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第14話 クレイジーエンジニアと回復魔法(14.4k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから百十一日目。ウィルバーがキャスリンから贈られたギロチンの下で【製造業の悟り】を開いた夜の翌日午前中。


 俺とジェット嬢は医務室で眠るキャスリンの様子を見に来ていた。

 昨晩、キャスリンは一度だけ意識を取り戻し、ウィルバーへの伝言を告げたという。


「乗って帰りたいから【試作2号機】の修理を始めてくださいな」


 それだけ言ってキャスリンは再び深い眠りについた。


 その伝言を受けた護衛騎士は、ウィルバーをギロチン台から解放。

 ウィルバーと【西方運搬機械株式会社】の航空機設計班は、大破した【試作2号機】の墜落原因調査を開始した。


 キャスリンは重症だ。


 ドクターの診察だけでも全身の外傷個所は多い。

 体内の損傷についてはレントゲンやCTスキャンの無いこの世界の医療技術では診察は難しいが、軽くは無いだろう。

 墜落した飛行機に乗ってたんだ。生きているのが不思議なぐらいだ。


 だけど、死なせるわけにはいかない。


 この国の刑法はよくわからないが、聞いたところによると王族を傷つけたり殺したりした容疑を着せられたら死刑になる場合が多いとのこと。

 もしキャスリンがこのまま亡くなってしまったら、【製造業の悟り】を開いたウィルバーが処刑されてしまう。


 それだけは避けたい。

 そのためにはキャスリンを全快ぜんかいさせて帰す必要がある。


 そして、この世界の医療には、点滴による栄養注入も生命維持装置も無い。

 今は昏睡しているが、栄養も水分も摂れないこの状態では長くは持たない。


 今もキャスリンの容体急変に備えてヨセフタウンのドクターが交代で常駐しているが、容体が急変した時に出来ることは限られている。

 また、こんな無茶苦茶な性格ではあるが若い女性には違いない。

 今後の人生のためにも顔面の大きな傷は完治させたい。


 その治療の頼みの綱は、ジェット嬢の【回復魔法】のみ。

 キャスリンの顔に手を当てて【回復魔法】を試みている。

 でも、進捗は芳しくないようだ。

 

