第15話 クレイジーエンジニアと歪みの兆候(16.0k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百十四日目。ウィルバーが【製造業の悟り】を開いてから四日後。のはず。
ジェット嬢が腰痛の治療のため俺を含めた波動生成で【回復魔法】を使用。俺は再び【波動酔い】で失神したんだっけ。
何処からともなく声が聞こえた気がする。
だんだんと視界が明るくなっていくような感覚。
『ニャギャァァァァァァァァ!』 「うおっ!」バサッ
とんでもない悲鳴が聞こえて思わず飛び起きる。
俺が寝かされてたのは、失神前と同じ医務室のベッドだ。
声のした方を見ると、椅子に座るメアリの膝の上にキャスリンがうつ伏せで乗せられてぐったりしている。
そして、それを見守る男二人。イェーガ王子とウィルバーだ。
さっきの悲鳴はキャスリンか。
まだ頭がぼーっとしていて、うまく思考がまとまらない。
いいツッコミが思い浮かばないので、とりあえずベッドに座って成り行きを見守る。
足がしびれているのでしばらく立てなさそうだ。
「次に伺いたい件ですが、【試作2号機】の事故調査を通じて設計や点検要領に多くの改善点が見つかりました。でも、不可解なことに、機体各所に繰り返し耐荷重を超える負荷がかかった痕跡がありました。墜落事故とは直接の関連はありませんが、検証が必要です。何か心当たりはないでしょうか」
「どうしてもやってみたくなったので、宙返りができないか試してみましたの」
見下ろすウィルバーの問いかけに、メアリの膝の上でキャスリンはしれっと応える。
それを聞いたウィルバーは顔をひきつらせ、こめかみにビキビキッというような感じで青い血管を浮き上がらせる。
かなりお怒りのようだ。
「機体引き渡し時に僕説明しましたよねぇ。重いあの機体じゃ宙返りは無理だって。それができるぐらい加速すると限界速度を超えるし、引き起こし時に耐荷重を超えるから、機体強度の限界を超えて空中分解するって。僕、ちゃんと説明しましたよねぇ」
「あと少しで出来そうでしたの! 心を燃やして、限界を超える覚悟さえあれば、耐荷重は超えてからが勝負ですの!」
「そういう無茶をしたいなら事前に設計者に相談しなさい。あと、場所は選びなさい。そして、怪我をしたならちゃんと報告しなさい。メアリ様。神経が燃えて痛みが限界を超えるような一発を耐荷重いっぱいでお願いします」
ウィルバーとキャスリンのやり取りを聞いていたイェーガ王子が呆れた様子で非情な一言。
それを聞いたメアリが手を振り上げる。
「お許しを! どうかお許しを! ご存じですか? 限界は超えてはいけないから限界というのですよ!」
スパーーーーーーーーーーーン
『ニャギャァァァァァァァァァァァァ!』
脳の内側からも響くような大音響の悲鳴が聞こえる。
メアリは楽しそうだ。
「この娘もいい声で鳴くわぁ……」
怖い。
妃殿下に尻叩き。いいのかな。
でも、夫のイェーガ王子の指示だからいいのか。
【正妻への制裁】の指示を出しているイェーガ王子は見覚えのあるオーラを出している。
あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。
【農家出身で刈払機やチェンソーやコンバインも自在に操りムカデやスズメバチも平気で駆除する頼もしいけど可愛げの乏しい妻が、台所で突如現れたゴキブリを見て悲鳴を上げているところを見てつい可愛いと思ってしまった時】
のオーラだ。
イェーガ王子よ。その右手に持っている紙束は【断罪リスト】か? この機会に今までの暴挙を裁こうとしているのか?
夫婦間の話だから介入はしないけど、ほどほどにしておかないと【DV】になるぞ。
そしてウィルバーよ。製品の正しい安全な使い方を顧客に伝えるのも製造業の仕事だ。
危険な使い方を改めない顧客に対しては、時には強く出ることも必要だ。
良く分かっているじゃないか。
足のしびれが取れてきた俺は、キープディスタンスの心でそーっと医務室を抜け出した。
医務室を出て、はじめて時間が夜だということに気づいた。
どれだけの間寝ていたか気になる。機械室で寝直す前に何か食べたい。とりあえず食堂だ。
食堂に行くとジェット嬢が車いす搭乗でテーブル席で縫物をしていた。
俺を見つけると、素早く裁縫セットと縫物をメイド服の中に仕舞って車いすで俺に向かってきた。
その服、収納スペースあるのか。
「目が覚めたのね。散歩行きたいの。散歩行きましょ!」
近寄って来るなり、散歩のおねだり。犬か?
