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第9話 クレイジーエンジニアと魔力電池(11.9k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから三十日目。着脱自在の背負子しょいこ的ハーネスで、脚の無い女を背中に張り付けて動き回る大男というデタラメな生活スタイルが定着してから十八日後。

 そして、暴走した小柄男たちの心無い発言が引き起こした東池近傍の【滅殺破壊大惨事】から四日後。


 サロンフランクフルト周辺ではフォードの工場建設が始まっており、外では大人数が動き回っていて騒がしい。そんな日の夕方。


 俺達四人は、静まりかえった展示室でこうべれてつくばっていた。

 所謂いわゆる、土下座姿勢である。

 

 床でこうべれるのは、俺、ウィルバー、プランテ、そしてジェット嬢。そう、ジェット嬢までが床上の座布団の上に乗せられてこうべれているのだ。

 大腿切断と魔力推進脚の装着により、自力で立つことも歩くこともできないジェット嬢にとって、床に降ろされるというのはそれ自体が最悪級の仕打ちなのだが、今まさにその仕打ちを受けている。


 そんな俺達四人を鋭い眼光で見下ろすのは、メアリ様。


 どうしてこうなった。



 四日前にジェット嬢が俺の背中で【滅殺破壊魔法】を使った時、ものすごい勢いで何かがジェット嬢側に流れるのを感じた。

 それ以来、俺はその何かをうっすらと知覚できるようになった。この何かというのはこの世界の魔法のエネルギー及び物質源フロギストンだと考えている。


 そうなってから、このフロギストンの動きに何らかの影響を与える物体があることに俺は気付いた。この現象を解析して応用すれば、何かに使えるかもしれない。そう考えて、影響を与えていそうなものを集めてみた。


 転生時に初期装備として持っていて、うっかり折ってしまったミラクル残念剣。

 先日の【滅殺破壊大惨事】にて焼失した炭保管庫から発掘した溶岩の一部。

 裏山にて採掘した何かの鉱石。


 この現象は魔法に関連すると思ったので、プランテとウィルバーを呼んで展示室でいろいろ調べることにした。

 雷属性を持っている魔術師は皆忙しいので、わりと暇をしていたこの二人を助手として選んだのだ。


 ミラクル残念剣は、さやの口を下に向けて刀身本体を出そうとしたときに、うっかり床に落としてバラバラに砕け散ってしまった。

 割れた音を聞きつけたジェット嬢が車いすで展示室まで様子を見に来たが、床で粉々になったミラクル残念剣だったものを見ると、驚愕の表情で固まった後、なにかこうあきらめた表情で何も言わず出て行ってしまった。

 なんか申し訳なく思った。たしかコレ【国宝の魔剣】だったよね。ごめん。


 でも、ミラクル残念剣の破片はなにかこう、フロギストンに影響を与えていると感じたので、プランテが持ってきた粉砕機で破片を粉末にして、三人であーでもないこーでもないといろんな形にして、俺がフロギストンに対する影響を確認した。

 最終的に、ウィルバーが持ってきた金属パイプに粉末を圧入して、片側をガラス板で蓋をするという形にまとめた。

 とくに明確な目論見があったわけではない。なんとなくこの形に行きついたのだ。


 この世界では、前世世界でのファンタジー作品の世界でよくある【魔法アイテム】の概念は無い。魔術師が魔法を使いやすくするための補助アイテムはあるそうだが、魔法はあくまで魔術師が使うものというのが常識だ。

