12-7 技術者の選択 政治家の選択(3.2k)
エスタンシア帝国北部平野の深刻な不作の原因は、殺虫剤【豊作2号】の分解生成物が持つ強力な植物毒性によるものだった。
製造元でその可能性を把握した後も、薬剤売上維持と賠償回避のために事実を隠蔽して飢饉を深刻化させた経緯を聞いて、トーマスの小屋の中で机を叩きながら声を荒げるジェット嬢。
「農家の人達は【豊作2号】がちゃんと効くと信じて使い続けたのに、それが作物を枯らせて不作の原因になってたなんて酷いでしょ! しかも、製造元がそれを知っていたのにその事実を【隠蔽】していたなんて酷すぎるでしょ! 裏切りよ! 最悪の裏切りよ! やってることがオカシイでしょーが!」
ジェット嬢がここまで怒るのも珍しい。
【隠蔽】に嫌な思い出でもあるんだろうか。
「えー、じゃぁ商売上手として聞きますが、どうするべきと思いますか」
「すぐに事実を知らせて、販売と使用を止めて、可能な範囲で損害を賠償すべきでしょうが!」
「えぇ、でもそうなると、製造元のジョンケミカルはどうなりますか?」
「潰れても仕方ないでしょ! そんだけ酷い被害を出したんだから!」
「えーと、だとすると、そこで働く社員の方々はどうなります? 職を失って路頭に迷った挙句、肩身の狭い余生ですか? あの会社は商売上手で規模が大きいから社員たくさん居ますよ。それに、【豊作2号】に関連していない社員のほうが多いんですよ」
「そ、それは……」
「えーとですね。社員の方にも奥さんやお子さんが居るんですよ。生活があるんですよ。そこで育つ子供にはその後の長い人生があるんですよ」
「だからって、国全体を食糧危機にするよりマシでしょうが……」
「えー、植物毒性が発覚した時点で既に食糧危機は始まっていました。被害額も賠償可能な規模を超えていました。使用を止めたところで、再度耕作が可能になる見通しは立っていませんでした。その状況下で社員と家族を路頭に迷わせるのを商売上手と言えますかね」
「いや、そうかもしれないけど……。でも【隠蔽】なんて悪質なことをしていたら、あとで大変なことになるわよ」
「えーと、悪質な【隠蔽】といえば、去年【ヴァルハラ開拓団】が【魔物】により壊滅させられた事件の原因についてもちょっと【極秘情報】を掴んでいるんですが」
「えっ」
「えー、あの事件、ユグドラシル王国側の何らかの不手際が起因しているそうですね。あの事件がエスタンシア帝国の食糧危機深刻化の原因でもあり、戦争に至った主要因でもあるんですが」
「それは、その……」
「えー、この事実は【隠蔽】されていますが、【隠蔽】が悪質というなら、ここはエスタンシア帝国国民に広く知らしめて、全国民を上げてユグドラシル王国に謝罪と賠償を要求したほうがいいという話になるんでしょうか」
「あの、そこは、それ、食料は送ってるし……」
「えーと、莫大な被害と多数の死傷者を出して戦争にまで発展していますよ。確かに元の原因は食糧危機ですが、食料送ったらとマッチポンプはチャラになりますか? 情報公開してユグドラシル王国側が堂々とそんな主張したなら、ヴァルハラ平野が再び血で染まるような未来しか見えませんが」
「ごめんなさいトーマスさん。私が間違ってました。マッチポンプがチャラにならないのは痛いぐらいわかっています。ごめんなさい」
ジェット嬢が完全に論破されて青ざめている。
商売上手は伊達じゃないなトーマス。
【不都合な真実】の【隠蔽】
これは、被害者にとってはたまったもんじゃないが、ある程度の必然性を持って発生してしまう。
【公害】や【薬害】のような社会的災害は、時に国家レベルでも賠償が困難なぐらいの甚大な被害を発生させる。
会社が賠償すればほぼ潰れる。国が賠償を代行するしかないが、その場合の賠償金の原資は国民の税金であり、大多数の国民がそれを負担することになる。
それで現実的に負担可能な範囲ならまだいい。