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァ!』
どこからともなくキャスリンの悲鳴が聞こえる。
いや、医務室に居ることは分かっているんだが、音というよりも、なんかこう脳内に響くような感じで聞こえるのは何なんだろう。
ジェット嬢が車いすの上で怯えて耳をふさいでいる。
ジェット嬢にも聞こえているのか。
「俺も散歩に行きたくなったが、その前に何か食べたい。あと、俺は今回はどれだけ寝てたんだ?」
「今回は一日よ。腰痛の治療をしたのが昨日の朝。調理場で軽食作って持ってくるわ。外で食べましょ」
「できればコーヒーも欲しい」
「淹れてくるわ」
バスケットに軽食を詰めて、ジェット嬢を背中に張り付けて食堂棟から出て夜の散歩に出発。
両脚の無いジェット嬢は脚代わりの俺が居ないと行動範囲が制限される。
食堂棟内ならバリアフリー構造により、生活での必要最小限の動きはできるが不便だろう。
そして、食堂棟から出ることはできないから退屈だろう。
そんな状態が三日続いていたんだから、俺を見るなりすごい勢いで散歩をおねだりするのも分かる気がする。
背中合わせで二人で軽食をつまみながら食堂棟北の広場のあたりを夜の散歩。広場の脇に見える【西方運搬機械株式会社】の工場の事務所には明かりがついている。残業かな。
ゆっくりとした時間。背中に張り付くジェット嬢に気になったことを聞いてみる。
「【回復魔法】が使えなかったってことは、脚を切断した時はどうやって処置したんだ?」
「あの時は火魔法で傷口を焼いて止血したわ」
ゾッ
「痛かっただろう」
「痛かったけど、生きるためには仕方なかったし。戦場ではこのやり方は珍しくないわよ」
俺の【失言】のせいでこんな酷い目に遭っていたとは。
俺は、言葉遣いの大切さを改めて思い知った。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
キャスリンの悲鳴が未だに聞こえる。
ジェット嬢が震えているのが分かる。
気になることが増えたので、ジェット嬢に聞いてみる。
「この悲鳴は一体何なんだ。闇魔法か何かか?」
「闇魔法の一種ね。キャスリンに闇魔法適性があるのは知らなかったわ」
「そもそも闇魔法って何なんだ?」
「人の感覚や心に影響を与える魔法全般を【闇魔法】って分類してるわ。使える人は多いみたいだけど、魔法の性質からして適性があっても秘密にすることも多いの。だから、闇魔法適性があるかどうか人に尋ねるのは失礼にあたるわ。アンタ気を付けなさいよ」
「それは危なかったな。メアリに聞きたいと思ってたところだ」
「本当に危ないわね! 無茶苦茶怒るわよ! 一日歩けなくなるわよ!!」
危ないところだった。本当に危ないところだった。
ナイスだジェット嬢。
キャスリンについても気になることが出てくる。
「瀕死の重傷から生還すると、魔力が強くなるとかあるのか?」
「確実ではないけど、そういう場合もあるとは言われてるわ」
「じゃぁキャスリンもそれで魔力が強くなって、闇魔法に覚醒したとかかな」
「そうかもしれないけど、本人に言っちゃだめよ。闇魔法についてはすごく失礼なことだから」
「元は風魔法が得意だったっけ。そっちも強くなったのかな」
「その可能性はあるわね。風魔法についてはそれほど失礼に当たる物でもないし、魔力が変わっているなら自覚はあるはずだから聞いてみてもいいかもしれない。でもなんでそんなことが気になるの?」
「いや、キャスリンの魔力が強くなったら、イェーガ王子の苦労がまた増えるんじゃないかと思ってな」
「……あり得るわね…………」
夜風にあたりながらとりとめのない話をする。
そんな時間も楽しいものだ。
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
まだ断罪やってるのか。
ジェット嬢が背中で震えてる。
イェーガ第二王子とその妻キャスリン。
悪い人達ではないけど、二人揃っていろんな意味で残念過ぎる。もしも彼等が王位を継承したら国の行く末が不安だ。
会ったことのない第一王子とその伴侶がマトモであることを切に願う。
俺が西向きに立ち、二人で北の空を見る。
ユグドラシル王国側ではここより北に町は無い。広大なヴァルハラ平野が広がり、その北には国境線となるヴァルハラ川がある。
その向こうはエスタンシア帝国の領土だ。
「何か聞こえるわ」
「俺には聞こえないが、何が聞こえるんだ?」
「なんかこう、叫び声や、打撃音? みたいな?」
「悲鳴ならさっきから大音量で脳に響いているが、それとは別にか?」
「別だと思うんだけど、空耳かしら」
「エスタンシア帝国側で祭りでもしてるのかな」
「だといいわね」
『ニャギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
