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銃使いの王子  作者: 影津
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第四章 王子の秘密

 家が見えると不意に体が弾みたくなるほど軽くなった。部屋のテレビがつけ放したままだ。ニュースは、まだ王子様のお話でもちきりだった。


 王子の行方は、未だ何の手がかりもつかめていません。国王はいよいよ、軍の出動を本格的に考えていると会見で述べました。


 今後、王子の発見者には、賞金が出るという噂も流れる中、軍の要請という事態に一般市民はどう対応していけばよいのでしょう? ジム防衛省大臣におこしいただいております。



 俺の耳は賞金に反応した。二、三時間の間にそんな噂が流れていたとは。これはいい儲け話ではないか。今、一番フラッドに近いのは俺だと自信を持って言える。苦労が報われるというものだ。


 傷口を消毒してからすぐに、ネットを開いた。王子のニュースを探すほどの手間はなく、すぐに賞金の噂が記事になっているのを見つけた。号外が出ていたようだ。


 賞金はトップ記事だ。俺は目を疑った。想像より桁が一つ多かった。百万ポンド(日本円にして約二億円)だ。おそらくそんな大金を手に入れたら目も眩むだろう。


 フラッドから金を奪えたような優越感も得られる。あいつに、「俺のおかげでお前は助かったんだぜ。感謝しろよ」と言ったら、どんな顔をするだろう。笑っていられなくなるはずだ。


「百万ポンドはありがたくもらってやるよ」


 パソコンで、カレン・フォン・クリストファーのことも調べようとしたとき、警察のサイレンが聞こえた。警察も王子を探しているのだろうか? 


 ところが、パトカーは俺の家の前で止まった。何があったのか知らないが、ただならぬ気配を感じた。すぐにチャイムが鳴った。


「レインさん? 警察のボルシュツワと言うものです。ここを開けて下さい」


 パソコンの電源を落として、扉に近寄った。耳をすますと、拳銃に弾を装填する音が聞こえた。これまでの悪事がばれたか? このタイミングで? 考えられるのは、やはりフラッドのことか。でもなぜ俺が疑われているんだ?


「リード・レインさん、いませんか?」


 俺は必要な銃器類と、携帯、財布を持ってアパートの窓から外に出た。隣のベランダへと飛び移り、さっさと逃げ出した。考えられるのは、俺の身元を知ったドレイクたちが、王子の誘拐の罪を俺になすりつけたことだ。


「くそ、完全には身元は隠せないのか」


 俺は三年前の栄光を思い出した。忘れられない、人生最大の大会だった。歓喜が大気を覆って、晴れ渡る空、髪を涼しく撫でる風、世界が俺を祝福してくれていた。


 警察が部屋に突入した鈍い音が聞こえて、俺は現実に引き戻された。今は逃げるときだ。


 郊外まで走った俺は、警察に後をつけられていないかを確認して、ネットカフェに入った。監視カメラがあるので長居はできない。客のほとんどは遅くまで働くビジネスマンだ。


 これはよく見られる風景で、あまりこの国のネットカフェは快適でないため、すぐに帰る人たちが多い。なおさら俺は浮いてしまう。


 カレン・フォン・クリストファーを検索にかけた。王子が必要とするぐらいの人物だ。相当有名人であることが期待された。早速いくつかカレンや、クリストファーやらリストが表示される。


 ところが、どちらもありふれた名前なので、情報量が膨大だった。俺はその当人と思われる女性を見つけるまで、五分も費やしていた。カレン・フォン・クリストファー、二十二歳。アランデル修道病院の女医だった。


 残念ながら、アランデル修道病院の公式ホームページは閉鎖されていて、それ以上の情報は得られなかった。アランデルといえば、大昔には蒸気船で栄えていたが、現在は田園風景の残るのどかな南部の地域だ。


 そんな田舎の医者にフラッドは何の用事があるのだろう? 王子なら、もっと大きな病院でかかりつけの医者がいるだろうに。というより何故医者が必要なんだ?