 しかし、この世界の魔法の常識をフロギストン理論で真っ向から否定した俺は、この金属パイプが何らかの魔法を単体で発動させる【魔法アイテム】になりそうな気がしたのだ。


 結局、その勘は当たった。

 ミラクル残念剣粉末を圧入した金属パイプを持って、なんとなく展示室の壁に向けてみたら、轟音と共に謎の光線が発生。展示室の壁にφ80ぐらいの穴をあけた。


 ビーム兵器だ。すごいものができてしまった。


 ウィルバーもプランテも驚いていたが、自分たちの作業が何かの新発見につながったことで喜んでいた。

 このミラクルデンジャラス金属パイプは【魔導砲まどうほう】と命名した。


 その後、ジェット嬢がすごい勢いで車いすで展示室に乱入してきて、怒りながら金属コップ噴進弾一ダースを連射して全部俺のあごに命中させた。痛い。


 ちょっと間を置いて、やばいオーラをまとったメアリ様が展示室に降臨。

 今に至る。


 粛清しゅくせいですか、粛清しゅくせいなんですか、とおびえる俺達にむけてメアリ様が口を開く。


「さきほど、食堂棟前の掃除をしていた私の頭上をかすめていった、あの光について質問があります」


 あのビーム砲はそんなところまで届いていたのか。

 展示室の壁を貫通し、食堂を横断し、食堂の外壁を貫通し、建屋外まで到達して何処かへ飛んで行ったということか。

 こんなに危ないことになっていたとは。

 食堂に人が居なくて本当に良かった。


「イヨ。貴女あなた今度は一体何をしたの?」

「えっ?」


 ジェット嬢が驚愕の表情になる。

 メアリ様の中ではジェット嬢が主犯らしい。


 そうだよね。俺は魔法は使えないし、ウィルバーやプランテも破壊力が出るほどの強力な魔法は使えない。

 あの光線は明らかに魔法がらみの現象だし、そういうことが魔法で出来そうな、できるであろう人物は消去法的にジェット嬢しかいない。


 うろたえるジェット嬢はすがるような目線で否定をする。

「ち、違います。私じゃ……」


「ほかに誰があんな危険なものを出せるというの?」

「……でも、今回は私じゃ」


貴女あなた四日前に何をしました? やらないって約束していたことをしましたよね」

「!!!」


「今夜も医務室でちょっとお話しましょう。長い夜になりそうね」

「!!!!!」


 緊迫感が桁違いのこのやりとりを前に、顔を上げることもできずにつくばっている俺とウィルバーとプランテ。

 だけど俺は40代のオッサン。人生経験豊富で、誠実さを売りにしたことはないけれど、それなりに真っ当な人生を歩んだオッサン。

 【ジェット嬢冤罪事件】を起こすわけにはいかんのだ。


 事情を説明して、誠心誠意謝った。


 メアリ様は、ジェット嬢以外の人間がどうやってあの光線を出せるのか理解をしてなかったようだが、俺がこの世界の常識から外れたものを作ることがあるという認識はあったので納得してもらえた。


 メアリは濡れ衣を被せてしまったジェット嬢にはちゃんと謝った。

 そのうえで、信用が大事と念押しをしていた。ジェット嬢も納得したようだった。

 常識的な指導だが、過去に何かあったんだろうか。


 そして、俺とウィルバーとプランテは、メアリ様と車いす上に復帰したジェット嬢の前でこうべれてつくばい、ひたすら謝り続けた。


 俺には【夕食抜き】という極刑が執行され、俺はその晩機械室で空腹と戦った。


 今回問題となったスーパーミラクルデンジャラス金属パイプ【魔導砲】は、俺が持っているとまた暴発させる危険があるということで、ウィルバー預かりとなった。


 アレ一個でミラクル残念剣の破片は全部使ってしまったので、二個目は作れない。

 手放すのはちょっと惜しい気がしたが、身の安全、心の安全、食事の安全には代えられない。


 やむなし。


◇◇

 

 【魔導砲】暴発による【ジェット嬢冤罪未遂事件】の二日後の午前中。

 プランテは、あの日俺が持ち込んだもう一つの素材について何らかの可能性を見出していた。

 【滅殺破壊魔法】にて焼失した炭の保管庫から回収した、金属光沢を放つ謎の鉱石。


 金属光沢をもつ部分だけ単離して実験をしようとしていたが、量が少ないのでもっと欲しいと。

 同じく興味を持ったメンバーを集めて、東池周辺で鉱石集めをすると言っていた。

 俺もあの鉱石は気になっていたので、朝食の片付けが終わった頃合いにジェット嬢を背負って東池の方に様子を見に行った。


 東池周辺ではプランテと【小柄を誇り魂を磨く会】のメンバー三名を含む六名が落下した石を集めて調べていた。

 そして、東池では誰かがおぼれているように見えるが、だれも気にしていない。

 さすがにこれは放置はできないと、プランテに声をかける。


「おいプランテ。東池でおぼれているのは誰だ? なぜ放置している。危ないぞ」

「彼は私の研究仲間のルクランシェです。ボルタ領より昨日到着したので例の鉱石の捜索を手伝ってもらっていたんですが、ちょっと問題が発生しまして」


「池に落ちたのか。だったらすぐに引き上げてやればいいじゃないか」

「彼は鉱石を探しているときに、【魔法で出来た鉱石なら同じ魔法をもう一度やってもらえばいいじゃないか】と言い出しまして、作業を手伝ってくれていたあちらの方々に池に放り込まれてしまいました」