 この世界の魔法というのは、空間中に満ちた謎の媒体フロギストンから、エネルギー又は物質を作り出すものであると解釈している。

 これがこの世界に転生した直後に俺が提唱したフロギストン理論だ。

 この世界の従来の魔法理論を全否定する新解釈だったが、即席魔法学校卒業生の有志により書籍化もされて、今では支持者も多いらしい。


 それに対して、聖属性と呼ばれる【回復魔法】や、いまいちよく分からない闇属性の魔法についてはフロギストンとの関係性が分からず理論が確立できていない。

 あるいは、これらとフロギストンは無関係で全く別系統の物かとも考えていた。


 幸い、俺は微かながらフロギストンの動きを知覚することができる。

 ジェット嬢の【滅殺破壊魔法】によるフロギストンの激しい流束を至近距離で浴びたことがきっかけでこの能力を手に入れた。


 その感覚を意識してジェット嬢の【回復魔法】の試行を観察すると、空間中のフロギストンがかすかに動いているように感じる。

 どんな動きなのかまでは読めないが、聖属性の【回復魔法】に関してはフロギストンと何らかの関連性があると考えてよさそうだ。


「聖属性魔法だったか。以前は使えたのか?」

「使えたわ。このぐらいの怪我ならすぐに治せた。【回復魔法】は得意だったから【魔物】との戦いで重傷を負った人達を治療してきた。でも、今はうまくできないの」


 二日前にフォード社長からもジェット嬢の【回復魔法】の威力については聞いていた。

 かつて、ヨセフタウンの自警団の手伝いをしていた時に、【お仕置き】でズタボロ黒焦げにした相手の肉体を完全に【回復】するようなことを日常的に行っていたとか。

 それができるぐらいなら、今のキャスリンを全快させることはできるだろうと考えていたが、【回復魔法】が使えないようになっていたのは想定外だった。


 しかし、技術者に想定外なんて許されない。

 問題を解決しないといけないのだ。


 原因を確認して、対応を検討する。

「【回復魔法】が使えなくなった原因に心当たりはあるか?」

「【禁忌の呪い】を受けて、聖属性魔法の資格を失ったせいよ」


【禁忌の呪い】


 出会った初日にも聞いたな。

 それが原因とも思えないが一応聞いておこう。


「その物騒な名前の【呪い】は何だ。一体何に失敗して呪いを受けたんだ」

「失敗って。なぜ失敗って分かるの?」

「俺達が初めて会ったあの場所、あの状況。何をしようとしたのかは分からないが、しようとした何かに成功した後とは思えない。一体何をしようとしたんだ」

「それは……」


 言いにくい事か。そうだろうな。


 【禁忌の呪い】という物騒なネーミングからして、やっちゃいけないことをやってしまったらそうなるような名前だもんな。

 でも、これは【回復魔法】とは無関係だ。今追及する意味は無い。


「言いたくないなら、言わなくていい。原因はその【禁忌の呪い】じゃない。そもそも、【呪い】なんてものは存在しない」

「【呪い】が存在しない? じゃぁ私が受けたこの【呪い】は一体何なの?」


 俺の前世世界でも【呪い】なんてものは無かった。

 魔法があるこの世界でも【呪い】なんてものは無い。

 それがあると思っている奴は、解釈を間違えている。


「いいか、よく聞けジェット嬢。【呪い】なんてものは存在しない。厳密には、他人を呪うことができるような原理は存在しない。人は、自分を【呪う】ことしかできないんだ」

「……分かるようにお願い」


「人は自分を【呪う】んだ。以前のウェーバ達を思い出せ。小柄を理由に卑屈になって自分達の可能性を殺していた。彼等は心無い女性から受けた言葉をトリガに自分で自分に【呪い】をかけた。受けた言葉が【呪い】じゃない。【呪い】は自分が原因なんだ」

「確かに、今なら誰に何言われても気にしなそうね。試してみようかしら」

「それは絶対に試すな!」

「!?」


 危険なことを言い出すので、ここは強めに止めておこう。


「今のあいつらは何を言われたって自分を【呪う】ことは無い。だが、それを試す目的であっても、人を蔑む意図で言葉を発したら、それは言葉を発した側に【呪い】として返って来る。つまり、オマエが自分で自分を【呪う】ことになる。言葉っていうのは危険なものなんだ」

「驚いたわ……」

「俺の前世の世界では【人を呪わば穴二つ】などという言葉があった。【呪い】をかけようとした人間が、その心で、その言葉で自分を【呪う】というやつだ」

「いや、そこじゃなくて。ここまで言葉の危険性を理解してるアンタが、軽々しく【失言】できるというところが驚きよ」


 ズキッ


 俺は40代のオッサン。

 前世では開発職のサラリーマンとして生きたオッサン。

 交流関係はそれほど広くなかったけど、それなりに多くの人と関わっていた。その中で、人の発する言葉の影響力、危険性のようなものはそれなりに学んできた。


 人を見下すような、蔑むような意図で言葉を発する人間の傍には人は集まらない。そして、そういう人は仕事でも成果を出せないし、仕事以外でもろくな目に遭わない。

 普段の言動というのは仕事や人生をマトモに進めるために大事なんだ。

 本当に、言葉っていうのは大事なんだ。


 そういえば、ジェット嬢が脚を失ったのも俺の【失言】が原因だったな。

 言葉っていうのは、そのぐらい危険なものなんだ。


 俺は真摯に反省し深々と頭を下げる。

「……その節は大変申し訳ありませんでした…………」


 分かっているけど、分かっただけでは直らない。

 これが俺のダメ行動癖。ダメ発言癖。ダメ失言癖……。


「で、【呪い】が原因じゃないなら、何が原因なの?」


「まだはっきりと分からないが、聖属性魔法にもフロギストンが関連しているように見える。だから原因は別にあると考えている。ちなみに、他に【回復魔法】が使える知り合いは居るのか?」

「居るけど、この近くには居ないわ」

「近くなくていい。呼ぶつもりは無い。フォード社長から【回復魔法】の使い手は男が多くて、王宮になら何人か居ると聞いた。王宮周辺で顔見知りは居ないか? 居たら、どんな奴だったか教えて欲しい」

