第5話 気付かないのは本人ばかり
1時間は経っただろうか?天園さんの服は最早形状を保っていなかった。完全に下着にしか見えないよ、アレ。これまでは鞭を躱しつつも包囲を突破しようと試みていた。魔力を乱されているので、僅かばかりの身体強化しか出来ていないはずだが…、天園さん、僕より近接戦強いんじゃね⁉だが、力及ばず中心に押し戻されていた。突破は無理と判断し、男達が何かしてくる気配がないことから鞭にのみ集中することにしたようだ。そして、今に至る。
それにしても凄いなぁ。こんな辱めがあったなんて…。鞭が当たった服は破れるが、体には一切傷は付かない。それどころか赤くすらならない。滑らかで、綺麗な白い肌に汗が滴る姿に、つい艶めかしさを感じてしまった。どこか他人事のように感じ、冷静に見ているのは僕が出て行っても時間稼ぎすら出来ないし、主人公が助けに来ることが分かっているからだろう。…はぁ~。ちょっと、自己嫌悪。
まだかまだかと待つ僕は小刻みに揺れている。膀胱が限界に達しているからだ。漏らす訳にはいかないので僕は今、限界のその先に現在進行形で挑戦中だ。ていうか、早く来いよ!ヒーロー!僕もそうだけど、天園さんも限界っぽいんだからさ。動きが鈍くなり、遂に止まってしまった。そうした中、僕は水が上から下に流れる自然の摂理に逆らうために丹田に力を込める。すると僕を縛っていたロープが切れたのだ。ラッキー!ゆっくり立ち上がろうとしたが、ふらついて倒れそうになる。マ、マズイ!ここで音を立てたら非常にマズイ。踏ん張れ!僕の左足!
『誰か、…助けてよぅ………。』
だが、僕の耳に天園さんの心の悲鳴が小さな呟きとなって漏れたのを確かに聞いた。そして、天園さんの姿を見ると彼女はしゃがみ込み、両手で肩を抱いて小さくなっていた。よく見ると震えているのが分かる。苦難に対して常に前向きで、挫けることなく乗り越えて来た天園さん。その性格は周りにも伝播し大きな影響を与えてくれる。僕はそんな彼女に憧れすら感じていた。それが…。
―――あの天園さんが震えている…。
僕の頭は一瞬真っ白になり、踏ん張っていた足はいつの間にか床を蹴っていた。気付いた時には男達を5人道連れに壁に突っ込んでいた。イテテ、…あれ?痛くないや…。埃が酷くて周りが見えないが、エネルギーの塊がこっちに飛んで来ているのが分かった。あいつら容赦なく魔法を放ってきやがった⁉すでに目の前に迫っていて避けることが出来ず、右手で庇うように前に出して目を瞑ってしまった。僕の体に何かが触れたような、小さな波動を感じた後、爆発が起きたが無傷だった。え?コントロールミス?仲間に魔法をぶつけるなんて、本当に容赦がないなぁ…。
とりあえず煙が鬱陶しいので、ここから出るか。煙から出ると皆の視線が集まる。なんか驚いているんだけど、なんでだろ?中には不気味なモノを見るような目付きの男もいる。失礼な!!おっと、それでも男達の行動は早い。僕に向かって走り出した。…走ってんの?おっそ!どうしたことでしょう。まるでスローモーションのように見えるのです。これで走馬灯が過ぎったら僕が危機的状況ということになるが、そうではないみたいだ。男が繰り出した拳を避け、背負い投げ!あっ、途中ですっぽ抜けちゃった。……………え?男が倉庫の天井を突き破って星になってしまった。余りのことに願い事を唱えるのを忘れてしまったよ。…うん、違うね。他の男達もジャブの一撃で伸びてしまった。
この力は一体…。膀胱の限界突破に挑んだことで僕の中に眠る真の力が覚醒したのか⁉…なんてね。
「お前は何者だ⁉そもそも人間なのか?何だ、その輝きは…?」
「………相変わらず、何言ってるか分からない奴だな。」
今はこの力のことはどうでもいい。こいつだけは許せない!イケメン風の顔をボコボコにしてやる!踏み込んで全力の右ストレートを顔にめり込ませる寸前、ぞわっと寒気がした。マズイ!止まれ!!―――――ギリギリ、薄皮一枚といったところで止めることが出来た。すると遅れて爆風が吹き荒れる。司祭のキャソックを細切れに刻み、風に流される。股間に襤褸布の如くなった物が頼りなく残っているのみ。そして、体中の毛が耐え切れないとばかりに散ってゆく。…何のギャグかな?
バァーーーン!
うわっ、ビックリした!司祭の後ろの壁が消し飛んでいるじゃないか!!…ていうか、顔を殴っていたらトマトが弾けたみたいになるんじゃないの?………あっぶねぇー。なんだよ、この危険な力!司祭は死んだように気絶している。…死んでないよね?まあ、これで片付いたから安心かな。そして、天園さんの存在と尿意を思い出した。
振り返って、一歩近付こうとして止める。ヤバいヤバいヤバい!これ以上の振動はマジでヤバい!天園さんのアフターフォローは諦めよう。悔しいが、それは後で来るはずのヒーローに任せるしかないね。でも、その格好のままってのも可哀そうだから、僕のカーディガンを渡してあげよう。…汚いとか、このままの方がマシって言われたらどうしよう。そうだ!使えって言わずに渡せばいいんだ。どうせ、投げて渡すしかないし、一言添えてみるか。なら、天園さんの口癖がいいかも。
「今日も…。」
崩れた壁の先には日が沈み茜色に染まり始めた空が見えた。おっと、もう夕方じゃないか。ここは変えるしかないね。
「明日はいい日になりますように。」
カーディガンを投げた後、今まで以上の力を丹田に集中すると耐えてくれと祈りつつ、外に飛び出した。結果を言えば、僕の尊厳は守られたのだ。本当に良かったよ。危うく、川に飛び込まないといけなくなるところだった。この時期の川はまだ寒いだろうね。
助かった、助けられたという安堵感が治まって来ると揺り戻しで、後悔が高波の如く押し寄せる。天園さんは特別な存在だからなんとでもなると思っていた。あの瞬間までは…。震える彼女はどうしようもなく、一人の少女だった。勝手に知ったつもりになっていたけど、実は何も知らないんじゃないだろうか…。そして、もう一つの事実に嫌気が差す。
―――どうして僕は、こんなにも弱いんだろう…。




