第25話 幕間・○○者、待つ
学園の広大な敷地に今日も今日とて黄色い声が響き渡る。その人物が行く先々で甲高い声が上がるため、女性の歓声で花道が作られているかのようだ。勿論、本人は一切そんなつもりはない。だが、彼を探したいのならばその道を辿れば必ず見つかることだろう。
「ふぅー。」
「相変わらずモテモテで羨ましいことですなー。壮真。」
食堂の席に座るや否や、疲れたとばかりに息を盛大に吐き出す。そんな彼に嫌味っぽいながら気安く話し掛ける親友。ごくありふれた学校風景のワンシーンに過ぎないだろう。だが、釣り合っていない。傍から見た者達は一様にそう答えるに違いない。片やアイドルも顔負けの端正な容姿。高身長でスラっと伸びた手足。細身に見えるが、しっかり鍛えているのを服の端から覗く肉付きから分かる。爽やかさを着こなし、更に華美をさり気なく付け加えた完璧なコーディネート。片や特筆すべきことがない程の平凡さ。強いて特徴を挙げるならば、天然パーマでうねり撥ねた髪型だろうか。平均より低いくらいの身長だが、壮真と並び比べると見た目以上に小さく感じてしまう。
「なら、正弘が代わってくれよ。慣れるなんて無理だからさ。」
「遠慮する。ていうか、ぎこちない仕草が可愛いって、人気を上げる原因になってるぞ。」
壮真が学園に入学するなり女生徒の注目の的になった。当時の3年が卒業する際には、全く靡かない壮真を巡って陰で血を流す戦いが繰り広げられていたことを彼は知らない。2年になった今は先輩と後輩の板挟みに合っているが…。
「本当に俺に声が向けられているのか自信がないんだ…。違うのに手を振ってみろ。…恥ずかしいだろ。」
「かぁー。何言っちゃってんの、コイツ!堂々と手振っても変に思われない人種のくせしてよー。」
しかし、壮真は心の中で否定する。思い出すのは駅前を歩いていた時のことだ。向かい側から歩いて来た人物に親し気に声を掛けられた。でも、まるで記憶にない。いや、どことなく面影があるか…。そんなに仲がいいわけでもなかったが、取り敢えず合わせてみようとしたのだ。勘違いだと気付かずに。手を上げると―――後ろから声がした。ハッとなるが遅い。中途半端に上げた右手が行き場もなく宙を彷徨う。その時の知らない2人から向けられる「何、コイツ?」という視線がかなり痛く、恥ずかしさのあまりに消えてなくなりたいと思った程である。それは生まれ変わっても心に根深く刻まれたままだったのだ。そう、彼は転生者である。
「しっかし、ホントに女っ気ないよな。ああ、壮真は俺のことが好きだからな。あの時の公開告白は熱かったぜ。」
「………やめてくれ。あれは俺の黒歴史だ…。」
小学生からの付き合いになる2人だが、きっかけは壮真が話し掛けたことが始まりだ。彼の前世は地味な物だった。だからか、正弘にはシンパシーを感じたのかもしれない。最初こそ気が合いそう、同じ人種と思ったが、壮真と正弘は事実、馬が合った。親友になるのに時間はいらなかった。だが、楽しい時間は総じて続かない物だ。周りがそれを許さない。中学生になると正弘は壮真に相応しくないと批判が集中する。嫉妬が爆発したのだ。感情の制御が利かない年頃の攻撃は熾烈を極めた。正弘もまた、未熟な子供である。理不尽な状況は、転じて壮真が原因だと終着する。2人の関係は一時、決裂した。壮真は諦めず、絆を修復するため四苦八苦したが時間は徒に過ぎて行き、中学3年を迎えタイムリミットが迫っていた。卒業したら本当に終わりだと焦りだけが募っていく。だからだろうか。壮真はある行動を起こす。教室に生徒が残っている中、正弘に昔話を語りかける。俺達は親友だろ、と。そして周りには、それを証明するかのように。正弘は懐かしい気持ちになり目尻が下がる。だが、頭を振り去ろうとする。俺は逃げたんだ。お前の親友には、やっぱり相応しくないんだろう。壮真は遠ざかる背中を見て、堪らず叫ぶ。思い出は感情を揺り動かしストレートな言葉となり吐き出された。
『正弘!俺は、お前とずっと一緒にいたいんだ!!』
『は、はあぁ⁉バカ!お前、いきなり何言ってんだよ。壮真!』