そろそろ勘弁してあげて。
キャスリンも反省してると思うよ。
その後、裏山周辺まで散歩して、悲鳴が止まったあたりで俺達は食堂棟に帰った。
キャスリンは医務室のベッドにうつ伏せで転がされて泣いていた。
その様子を満足げに見下ろしていたイェーガ王子によると、キャスリンは【航空機危険操縦】の罪で一カ月の飛行禁止処分とのこと。
つまり、【免停】だ。
◇
俺がジェット嬢の腰痛治療による【波動酔い】から復活し、ジェット嬢と夜の散歩をして、キャスリンに【免停】処分が下された翌日。
イェーガ王子とキャスリンは午前中にウェーバ操縦の【試作1号機】で首都まで帰った。
いつのまにか首都にも【試作1号機】が離着陸可能な滑走路を整備していたらしい。また、首都だけでなく、いくつかの領地でも滑走路と飛行場の整備を進めているとか。
ジェット嬢は【試作1号機】に乗客として乗って帰るキャスリンに座布団を三枚渡していた。
そして、ウィルバーはフォード社長に相談して【西方運搬機械株式会社】に【品質保証部】を設立。ギロチン台を使って品質管理を始めたとのこと。
また、フォード社長は【勝利終戦号】の捜索と今後のヴァルハラ平野開拓に備えた測量を目的とした【ヴァルハラ平野捜索隊】を結成。【勝利終戦号】開発リーダーのウィリアムと、西方農園のオリバーを代表として活動を開始したそうだ。
サロンフランクフルト周辺で各自がいろんな動きをする中、俺は、食堂棟の掃除をして過ごした。丸三日寝ていたので、建物内の高いところを中心に汚れが溜まっていたのだ。
腰痛が治ったジェット嬢は昼食営業時は車いすのスーパーウェイトレスとして復活し、空いた時間は縫物や読書を等をして楽しそうに過ごしている。
腰痛が治ったので日常生活が快適になったのが嬉しいようだ。
やっぱり楽しい日常のためには健康第一だ。
◇◇◇
イェーガ王子とキャスリンが首都に帰り、【西方運搬機械株式会社】に【品質保証部】が設立されてから三日後の夕方。
今日はフォードが社長を務める【西方運搬機械会社】の決算説明と配当金の支払いの日だ。
この地域の主要作物は小麦で、十月が作付けで翌年六月が収穫。収穫から次の作付けの間の七月~九月はわりと暇になる。
だから、七月で決算を締めて、八月に配当金を支払うことに決めたのだ。
経営陣はフォード社長一人、【株主】はジェット嬢一人なので、食堂棟のテーブルで対面に座り書類を広げながら、こぢんまりとした決算報告を行っている。
俺はいつものポジション。ジェット嬢の左後ろの執事的立ち位置でそれを見守る。
ちなみに、ジェット嬢はなぜか昨日は医務室で寝たようで、起きてから夕方まで俺の背中に張り付いていた。
そしてフォード社長が食堂棟に来てから、しぶしぶ座布団三枚を重ねて敷いた車いすに降りた。
以前にもこんなことがあったような。
「トラクターの製造台数に対して、えらく売り上げが多いけどどういうこと? いまのところトラクターしか作ってないわよね」
報告書を見ながらのジェット嬢の問いにフォードが応える。
「それは、トラクターを保守契約と合わせて販売してるからだよ」
「保守契約って何よ」
「あのトラクターは電動機の部品とか、鉛蓄電池とか、定期交換が必要な部品が多いし、故障して修理が必要になることもあるから、トラクター販売時に一年分の消耗品交換と故障修理と定期点検の代金を頂いておくのさ」
「なかなか斬新な発想ね」
「斬新だったから社内でも反対意見はあったけど、やってみると結構好評だったんだ。どちらにしろ故障したらうちでしか修理できないし、農家にしてみれば先払いしておけば一年間の運用費用が読みやすくなる。それに、定期点検することで故障とかを防いでおけば、ある日突然トラクターが使えずに困るということもない。そして、会社としても売上が安定するメリットがある。だから今ではもう保守契約とのセット販売に一本化してる」
俺の前世の世界での【サブスクビジネス】に相当するものだな。
「使用済みの鉛蓄電池を確実に回収するというのも重要な目的だ。鉛蓄電池は分解して材料を取り出せば安価に作り直せる。でも、有毒な鉛を使っているから、決められた以外の方法で廃棄すると罪に問われるんだ」
俺の前世の世界での【リサイクル】と【環境規制】に相当するものだな。
「トラクターの販売台数が増えて点検でお邪魔する範囲が広範囲になってきたから、点検作業に特化した小規模な工場を点検拠点として近隣領地の穀倉地帯に四か所作った。こうしておけば、農家の人にトラクターを乗ってきてもらって点検もできるし、トラクターが動かなくなったときもそこから部品を持って点検作業員を向かわせることもできる」
俺の前世の世界での【メンテナンス拠点】に相当するものだな。
「トラクターと保守契約以外の物品販売の売り上げも大きいけど、これは何をしたの?」
