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幕間 退役聖女の懺悔(4.8k)

 【金色こんじきの滅殺破壊魔神】などという物騒な異名を持つ私が【滅殺破壊魔法】と呼ばれるものを初めて使ったのは、今から六年前になる。


 その頃、私はスミスとメアリの家に居候してサロンフランクフルトでウェイトレスとして働いていた。


 当時のヨセフタウンは治安が悪かった。

 数年前に国境沿いの大きな町が【魔物】に壊滅させられた事件があり、それによる難民が多数流れ込んだことが原因だ。

 それに加えて、城壁都市の外側では頻繁に【魔物】が出現する日常もその原因に加わる。城壁都市の内でも外でもいろんな事件が日常的に起きていた。

 そんな中で、私も変な事件に巻き込まれた。


 何を考えたのか、誘拐されたのだ。


 犯人はサロンフランクフルトのすぐ北側にある要塞跡に住み着いていた窃盗団。

 窃盗団と言っても、生きていくためにやむなく盗みをしていた難民の少年達の集まりだ。

 町はずれの宿屋のウェイトレスを誘拐して何がしたかったのかわからないが、夕食後に炭置き場に明日の分の料理に使うための木炭を取りに行く際にさらわれて、要塞跡に連れていかれた。


 相手は若者と少年合わせて15人。

 身代金目的か、単にむさ苦しいから女子を連れてきたかっただけなのか。

 薄暗い要塞の中でウェイトレス姿のまま手足を縛られた状態で彼らに取り囲まれた。


 帰る場所はすぐ近くだし、縄を引きちぎって全員殴り倒して歩いて帰ってもよかったのだが、こんなことをして何がしたいのか気になったので聞いてみた。


「私をさらって何がしたいの?」

「…………」

「まさか、考えてなかったとか?」

 私を取り囲んでいた窃盗団のメンバーがざわつく。

「私は忙しいんだから、考えも無くさらうのやめて頂戴!」


 間違ったことは言ってない。

 ちゃんと計画的に犯行しろというわけではないが、さらわれた上にどうすればいいかわからないとか、そんな態度取られても困る。


 本当に何がしたかったのか。用が無いなら帰してほしい。

 そんなことを考えていたら、窃盗団のリーダー格と思われる男が話しかけてきた。

「お前、歳はいくつだ」

「十三歳よ」

 物心ついたころには孤児院に居た私は正確には年齢不詳。

 だからこれは孤児院引き取り時の推測年齢からの数え。

 それで通していたけど、そんなに大きく外れてはいないはず。


 リーダー格の男はぎょっとして私を指さして叫ぶ。


「そんなにでかいのに子供かよ! なんもできねぇじゃねぇか!」


 そんなリーダを見て窃盗団メンバーが笑い出した。

 女性の体格見て、年齢聞いて笑う。

 これは普通の女性に対してはかなりの失礼で済むに違いない。

 たしかに、私はこの時点で母親代わりのメアリよりも大きく育っており、歳さえ言わなければ成人女性で通るぐらいだった。


 そして、私はそれをすごく気にしていた。


 そんな私に対するこの扱い。失礼では済まない。


 私は手を縛っている縄を引きちぎって、脚を縛っている縄もちぎって立ち上がった。

 窃盗団のメンバーが驚愕し、リーダーが立ち上がって後ずさる。


 そんなリーダーに駆け寄って腹に一撃拳を叩き込む。

 膝から崩れ落ちて、何かを吐きながら私の足元でのたうち回る。

 このリーダーがオリバーだった。


 振り返ると、窃盗団メンバーは陣形を整えて戦闘態勢になっていた。

 前衛に盾を構えた四人。その後ろに剣を構えた四人。さらにその後ろに魔法係かなんなのか二人。

 残りは離れた場所でこちらをうかがっていた。


 私は【魔物】か。


 リーダーは倒した。

 逆上していた私はもう【魔物】になった気分でその陣形に正面から歩み寄る。


 拳は万能だ。

 盾を粉砕し、剣を叩き割り、腹に拳を撃ちこんで全員床で悶えさせてやる。