告白とも取れる言葉。女生徒は一気に沸き立つ。居た堪れなくなった正弘は壮真を連れ、逃げるように教室を出て行く。その後、2人は久しぶりの会話をした。楽しい。心が弾み、温かくなる。多少の距離感はあれど氷解するのは時間の問題だろう。春は近い。1度切れた絆は再び繋がり、結び目はより強固な物となったのだ。―――
「ところで、来週なんだけど…。」
「ああ、どっか行くんだろ?壮真が秘密にするのも珍しいよな。まあ、残りの休みはゆっくりさせてもらうよ。」
「…別に、秘密というわけじゃ…。」
この話題になると歯切れがどうも悪くなる壮真。目的が目的なだけに誰かに言えた物ではない。今でも本当にいいのか、『その日』が迫っているからこそ余計に迷っているくらいだ。それは、遡ること中学で進路を決める時のことだった。国立勇者育成第三学園のパンフレットに目を通していたのだが、何やら見覚えのある箇所を発見してしまった。壮真は『輝星祭』の紹介ページに目が釘付けとなる。そこには他の学園の生徒が写った写真が掲載されていた。中には一学の生徒もいたが、当然ながら制服を着ている。だが、壮真にとって、その制服はよく見知った物だったのだ。
『なんで今まで気付かなかったんだ…。ここってゲームの世界だ…。』
居ても立っても居られなくなり、一学について調べ始める。すると合致する情報がどんどん増えていき、最早確定的だった。前世で初めてプレイしたエロゲということもあり、思い入れ深い物だった。故に気付く。自分はエロゲの舞台の外の世界にいることに。
『通りで、世界観や三学に既視感がある訳だよ。こういうファンタジー世界なら、ありがちな設定とネーミングだとスルーしてた…。』
正直な話、壮真はゲームと無関係であり、真実を知ったからと言って、どうにかなることはない。だが、ファンにとっては違ってくる。そして、思い至る。それに思い至ってしまう。
『もしかして…、月命日イベントを生で見ることが出来るんじゃ…。』
ゲームで1番早いイベントである『月命日イベント』の日付は覚えている。都合も良く、夏期休暇中の出来事だ。ヤバい。見たい。天園朝日を生で見れる。気持ちが昂り、思いが止まらなくなる。しかし、数年先のことだと今は胸に秘めることに苦心する。
心境に変化が訪れたのは三学に進学して暫くのことだった。正弘の親戚が亡くなったことを聞く。そこで、ふと過ぎった不謹慎の言葉。今までは単にイベントと捉えていたが、彼女は最愛の家族を失っているのだ。例え、心が救われ、立ち上がる力と前を向いて生きていく勇気を得ることが分かっていても、赤の他人が興味本位で見ていい物なのだろうか。だが、この好奇心を抑えるのは難儀だ。壮真の葛藤の日々が始まる。
―――が、壮真は運命の日、旅立った。
♢♢♢
「結局、来てしまった…。それにしても、マッハ5ってヤバい速さだな。」
飛行機で18分。前世では2時間かかったであろう距離が、たったの18分だ。極超音速を経験するとは夢にも思わなかった。まるで魔法のようだ。いや、正確に魔法の力が使われているので、まさに魔法だろう。日本国内なら1時間以内でどこへでも行けることになる。
「さて、俺は聖地巡礼に来ただけだ。もし、イベントを目撃してもそれは偶々だ。たまたま。」
白々しい言い訳で自分に暗示を掛け、正当性を主張する。それにしても、これも聖地巡礼と言えるのだろうかと少しの疑問を抱かざるを得ない。一般人からして見れば、何の変哲もない街の風景の一部ばかりなのだから。例えば…。
「おっ、この階段は主人公が毎朝上っているやつだ。ははっ。本当にそのまんまだな。」
記念にと写真を何気なく撮る。と、どこからともなく大きな声が上がる。
「ちょっと!今、私のこと撮ったでしょ!」
年齢が近そうな少女がイラ立ちを隠さずに歩み寄って来る。どうやら、被写体に入り込んでしまったようだ。だが、少女は何かに気付いたように立ち止まり、反転する。逃げる訳にもいかず、訝しげに様子を窺う。準備が完了したとばかりに振り返った少女は、先程の表情が幻と消え、微笑みを浮かべた愛想の良さが滲み出ていた。
