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第12話 クレイジーエンジニアと魔力戦車(13.1k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから七十五日目。サロンフランクフルト周辺の生活排水による悪臭問題に解決の目途が立ってから三日後の夕食後。


 俺達は展示室に集まって秘密会議を行っていた。


 事の発端はヘンリー卿と初めて徹夜した夜に描いた落書きのうちの一枚。

 ヘンリー卿はあの夜俺達が描いたメモを整理して、複製して製本して、希望者に配布していたらしい。


 その中に含まれる一枚に強い関心を示した男が居た。


 ヨセフタウン市内の鍛冶屋の次男坊ウィリアム青年。魔法学校一期生でもあり、今は【西方運搬機械株式会社】社員でトラクターの足回りの改良設計を担当している。


 展示室に集まったのは、俺、フォード社長、ウィルバー、プランテ、車いす搭乗のジェット嬢、そして、ウィリアム青年。

 食堂から持ってきた椅子を長机に並べてちょっとした会議室状態にして座っている。


「こんな遅い時間に済まない。ウィリアムの奴がどうしても話を聞きたいというので来てしまったんだ」

 微妙な雰囲気の中でフォード社長が事情を説明。

「俺は別にかまわんが、一体何があったんだ?」

「先生の描いたこのスケッチ! コレがどうしても気になりまして。なんだかよく分からないけどすごいロマンを感じるんです!」

 興奮気味に語りだしたウィリアムが差し出してきた紙に描かれていたのは【戦車】。

 俺の前世世界で【菱形戦車ひしがたせんしゃ】などと呼ばれていた、砲塔や主砲を持たない最も初期の【戦車】。


 ヘンリー卿と技術話で徹夜したあの夜。俺の前世世界にあったいろんな機械を思いつくままに描いていった中の一枚。ヘンリー卿はこれに興味を示さなかったのでこの絵には説明書きは無い。

 俺はこの世界の文字を読み書きできないので、ヘンリー卿がメモを書かなかったスケッチには説明書きは残っていない。だからウィリアムはこれの形にロマンを感じるもののこれが何なのかが分からない。


 魔王討伐完了により【魔物】は出なくなり、戦う相手のいなくなったこの平和な世界では明らかに不必要な物ではあるが、興味があるというなら教えることに問題は無いだろう。


「これは俺の前世世界で【戦車】と呼ばれていたものだ。全体を装甲板に覆われた車体をこの両脇の無限軌道という走行装置で動かす」


「なんとなくこの無限軌道というものの動き方は想像できるけど、これでどうやって曲がるんだ? 直進だけしかできないってことはないよな」

 フォード社長がスケッチを見ながら質問。

「【緩旋回かんせんかい】といって、両脇の無限軌道の回転に速度差をつけることで曲がることができる。また、片方の無限軌道だけを動かすことでその場で方向転換する【信地旋回しんちせんかい】や、両方の無限軌道を逆方向に動かすことで車体中心を軸にその場で回る【超信地旋回ちょうしんちせんかい】というのもある。この無限軌道は意外と小回り利くんだ」

「そうか、だとしたら農耕車両用にも使えそうだな。耕した後の畑やぬかるんだ場所はトラクターの車輪が埋まって動けなくなることがあるけど、この機構ならそういう場所でも走行できそうだ」