 【滅殺破壊魔法】で殺されかけた【小柄を誇り魂を磨く会】のメンバーの前でそれ言っちゃったら、放り込まれるのも仕方ない。俺も納得した。


「それは仕方ないな。しばらく池で反省させよう」

「ちょっと酷いんじゃないかしら」


 ジェット嬢が心配そうに口をはさむ。


「そろそろ助けてあげないと……あっ!」

「どうしたジェット嬢。あっ。沈んだ? あの気泡はなんだ?」


 ルクランシェ青年が水面から消えて、その代わりに溺れていた周辺に無数の気泡が出ていた。


「助けようと思って、風魔法で水中に空気を送ってあげたら沈んじゃった……」

「やめてあげて! 本当に死んじゃう!」


 水に気泡を混ぜると、水の見かけ上の比重が小さくなるため、その上に浮いている物の浮力は小さくなる。つまり、沈む。

 これで船が沈むことだってあるぐらい危険な現象だ。


 結局、【小柄を誇り魂を磨く会】メンバーが可哀そうなルクランシェ青年を救出。食堂棟の医務室に搬送した。仲間意識でも芽生えたかな。

 殺されかけた者同士。


 肝心な鉱石の捜索の成果について。

 プランテ曰く、東池周辺を広範囲に捜索したが、目当ての鉱石はほとんど見当たらなかったという。東池周辺の石が片付いたのは大きな成果であったが、続きは午後からということで一旦解散。

 昼休みに入る。


 昼食時間帯は食堂の仕事があるので、俺もジェット嬢も忙しい。

 俺は食後のテーブルから食器を回収して、テーブルを拭く係。

 でかくて邪魔になるから繁忙時間帯は調理場への立ち入りは禁止されている。


 泣くぞ。


 ジェット嬢は車いすでウェイトレス。

 車いすにトレーラックを搭載することで、通常の三倍の効率で配膳ができるスーパーウェイトレスとして仕事を頑張っている。


 昼休みが終わり、食堂の片付けも終わったところでジェット嬢を背中に張り付けて東池に再度集合。

 午後のメンバーは、俺、ジェット嬢、プランテ、ルクランシェ。

 午前中手伝ってくれたメンバーは、午後はフォードの工場建設の手伝いがあるということでそっちに行った。


 ちなみに、遊んでいるようにも見えるプランテは研究と勉強目的でボルタ領から派遣されているので、こういう探索活動も仕事のうちらしい。


「午前中は迂闊な発言をしてしまい申し訳ありません。助けて頂いた方々から聞いたのですが、まさかそんな恐ろしい魔法だったとは知りませんでした」


 着替えてから合流したルクランシェ青年が午前中の反省を述べる。


「【金色こんじきの滅殺破壊魔神】といって、この町では知らない人がいない絶対的な超恐怖伝説なんです。これに関連する話は言葉を選ばないと大変なことになります」


 プランテがルクランシェにこの街で生き残るための注意点を説明するが、お前も言葉を選べプランテ。本人が俺の背中に張り付いていることを気づいてないのか。

 また吹っ飛ばされるぞ。大変なことになるぞ。

 若者達が危険な失言をする前に、俺は話題を変えることにした。


「鉱石の件に話を戻そう。炭の保管庫跡地以外からは発見されてないので、炭の保管庫にあった何かと、溶岩が反応してできたものかもしれん」

「最初に炭保管庫跡地から採掘されたことは聞いていたので、その線はあると思って木炭をもってきました。これを粉砕して、同じく粉砕した溶岩を混ぜて加熱したらあの鉱石ができたりしないでしょうか」