 そんなことを考えながら無言で近づいていくと、後ろの魔法係的ポジションのメンバーが防御と威嚇いかくをかねてか陣形の盾の前に魔法で火を出した。


 その頃の私は魔法を自分で使うという発想は無かった。

 学んでもいなかった。

 そして、自分がそれを使えるとも思っていなかった。


 でも、その魔法の火を見ると、なんとなく自分にもできそうな気がした。

 なんかこう、感覚的に周囲に漂っている魔法の力の素みたいなものを自分の中に集められるだけ集めて、それを束ねて撃ちこむイメージで。


 何が出るかはわからない。

 でも何か出るなら、失礼では済まないこのアホ共を薙ぎ払うようなものを出してみようと思った。


「ふぁいとー・めっさーつ!」


 ふと思いついた掛け声とともになんとなく魔法らしきものを発動させてみた。


 魔法らしき何かは発動した。


 その何かは窃盗団の陣形の真ん中をすり抜けるように駆け抜けて、その向こうにある床に吸い込まれた。

 次の瞬間。その何かの軌跡から衝撃波が発生し、窃盗団の陣形は真っ二つになって部屋の両脇に吹っ飛んだ。

 同時に、その何かを吸い込んだ床に大穴が開いた。


「やった。成功した」


 私の【滅殺破壊魔法】はこうして誕生した。


 逆上していたとはいえ、その時の私にとってはアホ共を部屋の両脇に吹き飛ばすだけで十分だった。


 でも、それだけでは終わらなかった。


 一瞬の間を置いて、建物が大きく揺れて、さっき開けた床の穴から太陽のような強い光が差し込む。

 吹き飛ばされた窃盗団の一人が立ち上がって窓の外を見て叫ぶ。

「総員退避! 地下室だ。地下室へ!」


 窃盗団全員が立ち上がり、避難行動を開始した。

 のびてるリーダーを二人が抱えて階段に向かう。


「お前も逃げるぞ!」

 窃盗団の一人が私の手を引っ張った。これがフォードだった。

 青年に手を引かれて階段を駆け下りる。


 【女の子扱い】と考えれば悪い気はしなかった。

 そんなのんきなことを考えていたら、石造りの建屋全体から、多数の何かが衝突するような音が響き始めた。

 やがてその音は激しくなり、建屋が崩れ始めた。


 窃盗団と私が地下室に滑り込むと同時に要塞跡は崩壊し、地下室入口から石や砂が流れ込んできた。

 それを窃盗団の魔法係が土魔法を駆使して食い止めた。


 何か重いものが地上に降り注いでいるような轟音ごうおんが地下室中に響き、たびたび天井からパラパラと砂が落ちる。心なしか地下室内の温度が上がっているようにも感じた。

 地上からの轟音ごうおんが止まってしばらくしたのち、窃盗団の魔法係が土魔法や風魔法を駆使して地下室からの出口を確保。


 外に出ると、周囲はめちゃくちゃになっていた。

 山の中腹では太陽のようなものが輝いていた。


 私はサロンフランクフルトに帰され、窃盗団は町へ向かい、その日は終わった。


 窃盗団はこの後ヨセフタウンの領主邸に向かい、投獄とうごくしてくれと泣きついたらしい。


 後日、自首してきた窃盗団が訳の分からないことを言っているということで、ヨセフタウンの領主と自警団数名と魔術師が訪ねてきて、【滅殺破壊魔法】の実演をすることになった。


 こうしてできたのが東池。


 池が二つあるのは、一個目を作った後に私に歳を聞いた自警団の一人が失礼では済まない言動をとったからだ。

 この時に街からもはっきりと確認された噴煙ふんえんと、実演に立ち会った人物の口の軽さより、ヨセフタウンに【金色こんじきの滅殺破壊魔神】の伝説が誕生してしまった。


 その後、あの【滅殺破壊魔法】は二度と使わない。そうメアリと約束し、魔法を正しく教わる機会を得た私は、学んだその理論にいくらかの疑問を感じつつも【闇】以外の六属性を使いこなせるようになり、町外れの宿屋のウエイトレスと、【魔物】から町を守る【金色こんじきの滅殺破壊魔神】を兼務することになった。