「正解だフォード。このスケッチは別用途のものだが、俺の前世世界では農作業用の車両にもこの機構は多用されていた。コストは高くなるが不整地の走破能力は断トツだ」


「その無限軌道を搭載したこのスケッチの機械は何なんでしょう。農耕車両には見えません。なんかこう強そうに見えます」

 ウィリアムが待ちくたびれたように質問。

 見た目だけでも強そうなことは分かるのか。

「正解だウィリアム。この【戦車】は地上最強の【兵器】だ。【陸の王者】とも呼ばれていた」


「社長! コレ作りましょう! 地上最強とか、陸の王者とか、もう作るしかありません!」

「待て! 一体何と戦うつもりだ! 【魔物】が出る頃なら欲しかったかもしれないけど、今作ってもいらないだろ!!」

 興奮して叫ぶウィリアムに対し、今回ばかりはフォード社長もツッコミに回る。

「別に戦う相手はいらないでしょう。最高、最強、陸の王者、それを創り出した我々の技術力をユグドラシル王国全体に知らせる象徴としてコレ作って博物館に飾りましょう!」

 ウィリアムは食い下がる。


 ウィリアムもなかなか考え方がぶっとんでる。

 でも、最終的に博物館に飾りたいというところが平和思想でいいな。兵器作れるなら戦争したいとか言い出したら俺もさすがに止める。


「確かに。トラクターは売れているが、次に売る商材の開発もしたいし、この無限軌道の機構は農耕車両用として使いたい。魔力電池や電動機などの各種要素部品の改良も、コスト度外視の研究機の開発を通じて進歩が得られるかもしれん」

 さすが。フォード社長は技術開発戦略についてもよくわかってる。


「下手に却下していつぞやのように無断発注を多発されても困るしな。よし、予算をつけよう。志願者を集めて設計班を編成し技術開発用として作ってみよう」

「やった!」 ガッ

 フォード社長の先見性のある開発戦略にウィリアムがガッツポーズで喜びを表現。


 その陰でいつぞやの無断発注の犯人のウィルバーが気まずそうに苦笑いをしている。


 そうだよウィルバー。

 こうやって最初から【相談】しておけば【始末書】書かずに済んだんだぞ。


 俺は、開発にあたり重要なことを説明するために黒板を持ってきてその前に立つ。

 作る目的はどうあれ【兵器】に類するものを作る場合に考えておいてほしいことがあるのだ。


 俺は長机の対面に並んで座る若い衆に問いかける。

「【兵器】とは何だと思う」

「戦うためのものでしょう」

 ウィルバーが応える。


「違う!!」


 ヒュッ ビシッ バン ガン


 俺がウィルバー目掛けて投げたチョークの狙いが外れて隣のジェット嬢の額に当たり、怒ったジェット嬢がすかさず金属コップ噴進弾を俺のあごに命中させる。


 この間およそ0.4秒。


 あごを狙うのは俺の眼鏡を割らないように配慮してのことだ。


 この瞬時の精密な反撃能力を目の当たりにして俺は思った。

 ジェット嬢よオマエだよ。

 【兵器】っていうのはオマエのことだよ。

 もう【最終兵器】と言ってもいいぐらいだよ。


 いやいかん。


 人は期待されたように育つという。

 コイツに【最終兵器】を期待して育てたりしたら、本当に世界を滅ぼす【最終兵器】に成長しかねない。

 コイツは単純な【ツッコミ上手】だ。

 【ツッコミ上手】を期待して扱わねば。

 【ボケ】も案外イケることは分かっているが、こいつの悪気のない天然の【ボケ】は危険な結果を招くことが多い。

 こういうのは、悪気が無い奴ほど怖いんだ。

 だから、【ツッコミ上手】の路線で育てる。

 【ボケ】さえなければ【ツッコミ】は生じない。

 【本質安全】だ。

 間違っても【最終兵器】扱いをしてはいけない。


 この世界の平和のためにも。


「申し訳ありません。ジェット嬢様」


「車いすに乗ってて避けることができないんだから、気を付けて頂戴」

 額をハンカチで拭きながらジェット嬢が応える。


 そのやり取りを見届けて、苦笑いしながらウィルバーが確認する。

「そんなに間違ってはいないと思うんですが……」


「まぁ、狭い意味では間違ってはいないんだが、俺が言いたかったのは作る目的についての解釈だ。戦争中ならいざ知らず、平和なこの世界で戦うことを目的してモノづくりをして欲しくないんだ」

「あと、戦争中だったとしても【兵器】という種類の機械の開発には、戦いを終わせるという想いを入れてほしい。もっと言うなれば、戦いに勝利し、終戦を勝ち取る。そういう種類の願いを入れて作ってほしい。そう思う」