「王宮の病院に知っている人は何人か居るわ。わりと普通の人よ」

「普通っていうのはどんな風に普通なんだ」


 コイツの感覚で言う普通が当てにならないというのもあるし、今回知りたいことは人柄とかじゃない。


「見た目かな。普通の男って言う感じ。服装が制服だったからかな。あんまり印象は覚えてないわね」

 聞き方を変えよう。


「その中に、ウェーバみたいな小柄や、今の俺みたいなビッグマッチョは居なかったか?」

「居なかったわ。オリバーとフォードの間ぐらいの背丈の人が多かったかな。そう考えると【回復魔法】を使える人にはそのぐらいの背丈の人しかいなかった気がする」


 オリバーとフォードの間なら身長170cm程度。確かに普通の男だ。

 俺はジェット嬢が自分の脚で立っているのを見たことは無いが、腹ばい状態で見た体格のバランスと、今の姿から推測すると、おそらくジェット嬢の元の身長もそのぐらい。

 俺から見れば小柄の範疇だが、ジェット嬢はこの世界の女性の中では大柄だ。


 【回復魔法】の適性と体格には関係がありそうだ。

 だとしたら、ジェット嬢が【回復魔法】を使えなくなった原因は分かる。


「原因は両脚の切断だ」

「どういうこと?」

「今の話を聞くと、【回復魔法】を使える条件の一つに術者の体格がある。男の方が使い手が多いというのも多分それが原因だ。そして、ジェット嬢は元は【回復魔法】に適した体格をしていたが、両脚切断で体格が変わって、その条件を満たさなくなった」


 体格の話になってジェット嬢が明らかに嫌そうな顔をした。

 女性にとってそこは愉快な話じゃないことは分かっているけど、キャスリンのためだと思って耐えて。お願い。


 でも、体格と【回復魔法】の適性とフロギストンのつながりが見えない。

 その【答え】が見えないと対処法の検討が出来ないのだが。


 しばらく不機嫌そうに黙っていたジェット嬢が一言。

「確かに、【回復魔法】で使う治療の波動が体内で上手く生成できなくなったけど」

「【答え】知ってるんじゃねぇかー!」


 【波動医学】


 俺の前世の世界ではそう呼ばれる医療技術が存在した。治療に適した周期の電磁波、音波等の波動を生体に照射することで治療を行うものだ。

 しかし、これは一般的に医療技術として認められておらず、迷信とかインチキとかそういう扱いを受けていた。


 前世にて、医療に見放された妻の病を治す手がかりを求めて俺はその分野の文献を読み漁ったことがある。妻の病の治療はできなかったが、迷信やインチキと切り捨てられるものではなく、全体像は未解明ながらも何らかの効果や原理があるものと感じてはいた。