 ちなみに、【滅殺破壊魔法】により発生した三回の大地震は自然の地震【ユグドラシル北東部地震】として記録に残っている。

 ヨセフタウンで耐震性の高い木造家屋が流行したのもこの地震がきっかけだった。


………………

…………

……


 あの時、【滅殺破壊魔法】は二度と使わないとメアリと約束していたのだった。

 でも、今日うっかり逆上してしまった。


 約束を破った者の末路は悲惨だ。


 夕食の片付けが終わり、就寝前の静かな時間。

 サロンフランクフルト医務室に勢いのある打撃音が響く。


 スパーン スパーン スパーン

「約束したわよね。あのとき【滅殺破壊魔法】は二度と使わないと約束したわよね」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 スパーン スパーン スパーン スパーン スパーン

「約束を守れないいけない子は誰ですか!」

「私です! 悪い子は私です! 本当にごめんなさい!」


 約束を守れなかった者の末路は本当に悲惨だ。

 現在医務室にて、メアリの膝の上にうつ伏せで乗せられて、お尻を叩かれている。

 今日のアレのせいで、サロンフランクフルトとその周辺に少なからぬ被害が出ていた。


 スパーン スパーン スパーン

「炭を保管している小屋が無くなりましたよ!」

「ごめんなさい!」


 スパーン スパーン スパーン

「食堂棟は無傷だったけど! また火事になったらどうするつもりだったの!」

「食堂棟に被害が出ないように、風魔法で防御しました!」


 スパーーーーーーン

「ギニャァァァァァァ!」


 ひときわ強く叩かれて、思わず声が出る。

 メアリの怒りの炎に油を注いでしまったようだ。


「だから何? 自分で放火して、自分で消火したらマッチポンプはチャラになるとでもいうの?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! そもそも放火なんてしないのが大事です! 約束を守るのは大事です! もうしません。もうしません。信じてください」


 スパーーーーーーーン

「ギニャァァァァァァァァ!」


 また激しく叩かれる。

「信じてくださいだぁ? 自分で信用ぶち壊しておいてどの口でそれを言いますか。ナメてますか? 信用というものの重さをナメてますか?」

「ごめんなさい! 申し訳ありません! 甘えてました! 私甘えてました! 心から反省しております!」

「積み上げるには長年かかるのが信用! ぶち壊すのは一瞬なのが信用! 自分が自分でぶち壊したものの重さをそのお尻で理解しなさい!」


 スパーーーーーーーーン

「ギニャァァァァァァァァァァ!」


 【金色こんじきの滅殺破壊魔神】と【滅殺破壊魔法】について、私にだって言いたいことはある。


 あの事件の後、北の山の中腹にできた穴は雨水が溜まって池となった。

 オリバーとフォードはその池の水を灌漑用水かんがいようすいとして近隣の土地を農地にすることを発案。ヘンリー領主の許可を受けて山の北側の平地を開墾かいこんして大規模な麦畑を作り出した。


 【魔物】が出没する場所ではあったけど、農作業時は【金色こんじきの滅殺破壊魔神】がウェイトレスを休んで護衛につくことで耕作が可能となったのだ。

 その農園は多くの雇用と安定した食料生産能力を生み出し、町の治安も急速に改善した。今では西方農園と呼ばれ、ヨセフタウンの主要な産業の一つだ。


 王宮に【聖女】としてスカウトされるまでの数年間。【金色こんじきの滅殺破壊魔神】はわりと町のお役に立ちましたよ?


 でも、それは今は関係ない。

 約束を破って信用をぶち壊したことで叱られているのだ。

 ただひたすらにお尻の痛みに耐えながら謝るのみだ。


 ああ、本当にお尻が痛い。明日立てるだろうか。


 いや、どちらにしろ立てはしないか。

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