をする際にはそれはやってはだめらしい。


 よくわからなかったけど、気を付けることにした。


 その後は、町はずれの宿屋のウェイトレス、自警団の手伝い、謎の盾割り、農作業時の農園の護衛。

 特に【不祥事】を起こすことなく過ごした。

 事件らしい事件は起きなかったのだ。


 西方農園の運営が安定してきたこともあり、街の治安は改善されヨセフタウンは住みやすい街になっていった。


 十五歳の十一月。王宮からスカウトされた。

 【聖女】として。

 【聖女】が何かはよくわからなかったが、その女の子扱いらしい響きに内心喜びつつ、スカウトを受けて故郷を離れて王宮に旅立った。

 【転職】だ。


 王宮到着後は、王宮周辺の食堂や病院や学校でいろいろな手伝いをしながら【聖女】の仕事内容が決まるのを待った。


 女の子にしては大柄な体と万能な拳と滅殺破壊めっさつはかいな魔力を持ち、地元では【金色こんじきの滅殺破壊魔神】などと呼ばれて、ある種のバケモノ扱いをされてはいたが、中身は思春期の女の子であった。

 人並みの女の子扱いを望んでいたし、お姫様願望みたいなものもあった。

 王宮からのスカウトとこの転職に、そんな願望を叶えてくれるような夢をみた。


 でも、そんな夢は完膚なきまでに打ち砕かれた。


 【転職】した翌年。十六歳の一月。

 ユグドラシル王国とエスタンシア帝国合同での【魔王討伐計画】が、三年越しの長期計画として立案された。


 討伐本隊の主戦力は大火力魔法が使える私。

 それが前提の全体作戦。


 バケモノ扱い通り越して【最終兵器】扱いですかそうですか。

 【聖女】ではなく【聖女(最終兵器)】としてスカウトしましたかそうですか。


 国家ぐるみのあんまりな扱いに、作戦概要が発表された会議室で、国王含む国の重鎮が揃う中。


 キレた。


【思春期の女の子を最終兵器に改造するのがロマンと言うなら、そんな大人は拳で修正してやる】


 王宮内で大火力魔法を使うのはさすがに自重したけど、止めようとする王宮騎士団数十人を殴り飛ばし、作戦立案と実行責任者であるやたら大柄な男の腹に全力で拳を撃ちこんでやった。


 私の拳で床に沈まなかったのは彼が最初で最後だった。


 これが、のちに私の婚約者となるユグドラシル王国第一王子ユーリ・ジル・ユグドラシルとの出会いだった。


………………

…………

……


 何故、今こんなことを思い出しているかというと、メアリの質問に答えるためだ。

 現在医務室改め取調室にてベッドに座る私。その正面に椅子に座っているメアリ。


 メアリの質問は続く。

「鍛冶屋や防具屋で度々器物破壊事件を起こしていたそうね。報告を受けてないわよ」


 街で起こした【不祥事】は報告するよう義務付けられていた。しかし、私は謎の盾割りの件について報告していなかったのだ。


「えーと、あれは【不祥事】には含まれないかと、思いまして」

 実際そう思っていたので、そう答える。


「じゃぁ、何だと思ってたの?」

「日常です」


「鉄製の盾を何十枚も拳で粉砕するのが女の子の日常ですか! 貴女あなた一体何を目指していたの!」

「ちょっと非日常だったかもしれません。でも【不祥事】ではないかと……」


「それが【不祥事】ではないと誰が決めるの? 自分で勝手に決めていいと思っていたの?」

「【連絡】して【相談】すべきだったかもしれません。ハイ」


「あの頃は街に出かけても事件を起こすことは無くなったと安心していたのに。まさかこんなことになっていたなんて……」


 メアリが悲しそうにうつむく。メアリは私の母親代わり。私が町で【不祥事】を起こすたびにその後始末に奔走してくれていたのだ。

 なんかこう本当に申し訳ない気分になってきた。


 そもそも古い話だ。知られることもなければ、こんなに悲しませることもなかったかと思うと、気になることが出てきたので聞いてみる。


「ちなみに、ちなみにですが、その古い話はどこからの情報なのでしょうか」

「フォードが別の目的でまとめた資料を貰ったのよ」

 メアリが渡してきた分厚い資料の表紙を見る。


金色こんじきの滅殺破壊魔神 恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0076~’0078(被害者名簿付)】