「では、そのような願いを込めて【勝利終戦号】という開発名はどうでしょうか」

 ウィリアムが手を挙げてものすごいネーミングセンスを披露。


「「「「「………………」」」」」


 しばし室内が静まり返るが、フォード社長が沈黙を破って決定を下す。

「いいんじゃないか。【勝利終戦号】。開発名はそれでいこう」


 間違っても、戦いを始める要因にならないように。

 戦いを続けるための手段とならないように。

 戦いがある場所に勝利と終戦をもたらすそんな存在になれるように。

 本来の性能を発揮することなく博物館で眠り続けることができるように。


 そんな願いを込めた【戦車】、【勝利終戦号】の開発開始が決定された。


◇◇◇


 食堂棟の展示室で行われた【勝利終戦号】開発会議から三日後の午前中。【西方運搬機械株式会社】の工場脇に【戦車】が出現していた。

 とはいっても三日で【勝利終戦号】が完成したわけではない。

 大物を作るということで、おおよその寸法感覚を掴むために木造で実物大の模型を作ったのだ。


 製作はヨセフタウンの大工職人達。

 車両としては大きいが建物に比べれば小さいので、概略図面を元にそれっぽい形のものを一日足らずで作ってしまった。


 朝食後の後片付けが終わった後、ジェット嬢を食堂棟に置いて一人で見に来た。

 せっかく来たので近くで見てみる。

 形は知っていたけど実物大で見てみると圧巻だ。

 全長9.9m、全幅4.4mの戦車のハリボテ。


 この世界には大砲はあったし、銃もあるそうだけど主な武器は剣と魔法。

 そんな中にコレが出てきて、銃弾を跳ね返し、剣や盾を踏みつぶしながら突進してきたら恐怖だろうなぁとは思う。


 ジェット嬢なら秒殺しそうだけど。


…………


 午後になり昼食の片付けが一段落して時間が出来た頃。

 やっぱり気になるので、またその戦車模型のところに来てみた。


 今度は戦車模型の周りに長机が配置され人だかりができていた。

 その場でいろいろ案内していたウィリアムによると、トラクターの部品の製作を依頼している鍛冶屋や細工屋の担当者を集めて製作できそうな部品の相談会をしているとか。

 俺の前世世界で言うところの【サプライヤーコンペ】みたいなものか。


 集まっているヨセフタウン市内の鍛冶屋もかなりやる気を出しており、過去にヨセフタウンで開発された盾用鉄系超合金【ヨセフ1815】を是非とも使いたいと張り切っていた。


 ヨセフタウンでは過去に【最強の盾】を作るための試行錯誤が流行した時期があったそうで、【ヨセフ1815】はその時に作られた最終成果とのこと。

 その開発の中で、盾には不向きだったけど他用途に転用可能な鉄系合金が多数開発されたり、盾を効率良く製造するための熱間圧延技術が開発されたりと多くの副産物を生み出したとか。


 俺がここに来た後でトラクターや飛行機をやたら短期間で開発できたのも、過去に蓄積したこういう要素技術があったからなのかもしれない。


 でも、なぜ剣じゃなくて盾なのか。

 それはちょっと気になった。


 ちなみに、ジェット嬢が俺への仕打ちとして飛ばす金属製コップもこの試行錯誤の副産物が材料になっており【ヨセフS304】と呼ばれる鉄系耐食合金とのこと。俺の前世世界のステンレスに似ているとは思っていたが、それに近いもののようだ。