 それに対して、この世界には魔法があり、それの物質源及びエネルギー源となるフロギストンが存在する。

 このフロギストンを媒体にした波動による【波動医学】で、肉体の修復を高速で行うことができても不思議ではない。


「【答え】って何よ」

「【回復魔法】っていうのは、術者の体内で生成した治療の波動を、患者の体内に照射か注入して回復を促進するようなものか」

「そうよ」

「その波動の生成に術者の身体を使用するから、【回復魔法】の適性が体格の影響を受けると考えられる。影響を受けるのが、身長なのか、体重なのかは分からんが……」


 ヤバイ。

 ジェット嬢の機嫌が明らかに悪化してる。

 体重の話とか、女性に対してはタブーだね。

 説明は切り上げて、対処法の検討に移ろう。


「自分の身体以外の物も含めて波動を生成することは可能か?」

「試したことは無いわ」

「だったら試してみよう。脚の代わりになりそうなものを繋ぐことで波動の生成が変わるかどうか」


 俺は医務室から出て、調理場で昼食の下ごしらえをしていたメアリから大きめの【大根】を一本借りてきた。

 何でもよかったけど、波動の生成に人体を使っているなら生物的な材料のほうが成功率が高いと考えたからだ。


「その【大根】を片手で持った状態で波動の生成を試してみてくれ」

「試してはみるけれど、脚の代わりとして【大根】を渡されたことが無性に腹立たしいわ」

「それはメアリからの借りものだからな。腹が立っても焼き払ったり粉砕したりするなよ」

「分かったわ」


 ジェット嬢は再びキャスリンの顔に手を当てて【回復魔法】を試みる。

 左手で【大根】を掴み、右手で治療。

 なんてシュールな光景。

 持たせるなら【ネギ】のほうがよかったかなとか今更ながらに思う。


「なんか少し波動の生成が変わった気がする。治療ができるほどではないけど、少し良くなったような……」

「なんとなく、解決の糸口は見えてきたな。【大根】を増やしたらいけそうか?」

「そんな気はしなくもないけど、治療ができるほど変えるには大量に必要な気がするわ」

「それなら【大根】以上にフロギストンの波動生成に影響を与える物が欲しいな。【魔力電池】発明者のプランテならなにか見つけているかもしれん。ちょっと聞いてくる」

「今度はあんまり変なものを持ってこないでよ」


 俺は、調理場に居るメアリに【大根】を返却した。同時に、治療用の魔力関連のアイテムの食堂棟への持ち込みの許可を申請した。

 【俺が触らない】という条件で許可を頂くことができた。


 許可の条件からして、俺だけでプランテのところに行くわけにはいかなくなり予定変更。ジェット嬢を連れて行くことにした。

 医務室に常駐しているドクターにキャスリンの容体観察を交代して、ジェット嬢を背中に張り付けて【西方運搬機械株式会社】のプランテの研究室に向かう。


…………


 研究室入口にて、久しぶりに会うプランテに挨拶する。

「プランテよ。久しぶりだな元気にしてたか」

「お久しぶりです。おかげさまで研究は順調ですよ。今日はルクランシェも来ています。コーヒーを淹れますので、どうぞ研究室の中へどうぞ」

「すまんな。……コーヒーは飲みたいが、俺は研究室には入れなさそうだ」


 プランテの研究室。

 【鉛蓄電池】と【魔力電池】の改良と並行してフロギストンに影響を与える材料の研究も行っている。そして、その研究室の中は【潜水艦状態】になっていた。


 【潜水艦状態】とは。

 前世の俺は、工業大学の工学部で技術を学んだ。その大学の一部の研究室には、研究に没頭する人間ばかりが集まってしまったがために、書籍や機材が溜まる一方になり、潜水艦の艦内のように人間一人がやっと通れる隙間を残して埋まってしまった部屋がいくつもあった。

 そのような状態を指して【潜水艦状態】という。

 防火安全上マジで危険な状態なので、早急な改善が望まれるというやつだ。


 当然、そんな状態の部屋にビッグマッチョかつ、ジェット嬢を張り付けている俺が入室できるはずもなく、研究室外側の談話スペースにてコーヒーを飲みながら話をすることになった。

 談話スペースの椅子にジェット嬢を降ろして、俺、ジェット嬢、プランテ、ルクランシェでテーブルを囲む。


 キャスリンの状態を考えると、ゆっくりコーヒーなど飲んでる場合ではない。

 だけど、そんな時こそあせりは禁物だ。状況を把握しつつも、落ち着いて行動するためにあえて休憩を挟む。どんな戦場でも人間は休憩なしでは戦えないのだ。

 そういう考え方は魔王討伐隊メンバーとして本物の戦場を経験したジェット嬢も理解しているようで、落ち着いて座ってコーヒーを飲んでいる。


「プランテよ。説明するのが難しいんだが、フロギストンの波動に影響を与えそうな材料やアイテムに心当たりはないか」

「望む効果が得られるかどうかわかりませんが、魔術師の魔力強化ができないかと考えて試作した物ならありますよ。ルクランシェ。ちょっと研究室から試作品もってきて」

「わかりました。とりあえず全部持ってきます」


 ルクランシェが研究室から持ってきてテーブル上に並べたアイテムは、俺の前世世界で見覚えのあるものだった。


【ネコ耳(トラ・立ち)】

【ネコ耳(黒・立ち)】

【ネコ耳(白・立ち)】

【ネコ耳(黒・垂れ)】

【ネコ耳(白・垂れ)】

【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】

【ウサギ耳(茶・中・左途中折れ)】

【ウサギ耳(白・小・ストレート)】

【ウサギ耳(茶・小・垂れ)】

【犬耳(黒・ブリック)】

【犬耳(茶・バット)】

【犬耳(赤・ドロップ)】

【犬耳(橙・キャンドルフレーム)】

【犬耳(黄・バタフライ)】

【犬耳(緑・コックド)】

【犬耳(青・ローズ)】

【犬耳(紫・ボタン)】

【犬耳(灰・ペンダント)】

【犬耳(白・フォールド)】


 何の研究室だよ。何の研究してたんだよ。


「ユグドラシル王国南部の鉱山地区で最近発見された耐火繊維材料がフロギストンに影響を与えていそうだったので、それを組み込んで装着に適した形に加工したものがこちらになります。帽子や髪飾りのように頭の上に装着して【萌え】ます」

 ルクランシェが楽しそうに説明する。


 その耐火繊維材料って、俺の前世世界のアスベストに相当する物じゃないだろうな。もしそうだとしたら長期的には危険なものだから広く普及する前に止めたい。

 そして最後の一言は本音か? 趣味か? そういう趣向なのか?


