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幕間 退役聖女の女子会(4.6k)

 【金色こんじきの滅殺破壊魔神】などという物騒な異名を持つ私であるが、女性にしては多少大柄な体格と、滅殺破壊な魔法力と、今は脚の代わりに魔力推進脚を持っているところを除けばいたって【普通の女性】である。


 そのつもりである。


 そのつもりであった。


 だが、今日の昼間、あのアホの背中に乗って街歩きをしたときに町で見た【普通の女性】。


 魔王討伐完了により【魔物】が出なくなり、街も国も平和になったせいか、以前より何か変わってきているような気がした。

 雰囲気も明るく、服装も綺麗になっている。


 そして、よく考えると、私は【普通の女性】というものがよくわからない。


 分からないなら学べばいい。


 私の母親代わりでもあるメアリが、アンダーソン領から来た女性と医務室で女子会をするというので、参加して【普通の女性】というものを学ぶことにした。


 アンダーソン領から来た女性。マリアというそうだ。

 背丈はメアリと同じぐらい。年齢はよくわからない。


 私と同じ黒目黒髪だが、そこは別に珍しくない。

 ユグドラシル王国の南の方ではこういう人は多い。

 珍しいのは、女性なのにズボン着用というところ。


 昼間はアンダーソン卿の指示に従い、【曝気槽(ばっきそう)】周辺でいろいろな作業をしていた。

 あの場所で作業をするなら、確かにズボンのほうがいい。泥が付くから。


 私はベッドの上に座らされている。

 いや、むしろ、置かれている。


 その前に小さいテーブルが置かれてコーヒー三人分とスナック菓子が置いてある。

 その小さいテーブルを囲むようにメアリとマリア。


 さぁ、見せてもらおうか【普通の女性】の会話とやらを。


 メアリが私とマリアに対して何かを書いた紙を示しながら説明を始める。

「サロンフランクフルト周辺の殿方の順位はこのようになってます」


●攻め オリバー>ウェーバ>ヘンリー卿>フォード>ウィルバー>プランテ 受け●


 最初から何のことか分からない。

 でも、【普通の女性】を知るために、なんとかついて行きたい。


 マリアがそれを見てスパッと何かを指摘する。

「メアリ様。順番に関して認識に相違は無いですが、これは解釈が間違ってます」


 これが理解できるの?

 間違いが指摘できるほど理解できるの?


「いきなり辛辣しんらつねぇ。どこが間違っているというの」

 メアリがなにか黒いオーラを出しながら応える。なんか怖い。


 物怖じせずに、マリアが返す。

「【愛】に対する解釈です。いろいろありますが、まずは不等号の向きです」


 わからない。

 どうしよう。

 さっぱりわからない。


 マリアが続ける。

「そもそも、【()け】というのは、【愛を受ける】という特性です。基準にすべきはこの力です。不等号はこの【()け】の強さを基準にするべきです。つまり、メアリ様の並べ方は逆です」

「確かにそう言われると、私は特に根拠もなく【()め】を基準にしていたけど、【愛】の授受が【(たっと)さの(ことわり)】であると考えると、【愛を受ける】力の大きさを基準にするのは理にかなっているわね」


 なんの(ことわり)なの? ねぇ、何の(ことわり)

 あと、メアリがたまに言う【(たっと)さ】ってそもそも何?


「あと、順位付けだけで終わっているところにも【愛】の欠如を感じます」

「あぁ、なんてこと。【愛】の欠如だなんて。教えてマリア。何を補えば【愛】は満ちるの?」


 マリアが紙に何かを書いて示しながら言う。

「私もその問いの答えを長年探し求めました。そして、其の末に行きついたのが、この、【愛】を受ける力を数値化した【定数】の定義です」


●攻め

・アンダーソン卿 2.67

・オリバー 2.88

・ウェーバ 3.29

・ヘンリー卿 4.42

・フォード 4.76

・ウィルバー 9.25

・プランテ 10.93

●受け


「コレは! 相対値ではなく絶対値で【()め】【()け】の位置づけをする! 【愛】の【定数】表!!」

 メアリが鼻血を噴き出して興奮しながら叫び、マリアも興奮して応える。

「そうです。順位付けだけでなく、定量化することで、殿方の間の【愛の強さ】すら定量できる。超理論です」


 ある意味、超理論であることは分かる。

 でも、それしか分からない。

 気が遠くなってきた。


 メアリが鼻血を拭きながら疑問を口にする。

「でも、マリア。貴方今日ここに到着したのよね。アンダーソン卿はともかくとして、サロンフランクフルトのメンバーに対してなぜこんなに正確に【定数】を定量できたのかしら」


 その【定数】がどう正確なのか。

 私はさっぱりわからない。


「この【定数】は目で見てわかる物ではありません。【心の電極】を使うのです。心に宿る純粋なガラス薄膜の表裏に発生する【愛】の落差を増幅して感じることで定量できます」


 メアリが感動で涙と鼻血混じりの鼻水を出しながら応える。

「【心の電極】! なんてすばらしい概念。なんか、私にもできる気がしてきたわ。明日早速試してみるわ」


 私は全くできる気がしない。

 魔法ならできたけど、これはできる気がしない。

 そもそも全く理解ができない。


 マリアが説明を続ける。

「できるはずです。メアリ様ほど【愛】を追い求めた方なら、既に心にガラス薄膜が宿っているはずです。その表裏の【愛】の落差を感じることさえできれば、正確に定量できるはずです」


