第19話 ヒロインメドレー -イントロ-
柔らかな陽光が差し込み、瞼越しに感じる。ぐっすり眠っていた僕を優しく包み込み、目覚めの時を教えてくれる午前10時。ゆっくり目を開けるとそこは僕の部屋じゃなかった。白を基調とした部屋は清潔感に溢れ、部屋主の性格がよく表されている。はて?何故、僕は………。寝ぼけて上手く働かない頭を必死に回して、記憶を呼び起こす。
(思い…出した!)
別に覚醒はしてないけど、体が反応する。全てを出し切った為、体の中はすっからかんになっており、物凄い倦怠感だ。そして、早くエネルギーを寄越せとばかりに胃が唸りを上げる。辛い。辛いが、それとは別の物を沸々と感じる。―――ああ、生のなんと素晴らしいことか!世界に祝福されるが如く、キラキラ輝いているような気がする。幸福を胸に抱いていると隣でごそごそと動く気配を感じ、様子を確認しようと顔を向ける。
「よお、目ぇ覚めたみたいだな。」
ベッド脇の椅子に座ってバナナを食いながら、声を掛けて来たモモと目が合った。…いや、それ…僕のお見舞い品じゃないの?何で食べてるの?ジト目で睨んでしまうのも仕方ないよね。
「おかげさま、ってところだね。その様子なら皆無事って捉えていいのかな?」
「おうよ。しっかし、アレの後は毎回療養棟送りだな。」
「最初と比べたらマシだと思うよ。」
僕が目覚めた場所は病室。何度かお世話になっているからすぐ分かったよ。4人部屋だけど窓際なのは得した気がして、ちょっと嬉しい。ここは学園の保健室に当たるんだけど規模が大きく建物1棟丸ごとあり、療養棟と呼ばれている。探索者にケガは付き物だし、生徒はタダで利用出来る。その代わり、治療系魔法の練習台にされてるんだけどね。まあ、win-winと言うことにしよう。僕の左腕は完全に骨折していたはずだが、副子固定されていないところを見るに完璧に治してくれたみたいだ。よかった。
しかし、起きざまに野郎の顔を見たせいで気分が最悪だ。僕が求めているのは癒しなんだよ。つまり、女の子なんだよ。改めて見回し、カーテンで仕切られた部屋を確認する。…ふむ。台の上にバナナが1本。ゴミ箱に紙袋と果物の残骸。それと居心地悪そうにしているヤス。
「いや~、元気になって良かったでやんす。あっ、ジュアン殿も偶々一緒だったんでやんすけど、紙袋置いてすぐに帰ったでやんす。ユウト殿も気付いたみたいでやんすけど、モモ殿が食べるのをオイラは必死に止めたんでやんす。そりゃあもう、必死だったんでやんす!でも…、オイラには…無理だったやんすぅぅ………うぅ。」
早口で捲し立てたかと思えば、悲愴感を漂わせ膝を着き呻いている。胡散臭ぁ~。あっ、ジュアン来てたんだ。ジュアンらしいね。さて、下手な演技を見せられた審判を下す時。僕は首をふるふると振り、告げる。
「ヤス。ギルティ。」
「ノーーーオォォォ。やり直しを要求するでやんす!」
「はっはっは。残念だったな!ヤス。」
「お前が言うなよ!」
「悠翔はこれでも食ってろ。」
同罪のヤスは裁いたが、反省の色が全くない主犯モモは最後の1本となったバナナを手に持ったかと思うと皮を剝き、僕に食べさせようとして来た。や、止めろ!バナナを僕に向けるな!なんで、そのまま渡さないんだよ!………結局、果物は全部食べられてしまった。ごめんよ、ジュアン…。
男同士でワーワー騒いでしまった。開けた場所だし人の目があるのは当然だけど、何故かぞわぞわするような視線を感じるし、時々「ふふふっ。」と上品だけど心底楽しそうな笑い声が聞こえた気がした。そこでふと思い出す。あの人、ここにいるんだっけ?……………いや、考えるのは止めよう。僕達を対象にしていたとは限らないんだから。
それよりも大事なことがある。2人は既に帰り、結局言えなかったけどさ。僕、今、空腹だからね!今度モモに会ったら、ぶん殴ってやろう。いや、どうせ無傷だし無駄なことは止めておこうかな、うん。…ちくしょうーーー!