 あれはそこそこ重いので当たったらマジで痛い。

 高価になるけど耐食性をさらに強化した【ヨセフS430】という材料もあって、コレは【曝気槽ばっきそう】の散気管さんきかんに使ったとか。


 ヨセフタウンの鍛冶屋すごすぎる。


◇◇


 【勝利終戦号】開発会議から四日後の午後。昼食後の片付けが一段落したので今度はジェット嬢を背負って【勝利終戦号】の設計室に来た。

 【西方運搬機械株式会社】の工場内に設けられた専用の設計室内、志願した設計者が集まって各々担当の設計業務を行っている。


 チーム編成としては、装甲班九名、動力班十三名、機構班十三名の三十五名に、設計リーダのウィリアムを加えた三十六名。

 【西方運搬機械株式会社】所属の設計者の中でもヨセフタウン出身で比較的年齢高めの男達が設計の志願者として集まっている。


 飛行機好きのウィルバーとウェーバはこの設計チームには所属していない。でも必要な時に手伝いに来ることはあるそうだ。


 設計チームの日課として毎日午後に時間を決めて各部分の進捗や問題点の報告会を行っているそうなので、今日は同席させてもらうことにした。

 日によってはウィリアムと各班設計チーフのみで集まる場合もあるそうだが、今日は三十六名全員参加で報告会をするとのこと。


 各部分設計の進捗報告や相談事項が終わった後に俺も一言コメントさせてもらった。


 彼等は良くも悪くも【兵器】に類するものを作ろうとしている。

 平和を脅かすような間違った想いを込めてほしくない。

 ロマンに燃える若い設計者達に向けた俺なりの大切なメッセージだ。


「俺の前世の世界では【付喪神つくもがみ】と言って、物に魂が宿るという言い伝えがある。その解釈はいろいろあるが、俺は、設計者というのはモノに魂を宿らせるという仕事だと思っている。設計者が設計に込めた想いが完成したモノに宿るということだ」


「完成したモノには設計者が込めた想いが宿る。だから、自分達がこの【勝利終戦号】に込めたい思いを明確にイメージして一つ一つの設計を仕上げてほしい」


「間違っても【兵器】というものが不必要なこの世界の平和を脅かすような思いを込めないで欲しい。戦争が目的じゃない。平和を、終戦を目的とする【兵器】に仕上げてほしい」


「ウォォォォォォ!!!」×36


 【勝利終戦号】の設計チームから歓声が上がる。


 分かって欲しいんだ。

 分かってくれたかな。

 分かってくれたよね。


 彼等は【勝利終戦号】に込める想いを共有するため歌を作った。


 【勝利終戦号】のうた

  作詞:設計チーム三十六名

   作曲:設計チーム三十六名


  そこに戦意があるのなら、

  完膚なきまでに踏みつぶせ。

  戦意を砕き平和を守る

  それが我らの勝利終戦号

  我らを悪夢から解き放て


  戦意が川を超えるなら

  完膚なきまでに薙ぎ払え

  戦意を潰し平穏を守る

  それが我らの勝利終戦号

  我らを悪夢から救いたまえ


  戦意が我に向くのなら

  完膚なきまでに叩き落せ

  敵も味方も両方守る

  それが我らの勝利終戦号

  我らを悪夢から呼び覚ませ



 設計室内に男達の熱い合唱が響いた。


 ジェット嬢は、いつの間にか俺の背中で寝ていた。

 ジェット嬢には男のロマンは分からないか。

 分からないよね。

 それはそれでいいよ。


◇◇◇


 【勝利終戦号】開発会議から八日後。

 設計メンバーが【勝利終戦号】のうたを合唱してから三日目の朝。朝食後の片付けが終わって落ち着いた後にメアリ様から医務室に呼び出し。

 医務室に行くと【勝利終戦号】設計チームメンバーの五名が床の上に置いた毛布に寝かされていた。

ベッドが足りないそうだ。


 ここ数日で【西方運搬機械株式会社】から医務室に搬送される人数が激増しているとか。

 搬送後にある程度医務室で休めば回復して帰っていくので大事には至っていないが、食堂棟の普段の業務を圧迫しているとのこと。


 メアリ様が俺に対して指示を出す。

「【問題を解決】しなさい。貴方はそのためにここにいるのでしょう」


 俺の扱いが上手くなってきた。

 そうだよ。【問題を解決】するのも技術者の仕事だ。


 【問題を解決】するために、ジェット嬢は食堂で待たせて【西方運搬機械株式会社】の工場に向かう。今回は食堂で待機してもらったけど、ジェット嬢は聖属性の【回復魔法】も使えるらしいのでいざとなったら頼りになるかもしれない。