 ルクランシェが木炭の大袋を出しながら仮説を語る。


「面白そうね。粉砕して混ぜてくれたら、加熱するのは私出来るわ」

 俺の背中から聞こえるジェット嬢の声に、プランテとルクランシェが青ざめる。


「よ、よろしくお願いします。では我々は準備しますので」


 プランテとルクランシェが粉砕機などの機材を取りに食堂棟に戻っていった。

 やっぱり俺の背中にジェット嬢が居ること気づいてなかったのか。確かに正面からだと俺がビッグマッチョすぎてジェット嬢が見えないからな。

 危ないところだった。


 しばらくしたら準備ができた。

 溶岩からできた石を粉砕したものと、木炭を粉砕したものを混ぜて、スコップで地面に掘った穴に入れる。

 俺の背中に張り付いているジェット嬢がその穴の中を火魔法で加熱する。火加減はよくわからないので、溶けるぐらいまでということで赤く輝くぐらいの火加減で加熱を続けている。

 俺とプランテとルクランシェでその輝きをワクワクしながら眺めている。


 この火魔法を見て気になったので、普通の魔術師とジェット嬢の魔法の発動方法の違いについて考えてみた。


 俺が知っている魔術師は、魔法学校の生徒ぐらいだ。

 彼らのこの世界での中での魔術師の実力レベルは分からないが、彼等が実習している姿を見ることで、この世界の魔法の発動方法の法則がなんとなく分かる。


 この世界の魔法では、決まった呪文は無さそうだ。

 定型句のようなものがあるようだが、絶対必要というわけではなく、人によって若干違う。

 単なる掛け声のような位置づけと思われる。


 印を結ぶような決まった動作もない。

 動作は人によってまちまちで、非接触での発動の場合は、発動対象を見て、発動対象に向けて手をかざしたり指差ししたりと、普通に考えられる動作だ。


 発動時間も人によってまちまちだ。

 習熟レベルにより発動時間が短くなるということはあるのかもしれないが、魔法学校の生徒達のレベルだと明らかに溜めと分かるぐらいの発動時間を必要としていた。


 対して、ジェット嬢はどうか。


 【滅殺破壊魔法】では変な掛け声を出していたが、【魔王城】近くで【魔物】を焼き払った火魔法では呪文のようなものは使っていなかった。


 背中合わせだったので、魔法発動時の動作を見ていたわけではない。

 でも、背中合わせなので身体の動きは分かる。【魔物】相手の魔法発動時はいつもノーモーションだった。

 つまり、手をかざすとか、目線を送るとかそういう予備動作なしで魔法を発動させることができるということだ。

 初対面の時に俺に向かって火の玉を投げつけてきた時は、意図的に、自分が火の玉を投げているということを分からせるように、そう見える動きをつけて魔法を発動させたに違いない。


 そして今、火魔法で石と木炭の粉末を穴の中で加熱している。

 点火時はジェット嬢に見えるように俺が後ろを向いていたが、今は俺が加熱の様子を見ている。

 ということは、ジェット嬢から見て加熱対象は真後ろ。今はジェット嬢からは見えていない。


 それでも、魔法による加熱は続いている。

 木炭の燃焼ではこんなに熱量は出ない。

 確実に魔法による加熱は続いている。

 そして、俺が動いても魔法による加熱の対象がずれることはない。


 自分からの相対位置ではなく、何を基準にしているか分からないが、絶対位置で、しかも死角に対しても正確な位置で魔法を発動し続けることができるということだ。


 さらに、ヘンリー卿にスカートめくりをされた時、その後フォードがボケた時の雷魔法。

 動揺しつつも瞬時に正確に雷魔法を発動していた。

 ウィルバーの時は叫び声を出す間もないほど確実に仕留めていた。

 予想外の狼藉ろうぜき行為の報復として瞬時に発動させている。

 発動時間は極めて短い。


 射程距離については分からないことは多い。

 【魔王城】近くでの【魔物】との戦闘では10m近くは離れていた。

 遠くなると威力が下がるという影響はあるのかもしれないが、さっき東池でルクランシェを沈めたときの距離を考えると、最低でも30m前後の距離はカバーしているものと考えられる。