ジェット嬢が問いかける。俺も文字が読めるならその報告書読みたいよ。
「これは思わぬ副産物さ。オリバーのところでいろんな農機具を製造しているから、それを点検拠点でも売るようにしたらすごく売れた。各地の農業に詳しい人に聞いてみたら、地区や時期によって必要な農機具が変わってくるらしい。それに合わせて修理拠点に農機具を在庫して販売するようにしたら、点検でトラクター乗ってきたお客様が点検帰りに農機具を買って帰るパターンが定着して売り上げが上がったんだ」
俺の前世の世界での【ついで買い商法】に相当するものだな。
「この、農場販売ってのは何? 農場も売ってるの?」
ジェット嬢がまた聞く。読みたい。俺もその報告書読みたい。
「魔王討伐成功で【魔物】が出なくなったおかげで、城壁都市の外側を開拓するのがブームなんだ。いろんな人が各地の領主に許可をもらって農場経営を始めようとしている。でも、農業の経験が無い人の参入も多くて、作付けや収穫の時期や、肥料の調合などが分からず困るパターンも多いんだ。基本的に農家って世襲だからな。農家の間でのノウハウのやり取りも少ないし、新規参入者を指導するような人もあんまりいない。そこで、俺達元々農家だし、オリバーはいろんな作物の栽培に詳しいから、農場経営全体の手法の指導と合わせて必要な機材を販売してみた。これが好評で、トラクターや農機具を単体で売るより利益率が高くなったんだ」
俺の前世の世界での【プラットフォーム販売戦略】に相当するものだな。
「そう、それでこんなに売り上げが上がったのね。それで、そこから得た利益で工場建屋増設に投資したり、オリバーのところに出資して会社作ったりしたのね」
俺の前世の世界での【子会社】に相当するものだな。
「そうさ、売り上げを増やしていくには設備投資は必要だからな」
嬉しそうに話すフォードにジェット嬢はなんとなく不満そうに応える。
「儲かったら儲かっただけ設備投資にお金使って、見かけ上の利益を減らしたら配当金も目減りするわよね。これはルールの問題だから仕方ないけど、工場とか設備とかやたら高額なものは数回の決算に分けて計上するとかそういう工夫も必要だと思うわ」
俺の前世の世界での【固定資産】の考え方に相当するものだな。
「なっ。それはそういうルールなんだからいいだろ。約束はちゃんと守ってるぞ」
「そうね。ルールの問題よね。今度ヘンリー卿に相談してみるわ。今はいいけど、長期的にはそのへんのルールは工夫したほうがいいと思う」
俺の前世の世界での【法改正のためのロビー活動】に相当するものだな。
「まぁ、そういうわけで、今回の配当金はこの額になる。問題なければ小切手を発行するよ」
フォードが話をまとめに入る。初めての決算発表。
経営者としてよく頑張ったなフォード。
お前はできる奴だとオッサン信じていたぞ。
「フォード。私の職業覚えてる?」
ジェット嬢があんまり関係なさそうなことを突然言い出した。
「【金色の滅殺破壊魔神】だろ?」
「違うわよ。それは職業じゃないわ」
「じゃぁ王宮所属の【聖女】か?」
「それはもう退役したわ。今はウェイトレスよ。町はずれの宿屋のウェイトレス」
「それと今日の話と何の関係があるんだよ」
「昼食を食べにくる工場の従業員はみんな顔見知りよ。そして、この町で私に嘘を付ける人はいないわ。経理部の決算担当者含めてね」
フォードの顔色が一気に悪くなる。お前まさか……。
「やたら利益率の大きい【お仕事】が二件ほど、【報告】に含まれてないけど。報告していただけるかしら。他領の鍛冶屋が絡んでる件と、ヨセフタウン内の学校の教室を借りて行っている件の二件よ」
フォードは冷や汗を流しながら、しどろもどろに追加報告を始める。
「・・・ヨセフタウンで開発された多種多様な鉄合金の製法を、製造量に応じた対価を支払う条件で公開したんだ。得た利益はそれぞれの合金を開発した鍛冶屋と、販売や使用料の徴収を管理しているウチの会社で折半してる」
俺の前世の世界での【ライセンス生産】というやつだな。
「次は?」
「……会社を起業して急成長させた功績を買われて、俺の話が聞きたいという人がたくさん出てきたから、ヨセフタウン内の学校の教室を借りて起業教室みたいなことをしてみたんだ。講義終了後に個別相談も受け付けると言ったら、ユグドラシル王国全土から参加者が来て意外と儲かった。その時、全国から経営者が集まったから、ついでに即席で立食パーティをしてみたらこれも好評で、講義、相談、交流会のセットでイベント企画したら参加希望者がどんどん増えて申し込みがたくさん来てる」
俺の前世の世界での【経営セミナー】というやつだな。
「その講義の資料を写しを貰って読ませてもらったわ。大半は会社経営とかの話で私にはよくわからなかったけど、最初の章で約束を守ることの大切さと信用の大切さを説明しているわね。書いた本人がコレ実践できてる?」