「【萌え】の概念を体現したこのデザインは我々の研究の最高傑作です。でも、装備できる人が限られるうえに、人によって得られる効果がバラバラです。ウェーバは装備すると仕事がはかどるというので【キツネ耳(茶)】を貸出中です。クララに【ネコ耳(白・垂れ)】を装備させようとしたら逃げられました。そして後でフォード社長に怒られました。メアリ様は【ウサギ耳(茶・小・垂れ)】が装備できそうですが、怖くて頼めません」

 プランテもまた楽しそうに補足説明。


 装備できる人が限られるうえに、実質効果があったのがウェーバだけか。また変な【電波】を受信していないといいが。

 メアリに頼むのが怖いのは同感だ。確かに装備できそうな気はするが。


 そして、本当に何の研究をしてたんだよ。

 まぁ、それはいい。


 問題はジェット嬢が装備できるものがあるかどうかだ。俺の主観では髪色に合わせて黒いのが似合いそうだが。

 おそるおそるジェット嬢を見ると、既に【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】を装備して喜んでいた。

「アンタたちなかなかセンスいいじゃない。コレが一番効果ありそうな気がするわ」


「「【萌え】を理解いただけて光栄であります!!」」

 プランテとルクランシェは嬉しそうだ。

 ジェット嬢が正しく【萌え】の概念を理解したかどうかは分からんが。


 ジェット嬢の黒髪短髪の上にストレートに伸びる50cm程度の長くて黒いウサギ耳。長さを考えると普通に倒れそうだけど、ジェット嬢の頭の上に乗ったウサギ耳はピンと上を向いて立っている。

 そして、良く似合っている。

 薄赤色のメイド服ともよく調和がとれている。


 【ウサギ耳対応背中張付型滅殺破壊系ヒロイン】爆誕


 需要は無いな。

 売るつもりは無いけれど。


 俺達は【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】と予備として【ネコ耳(黒・立ち)】を借りて、食堂棟への帰路に付いた。

 ジェット嬢は【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】装備状態で俺の背中に張り付いたので【西方運搬機械株式会社】の工場内を通るときに視線を集めていたが、ジェット嬢がいいならいいやと思ってスルーした。


 当然、俺は【ネコ耳(黒・立ち)】を装備しなかった。

 これは俺に装備できるアイテムじゃない。


…………


 視線を集めながらも、医務室に到着。

 食堂は昼食時間帯が近かったが、さすがにキャスリンの治療を優先したかったので、フォード社長に頼んでクララの指揮で【西方運搬機械株式会社】の経理部と生産管理部の女性社員を集めて食堂の営業を代行してもらうことにした。


 医務室にて、ドクター二名とメアリ様立ち合いの下、ジェット嬢を再び車いすに降ろしてキャスリンの治療を再開する。


「今度はなんかできそうな気がするわ」

 顔の傷に手を当てて、治療の波動を照射するジェット嬢が嬉しそうに言う。


 フロギストンの揺らぎのようなものが、ジェット嬢の手からキャスリンに送り込まれているのを俺も微かに感じることができた。

 【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】がジェット嬢の頭の上でゆらゆらと揺れている。


 それを見ながら俺の前世世界で未解明だった【波動医学】のことを考える。

 【波動医学】の考え方に近いものが、この世界ではフロギストンを媒体とした波動を使う形で【回復魔法】として成立している。

 しかも、通常の医療より強力な形で。

 もしかして、俺の前世世界にもこの世界のフロギストンに相当するものが局地的に存在したのかもしれない。そして、その存在が【波動医学】による治療の成立条件だったのかもしれない。

 もしそうだとしたら、解明が困難というところも分かる。


 魔法アイテムと【回復魔法】についても考える。

 【回復魔法】のための波動生成は術者の体格の影響を受ける。おそらく他にも条件があり、必要条件をすべて満たす人でないと【回復魔法】は使えない。だから、【回復魔法】を使える人間は限られる。

 だが、今回俺達は【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】を使うことで、その体格制限を緩和する技術の可能性を見出した。

 これを応用すれば【回復魔法】を使える人間を増やすことができる可能性がある。

 これだけ強力な治療方法だ。もしそれが実現できればこの世界に与えるメリットは大きい。


 フロギストン理論の拡張についても考える。

 フロギストンを媒体とした波動による魔法。聖属性の【回復魔法】はこれに該当した。

 これで、未解明なのは七属性、聖・火・土・雷・水・風・闇のうち、闇属性のみ。

 闇属性魔法というのはどういう物かはよく分からないが、昨晩見た【踊るキャスリン】が闇魔法とするなら、ウェーバがたまに受信する【電波】も近いもののように思える。

 意味不明という点で。


 現時点での仮説だが、闇属性魔法もフロギストンを媒体とした波動に関連するもので【回復魔法】と同様に体格の影響を受ける。

 そして、聖属性とは逆にウェーバやキャスリンぐらいの小柄な人間に適性がある。

 そうなるとメアリ様にも可能性があるけど、あの御方は闇属性魔法よりも深い【闇】を別に抱えているようにも思える。

 そう考えて、治療に立ち会っているメアリ様を見る。


 床に倒れている……?


