表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファンタジーの短編まとめ

不思議な不思議な出来事

作者: 田尾風香
掲載日:2021/06/02

これは、俺が経験した、不思議な出来事だ。


俺は病気になった子供のために、森の奥に薬草を採りに来ていた。

普通の薬では効果がなかった。

万能薬と言われる薬草がこの森の奥にあると聞いて、藁にも縋る思いでこの森に入り込んだのだ。


けれど、この森は人が立ち入らない森。

危ないと、入ってはいけない、と言われた森。

これまで何人も入って、そして戻ってこなかった森なのだ。


でも俺は入った。

子供を守れるのは、俺しかいないのだから。



森に入って、かなりの時間が経った。

探しても見つからない。

俺は一息ついて休憩することにした。


そして俺は、致命的な過ちを犯したことに気付いた。


森に入ったばかりの頃は、あちこちの木に切り込みを入れて、目印を付けながら歩いていた。

けれど、途中から薬草を探すことに夢中になって、それを忘れていたのだ。


サァッと血の気が引いた。

もうかなり奥まで入り込んでしまった。


慌てて来た道を戻り始めた。

どこでもいい。自分の付けた印を見つけられれば。またそこから探し始めればいい。


――けれど、見つからない。


子供の顔が思い浮かぶ。

苦しそうな顔をしながら、絶対帰ってきてね、と浮かべた笑顔を思い出す。


帰るんだ。

薬草を見つけて、絶対に帰るんだ。



――そんな時だった。


ガサ ガサ ガサ ガサ


誰かが近づいてきた。

そう、誰かだ。

誰か、人の足音が聞こえてきたんだ。


姿を現したのは、十代半ばくらいに見える少年だった。


「あっ、本当だ。本当に人がいた」


その少年は、俺を見てそう言った。


一体この少年は、何者なんだ?

俺は、森に入るために食料やナイフなど、色々重装備をしてきているのに、目の前の少年は体一つでそこにいる。


「おじさん、こんな所でどうしたの?」


無邪気に少年に聞かれた。

おじさんか。

まだ三十代だと言い返そうかと思ったが、このくらいの少年には十分おじさんだろう。


「君こそ、こんな森の奥で何をしているんだ?」


「散歩だよ」


こんな森の奥で、散歩?

……ますます、胡散臭さが増した。


「で、おじさんは、何してるの?」


また聞かれた。

俺は面倒になって、全部素直に言った。


万能薬と言われる薬草を探しに来た事。

見つからず、探しているうちに迷ったこと。


「へえー、そんな薬草あるの? 知ってる?」


少年がそう聞いたのは、俺じゃない。

誰もいない、何もいない空間に向かって、聞いていた。


「本当にあるんだ。どこ?」


また、誰も、何もない空間に向かって話しかけている。

まるで、誰かがそこにいるように。


なんだこいつ。

頭がおかしいのか。


「おじさん、こっちにあるみたい。案内してくれるっていうから、一緒に行こうよ」


この少年は、やはりおかしい。

案内なんて誰がするというんだ。


――けれど、「ある」という言葉に、どうしようもなく惹かれた。

子供の笑顔が浮かんだ。


結局、俺はその少年について行くことにした。



少年の足取りに迷いはなかった。

印も何も付けず、どんどん奥へ奥へと進んでいく。


少年に聞いた。

帰りは大丈夫なのか。なぜ薬草の場所を知っているのか。


「僕は知らないよ? 案内してもらってるだけ」


誰に。

誰もいないじゃないか。


すると、少年はクスッと笑った。

笑っただけで、答えなかった。


それから、またしばらく歩いた。


ややあって。


「おじさん、あれだって」


少年の指さした先にあるもの。

それは、聞いていた薬草の特徴と、一致していた。


見つけた。

俺はしゃがみ込んで、丁寧に根っこまで抜き取る。


涙が溢れそうになったが、まだ我慢だ。

これを、子供の元に持ち帰らなければいけない。


「おじさん、良かったね」


少年が近づいてきた。

俺が採った薬草に少年が触れると、一瞬水の膜が薬草を覆った、ように見えた。


「これで長持ちするよ」


今の水の膜は、少年がやったのか。

一瞬見えただけで、今はもう何も見えない。


「おじさん、早く帰ってあげて。子供が待ってるよ」


帰るといっても。

ここからどう帰ればいいのか。


そうしたら、ザアッと音がした。

風が吹き抜けていく音。


俺は、目の前の光景を、信じられない思いで見た。

森が、木々が、動いた。一直線の道ができたのだ。


「この道を行けば、近くの村まで出られるよ」


でも俺は、その光景を前に、動けなかった。


「早く行かないと、道、閉じちゃうよ?」


動かない俺に、少年は焦れたようだ。

この圧巻とも言える光景を見て、感動する暇さえ与えてくれないのか。


でも、いい。

全部、この少年のおかげだから。


「ありがとう」


俺は走り出した。


『どういたしまして』


走る俺の耳に、少年の声が届く。

すでに、少年の姿は見えないのに。


『この世界には、至る所に精霊が宿ってるんだ。風にも、水にも、森にも。おじさんの子供を思う心に、精霊が力を貸したんだよ。僕は、ちょっと仲介しただけ』


その言葉を最後に、少年の声は聞こえなくなった。


最後の最後まで、不思議な少年だった。

俺は、薬草を探しているとは言ったが、子供の話は一切していないというのに。



俺は、無事に子供の元に戻った。

子供は元気になった。

ぎゅうっと抱き締めたら、くるしい、と文句を言われた。


元気になった途端に、子供は、はしゃいで飛び回っている。

俺は、何もない空間に、つぶやいた。


「ありがとう。この通り、元気になったよ」


『どういたしまして。良かった』


少年の声が、聞こえた気がした。



これが、俺の経験した、不思議な不思議な出来事だった。


少年は普通の人間です。本人の言うとおり、本当に散歩をしていただけです。

いつか、この少年を主人公にした作品を書いてみたい、と思いつつ書けないでいるので、企画にかこつけて、ここで登場です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