 町の地図をアクセスして、病院の位置を確かめた。いくつか調べていると、誰かのブログで患者と思われる人物が、病院の電話番号を書いていた。


 医者を呼んでもフラッドは助けられないだろうという思いつつ、ネットカフェを後にし、早速電話をかけた。病院の救急にかけたつもりだが、現在この電話番号は使われていなかった。


 電話サービスを使って、住所の場所の建物が存在していることを確かめたが、電話はないということだった。このご時勢に電話のない病院があるとは思わなかった。


 こうなったら、現地に直接出向くしかない。こうしている間にも、フラッドがどうなっているか心配だ。グレイが最後に薄ら笑いを浮かべて言い放った言葉が耳に残っている。「もう助からない」その言葉が、鈍く木霊する。


 「間に合うんだろうな」

 フラッドに問いかけたい気持ちが抑えられなかった。あいつの不適な笑みが、俺の中で消えそうになり、身震いした。


 アランデルへは、どんなに急いでも一回乗り継がなければならず、一時間半以上はかかる。更に、ウェストミンスター駅には警察が張り込んでいた。当然と言えば当然か。制服は着ていなくても、互いに小型マイクでぼそぼそと連絡を取り合っている。


 もしかして、俺は指名手配されているのではないか。駅の構内ではニュースが電光掲示板で流れている。王子の捜索にご協力を! と書かれて、警備強化中と表示される。


 私服警官以外にも、ずらりと並んで警官たちが行き来している。これでは、電車に乗る前に捕まってしまう。


 「こりゃ変装だな」


 出直すことにし、近くの服屋でサングラスを買った。値札を外していると、店員の青年が目を凝らして俺を見つめてくる。このタイミングで、アナウンスが流れた。


「只今、駅構内では王子の捜索にあたり警備を強化しています。不審な人物を見かけられた方は駅長、またはお近くの警備員までご連絡下さい」


 突然、店員の見る目が変わった。頼む、やめてくれ、大声は出すな。店員が口を開いたのと同時に、サングラスを奪い取って俺は駆け出した。

 「王子誘拐の容疑者だ!」


 店員の声は俺の後方に潜んでいた警備員の耳にも入った。走り出した俺の姿を見て笛を吹く。人々が俺の方に傾く。正面からも警官が駆け寄ってきた。


 老若男女問わずぶつかったが、いちいち謝っている余裕はない。助走をつけて改札を飛び越える。振り返れば追いかけてくる警官は五人に増えている。エスカレーターを全速で駆け降りた。


 「いたぞ」

 ホームで待機していた警官がエスカレーターの先に立ち塞がった。挟まれた。とっさに、手すりにまたがり滑り降りた。着地する瞬間を押さえようとする警官。勢いよく蹴った。警官は折り重なって倒れた。ちょうど、電車発車しようとしていた。何て幸運だ。


 つんのめる警官たちが、発車を制止しようとしたが、俺が乗り込んだときには、ドアが閉まった。


 車内では、怪訝そうな顔で俺を見る人たちもいたが、騒ぐ者はいなかった。サングラスの効果もあり、俺が眉根を寄せると、小声で話していた者も目を背けた。とりあえず、数分間くつろげる。息もちょうど整ったあたりで到着のアナウンスが流れると、俺はゆっくり伸びをして、身を引き締めた。駅にも警官が張り込んでいる可能性が高い。車掌が見回りに来なかったことがおかしいくらいだった。


 乗り換えなければならないが、警察の姿は見えなかった。どこかに隠れているのか?

 しかし何も起きずにすむという甘い考えはすぐに崩れ去った。


 複数の私服警官が乗り込んできた。降りはじめた乗客を上から下まで眺め回しているのですぐに分かった。何とかやりすごせないか? 


 ポケットをまさぐり出すと、俺の指が小さな広告に触れた。ポケットに入っていたのは、長時間折りたたまれて、しわだらけになっていたバーの広告だ。王子に発砲される前、久々に新しくオープンした店で飲みに行こうとしていたのを思い出した。


 「まったく、路地で襲ってきたのが王子だったとはな」

 今さら、ありえない確率で起きる不幸な偶然を嘆いたが、それどころではない。警官に目が合いそうになって、慌てて俺はそれを新聞のように読んで顔を隠した。警官が横を通り過ぎていった。横目で見送り、そそくさと電車を降りる姿は明らかに怪しい。