 しまった! 考え事をしていて周りを見てなかった!


 改めて医務室内を見渡すと異常事態が起きていた。

 メアリだけでなくドクター二人も倒れている。

 ジェット嬢は、キャスリンの顔に手を当てたまま動かず散発的に赤や紫のオーラを発しており、その頭上では【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】が激しく揺れている。


 何だこの状況は?


 【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】の振動は大きくなっていく。散発的に発生するオーラは、ジェット嬢周囲にとどまらず、医務室内の各所でカラフルなオーラが発生しては消えるような現象が起きだした。

 そして、俺の耳、いや脳内にも変な音が聞こえてきた。


 ザザッ  ザザッ  ザッ


 前世世界で聞いたことがある、ラジオや無線機から出るホワイトノイズのような音。

 散発的に聞こえだしたが、だんだん周期が短くなり、音も大きくなってくる。


「ジェット嬢、何をしている! 波動生成を止めろ!」

 応答は無い。意識を失っているのか?


 前世の記憶がフラッシュバックする。

 そこで、俺は似たような現象を経験していた。


「これは、【異常発振】!」


 体内での治療の波動の生成。これは体内で【発振回路】を起動しているようなものだ。

 【発振回路】の基本構成は【増幅回路】と【帰還回路】。

 【帰還回路】にて必要な周期の信号を選別し【増幅回路】の入力に適切な強度で正帰還させることで【発振回路】は安定運転ができる。

 必要な信号を適切な強度で抽出する【帰還回路】が安定運転のキモだ。


 フロギストン波動生成において、その【帰還回路】は術者の身体そのもの。だが、今回はジェット嬢の体格の欠落を補うため、そこに異物である【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】を追加した。

 この異物の追加が【帰還回路】の特性を悪化させて【異常発振】を誘発したのか?


 だったら、【帰還回路】から異物を取り除けばいい。


 俺は、ジェット嬢の頭にある【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】を掴んで引き抜いた。

 掴んだ瞬間に脳内に強烈なホワイトノイズ音を感じたが、気合で耐えた。


 バシッ ビシッ ゴトッ ビシッ


 異常現象が悪化した。

 今度は医務室にある棚や備品が細かく振動しだした。

 前世世界で聞いたことがある【ポルターガイスト現象】のような状態だ。

 ジェット嬢は相変わらず動かない。


 失敗した。

 対処方法を間違えた。


 ジェット嬢は両脚切断により【正常な治療の波動】を生成できなくなっていた。だから異物である【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】を追加したのだ。

 それを取り外してしまったら、【異常な波動】しか生成できなくなる。

 この【異常な波動】の効果は分からないが、今起きている現象を見る限り安全なものではなさそうだ。


 ガタガタガタガタガタガタ


 振動は激しくなる。

 ジェット嬢周辺にカラフルなオーラが集まる。

 明らかに、何か危険な兆候だ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 建屋まで小刻みに振動し始めた。


 ジェット嬢は一瞬で地形を変える【滅殺破壊魔法】の使い手だ。

 デタラメな魔法攻撃力がある。

 それがここで制御不能になり暴発したらサロンフランクフルトだけでなくヨセフタウンまで消滅するかもしれん。


 それは絶対回避しなくては。

 この部屋に動ける人間は俺しかいない。

 俺が問題を解決するしかない。


 考えろ。よーく考えろ。

 俺は40代オッサン。

 クレイジーエンジニアとして生きた前世での記憶がある。


 俺は前世で趣味で無線機を弄っていた時期があった。

 無線用の電力増幅装置の試運転に失敗して【異常発振】を起こした時、部屋中の無線機からノイズ音が出て驚いたものだ。

 その時どうやって【異常発振】を止めたか思い出せ。


 たしか、あの時は、増幅回路の素子が入力電力に耐えられず爆散して発振が止まった。とても高価な部品を派手に壊してしまった悲しい思い出だ。

 いや、それは今はいい。


 電子回路の暴走なら電源を切ればいいだけだ。

 しかし、今回はフロギストンの波動。

 フロギストンを遮断する方法は今のところ無い。電源は切れない。


 では、【増幅回路】となっているジェット嬢自体を破壊?