 視界についてもよくわからないが、【魔王城】近くでの【魔物】との戦闘では、【魔物】に遭遇するたびに回れ右をしていたので、ジェット嬢は後ろは見えていない。

 実は後ろも見えていた可能性もあるが、その点は考察できないので保留だ。


 これらの考察を統合すると、ジェット嬢の魔法発動方法は、魔法学校の生徒とは異質のものであると言える。

 根本的に何かが違うのか、練度の差なのかは現時点では分からない。


 ジェット嬢の魔法発動能力は一見優れているようにも見えるが、問題点がある。

 魔法発動が傍から見て全く予測ができないのだ。


 目視確認も予備動作も無しで周囲の任意の点に瞬時に大火力魔法を発動させる。しかも射程距離は少なくとも数十メートル。

 ジェット嬢から半径数十メートル以内は、ジェット嬢の意思により、突如大火力魔法が炸裂する可能性がある危険空間であると言える。


 死角になる後ろ側が特に危険だ。

 ジェット嬢が人の存在に気づかずに魔法を発動させる危険性がある。

 この問題点を本人が自覚しているかどうかは分からない。


 魔王討伐は終わっているのでもう戦うような相手もいないと思うが、この特性を踏まえて、仮にジェット嬢を戦力として見た場合のことを考える。


 ジェット嬢は明らかに集団戦に不向きだ。

 随伴ずいはんしたがる味方が居ない。

 誰だって嫌だ。近くに居たくない。


 ジェット嬢の力を最大限発揮できる最適な戦術は、単身敵のど真ん中に放り込んで、味方の居ない場所で大暴れさせるような戦い方。

 逆に言えば、そういう使い方しか考えられない。


 魔王討伐隊の前線基地で、本隊と合流したくないと言っていた。

 本当にそんな扱いを受けていたのかもしれない。例えそれが戦術的に唯一無二の最適解だったとしても、それを自覚していたとしても、つらかっただろう。


 でも、そんな仕事は終わったんだ。

 役割は果たしたんだろう。これからは、このサロンフランクフルトでウェイトレスをしながら俺達と楽しくモノづくりをしていけばいいさ。

 そう思った。


 鉱石について、結果的に俺とルクランシェの勘は当たっていた。

 この方法で金属光沢をもつ鉱石を取り出すことに成功したのだ。

 石の種類や、木炭との配合量を変えて、何度も試した。

 欲しかった鉱石がどんどん増えていって、プランテもルクランシェも大喜びだった。


 投入する石の種類によって取れる量が変わることも分ってきた。

 木炭の使い方が違っているが、若手三人とオッサンによるバーベキューパーティのようなノリで、どんな石が最適なのか調べながら、日が傾くまで木炭と石を加熱していった。


 ジェット嬢も楽しそうだった。周りから破壊力としてしか認識されていなかった魔力を、新しい何かを作り出す力として使えるのが嬉しいのかもしれない。


 俺の前世世界の記憶より、この金属光沢のある鉱石の正体は金属シリコンではないかと考えた。

 金属シリコンは、石の主成分である二酸化ケイ素を木炭により高温で還元して作ることができる。

 金属シリコンと思われるものが、なぜフロギストンに影響を与えるのかは分からない。

 だが、新しい【魔法アイテム】の可能性に心が躍った。


 夕食の時間が近づいて、ルクランシェが持ってきた木炭も使い果たした頃に、今日の作業は終わりということにして成果物の鉱石をたくさん携えて食堂棟まで帰ってきた。


 食堂棟入口のカウンター前で、やばいオーラをまとったメアリ様が待っていた。


「貴方たち、今日の夕食の調理で使うはずだった木炭を知らないかしら」


 これはもしやと思い、俺は確認した。


「ルクランシェ。念のため聞くが、今日使い果たした木炭はどこから持ってきた?」

「えーと、食堂入口のカウンター下に置いてあったものを少々……」


 それは調理用だ。そして、ルクランシェの言う【少々】は【全部】だった。


【こうべをたれてつくばう】


 俺、ジェット嬢、プランテ、ルクランシェ、全員で土下座姿勢で誠心誠意謝った。


 ジェット嬢は俺の背中から自ら床に下りた。

 本気で悪いと思ったようだ。


 その後、ジェット嬢は火魔法による調理器具として調理場で奉仕活動。

 俺は、再び【夕食抜き】の刑が言い渡され、空腹状態で機械室に軟禁。


 プランテとルクランシェは明日以降の分の木炭の確保を命じられ、街に買い出しに走った。


 こうして、サロンフランクフルトにおける俺達の楽しい日常は過ぎていく。


◇◇◇


 調理用木炭横領容疑により四人揃ってこうべれてつくばってから三日後の午前中。