 そういえばジェット嬢が実際に【回復魔法】を使っているのは見たことないな。

 【回復魔法】自体見たことないから実は使っていたのかもしれないけど。機会があれば見てみたいものだ。

 でも、それを使うときというのは病人や怪我人が出た時だろうから、あんまり楽しみにはできない。病人や怪我人は出ないのが一番だ。

 健康第一。安全第一。いい仕事をするための原則ですよ。


 設計室に到着。


 各々、デスクや製図台で設計をしている。

 でも、皆顔色が悪くフラフラしている。


 各所から不気味な笑い声が聞こえる。

 ナチュラルハイ特有のヤバイオーラがあちこちから出ている。


 設計リーダのウィリアムが居たので事情を聴く。

「なんか設計メンバーの顔色が悪いように見えるが、ちゃんと休養は取れているのか?」

「当然不眠不休ですよ」

 目の下にクマを作ったウィリアムが即答。


 バターン


 言っているそばから設計室の中央付近の製図台前でメンバーが一人倒れた。設計室に居たウィルバーとウェーバが倒れたメンバーを素早く担架に乗せた。

 そして、身長差のある二人で息を合わせて患者を搬送。

 器用なもんだ。


 だが、設計室のこの惨状を見た以上、常識的な40代のオッサンとして言っておくべきことがある。


「ウィリアム。ちょっとそこ座れ」

 設計室奥の座敷のようなところで俺とウィリアムが正座で対面する。


 そこで俺は常識を語る。

「ここ数日医務室への搬送者が急増してメアリから苦情が出てる。メンバーの体調管理もリーダーの仕事だぞ。ロマンを追うのはいいけれどちゃんとリーダーの仕事しろ」

「面目ない。各担当者に適切な休養を取るように言ったんですが、全員設計に夢中になってて倒れるまで休みたがらなくて。医務室に搬送されても帰って来るなりすぐにデスクに齧りつく有様で……」


 それを聞いて、前世世界での開発職の仕事を思い出した。

 やっぱり開発職はそれが好きで仕事する人間が多いので、調子にのってくると無茶をしがちなところはあった。

 健康管理のために会社が残業時間の上限を規定してくれているにも関わらず、上限いっぱいまで残業した上にタイムカードを●●して会社に夜遅くまで居残ったり、しまいには仕事を持ち帰って自宅で徹夜で設計したりとか、そんなことをしている奴も確かに居た。


 前世の俺もその一人。


 だけど、そんな無茶苦茶して作った設計がマトモであろうはずもなく、そういうのは後からボロが出ることが多かった。

 その上、タイムカードの●●とか持ち帰り仕事とかのルール違反がバレた時は【始末書】だ。

 上司も連帯責任だ。ルール違反はいろんなところに迷惑をかける。

 仕事好きなのはいいけど、好きならなおさらルールを守って正しいやり方で仕事をしないといけない。


 ふと気になったことが出たのでウィリアムに確認する。

「倒れる直前まで夢中になって設計するのはいいけど、こんな状態でまともな設計ができるのか? 図面描くにしても普通にミスとか失敗とかしそうだが」

「そこは確かに問題になっています。設計チームではないウィルバーやウェーバに検図作業を手伝ってもらっていますが、確かにミスが増えていて設計の進捗が滞ってきました。遅れを取り戻すためにまた休まず設計してという、ちょっと悪循環になってしまって困っています」


 完全に【悪循環】だよ。それは。


 人間が集中力を持続できる時間なんてそんなに長くない。

 適度な休憩、適切な休養。それなしでまともな仕事はできないものだ。

 俺は40代オッサン。

 前世世界でその【悪循環】を体験済みの開発職のサラリーマン。

 彼等に同じ失敗を繰り返させるわけにはいかない。

 なんとかしてやらねば。


 そんなやり取りをしていると設計室にフォード社長が現れた。

 へっぴり腰で、杖代わりにした金属パイプにすがりつくような姿勢で。


 フォード社長は設計室奥の座敷に俺達を見つけると、杖にすがりつきながらおぼつかない足取りでゆっくりと近づいてきた。その姿があまりにいたたまれないので俺はフォード社長を抱えて座敷まで運んだ。


 ビッグマッチョな俺に抱えられたフォード社長は弱弱しい声で言う。

「済まない。座敷に腹ばいにして降ろしてくれないか」


 言われた通り座敷に腹ばい姿勢で降ろしてやる。

 いつぞやの腹ばい女を思い出す。


「社長。一体何があったんですか?」

 ウィリアムが心配そうに声をかける。


「倒れた社員が増えたと聞いて食堂棟の医務室に状況確認しに行ったら、社員をもっと大事にしろとメアリにさんざん尻を叩かれた……」

 フォード社長が腹ばい姿勢でぼやく。


「申し訳ありません社長……」

「いいんだ。これは俺の管理不行き届きだ。医務室に居たウィルバーとウェーバから検図の状況も聞いた。過労で設計品質も下がってるんだろ。休ませないと仕事にならない。かといって、ロマンに燃えている彼等のことだ、休めと言っても素直に休むとも思えない。食堂棟の医務室にこれ以上負担をかけるわけにはいかないから、とりあえず設計室にドクターを常駐させよう」