「あ、あの、さっき私のこと撮ってましたよね?声を掛けてくれれば全然OKですよ。」
「いや、俺は風景を撮ってただけなんだけど、注意不足だったようです。すみませんでした。」
謝罪と共に撮った写真を目の前で削除することで許してもらおうとしたが、それは物理的に止められてしまう。
「消さなくて結構です。なんなら、一緒に撮りませんか?ついでに連絡先教えて下さい。」
「遠慮します。それに俺、今日偶々ここに来てるだけだから、縁がなかったと思ってよ…。」
「別に外国に住んでいるってことじゃないですよね。なら、大丈夫です。」
「いやいや、………。ああ、そっか。そうなんだよね…。」
遠いからと言う理由は説得力がない。壮真は今朝体験したばかりだと思い返す。前世との齟齬が出てしまった形だ。別の方向から諦めさせるしかないだろう。
「…分かったよ。でも、条件がある。また会うことが出来た時にしよう。」
「………それって、ズルくないですか?」
「でも、約束もなく会えたなら―――それは運命だと思わない?」
「…は、はぃ。」
少女の不満を封じる輝くスマイルでごり押しをして、ポーと惚けた隙に別れを告げ、逃げるように立ち去る。こっちの娘はこんなに押しが強いのかと思わざるを得ない出来事となった。しかし、正弘にこのことを話せば、彼の持論である、『イケメンは何をしても許される』の信憑性を上げることになるだろう。そして、「逆ナンを自慢すんじゃねぇーーー。」と叫んだに違いない。
「次からは気を付けないとな。―――――ッ⁉」
突然の強風に襲われ、壮真は思わず手をかざし、顔を背ける。その時だった。視界の端に映った靡く白に驚きを隠せず、正体を確かめるかのようにゆっくりと視線を上げる。そんなはずがない。しかし、見間違えるなんて有り得ないと言ってもいい。神聖を体現した純白。あの女性がここにいる訳がないのに…。
「ははっ。何やってんだろな、俺…。」
もしかしたらという気持ちが僅かにでも生まれれば、会いたいと胸中を占め、その女性で頭が一杯になる。それが1時間も辺りを行ったり来たりと不審者極まりない行動を起こす結果となった。結局探し人は見つからず落胆を禁じ得ない。時計を確認すると16時を過ぎた頃だった。イベントの時間が迫っているので、諦められない気持ちを振り切るように、重くなってしまった足を動かす。
……………
………
…
街を見渡せる丘に天園朝日の両親が眠る墓苑が存在する。人気も少なく閑静で落ち着いた場所でありながら、見晴らしも良く景色を楽しむことも十分可能だ。夕日が映えることだろう。
「天園さんは………まだ来てないか。」
墓苑にはそれらしき人はいない。ゲームでは炎天下の中、何時間も墓石の前で佇んでいた表現があった。既にいるかもしれないと思っていたが、思惑が外れたようだ。壮真は墓苑が見える範囲にあったベンチに座り、その時を待つことにした。手には2本のミネラルウォーター。1本は未開封で時々魔法で冷やす。どことなく下心が見え隠れする。木陰に入っているが今日は暑い。汗がじんわりと滲んでくるのを止められないが、同時に色気も溢れ出している。ここに女性がいたら、ホイホイしていただろう。
ふと気配に気付く。いや、その気配はずっと感じていたが、動いていないことに気付いたのだ。周りを確認すると年齢はバラバラだが、男性が思い思いの場所にいた。休憩しているにしては挙動が可笑しく、皆、一様に墓苑の方をチラチラと視線を向けるのだ。変な人達がいるものだなぁと思う壮真。
「まだかなぁ…。」
壮真は、―――彼らは待つ。
飛行機はマッハ1未満で飛んでいるけど、マッハ5も今の技術で可能らしい。
面白いので、皆さんも調べてみてください。
マッハ5以上は速過ぎて、謎の恐怖を感じてしまいました。
なので、基準となるマッハ5を最低速度として設定してあります。
魔法で安心安全なフライトを実現。
実際は30分もあれば、日本の端から端まで行けると思います。でも、怖いので余裕をもって1時間にしてあります。