「ハル君、こんにちは。」
「…悠翔、元気?」
ふっ、モモのことなんてどうでもいいや。ああ、癒されるぅ~。浄化されていくよ。天上の御使いかな?僕はお亡くなりになりました。
「ふふっ。お腹空いてるでしょ?準備するからちょっと待っててね。」
「…どうせ、奴が邪魔した。悠翔、可哀想。」
うんうん。やっぱり華夜ちゃんと綾女ちゃんは分かってるね。華夜ちゃんはバッグから水筒を取り出し、お茶を注いでくれた。綾女ちゃんは手伝いをし、タッパーを開けてテーブルに置いた。中には食べやすくカットされた果物たち。そして、追加でプリンが一つ。最高だね。
これだよ、これ。優しさとお茶が体に沁み込んで来た。さっきのと比べると天と地の開きがある。いや、比べるのも烏滸がましい。ゴミだよ、奴らは。
「ご家族には連絡しといたよ。今日中には退院出来るんでしょ?」
「あっ、態々ありがとう。午後に検診受けたら帰れると思うよ。」
まあ、僕の家族はあんまり心配してないと思うけどね。実際、家族からの着信が1件もないという事実。…僕って信頼されてるからね!そうに決まってるからね!放任主義にも程があるんじゃないかな?全く。それに、僕が留守にした部屋には長い髪の毛が落ちてたりする。不思議だなぁ。なんでだろう。
「そうだ。ハル君の荷物持って来たよ。」
「えっ、そんなのゴミ、じゃなくてモモに持たせればいいのに!」
「ううん。私は出来ることをしたくてやってるの。でも、ダンジョンではモモ君が手が空いてるからって持ってくれたし、ここまでだって綾女ちゃんが持ってくれたんだよ。」
「…私も華夜と同じ気持ち。だから、どうってことない。」
ドラゴン戦終了と同時に今まで気絶していたから<収納>は使えず、荷物は各自で持つしかなかった。では、僕の装備類は誰が運んでくれるのか?パーティーの男共は非力で困る。モモは文字通り荷物を小脇に抱えるように僕を運んだに違いない。うん、いつもありがとう。………ん?可笑しいぞ。モモは装備と僕で両手が塞がっているはずだ。あれ~?どういうこと?
「それじゃあ、帰るね。お弁当作って来たからお昼にでも食べて。」
「…一緒に作った。完璧。」
わぁ~い。手作り弁当だ~。些細な疑問は瞬く間に消え去り、歓喜に震える。華夜ちゃんと綾女ちゃんが帰るのを見送り、すぐさま弁当箱をテーブルにスタンバイ。ありがたや~。お昼には少し早いけど、我慢出来ないので頂きます。小腹は満たしたけど、まだまだ足りなかったんだよね。では!―――うまっ!!
♢♢♢
「お邪魔します。」
食事の満足感と快適な温度設定の部屋に心地良くなり、微睡に沈んでいると遠慮がちだけど、それでもハッキリと通る声が聞こえた。誰かのお見舞いかなと思っているとカツカツと足音が近付いて来て、カーテンの端から顔をひょっこり覘かせた女の子と目が合う。
「……………え?」
そこには誰あろう、天園朝日がいた。すっかり眠気も吹き飛ぶというものだ。僕は混乱している。訳が分からない。天園さんが何故?僕を訪ねて来る理由がない。それに、そもそも天園さんがここにいるはずがない。彼女は母親を事故で亡くしたショックで塞ぎ込んでいる時期なのだから。忙しなく動いていた眼球にもう一度確認して、と説得すると笑顔の彼女へ焦点が合う。
―――ああ、間違いない。太陽のように明るく、万人を魅了する笑顔が証明していた。