「ドクター常駐の設計室なんて嫌だ!」

 俺は思わず叫ぶ。


「ドクター常駐はあくまで暫定処置だ。検図結果を公表するなどして各自に休養の大切さを自覚してもらうようにする。休んだほうが仕事が進むとわかれば自分の限界をわきまえて良い仕事ができるようになるだろう」

 フォード社長は腹ばい姿勢で反論。フォード社長は若いのに本当に賢い。


「ウィリアム。すまないが、俺はしばらくここから動けない。クララに俺がここに居ることを伝えておいてくれ」


 ウィリアムはフォード社長の伝言を伝えるために設計室から出て行った。しばらく動けなくなるって、メアリの尻叩き。どんだけだよ……。


 そして、クララは経理部じゃなかったか?

 社長秘書も兼ねてるのか?


 俺は40代オッサン。

 今回はあんまり役にたった感じがないオッサン。

 せめて、何か一つはお役立ちしようとフォード社長に声をかける。


「フォードよ。そんなに痛いなら医務室行くか?」


「絶対嫌だ!」

 フォード社長は即答した。


 【西方運搬機械株式会社】の工場が併設された、多目的施設サロンフランクフルト。

 そこの医務室からは、たまに怪我人が出る。


◆◇◇◇◇◇◇◇


 【勝利終戦号】開発会議から二十五日後、設計室にドクターが常駐してから十七日後の午後。食堂棟医務室に搬送される設計者は居なくなり食堂棟業務は通常進行に戻っていた。


 【勝利終戦号】の設計も順調に進み、いよいよ車体の組み立てを開始するということで【西方運搬機械株式会社】の工場脇、例の木造模型の隣に屋根だけのテントが設置された。

 町内の鍛冶屋職人が集まり、分割して製作されたフレームや装甲板をテントの下で魔法による溶接で組み立てていく。


 その様子を俺とジェット嬢は上空から見守っていた。

 晴れた日に時間ができたときには、ウィルバー作の翼でサロンフランクフルト上空からヴァルハラ平野にかけて遊覧飛行するのが俺達の日課になっており、この日も気ままに空を飛んでいたのだ。


 ジェット嬢は背中に張り付いているので水平飛行では地上は見えない。

 サロンフランクフルト上空を旋回しながら、テント周辺で行われている【勝利終戦号】の組み立て作業を二人で眺める。


「楽しそうねぇ」

 ロケットエンジン係をしながら俺の背中でジェット嬢がつぶやく。


 実際楽しいんだよ。ああいうの結構楽しいんだよ。

 俺は、戦車も好きだが、飛行機も好きだな。

 楽しみなことが増えていく。

 ここでの毎日は本当に楽しい。


◇◇


 【勝利終戦号】開発会議から二十七日後。屋外の屋根だけテントの下で【勝利終戦号】の車体組み立てが始まってから二日後の午前中。

 ジェット嬢を食堂棟に残して地上から組み立ての様子を見に来たら【菱形戦車】の外観はほぼ出来上がっていた。


 ウィリアムが居たので進捗を確認してみる。

「これはどのぐらいまでできているんだ?」

「外装部分はほぼ完成で、今は電動機や魔力電池などの組み込みをしているところです。このまま順調に進めば、来週ぐらいには試運転できそうですよ」

 そう言いながらもウィリアムは何か心配事がありそうな表情だったので聞いてみる。

「どうした。順調そうだけど、なにか心配事でもあるのか」

「設計メンバーの一部から何かが足りないと不満の声が上がっているんですよ。本人たちも何が足りないのかよく分からないそうなんですが、何かが足りないと」

 完成したら仕事が終わって寂しいとかそういうのかなと思っていたら、ウィリアムから意外な返答。


 そこにウィルバーがフラッと現れた。

「その足りないモノというのは、こういうのじゃないですかぁ?」

 その腕に、スーパーミラクルデンジャラス金属パイプ【魔導砲】を抱えている。


 【勝利終戦号】の外装溶接部の確認をしていた設計者二人がそれを見て叫ぶ。

「「それだー!」」


 こうして【魔導砲】は【勝利終戦号】開発チームに引き渡された。

 そんな危険物持って来るな! そして渡すな!