俺その資料読みたい。字読めないけど中身知りたい。
あとで教えて。読み聞かせて。
「利益率の高いこれらの【お仕事】の【報告】が漏れていたのはなぜかしら」
青ざめた顔で冷や汗を流すフォード社長をジェット嬢が鋭い追撃。
「えーと、【西方運搬機械株式会社】の本業から外れることなので、【報告】しなくてもいいかなって思って……」
「活動資金は【西方運搬機械株式会社】から出しているし、活動人員も【西方運搬機械株式会社】所属の人間が当たっているわ。ルールの上では、これは【報告】すべき内容よ。本業から外れるというのは確かだけど、独断で利益を別枠にするのは適切じゃないわ。少なくとも【連絡】と【相談】は必要だったんじゃないかしら。これは誰の判断?」
俺の前世の世界で言うところの【不適切会計】というやつだな。
フォード社長、そろそろ謝れ。もう無理だ。いいから早く謝れ。俺はそんな目線をフォード社長に送る。
「経理の担当者と相談した結果、この扱いが適切ではないかと……」
フォード社長は心配する俺の目線をあっさり裏切るようなことを言いだした。なんか俺まで冷や汗出てきた。フォード社長、やめてくれ。これ以上は危険だ。
「経理担当者はクララね。彼女泣いてたわよ。あの人を止めてって」
俺の前世の世界で言うところの【内部告発】だな。
ジェット嬢のため息交じりの一言で、フォード社長は、詰んだ。
観念したフォード社長が震えながら語る。
「お金が、お金が必要だったんだ。ウィルバーの事業を切り離して別会社にするために、お金が必要だったんだ……。【品質保証部】の連中が図面や設計にミスを見つけるたびに設計者をギロチン台の下に固定して説教するから、ここ数日で離職者がどんどん出てる。奴等を会社から追い出すためにはそうするしかなかったんだ……」
俺の前世の世界で言うところの【ブラック企業】だな。
いや、それどころじゃない。
ウィルバーそんなことしてたのか。
しかも奴等って複数形。そんな奴が何人もいるのか。
それは確かに嫌だな。一緒に仕事したくないな。辞めたくなるな。
「投資の時の約束事項で、偽装があった場合の賠償金の規定があったわね。正確に計算した配当金と、賠償金。まとめて早急に支払いよろしく。約束守らないと【滅殺】よ」
詰んだフォード社長にジェット嬢が情け容赦なくとどめ。
それを聞いたフォード社長が頭を抱えて震えながらつぶやく。
「全部支払ったら、ウィルバーの会社への出資もできない。それどころか、直近の資金繰りまで怪しくなる。目を離すとすぐに設計室にギロチン台を持ってくる【品質保証部】と離れられないのか。悪夢だ……」
フォード社長よ、ちゃんと約束守っていれば、少なくとも、適切なタイミングで【相談】しておけばこんなことにはならなかったんだぞ。
「ウィルバーの会社に株式を発行させなさい。手持ち資金と今回の配当金と賠償金を使って全部私が買うわ。あと、オリバーの会社の株持ってるんでしょ。それも私が買うわ」
ジェット嬢が突如出した助け舟。それを聞いてフォード社長が涙目で顔を上げる。
「イヨ様! ありがとうございます。イヨ様! まるで【聖女】のようであります!」
フォード社長が地獄から救われたような表情でジェット嬢を拝んでいた。
俺の前世の世界での【買収】に相当するものだな。
「いろんな仕事を次々作り出して儲けるのはいいの。でも、【報告】【連絡】【相談】はちゃんとして。あと、そうね。本。書籍を執筆したり、編集したりして、それを印刷して売るような、そんなことを始めるときは、必ず事前に【相談】して頂戴。売る前に、印刷する前に必ず【相談】よ。あぁ今日もお尻が痛いわ」
拝み倒すフォード社長に対してジェット嬢が追加で注文をつけているが、【出版業】になにか思うところがあるのか?
あと、前も聞いたような気がするが、最後の一言の意味がよくわからないぞ。
そして、あまりに逞しい異世界の若者たちのビジネスセンス。
前世で開発職のサラリーマンだった40代のオッサンも満腹感を感じてつぶやく。
「俺はもう、お腹いっぱいだよ」
◇◇◇◇
フォード社長とジェット嬢の間の【西方運搬機械株式会社】のお腹いっぱいな決算説明会から四日後、航空機事業と【品質保証部】を親会社から切り離した【西方航空機株式会社】が設立された。
そして、【西方運搬機械株式会社】の工場より少し北側にある格納庫の端に設計室を作り、航空機設計メンバーと【品質保証部】はそこに転居した。
もちろんギロチン台も一緒に。
コンピュータも通信システムもないこの世界では手形や小切手等の清算処理が遅い。そのため正式な会社設立手続きにはもう少し時間がかかるようだが、やることは決まっているので実働は先に始めてしまう形だ。
【西方航空機株式会社】の社長はウェーバが務める。