だが、その限度を超えてしまうと【被害者の余生】と【その他大多数の国民の生活】を天秤にかけて、非情な政治的判断を下す必要に迫られる。
【公害】の裁判でありがちな【裁判を長引かせて大半の被害者の寿命が尽きるのを待つ】、略して【死に待ち】という判断だ。
考え方はいろいろあるが、政治的判断はそういうものと俺は思っている。
【100人が生きるために1人を殺す】か、【101人全員死ぬ】か、そのどちらかしか選べないときに必要なのが【政治的判断】で、それをするのが【政治家】だ。
【政治家】は結局それしかできない。
【101人全員生きる】という理想的な選択肢を用意できるのは【技術者】だけだ。
今回も【豊作2号】分解生成物の植物毒性を無効化する技術を必要なタイミングで提供できれば誰も泣かずに済んだ。
【技術者】というのはそういう仕事をして、その役割を果たすものだ。
実現可能性がある技術的解決策を考えようとしたところで、ちょっと気になったことが出たので聞いてみることにした。
「トーマスよ。北部平野で【豊作2号】の植物毒性に打ち勝って育っていた麦畑があったんだが、あれは一体何なんだ」
「えーとですね。あれは、【品種改良】で生み出された植物毒性に耐性のある小麦です。元になった品種の発見は偶然でしたが、栽培に成功した時に【北の希望】と命名され、エスタンシア帝国の食糧危機改善の切り札と期待されたものでした」
「トーマスさんは本当に何でも知ってるのね。でも、こちらの調査結果によると、あの麦は毒性があって食べられないそうよ」
ジェット嬢が復活してきた。
立ち直り早いな。
「えぇ……。栽培には成功しましたが、食用できないと分かり開発は放棄されました。あの麦の毒は危険なので、栽培したものは可能な限り焼却したそうですが、一部が耕作放棄地に自生してしまい手が付けられなくなっています」
「それをなんとかしないと、【豊作2号】の分解生成物の効果が切れてもあそこで食用の麦が栽培できないじゃない」
「えぇ、そうなんです。不作を解決するために開発した作物のせいで、北部平野は完全に耕作不適地になってしまいました……」
トーマスが遠い目をしている。
エスタンシア帝国の【技術者】はちゃんと仕事をして役割を果たそうとしたんだな。
でも、うまくいかなかったんだな。
試せば必ずうまくいくほど技術の世界は甘くない。
それは俺も良く分かっている。だけど、この結果は俺から見ても残酷だ。
でも、これで終わりじゃない。
戦争は実質終わった。食料危機も解決した。
この時の研究結果は次に活かせるはずだ。
そう思いたい。むしろそうするべきだ。
そのためにも、【技術者】達が次のチャレンジをできる環境は残しておきたい。賠償金で彼等の会社が無くなるのは避けたい。
トーマスの話しぶりからすると、【隠蔽】は確実に行われているようで、不作の原因についてはだれも問題提起をしていなさそうだ。
北部平野の農家の人達がそこを気にせずに喜んでヴァルハラ平野に移住するなら、あえて【不作】の原因について責任追及をする必要も無い。
事を穏便に済ませるためにも、【隠蔽】という大人の判断もやむなしと言えるだろう。
「トーマスよ。ちなみにその【北の希望】についての情報源はどこなんだ。やっぱり【極秘情報】なんだよな」
「えー、【極秘情報】ですよ。弟と息子が一時期【北の希望】の開発チームに所属していました」
「情報信頼度抜群だな。トーマスは若く見えるのに息子さんも居たのか。ちなみに、弟さんってヴァルハラ平野開拓団に所属していたあの弟さんか。怪我は治ったのか」
「えぇ、私若く見られること多いですが、貴方達ぐらいの子供がいる程度の年齢ですよ。弟は重症でしたが快復して【第二次ヴァルハラ開拓計画】に志願してまた南の方に行きました」
そうか。俺は中身は40代のオッサンだけど、身体は若者だからジェット嬢に近い年齢に見えるのか。
今の俺は端から見ると言動がオッサン臭い若者なのか。
まぁいいか。
結局結構長居してしまったが、いろんな情報を得て俺達は帰路に付いた。