「僕も【勝利終戦号】にはアレが似合うと思ったんですよ。それにアレを手元に置いておくのが怖くなってきていたので、喜んでもらえる譲渡先が見つかってよかったです」

 【魔導砲】を嬉しそうに持ち去る設計者二人を見送りながら、ウィルバーが本音を漏らす。


「こちらとしても、あの二人が足りないと言っていた何かを補うことが出来たようなので助かりました」

 そんな黒い本音に対して、ウィリアムは嬉しそうに応える。


 確かに【勝利終戦号】には【砲塔】と【主砲】が無かったから【戦車】としては足りなかったのかもしれない。でも、暴発したことしかないアレを積んで大丈夫だろうかという不安はよぎった。

 そして、さっき【魔導砲】を持って行ったあの二人どこかで見たような……。


 組立中の車体上部の設計を一部変更して、【魔導砲】の砲塔を追加するとか。

 まぁ、製作中の設計変更とか、たまにあるよね。


◇◇◇◇◇◇


 【勝利終戦号】開発会議から三十三日後、【魔導砲】引き渡しから六日後の夕方。ついに【勝利終戦号】は動き出した。


 乗車人員は、【車長】【主運転士】【副運転士】【砲撃手】の四名。

 左右の無限軌道で電動機と魔力電池の系統が分かれており、運転操作が複雑になるため運転士として二人を要するとか。

 【戦車】なだけあって車内は非常に狭く、残念ながらビッグマッチョな俺は中に入れない。


 俺もジェット嬢を食堂棟に置いて試運転現場に様子を見に来ていた。

 完成後の試運転という形で、設計リーダのウィリアムが【車長】を務めて食堂棟北側の広場をゆっくりと一周して帰ってきた。


 帰ってきてテント前で止まったところで、待っていた設計チーム三十二名の歓声が上がる。


「ウォォォォォォ!!!」×32


 やっぱり操縦は難しいようで、組み立てラストスパートで疲れている状態でこれ以上運転するのは危険とウィリアムが宣言。

 全員異論は無いようで、今日は作業場の片付け後に解散して明日は皆で役割交代して乗り回そうということになった。


 設計メンバーがテント周辺と作業場の片付けをする中、完成した【勝利終戦号】を間近で観察する。


 【菱形戦車】の形状をベースにした鋼鉄の装甲で覆われたいかにも強そうな車体。その車体上部に、明らかに後付けの形で載っている【魔導砲】の砲塔。

 前世世界の【戦車】を知っているせいか、この砲塔部分だけすごく違和感を感じる。

 上側含めた全方位に射撃可能な形によく考えられた砲塔設計。だけどその代わりに装甲全く無し。砲身も砲撃手もむき出し。


 主兵装が弱点。

 装甲に覆われた車体との防御力配分のアンバランス。

 実際の戦闘に使うには問題になりそうなこの設計。

 実際の戦闘に使うつもりは無いから、問題は無いけど、違和感は消えない。


「まぁ設計メンバーがいいって言うならいいか」

 そうひとり呟いて【勝利終戦号】の背部装甲板に触れた。

 その瞬間。


 バチッ


 何か電気のようなものが走った気がして俺はとっさにマズイと思った。

 しかし、思った時には遅かった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 作業場所の片付けをしていた設計チーム三十六名の目の前で、無人の【勝利終戦号】は突如走り出した。

 まるで意思を持っているかのように北側を目指して逃走。


 設計チーム三十六名の白い視線が俺に集まる。


「…………」×36


「俺じゃねぇ!! たぶん……」


 責任の所在はどうあれ現実的に追跡が可能なのは俺とジェット嬢だけだ。

 俺は食堂棟に走る。


 【勝利終戦号】の設計速度は約40km/h。

 不整地を走る場合トラクターでは追いつけない。

 また、追いついたところでどうにもできない。

 最悪踏みつぶされる。


 空からの追跡しかないが【試作1号機】は整備中。

 【試作2号機】はキャスリンが乗って行っているのでここには無い。

 そして、空から追いついたとしてもやはりどうにもできない。


 残る追跡手段は俺とジェット嬢が遊覧飛行で使っているあの翼。

 ジェット嬢の魔法なら【勝利終戦号】の捕獲ができるはず。


 車いす搭乗で食堂のテーブルにて本を読んでいたジェット嬢を背中に張り付けて連れ出し、格納庫で翼を装着。【ジェットアシストマッチョダッシュ】による滑走で緊急発進。


 サロンフランクフルトより【勝利終戦号】の無限軌道のわだちを追いかけて、高度300mを時速80km/hで北上。背中に張り付くジェット嬢に飛びながら事情を説明し飛びながら怒られる。