 ルクランシェは作った鉱石の半分を持ってボルタ領に帰還していた。ボルタ領の研究チームにて特性確認や活用方法の模索を行うとか。


 プランテは引き続きこちらに残り研究を続けていた。フロギストンから自発的に発電を行うような装置を作り、鉛蓄電池と組み合わせてトラクターに搭載するのが目標とのこと。

 プランテよ、それが作れたら【永久機関】に近いものになるぞ。がんばれ。


 プランテとルクランシェが自分の研究に戻っていったのと、【滅殺破壊大惨事】の後片付けも落ち着いてきたので、俺とジェット嬢はちょっと暇になってきた。


 そこで魔力推進脚による飛行試験を行うために、ウィルバーを誘って東池周辺に来ていた。

食堂棟北側の広場のほうが広いのだが、そちら側は今はフォードの工場を建設中でたくさん人が来ている。

 そのため、自由研究のようなことは東池周辺で行うのが慣例になっていた。


 ウィルバー立ち合いの下で、ジェット嬢の魔力推進脚の推力で離陸を試みる。


 ゴォォォォォォ  ベシャ ズザァァァァァ


 ゴォォォォォォ  ベシャ ズザァァァァァガリガリガリガリ


 そして、離陸に失敗して俺が腹ばい姿勢で地面にこすり付けられる。


 俺が痛い。

 俺の服がボロボロになる。


 前世で好きだったロボットアニメでは、背中にロケットエンジンを背負った人型ロボットが優雅に空を飛んでいた。

 でも、俺は気付いていた。あのエンジン配置でマトモに飛べるはずがないと。


 重心より後ろ側で自重を越えるような大推力を出したら、前のめりに倒れた状態でねずみ花火のように地面を走り回ることになる。


 今の俺のように。


「ジェット嬢よ、このスタイルでの飛行はちょっと無理があるぞ」

「うーんそうね。推力は十分だけど、なんかこう、前後のバランスが取れないというか」


 離れた場所で見ていたウィルバーが声をかけてくる。

「おーい、ちょっと僕近づいてもいいですかぁ?」


 離れた場所で見ていたのは理由がある。

 また、近づく前に確認するのにも理由がある。


 ジェット嬢が推進噴流を出すとき近くにいると、吹き飛ばされるのだ。

 俺達二人の自重を持ち上げるだけの推進噴流でもそれが地表に当たって周囲に広がるときの流速はかなり速い。

 ビッグマッチョの俺ですら、気を付けて踏ん張ってないと足を流されそうになる。

 普通の人間だとあっさり流速に足を流されて転倒し、倒れた状態で吹き飛ばされて擦り傷だらけにされてしまう。

 今のウィルバーのように。


 俺の前世世界のジェットエンジンやロケットエンジンと異なり、推進噴流の温度はそれほど高くないので火傷の危険性は無いのが救いだが、危ないことに変わりはない。


「こう、魔力推進脚の角度を、私からみて後ろに向けてバランスを取るのはどうかしら」

 背中のジェット嬢が魔力推進脚の噴射口を俺の脚に当ててくる。

「やめてくれ。俺の脚に推進噴流が当たる。あと、この角度で推力を出すとオマエの骨にも悪影響が出そうだ」


 推進噴流で俺の脚が吹っ飛ばされたら着陸ができなくなるぞ。

 それに、ジェット嬢はバカ力ではあるが、身体は人間の女の子だ。

 骨や関節に変な方向に力を加えると、骨折や脱臼の可能性もある。


 恐る恐る近づいてきたウィルバーが声をかけてくる。

「今飛ばないでくださいね。僕が飛ばされてしまいます」


 ウィルバーは俺達を見ながら、俺達の周りを何週か回った後、もっともなことを言い出した。

「イヨさんが下になれば簡単に飛べるのでは?」


「それはカッコ悪いからダメ!」


 俺とジェット嬢の不条理な理論が同期し、ウィルバーは顔をひきつらせた。


 分かってる。

 分かってるんだ。


 推力はジェット嬢の魔力推進脚から出る。

 そして、その魔力推進脚の噴射口は俺から見て後ろ側の方向に広い可動範囲がある。

 だから、ジェット嬢が下になり、俺がジェット嬢に背負われる形になれば、推力を下方向の広い範囲に動かせる。


 推力だけなら余裕があるんだ。

 この形で飛べば俺の前世世界における飛行機やヘリコプターよりも自由度の高い飛行性能が普通に出せるはずなんだ。


 でもダメだ。

 ビッグマッチョの今のこの俺が、ジェット嬢に背負われる格好で飛びたくない。

 カッコ悪すぎる。


 【手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間】だからこそなのか、飛びたいという欲望よりも、カッコ悪いという抵抗の方が勝ってしまう。