 「ちょっとお客さん」

 警官に肩を掴まれたので飛び上がった。

 「何で、顔を隠しているんです?」


 俺は、渋々広告を持つ手を下に降ろした。

 「ばれてましたか?」

 丁寧な口調で苦々しく笑う俺に、警官も渋々ほほ笑んだ。

 「いたぞ!」


 仲間の警官を呼ばれて、とっさに俺は警官の腕をひねった。呻いた瞬間、懐の拳銃を拝借した。

 「待て、撃つぞ!」


 警官の手がホルスターの上を泳いでいる。拳銃がないことに今頃気づいたようだ。警官はそれでも追いかけてくる。銃がない警官なんか楽勝だ。問題は電車に乗れるかだ。


 反対側のホームを見やる。アランデル方面行は、もう到着していた。車掌が笛を吹く。待ってくれ。発車してしまった。

 「ちょっと、お客さん。切符を」


 切符など持っているわけがない。買っている余裕がなかった。逃げ出す俺を係員も追いかけてきた。階段を一気に駆け上がる。連絡橋の上からは、まだ電車の最後尾が見える。ためらっている暇はない、俺は窓を破って飛び降りた。


 自分の体重で、思ったより強く膝を打った。車内にも地震のような振動が起きたのではないだろうか? まさか、自分が電車に飛び乗るなど想像していなかった。警察と係員が唖然と見降ろしている。


 「ざまーみろ」

 俺は笑顔で手を振ってやった。


 電車はのんびりと走って行った。一緒に並んだ車にも劣るスピードなので、落ちないようにバランスを取るにも力まなくてよかった。これから一時間の旅だ。退屈な時間、俺は仮眠と、休息に全力を投じた。もう、うっすらと空に細い光りの筋が伸びている。これでは夜行列車だ。窓の外の景色も随分変わり、低空の雲の下に、深緑の丘や玩具の家のようにカラフルな屋根の民家が点在している。


 心配なのは、フラッドが今どんな目に合っているかということだ。俺がのんびり田舎の土臭い空気に浸っていることを知ったら、フラッドはどんな癇癪(かんしゃく)を起こすだろう。


 俺を罵るのだろうか。それとも、呑気だねと、皮肉るのだろうか。どちらにしても、俺はあいつに少し嫌な思いをさせてやりたい。だが、もし、命が危険にさらされているとしたら。


 空に膨らむ雲が暗く陰った。一雨降りそうだ。電車が段々おっくうになってくる。一度だけ、電車から降りた小さな子供が、電車の上にいる俺を見つけて手を振ったので、冷や汗をかいた。

 駅に着いたのは、朝の六時とあって人はいなかった。駅長も、うたた寝ぎみで、俺の顔を見ても何も言わず、素通りできた。


 田舎の中の田舎だった。野山は、だだっぴろく広がり、白い壁の家や、赤レンガの煙突の家がまばらに建っている。駅は朝早いということもあり、静まり返っている。ここが、本当にアランデルかもう一度確かめた。



 レンガの壁の上、白い屋根のところに、緑の標識でアランデルと記されている。王子の誘拐事件や、俺が誘拐犯扱いされていることも、この町にとっては無縁なのではないだろうか。まるで、時間が止まったように、景色は動きを見せない。


 遠くの方で、灰色がかった塔がいくつも見えるのは、アランデル城だ。きっと観光客だけが活動しているのだろう。


 アランデル修道病院へは、まっすぐ十五分くらい歩けばつく距離だったが、ここで俺は一服した。煙草は吸えるときに吸わないと後悔する。ベンチに座っていたが、ものの一分もしない間に、携帯電話がかかってきた。


 メロディーがロックナンバーだっただけに、田舎の空の下では目立ち過ぎる爆音だった。電話番号は表示されなかった。警察か? 汗ばんだ手で電話に出ると、意外な声が聞こえた。