「剣を折るわ、大砲や【魔導砲】を暴発させるわ、しまいには【戦車】を暴走させるわ、アンタ本当に一体何なの?」

「俺じゃねぇ! 今回は絶対俺じゃねぇ! 針路ちょい右」

「針路右了解。アレ作ってるときにみんなにモノには魂が宿るとか豪語してたじゃないの。それで何か変な術とか使ったんじゃないの?」

「針路ヨーソロー。それは心を込めてモノづくりをしろという心構えを説いたものだ! 怪物を生み出すための呪文じゃねぇ! それに俺は魔法を使えないんだ! 知ってるだろ!」


 口論しながらも息を合わせて針路調整。

 ジェット嬢は背中に乗っているので地上が見えない。

 俺が無限軌道のわだちを見ながら針路を指示する。


「じゃぁ一体何なの? 誰も乗ってないのに何で走るの!? そもそも空から近づいても大丈夫なの!?」

「動く理由は分からんが、とにかく止めて持ち帰らないといかん。極力無傷で捕獲したい。アレの目の前にぬかるみを作る。前にウィルバーを埋めたやつだ。穴掘りじゃないぞ。ぬかるみだ。膝まで埋まるぐらいの深さだ!」

「分かってるわ。接近しても本当に大丈夫なんでしょうね! 【魔導砲】載せてるんでしょ! この翼じゃ撃ってきたら回避できないわよ! 地上から走って追いかけたほうがよかったんじゃないの!?」


 走って離陸することを前提にした低速用の翼。

 翼に動翼を持たず、操縦はジェット嬢の魔力推進脚の推力偏向のみ。

 飛行機としての機動性は劣悪で、遊覧飛行なら十分だが空中戦ができるような代物では無い。


 だが、戦車相手の航空攻撃には十分すぎる機動力があると俺は確信していた。


「戦車相手に地上から対峙するなんて自殺行為だ。安心しろ。戦車は空からの攻撃には弱いのが常識だ」


「目標まだ?」


 無限軌道の轍の先に高速で北上中の目標物を発見。

 捕獲作戦開始だ。


「ターリーホウ。機体進行方向基準で前方ちょい左。右寄りで追い越してから左方向旋回で前方にぬかるみを作る。オマエは旋回時に目標を見ろ!」

「了解!!」


 推力を上げて加速し追い越す。左方向旋回で目標に接近。


 そして、俺達は撃墜された。

●次号予告(笑)●


 モノづくりには夢がある。

 だが、夢が現実に変わった瞬間に設計者が負うべきごうがある。

 そのごうは、製造物の動作が顧客の期待値を下回った時に発生する。

 そして、設計者はそのごうから逃れることは決して許されない。


【製造物責任】


 それは、設計し、世に送り出した製品の全てが役割を終えるまで続く。


 ロマンを追い求め、【心のこもったモノづくり】を実践した三十六名の男達は、異世界の陸戦兵器を元に、全く違うものをこの世界に作り出していた。


 ぎっくり腰で苦しむ【金色こんじきの滅殺破壊魔神】はストレッチャーの上でしどろもどろにつぶやく。


「……ワタクシ、そろそろ怒っていいカシラ」


 そして、ごうを背負ってしまった技術者がもう一人。


 自分の夢のためだけに作ったはずの製作物。

 それを他者に引き渡した時点で理由を問わずそのごうは発生する。

 その引き渡しが例え不本意なものであったとしても、逃げることは許されない。


 設計者が顧客の【期待】を裏切った代償とは。


 夢追い人の頭上にギロチンのやいばが輝く。


次号:クレイジーエンジニアと品質ギロチン

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