 ありえん。それはありえん。


 思い出した!


 電子回路における異常発振、寄生振動、ノイズ等の異常動作全般に効果があり、それらの対処としてまず最初に試す万能な方法があった。


 接地アースだ!


 何か接地線として使える物は無いかと周囲を見渡す。

 引き抜いた【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】が床に転がる。

 医務室棚周辺には、棚から落下した薬品だかなんだかの瓶が散乱している。

 メアリとドクターは相変わらず床に倒れている。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 部屋の振動は激しくなり、ジェット嬢周辺のカラフルなオーラもどんどん光が強くなる。

 いよいよヤバイ感じがする。

 でも、手の届く範囲に、すぐ使えそうなものが無い。

 展示室まで行けば裸銅線がいくらかあるが、間に合わない。

 今ある物、すぐ使える物。


 ひとつだけある。 俺の身体だ。


 前世世界ではありえない感電覚悟の人体経由接地。

 今はそれしかない!


「必殺! 俺★アーシング!」


 車いす上で座ったまま意識を失っているジェット嬢の背後から、右手で頭頂部をガシッと掴む。

 なめらかで触り心地の良い黒髪の感触が手に伝わる。

 同時に、激しいホワイトノイズが脳内に響き、意識が飛びそうになる。


 ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ


 いかん。ここで俺が倒れたら意味が無い。

 脚を踏ん張り、立ったまま気絶だ! 弁慶立ちだ!!

 キャスリンにもできた! 俺にできない理由は無い!

 ビッグマッチョベンケイスタンディングだ!


 ザァァァァァァァァァァァァァァァ……


◇◇


 脚の痺れを感じて目が覚めた。

 見覚えのある天井が見える。

 ここは医務室のベッドだ。俺はベッドに寝かされている。

 身体は動くようだ。周囲を見る。

 ベッドの脇に車いす搭乗のジェット嬢が居た。


 なんか不安げな表情で俺を見ている。


「…………」


 目が合う。だが、ジェット嬢は黙って俺を見ている。

 どうしたというのだ。


「どうしたジェット嬢。俺の顔に何かついてるか?」

「目が覚めたのね。皆を呼んでくるわ」

 パッと表情を明るくしたジェット嬢が一言。


 そして車いすで医務室から出て行ってしまった。

 今の間は一体なんなんだ。


 起き上がって脚の方を確認すると、ベッドからはみ出した脚が宙に浮いていた。脚がしびれるわけだ。

 今の俺は規格外のビッグマッチョで医務室のベッドに納まらない。だからベッドの脚の方の柵を取り外して、脚がはみ出した状態で無理やり寝かせていたようだ。


 頭の中を整理する。

 今俺が座っているベッドは、キャスリンが治療を受けていたベッドだ。

 そういえば、キャスリンはどうなった? 【回復魔法】は? 異常現象は? 俺が人体経由接地をやった後で、一体どうなったんだ。

 そしてやたら空腹だけど、どれだけ気絶していたんだ?


 医務室入口からジェット嬢に連れられて何人か入ってきた。

 車いす搭乗のジェット嬢に続いて、イェーガ王子、キャスリン、メアリ。


 イェーガ王子。いつの間に来たんだ。

 そしてキャスリン。怪我は治ったのか。


「お久しぶりです。無事目覚めたそうで安心しました」

 イェーガ王子が声をかけてくるが、安心したと言いつつも、なんか胃のあたりを押さえて辛そうだ。

 いつの間に来たのか、なぜ来たのかも気になる。


「久しぶりだな。キャスリンを迎えに来たのか? あと、どうやって来たんだ。近くに居たのか?」

「まぁ、キャスリンを迎えに来たのが主目的ですね。昨日王宮から【試作1号機】で飛んできました。キャスリンを治療していただきありがとうございました」

 王族にタメ口利く俺。それに対して違和感なく敬語で話す王子。

 でも俺異世界人だからまぁいいや。


 そして、治療は成功していたのか。でも治療したのは俺じゃないぞ。

 それより気になることがある。

「昨日? じゃ、俺は一体何日寝てたんだ?」


「アンタ二日近く寝てたのよ」

 ベッド脇に来たジェット嬢が応える。

「そうか。どうりで腹が減るわけだ。結局あの後どうなったのか教えてくれ。まぁ、この状況見る限り、何とかなったんだろうとは思うが」

「なんとかなったわ。二日前にキャスリンの治療に成功してアンタが倒れた。昨日、キャスリンが【試作1号機】で王子を連れてきて、今日になってアンタが目を覚ました。というところね」