「順調そうだね」

「フラッドてめぇ! 元気そうじゃねぇか」

 電話越しでも想像できる、むしずが走るような元気な声に腹が立って怒鳴ってしまった。


「リード早く僕を助けて。なんて、僕が祈りを捧げるとでも思ってた?」

「ふざけやがって。電話番号何で知ってんだよ。それにどうやって?」


 悪態をついた俺にフラッドが小声で話した。

「ちょっと来るのが遅いんじゃない?」


「余計なお世話だ! だいたいお前がカレンを連れて来いって言ったんじゃねぇか。誰のためにこうやって田舎まで来てやったのか分かってるのか?」


「怒鳴らないでよ。ドレイクに見つかっちゃうでしょ?」

 状況を思い出して手短に話した。どうやって電話をかけて来たのか知らないが大声を出すのはまずいだろう。

「今どこだよ」


「ポーツマスのエマニュエル街一角の、騙し屋っていうパブの裏口から入った倉庫」


 「やけに詳しいな」

 スムーズにことが運んでいることにいまいち納得がいかない。フラッドは俺を馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「リードがぐずぐずしている間に、情報は入手してあるんだよ」


「くそガキが、助けてやったらたっぷりとお礼をしてもらうからな」

 感心したような、わざとらしい声を上げてフラッドが問い返してきた。

「どんなお礼をお望みなのかな?」

 俺は目を輝かせ、またフラッドに挑戦状を叩きつけるつもりで声を潜めた。

「金」


 フラッドは不適に笑った。電話越しでも口元をほころばせているのが分かった。


 「つまり報酬ってことだね。僕はリードに命を救われるんだ」

 「そういうことだぜ。お前は俺に敬意と感謝の気持ちを表したくなくても、形としてはきちんとつけさせてやる」


 フラッドに負けじと口の端を吊り上げたつもりだが、笑いかけてきたフラッドの声は不思議な自信に満ちていた。

「リードの思い通りに行くといいね」

 今の会話で圧倒的に優位に立てたと思っていた俺には腑に落ちなかった。

「最後に笑うのは僕だよ」

「うるせぇ。誘拐されてる分際で、生意気言っても意味ねぇよ」


 心とは裏腹に強がったのは俺だけのようだ。フラッドが電話越しに穏やかに微笑んでいるように思えて仕方がなかった。


「じゃあ待ってるから。制限時間は、今日の午後三時までだから、よろしくね」

 明るい声でそう告げられたので面喰った。


「おい、時間って何だよ!」

 電話は遮られたように途切れた。額から冷たい汗が流れおちた。強がりはあいつの方だ。殺されるんじゃないだろうな。


 病院は、町の隅にひっそりと建っていた。観光客は、アランデル城の方に行くので、城とは正反対のこんな場所では誰も診察に来ないだろうと思われる。


 一階建ての小さな建物で看板も錆びで、清潔感の欠片もないほど茶色くなっていた。診療時間まではまだ二時間以上もある。電話が設置されていないのでは、急患はどうやって知らせるのだろう。


 俺は堂々と窓を割って入ることにした。時間がないのだ。それに、こんな病院に警報があるとは思えなかった。侵入は容易だった。中は朝にも関わらず薄暗い。棚や机を調べてまわり、書類の中からカレン・フォン・クリストファーの自宅の電話番号を突き止めた。


 なんとも個人情報の管理がずさんだ。さっそく電話をかけようとして手を止めた。何か不思議な違和感がするのだ。ここまで特に問題なくこられたことが信じ難い。車なら検問に引っかかることもあるだろう。電車でも、それこそSOCA(重大組織犯罪庁)がアメリカのFBIのように徘徊していそうなものだ。俺が幸運なだけだろうか。