 ジェット嬢も同じ考えなようで、俺を背負った形で飛ぶのは望むところではないらしい。

 良くも悪くも息が合ってきた。


「僕の飛行機作りに協力してくれるなら、お二人がカッコいいと思える形で飛ぶ手段を提供しますよ。今の背中合わせの配置で、イヨさんが上になって飛べればいいんですよねぇ」


 呆れた顔で俺達を見ていたウィルバーが、交換条件を提案してきた。


 ウィルバー、本当に飛行機を作ろうとしていたのか。

 俺達はウィルバーの野望に協力することにした。

 俺達がカッコよく飛ぶために。


◇◇


 俺とジェット嬢が魔力推進脚による飛行試験に失敗し、ウィルバーの交換条件を受諾してから二日後。

プランテより、魔力電池の開発に成功との連絡を受けた。

 食堂から横領した木炭で単離した金属シリコンにより、魔術師の力を借りることなくフロギストンから連続的に電気エネルギーを生成させることに成功したそうだ。

 現時点では、原型機なので安定性や出力に課題があるが、基本原理が確立し、つまり、可能であることが実証されたことにより、実用化への道が開けた。


 フォードはその報告をうけて、鉛蓄電池との組み合わせを前提にトラクター搭載型魔力電池の実用化に向けての研究を行うと、【西方運搬機械株式会社】から多額の研究資金の割り当てを行ったとか。


 俺も見たい。

 どんなものか見たい。

 展示室にもってきてくれないかな。


 そんな俺にメアリ様から非情な一言。

「食堂棟への魔力関連の道具の持ち込みは禁止させていただきました」


 車いす搭乗のジェット嬢も追撃するような一言。

「アンタがああいう物を触ると、危ないことになりそうだからね」


 あんまりだ。俺が前世世界でもちょっとだけ夢見たことのある【禁断の永久機関】ぽいものができたのに、見に行けないなんて。


「確かに、俺は、鞘から抜くのに失敗して【国宝の魔剣】を折ったり、前線基地跡地に放置してあった大砲を暴発させたり、作りたての【魔導砲】を暴発させてメアリを殺しかけたうえにジェット嬢があわや冤罪になるところだったけど」

「だったけど、何?」


 ジェット嬢とメアリ様が俺の顔を見ながら言う。

 自分で言ってて、さすがに俺も折れた。


「やっぱり、ああいうアイテムは俺が触ったりしないほうがいいですよね」

「よろしい」


 魔力電池はプランテ達が作り出したものだ。

 魔法の無い世界から来た俺がそれを見ても発展や改良について助言できることなんて無い。

 前世世界の電気技術について俺が知っていたことは全部教えてある。あとは任せればいいのだ。

 俺は魔力電池の実用化を楽しみに待つだけでいいのだ。


 俺は40代のオッサン。未来ある若者達に道を示すのが仕事。

 自ら道を切り開き始めた若者達がいるなら、わざわざその前に立つような無粋な真似はしない。

 自分の意思で進み始めた若者達が道を誤ることが無いようにだけ、離れて後ろから見守るのだ。


 それが40代のオッサンのあるべき姿。


 俺はそう思う。

●次号予告(笑)●


 空を飛ぶことに憧れを抱き続けた青年は、異世界の技術の断片より【翼型よくがた】の再現に挑んだ。

 風魔法による簡易的な風洞試験、一人で日夜試行錯誤を繰り返して作り上げた【翼型よくがた】。

 それを組み込んだ翼の揚力で、背中合わせのあの二人が地表より浮き上がる。

 その様を望遠鏡で後ろから見届けた時、自らの夢の実現を確信した。


 長年の苦労が報われる時が近づいた。

 そんな時に彼が抱いた小さな出来心を誰が責められよう。

 望遠鏡の向きが出来心に押され、その視野に魔力推進脚の噴射口をとらえた瞬間。


 無慈悲な魔力が彼の足元あしもとからきばく。


次回:クレイジーエンジニアと空飛ぶ妃殿下

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