「フォードの奴!」

 思わずベッドから立ち上がろうとするが、当然立てない。

 立てないどころかベッドから落ちそうになる。

 脚の無い今の私の身体は座る姿勢が不安定だ。特にクッションの上などでは簡単にバランスを崩して倒れてしまう。

 ベッドから落ちそうになった私の身体をメアリが抱きとめて、膝の上にうつ伏せに乗せる。

 あ、これは、お尻が痛くなる姿勢だ。

 私は自分の運命を悟り、心の中で時の涙を見た。


「フォードがどうしたのかしら。他にも報告を受けていない事項がいくらかあったようだけど」

「ごめんなさい。その時に【連絡】と【相談】をすべきでした。私が間違ってました。ごめんなさい」


「適切な【報告】【連絡】【相談】、社会生活の中でとても重要なことよ。特に貴女あなたは物事の判断基準がズレているところがあるから、特に意識して【連絡】しなさい」

「はい。気を付けます。これでも多少ズレてる自覚はあるんです! 気を付けます!」


「どこがズレているのか、貴女あなたが自覚しているところを教えて頂戴」


「おかしいのは盾じゃなくて剣ですよね! 普通なら剣がおかしいって考えますよね!」

 ずっと気になっていたことを正直に答えた。


「…………」


 スパァァァァァァァァン

「ギニャァァァァァァァァァァァァ!」


 医務室改め極刑執行室に景気の良い打撃音と悲鳴が響く。


 【金色こんじきの滅殺破壊魔神】と【謎の盾割り】について私にだって言いたいことはある。


 【謎の盾割り】を繰り返す中で、私も気付いていた。

 私が砕いた盾は全部鉄の盾だけど、拳を撃ちこんだ時の感触は全部違っていたのだ。


 衝撃を吸収して分散しようとする盾、受けた衝撃を跳ね返そうとする盾、衝撃で全体がバラバラに粉砕される盾。

 序盤では盾としては全然ダメなものも多かったが、回を重ねるごとに盾は確実に盾として強くなっていった。

 私も最初は手加減していたが、終盤では毎回全力で拳を撃ちこんでいた。

 そして、【聖女】として王宮にスカウトされる前の最後の盾割りで割った盾。


 【ヨセフ1815】と書かれたあの盾。


 全力の拳一撃で砕くことはできた。

 でも、あの盾はそれまで割った盾の中で一番強かった。

 私の全力の拳でも割れない可能性を秘めた一枚だった。


 その後、【聖女(最終兵器)】として王宮騎士団と【魔物】討伐していた頃、ヨセフタウン製の盾は騎士達の間で取り合いになるほど人気だった。


 あの【謎の盾割り】を通してヨセフタウンの鍛冶屋が編み出した様々な鉄を作り出す不思議な技術。

 これはヘンリー卿やフォード達がこの数カ月で作った様々な機械を内側から支えているんじゃないだろうか。

 だとしたら、【金色こんじきの滅殺破壊魔神】は【謎の盾割り】を通じて街や国のお役に立ちましたよ。


 だけど、それは今は関係ない。


 適切な【報告】【連絡】【相談】をおこたったことで叱られているのだ。

 ただひたすらに、お尻の痛みに耐えながら謝るのみだ。


 明日の夕方にフォードの会社の決算説明がある。

 彼にも適切に【報告】をしてもらおう。それが適切でなかったら相応の報いを与えよう。そうしよう。

 そして、【あの資料】について言っておくべきことがある。


 こうして、医務室の長く痛い夜は更けていった。

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