 王子は迎えに来たんじゃなくて、連れてこられたのか。

 妻の治療のお礼言うため? 律儀な王子様だな。


「そうか、無事に問題を解決できたようで何よりだ」


 そう言いつつも、意識を失う前の危機的状況を思い出す。

 アレは危なかった。


 とっさに取った行動が功を奏したのかどうかもよくわからないが、とにかく危機的状況を乗り切れていたようでよかった。

 せっかくだから何がどうなったのかぐらいは聞いておくか。


「ジェット嬢よ。キャスリン嬢の治療が成功しているということは、【回復魔法】が使えるようになったのか? 一体どうやったんだ?」

「【大根】や【ウサギ耳(黒・大・ストレート)】の代わりにアンタの身体を含めて波動生成を試したのよ。これがうまくいって【回復魔法】による治療が成功したわ」


 俺は接地アースで波動生成を止めようとしてジェット嬢の頭を掴んだけれど、結果的には俺自身が【帰還回路】の一部になったということか。

 切断した脚の代わりとしては俺は大きすぎると思うが、今のジェット嬢と俺の重さを合算すると元のジェット嬢の三倍ぐらいになりそうだから、三次高調波の抽出で治療の波動の生成に成功したとかだろうか。

 そして、ジェット嬢の生成するフロギストンの波動に巻き込まれた俺は意識を失って寝込んだと。

 【波動酔い】といったところか。

 あの状況下でそんなことをとっさに試せるあたりジェット嬢は器用だな。


「そうか、結果的には成功だな。だけど、ジェット嬢が覚えているかどうかわからんが、あの時は結構危なかった。この方法はあんまり多用はできないな」

「確かに多用はできないけど【回復魔法】が使える手段があるのは心強いわ」

 そう言いながら、ジェット嬢はベッド上に座る俺の上半身を押して寝させようとする。

 とくに抵抗する意味も無いので、俺は押されるままにベットで再び横になる。


「俺を寝させて何をするつもりだ? 俺はコーヒーが飲みたいんだが」

 ジェット嬢は何も言わず俺の左手を持ち上げて、自分の頭の上に乗せる。

 左手に触り心地の良い黒髪の感触が伝わる。


「ずっと我慢してたけど、腰痛の治療がしたいのよ」


 まさか!

 と思った次の瞬間。

 強烈なホワイトノイズが脳内に響き、意識が遠くなる。


 ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ


 ジェット嬢の腰痛は確かに俺のせいでもある。

 治療に協力するのはやぶさかではない。

 でも、せめて、コーヒーを一杯飲みたかった……。


 ザァァァァァァァァ……


 技術試験報告

 フロギストン理論で未解明だった【聖属性】の【回復魔法】はフロギストンを媒体とした波動によるものと確認。【回復魔法】の適性に体格が影響することと、アイテムや、他人の身体を繋ぐことでその適性者を増加させる技術の可能性を見出した。

 しかし、同時に波動生成の暴走の危険性も確認。有益な技術ではあるが、研究を安全に進めるために必要な要素技術が確立するまではこの研究に着手すべきではないと結論付け、本結果は心の中に封印する。

●次号予告(笑)●


 この国には、馬以上に速い移動手段は無かった。

 そんな中で突如実用化されたVTOL機【試作2号機】。

 場所を選ばない離着陸能力と、桁違いの高速性能。


 ユグドラシル国内各領地に定期的に飛来する【試作2号機】は、初飛行から一カ月半で国内の情報伝達網として重要な役割を担うまでになっていた。


 そんな中で発生した墜落事故。

 来るはずの定期便が来ない。その理由も、次回飛来の見通しも分からない。

 領地間の情報伝達網が寸断され、それによる混乱はゆっくりと確実に波及範囲を広げていく。


 情報網の破綻は物流網の混乱に波及し、この国で構築されつつあったサプライチェーンをも破壊する。


 部品が届かない。

 部品の材料が届かない。

 部品の材料の原料が届かない。

 部品の材料の原料の素材が届かない。


 そして社長は叫ぶ。


「鉄が足りないんだ!」


 急場しのぎのため、鉄スクラップを求めてヴァルハラ平野に遠征。

 そこで見つけた懐かしのあのボート。

 そして、その後見つけたものはこの国の危機を示すものだった。


次号:クレイジーエンジニアと歪みの兆候

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