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ファンタジーの短編まとめ

不思議な不思議な出来事

作者: 田尾風香

これは、俺が経験した、不思議な出来事だ。


俺は病気になった子供のために、森の奥に薬草を採りに来ていた。

普通の薬では効果がなかった。

万能薬と言われる薬草がこの森の奥にあると聞いて、藁にも縋る思いでこの森に入り込んだのだ。


けれど、この森は人が立ち入らない森。

危ないと、入ってはいけない、と言われた森。

これまで何人も入って、そして戻ってこなかった森なのだ。


でも俺は入った。

子供を守れるのは、俺しかいないのだから。



森に入って、かなりの時間が経った。

探しても見つからない。

俺は一息ついて休憩することにした。


そして俺は、致命的な過ちを犯したことに気付いた。


森に入ったばかりの頃は、あちこちの木に切り込みを入れて、目印を付けながら歩いていた。

けれど、途中から薬草を探すことに夢中になって、それを忘れていたのだ。


サァッと血の気が引いた。

もうかなり奥まで入り込んでしまった。


慌てて来た道を戻り始めた。

どこでもいい。自分の付けた印を見つけられれば。またそこから探し始めればいい。


――けれど、見つからない。


子供の顔が思い浮かぶ。

苦しそうな顔をしながら、絶対帰ってきてね、と浮かべた笑顔を思い出す。


帰るんだ。

薬草を見つけて、絶対に帰るんだ。



――そんな時だった。


ガサ ガサ ガサ ガサ


誰かが近づいてきた。

そう、誰かだ。

誰か、人の足音が聞こえてきたんだ。


姿を現したのは、十代半ばくらいに見える少年だった。


「あっ、本当だ。本当に人がいた」


その少年は、俺を見てそう言った。


一体この少年は、何者なんだ?

俺は、森に入るために食料やナイフなど、色々重装備をしてきているのに、目の前の少年は体一つでそこにいる。


「おじさん、こんな所でどうしたの?」


無邪気に少年に聞かれた。

おじさんか。

まだ三十代だと言い返そうかと思ったが、このくらいの少年には十分おじさんだろう。


「君こそ、こんな森の奥で何をしているんだ?」


「散歩だよ」


こんな森の奥で、散歩?

……ますます、胡散臭さが増した。


「で、おじさんは、何してるの?」


また聞かれた。

俺は面倒になって、全部素直に言った。


万能薬と言われる薬草を探しに来た事。

見つからず、探しているうちに迷ったこと。


「へえー、そんな薬草あるの? 知ってる?」


少年がそう聞いたのは、俺じゃない。

誰もいない、何もいない空間に向かって、聞いていた。


「本当にあるんだ。どこ?」


また、誰も、何もない空間に向かって話しかけている。

まるで、誰かがそこにいるように。


なんだこいつ。

頭がおかしいのか。


「おじさん、こっちにあるみたい。案内してくれるっていうから、一緒に行こうよ」


この少年は、やはりおかしい。

案内なんて誰がするというんだ。


――けれど、「ある」という言葉に、どうしようもなく惹かれた。

子供の笑顔が浮かんだ。


結局、俺はその少年について行くことにした。



少年の足取りに迷いはなかった。

印も何も付けず、どんどん奥へ奥へと進んでいく。


少年に聞いた。

帰りは大丈夫なのか。なぜ薬草の場所を知っているのか。


「僕は知らないよ? 案内してもらってるだけ」


誰に。

誰もいないじゃないか。


すると、少年はクスッと笑った。

笑っただけで、答えなかった。


それから、またしばらく歩いた。


ややあって。


「おじさん、あれだって」


少年の指さした先にあるもの。

それは、聞いていた薬草の特徴と、一致していた。


見つけた。

俺はしゃがみ込んで、丁寧に根っこまで抜き取る。


涙が溢れそうになったが、まだ我慢だ。

これを、子供の元に持ち帰らなければいけない。


「おじさん、良かったね」


少年が近づいてきた。

俺が採った薬草に少年が触れると、一瞬水の膜が薬草を覆った、ように見えた。


「これで長持ちするよ」


今の水の膜は、少年がやったのか。

一瞬見えただけで、今はもう何も見えない。


「おじさん、早く帰ってあげて。子供が待ってるよ」


帰るといっても。

ここからどう帰ればいいのか。


そうしたら、ザアッと音がした。

風が吹き抜けていく音。


俺は、目の前の光景を、信じられない思いで見た。

森が、木々が、動いた。一直線の道ができたのだ。


「この道を行けば、近くの村まで出られるよ」


でも俺は、その光景を前に、動けなかった。


「早く行かないと、道、閉じちゃうよ?」


動かない俺に、少年は焦れたようだ。

この圧巻とも言える光景を見て、感動する暇さえ与えてくれないのか。


でも、いい。

全部、この少年のおかげだから。


「ありがとう」


俺は走り出した。


『どういたしまして』


走る俺の耳に、少年の声が届く。

すでに、少年の姿は見えないのに。


『この世界には、至る所に精霊が宿ってるんだ。風にも、水にも、森にも。おじさんの子供を思う心に、精霊が力を貸したんだよ。僕は、ちょっと仲介しただけ』


その言葉を最後に、少年の声は聞こえなくなった。


最後の最後まで、不思議な少年だった。

俺は、薬草を探しているとは言ったが、子供の話は一切していないというのに。



俺は、無事に子供の元に戻った。

子供は元気になった。

ぎゅうっと抱き締めたら、くるしい、と文句を言われた。


元気になった途端に、子供は、はしゃいで飛び回っている。

俺は、何もない空間に、つぶやいた。


「ありがとう。この通り、元気になったよ」


『どういたしまして。良かった』


少年の声が、聞こえた気がした。



これが、俺の経験した、不思議な不思議な出来事だった。


少年は普通の人間です。本人の言うとおり、本当に散歩をしていただけです。

いつか、この少年を主人公にした作品を書いてみたい、と思いつつ書けないでいるので、企画にかこつけて、ここで登場です。

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