ウィルバーが【品質保証部】所属を主張したのと、野心家のウェーバが社長役をやりたいと希望した結果とのこと。
本当にいいコンビだ。
転居作業が落ち着いた午後。
ウィルバーとウェーバ社長が新型航空機開発の構想説明会をするというので、俺も参加した。
ちなみにジェット嬢は縫物をしたいそうなので、車いす搭乗で食堂で留守番だ。
そして、構想説明会が始まる。
【西方航空機株式会社】全社員が集まる設計室にて、黒板に描かれた新型航空機の構想図を指して、野心家のウェーバ社長が熱く語る。
「これからは、航空輸送の時代だ。人員、荷物を一度に大量に運搬できる航空機を開発し、各領地に飛行場を整備することで領地間の人、モノ、金のやり取りを高速化する。その新時代のもたらすためにこの【深竜】の開発を行う!」
集まった全社員から歓声が上がる。
【深竜】の開発名を付けられた新型航空機の構想図を見る。俺は、この世界の文字は読めない。でも図なら分かる。黒板に描かれた【深竜】の構想図と、その端に比較用に描かれた【試作1号機】の対比より、作ろうとしている物がどんなものかは読めるのだ。
全長約30m、全幅約42m、四発の超大型航空機。
4t~5tぐらいの貨物を一気に輸送できる。
しかも、事実上の永久機関である【魔力電池】により、燃料が不要。
俺の前世世界の航空機は、離陸重量の何割かが燃料となるぐらいに大量の燃料を必要とした。だから、航空機による貨物輸送は、運ぶ荷物よりもそれを運ぶために必要な燃料の方が重くなるぐらいに非効率なものであり、貨物輸送の主力とはなりえないものだった。
だが、この世界ではその燃料が不要。たしかに、完成すればこの世界では貨物輸送の主力となれる可能性もある。その有効性は計り知れない。
実際、排水処理施設を作った時も【試作1号機】は遠方からの人員や物資の輸送に大活躍した。その時に、積載量の少なさで困ったのも事実だ。だから積載量の大きい航空機は確かに欲しい。
しかし、俺には分かる。
この世界の今の技術レベルでこれは無理だ。
この世界では、空気入りタイヤが実用化できてない。
全備重量で30tぐらいになるこんな大型機をソリッドタイヤで離着陸させるなんて無理だ。
飛行機を作る以前に、この世界にはこの重量で地上を走るものすらない。
軸は? 軸受けは? 緩衝装置は? そしてブレーキは? ヨセフタウンには多種多様の鉄系合金がある。そして、その加工技術も高度だ。
でも鉄だけでは機械は作れないぞ。
そして操縦系はどうする。
動翼を操縦桿とワイヤーで繋いだとしてもこれだけの巨大機だ。人力じゃ舵は動かんぞ。油圧か? 継ぎ目のない長いパイプ作れるか? 絶対漏れない継手作れるか? 長時間油の浸漬に耐えて、高い油圧を確実にシール出来るゴムはあるのか?
そして、油圧を作るためのポンプ。それを作れるだけの精密加工技術あるのか?
いっそ電動で操舵するか?
電動機なら確かにあるが、サーボモータに必要な電子回路の要素技術が全く無い。配線も未だに布巻絶縁だ。
飛行中に舵が利かなくなったら、墜落するぞ。
機体もだ。
これだけの大きさ。木造で作れるか? いくら燃料不要で重量制限が緩和されていると言っても、鉄で作るのか? それで飛べるか? 荷物載せられるか?
軽金属合金が必要だろ。無いよな。ちょっと前に電池が実用化されたぐらいだ、軽金属の電解精錬技術なんて実用化されてないよな。
分かっていても、俺はそれは指摘しない。
開発を止めたりもしない。
壮大な夢を見るのもいい。その夢を目指すのもいい。
技術の進歩というのは積み上げの繰り返しなんだ。
その積み上げの中には、背伸びをしすぎて失敗する経験も必要なんだ。
俺の前世世界でもそうだった。
失敗と犠牲を乗り越えて、技術を進歩させてきた。
ここの【品質保証部】にはウィルバーが居る。
だから、犠牲者が出るような失敗はしない。
挑めばいい。
そして失敗すればいい。
そこから何が必要だったか学べばいい。
それがこの世界の技術の進歩だ。
俺は、新型航空機の設計構想で盛り上がる設計室からそっと退出した。
◆◇◇
【西方航空機株式会社】設立と、【深竜】開発開始から十二日後の午前中。朝食の片付けが一段落して食堂の掃除をしていたら、食堂棟に来客。
俺と車いす搭乗のジェット嬢で出迎える。
来客はフォード社長だった。
「鉄が足りないんだ!!」
青ざめた顔で食堂に入るなり叫ぶ。
「落ち着け。まずは座れ。コーヒーを淹れてやる」
テーブル席に座らせてコーヒーを出しつつジェット嬢と一緒に事情を聞く。
「鉄の材料はユグドラシル王国南部の工業地帯から仕入れていたんだけど、二週間ぐらい前から材料が届かなくなったんだ」
「納期遅れか? 仕入れ元には連絡したのか?」
「確認のため手紙は送ったんだけど、送ってもあの地区に届くには十日ぐらいかかるから、返信は届いてない」