「でも、【心の電極】は、精度は高いですが、不安定なところがあるので、心の揺らぎに備えて【校正(キャリブレーション)】は気を付けたほうがいいです」


「【校正(キャリブレーション)】というのは何かしら」

「絶対値のズレを補正するものです。【定数】の揺らぎが少ないブレない人を基準に、【心の電極】の感度を補正するのです。私はアンダーソン卿を基準にしています」

「そうね。定量するなら、基準は必要よね。ブレない人がいいなら私はオリバーを基準にするわ。アンダーソン卿と【定数】が近いからマリアと【定数】を共有するのにも都合がいいと思うし」

「メアリ様と【校正(キャリブレーション)】の基準点を共有できるなんて嬉しいです」


 ここで一服。

 三人でコーヒーを飲みながらスナック菓子をつまむ。


 どうしよう。今までの話が何一つ分からない。

 私は【普通の女性】から遠いのだろうか。

 ヨセフタウンで自警団の手伝いをしていたときに、悪いことをした男達を殴ったり焼いたり薙ぎ払ったり吹き飛ばしたりしていたから【普通の女性】から離れてしまったのだろうか。

 そんな不安がよぎる。


 一服して落ち着いたところで、マリアがまた何かを紙に書いて話し出す。

「この【定数】の理論を元に探求し続けているものがあるんです」


・グリシン 2.34 9.6


 それを見たとたんに、メアリが鼻血を噴き出して椅子の向こうにのけぞる。

 頭が床に当たるんじゃないかというところまで後ろにのけぞった後、勢いを付けて起き上がる。

 その反動で顔面から飛び散った鼻血がテーブルに散らばる。


 何それ怖い。

 その動き人間の動きじゃない。

 脚があった頃の私でもそれできない。


 涙と鼻血とヨダレにまみれた顔でメアリは叫ぶ。

「何それ! もしかしてそれは! 2.34より強い【()め】に対しては【()け】となり、9.6より強い【()け】に対しては【()め】となり、2.34と9.6の間の殿方に対しては【ノンケ】を通すという!!」

「そうなんです! まだ、私は存在を確認していませんが、このような殿方の存在を理論的に予測しています。居るはずなんです! 必ずどこかに居るはずなんです!!!」

「探し出せ! 世界の全てがそこにある!」


 呆然ぼうぜんとする私の前で、二人は雄叫びを上げる。


 どうしよう。

 私どうすればいい。

 何一つわからない。

 【普通の女性】が遠ざかる。


 興奮しているメアリが突如私に話を振る。

「イヨ。貴女あなたはこの【定数】の理論どう思う?」


 全く話についていけていないが、ここは【普通の女性】についていくために頑張るところだ。

 話の流れを頑張って解釈すると、人に対して【定数】を割り振っている。

 だったら、聞くべきはここだ。


「えーと、この表に入るとするならワタクシの【定数】はいかほどになるのでしょうか」


 途端に空気が凍り付き、二人の冷たい目線が私に刺さる。


「大変ですメアリ様。この根本的なところから理解できていません」

「まぁ、本当に困った子ねぇ。基本のところからしっかりと教えないといけないわ」


 二人が椅子から立ち上がり、小さいテーブルを移動させてベッドに乗る私に近づく。

 脚の無い私は自分でベッドから降りることはできない。

 車いすは手の届かない壁際だ。

 ベットの上で思わず後ずさるが、背中が壁に当たる。

 逃げ場がない。


 さらに二人は近づく。


「さぁ、正しい薔薇ばらの教育をしましょう。フフフ……」

「イヨ。こっちへいらっしゃい。フフフフフ……」


「ギニャァァァァァァァァ!!」


…………


 目が覚めたら、真っ暗な医務室でベッドに寝かされていた。

 あの後の記憶が無い。

 室内を確認する。建屋は原型を留めており、荒れた形跡もない。

 私が魔法を使わなかったということだ。

 そこは一安心。


 身体を確認する。

 特に異常は無い。

 脚もない。


 胸の上に紙が置いてあったので、それを目の前に持ってくる。

 何かが書いてある。

 私は視力は良いほうなので、暗くても文字が読める。


【愛はプロトンと覚えたり】


 読めるけど、全く意味が分からない。

 むしろ怖い。

 今すぐこの紙を火魔法で燃やしたい。


【愛はプロトンと覚えたり】


 でも、ここは食堂棟の医務室。

 食堂棟内は火気厳禁で、無許可で火魔法は使ってはいけないという約束がある。

 約束を守れなかった者の末路は悲惨だ。


【愛はプロトンと覚えたり】


 そもそも、食堂棟での火魔法が禁止された原因は私だ。

 ここで脚のあるウェイトレスをしていた頃に、私に歳を聞いて失礼では済まない言動をした来訪者を……。

 いや、それは今はいい。

 あの時もお尻が痛かった。


【愛はプロトンと覚えたり】


 メアリに見つからずに燃やすことはできるか。

 自信が無い。

 【殺気】や【敵意】に敏感な私でも、メアリの気配を察することができた試しがない。

 しかも、メアリは【殺気】や【敵意】を一切発することなく、私のお尻をあそこまで痛めつけることができる。

 メアリは怖いのだ。

 でも、そもそも私が約束を破らなければいいだけのことだから、メアリを恐れるのもなにか違う気がする。


【愛はプロトンと覚えたり】


 もう考えるのをやめよう。


 だが、思考を止める前に、今日分かったことの整理だけはした。


 あの二人は【普通の女性】に該当しない。

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