そうか、この世界では通信技術も移動手段も未発達だから、遠方の状況確認には時間がかかるのか。
「でも、製鉄工場にはキャスリン様の指示で滑走路を造ったと聞いていたから、もう待てないと思って昨日ウェーバに頼んで【試作1号機】で事情を聞きに行ってもらったんだ。今朝帰ってきて報告を受けたけど、製鉄工場の操業が止まってしまったそうなんだ」
「一体何が起きたんだ? 事故か? 災害か?」
「事故や災害は起きてない。石炭とか、鉄鉱石とかの製鉄用の原料が鉱山地区から届かなくなって、操業が出来なくなったそうだ」
「鉱山側でなにかあったのか?」
「鉱山側の状況は良く分からないけど、鉱山地区と工業地帯の間の連絡手段が使えなくなったせいで、必要材料手配の情報伝達が混乱して材料が手配できなくなったとか」
「いきなり連絡手段が使えなくなるというのはどういうことだ? 鉱山地区と工業地帯の間を【魔物】の群れにでも寸断されたのか?」
「【魔物】は出てない。情報伝達が速くなったから材料の保管量を減らした矢先にこんな状態になったとか、そういう話だったから、もしかしてと思って修理中の【試作2号機】の飛行記録簿を確認してみたんだ。そしたら、キャスリンがその地区の間を定期的に飛んでいたことが分かった。鉱山地区と工業地帯の間の情報伝達をキャスリンが【試作2号機】で引き受けていたんじゃないかと。そして、今【試作2号機】は修理中で飛べない。おそらく、これが原因だ」
俺はそれを聞いて、前世で開発職サラリーマンをしていた時のことを思い出した。
業務効率を格段に引き上げる新手法を一人で片手間で作り出して普及させ皆に感謝されるまではいいけれど、保守や代替策を考える前に普及させてしまったがために、何らかのトラブルでその手法が使えなくなったときに職場が大混乱に陥るパターン。
前世の職場にも居たよ。
そういうことをするありがた迷惑な奴。
前世の俺だ。
この世界の情報伝達は遅い。一番速い移動手段が馬なぐらいに遅い。格段に高速で、場所を選ばず離着陸できる【試作2号機】はその状況の改善に絶大な効果を発揮する。
だからキャスリンはそういう仕事を引き受けたんだろうが、引き受けるなら、役割を確実に果たせる形を整えてからにするべきだった。
【試作2号機】は一機しかないし、それを操縦できるのも実質一人しかいない。確実に運用を継続できる状態ではないのは明らかだろう。
しかも、引き受けていた仕事が情報伝達というのはかなりマズイ。仕事が滞ったら絶対混乱が発生するやつだ。
もう嫌な予感しかしないが、俺はフォード社長に確認する。
「キャスリンが定期的に飛んでいた場所は他にあるのか? あるんだとしたら、その周辺地区でも何らかの混乱が発生しているかもしれん」
「飛行記録を見る限り、飛んでいた地区はユグドラシル王国全域だ。ほぼすべての領主邸に頻繁に離発着していた記録がある。晴れた日の日中はほぼ飛び続けていたようだ。ウェーバもこの飛行記録を改めて読み直して驚いていた。この飛行時間は真似できないと」
「これは、国内大混乱確定だな……」
「キャスリンらしいわ……」
ジェット嬢が呆れた表情で一言。
ユグドラシル王国全域をカバーできる高速な情報伝達手段は【試作2号機】しかない。馬車や馬では遅すぎるし、【試作1号機】が離着陸できる滑走路は場所が少ない。
また、国内にある滑走路の全体像を把握しているのもキャスリンだけだ。混乱を収束させるには、暫定的でも【試作2号機】にキャスリンを乗せて再び飛ばすしかない。
キャスリンの【免停】期間は残っているが、イェーガ王子も王族だ。国内大混乱の収束のためならそこは【執行猶予】の相談はできるはずだ。
「【試作2号機】の修理状況はどうだ。混乱が拡大する前に一時的にでも【試作2号機】を飛ばすしかないだろ」
「だから、鉄が足りないんだ。【試作2号機】の修理に必要な部品を作るための鉄が足りないんだよ」
「鉄がいきなりなくなったわけじゃないだろう。何故【試作2号機】を後回しにしたんだ」
「鉄材料の納期遅れがこんなに長期化すると思ってなかったし、【試作2号機】がそんな役割を担っていたなんて知らなかったんだ。だから、試作とか実験用の材料使用を控えて、受注済みのトラクターの量産を優先したんだ」
フォード社長は間違ったことは言ってない。むしろ、経営者として正常な判断だ。キャスリンの免停期間を考えると、この状況下で【試作2号機】の修理を優先する理由は無い。
せめて、キャスリンが普段【試作2号機】で何をしていたかを知らせてくれていたらとは思うが、今となっては後の祭りだ。
フォード社長が続ける。
「ヘンリー領や近隣領主配下の自警団が【魔物】対策用として備蓄していた剣とか盾とかも根こそぎ買い取ってしのいでいたんだけど、いよいよ材料が足りなくなってきた。だからちょっと手伝ってほしいんだ」
「俺に出来ることなら手伝うが、何か方法があるのか? 俺をバラしても鉄は取れないぞ」
「【ヴァルハラ平野捜索隊】がヴァルハラ平野で大量の鉄スクラップを見つけたんだ。それを集めて持ち帰りたい。【西方運搬機械株式会社】から腕力自慢の男を三人集めたけど、鉄スクラップの中には大きいものもあるから一緒に来て台車に鉄スクラップを積み込むのを手伝ってほしいんだ」
ああ、この世界にはクレーンとかフォークリフトとかの重機がないから、その代わりか。それなら確かにビッグマッチョの俺の出番だ。
「わかった。俺も行く。でも行先がヴァルハラ平野だから、ジェット嬢は留守番だな」
「ヴァルハラ平野にはアレが居るのよね。まだ見つかってないの?」
ジェット嬢が不満そうに言う。
「すまない。【勝利終戦号】は未だに行方不明だ。現場で鉢合わせすると危険だから、ここで待っていてほしい」
フォードが応える。
「分かったわ……」
そして昼食後、鉄スクラップ回収隊はヴァルハラ平野に向けて出発した。
部隊編成。
一号車はトラクターにダンプ風台車を連結した小物回収用。
二号車はトラクターに低床トレーラ的台車を連結した大物回収用。
運転手はフォード社長とウィリアム隊長。
スクラップ積み込み作業員として力自慢三人とビッグマッチョの俺。
トラクターの機動力と、オリバーの麦畑拡大に懸ける執念により、ヴァルハラ平野のヘンリー領北側地区の測量はヨセフタウン周辺を起点に北側に向けて急ピッチで進んでおり、広範囲の地図が出来ていた。
鉄スクラップ発見地点は測量が出来ている場所よりさらに北側。いくつかある丘陵の間を抜けた向こうにある平地とか。
二号車の荷台に乗ってヴァルハラ平野を走る。
すると、途中に見覚えのあるものを発見。
ウィリアム隊長に声をかける。
「ちょっと止めてくれ。いい鉄スクラップを見つけた」
「わかりました。どこにありますか? 回収したいから近くまで寄せます」
「右手前方に転がってるアレだ」
「ボート、ですか? 鉄が欲しいんですけど」
「ボートだけど、船尾に改造した大砲が付いてる。いい鉄が取れるはずだ」
「了解です。近くに寄せます」
砂地に転がっていたのは、魔王討伐隊の前線基地からサロンフランクフルトまで飛ぶときに使ったロケットボートだ。
ボートの部分は落下の衝撃で真っ二つに割れていたが、大砲を改造して作った魔力ロケットエンジンは原型を留めていた。
割れたボートの後ろ半分を魔力ロケットエンジンごと二号車の台車に載せてロープで固定。前半分には鉄は無いから今回は載せられない。場所だけ覚えておいてまたの機会に回収だ。
いいお土産が出来た。ジェット嬢にも見せてやりたい。ある意味思い出の品なので溶かさずに保管しておきたいが、そのへんは持ち帰ってからフォード社長と相談だ。
往路でいいものを拾ったので上機嫌で予定の場所へ向かう。
丘陵地帯を抜けて現場に到着。
そこには、半分砂に埋まったような形で多数の鉄製機械の残骸が散らばっていた。
それを確認して、俺は背筋が凍るのを感じた。
【重機関銃】【野砲】【内燃機関搭載の車両】
全部残骸だ。元の形を留めている物は無い。
しかし、前世世界の陸戦兵器の知識がある俺には分かる。
これらは兵器だ。
魔王討伐隊前線基地で俺が暴発させた前装式のあの大砲よりも数世代進化した陸戦兵器だ。しかも、大半が何かに踏みつぶされたような壊れ方をしている。
そこに残っていたのは【勝利終戦号】の無限軌道の痕跡。
これらの兵器はユグドラシル王国側では発明も製造もされていない。
ここは間違いなくユグドラシル王国の領土。
エスタンシア帝国の武装集団が無許可で侵入していい場所じゃない。
国境線はヴァルハラ川だ。
迷い込むことはあり得ない。
エスタンシア帝国軍がこれだけの重武装を持って意図的に越境した? 何のために?
そして、【勝利終戦号】よ。お前はここで、一体何をした。
「おーい。見てないで積み込み手伝ってくれよー。日が暮れる前に帰りたいんだ」
平穏な日常、平和な未来を脅かす【歪みの兆候】。
俺は、何をすればいい。
●次号予告(笑)●
ユグドラシル王国とエスタンシア帝国は共同で魔王討伐計画を完遂した。しかし、そこで発生したイレギュラーがその後の二国間の情報伝達を寸断していた。
両国間が情報伝達の窓口を探り合う中、【試作2号機】墜落事故により発生したユグドラシル王国内の情報伝達網の混乱が事態の悪化に拍車をかける。
そして、エスタンシア帝国から最初に受け取ったメッセージは最後通告だった。
【宣戦布告】
後手に回った外交政策の結末が、次世代の若者達の未来を脅かす。
そこで本領を発揮するのは
【手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間】
次号:クレイジーエンジニアと投獄
(幕間 入るかも)