 「考えすぎか」


 考えていたって事件は解決しないので、とりあえず電話をかけてみた。二回ほどコールして眠そうな女性の声がした。

 「病院の前なんだが、腕を怪我していて、骨が折れてるかもしれねぇんだ。急いで診てくれねぇか?」


 骨折はもちろん嘘だが、実際足も腕も昨日から怪我だらけだった。患者のふりをしたのは、うっかり通報されでもしたら、水の泡になるからだ。


 女性はまだ眠そうな声をしている。しかし確かに静かな怒りを持って俺をたしなめた。

「こちらでは救急は扱っておりません。他の病院を当たって下さい」

「じゃあ、この町の連中はどこの病院に行ってるんだよ」


「この町の方ではありませんね? その元気な口ぶりだと、腕の骨折も嘘ですか?」


 手厳しい質問に動揺を隠せなかった。黙りこくった俺に女性は大声で追い討ちをかける。

「警察を呼びます。この町には、自分で手当てのできない者はいないはずです」

「ちょっと待て! 警察は待ってくれ。どういうことだよ。この町の人間じゃないことは認める。だが聞いてくれ、王子について聞きたいことがある」


 息を飲むような音が聞こえた途端、女性は一言も話さなくなった。用心しながら問いかけた。

「王子の誘拐事件は知っているか? 俺は犯人を知ってる。協力して欲しい」


 女性はため息をつくと意外な言葉を返してきた。

「王子のあだ名は?」

「へ?」


 淡々とした口調で女性は続ける。

「王子は何と名乗りましたか?」

「フラッドだけど」

 あいまいな返事をすると女性は、態度を一転させた。


「すぐにそちらに向かいます。そこを動かないで下さい」

 煙草をふかして待っていると、一分ほどで、車のエンジン音が聞こえてきた。もう来たのだろうか? まさかな。


 そのまさかだった。黒い、いかにも怪しげな車が一台止まる。中から現われたのは金髪で、長身の、そう顔も悪くない若い女性だった。ベージュのスーツまで着ていて、ここの医者としては不釣合いなほど都会的だ。


 ただ、彼女は片足が不自由らしく、慌てていても走ることができないようだった。俺の方から小走りに出迎えにいくと、女性は握手を求めてきた。

 「私はカレン・フォン・クリストファー。ここの医師です。表向きわね」


 訝しく思いながらも挨拶をした。

「リード・レインだ。昨日王子に襲われて、誘拐現場も目撃したし、誘拐犯ともやり合った。生意気な王子様はあんたを連れてきて欲しいんだとよ」

 カレンは蒼白な顔をして俺に問い返した。


「犯人はあなたではなかったのですね。では、あなたに協力します。私について来て下さい」

 車に乗るよう案内されたが、簡単には従わなかった。

「フラッドとどういう繋がりだ?」


「その話は車の中で」

 じれったく思いながら車に乗り込んだ。中は意外と広く。リムジンのように快適だった。カレンは不自由な足を台に乗せている。

「おいおい、どうやって運転するんだ?」


 カレンは、何とハンドルにも手をかけていない。

「この車はコンピュータが自動運転してくれます。規定の順路にしか行くとこはできませんが。これは、王子に何かあったときの軍が用意した、世界最先端の車です」

「あんたは軍人なのか?」


 車がゆっくりと走り出した。すぐに時速二百キロを越えた。これは交通法違反ではないのか?


「まあ、その類です。私は軍の司令部の者です。アランデル修道病院の表向きの顔は、すたれた病院、本職は王子の護衛や、王直々の極秘任務を行う様々なプロが行き交う基地といったところです。町の老人たちの中にも、元兵士や元軍人が紛れ込んでいます」


「だから、自分の手当ては自分でできるのかよ」

 俺が苦笑しているとカレンは厳しい口調で続けた。

「王子とは初対面でしたか?」


「当たり前だろ」

 信じられない問いかけに少し苛ついた。犯人扱いされているのだろうか?

「妙ですね。王子は見ず知らずの人物を襲ったりはしません」

「知るか! というより、顔見知りでも襲うのか?」

 カレンは明るい声で笑った。


「ええ」

 フラッドを許しておけなかった。助けたら必ずお説教だ。

「何か繋がりを思い出してみて下さい。きっと何かあるはずです。王子はあなたを頼っていたようね」

「何で分かるんだよ」


「王子は人に素直に気持ちを伝えることが苦手なんです。なので、親しい人との挨拶はだいたい撃ち合いで行っています」

「酷い野郎だ」

 率直な意見を述べるとカレンは吐息を漏らして微笑んだ。

「なので王子とあなたの関係を調べることが事件の鍵と言えるでしょう」

「何でそうなる」


 不服を述べるとカレンは腕を組んで考え込んだ。ハンドルは自動で動いている。

「王子に恨みを持った者の犯行でしょうね。あなたはいつも王子がテレビに出たとき何を感じていましたか?」


「最初は高貴で慎ましいと思ってたが、今は史上最悪の拳銃バカだな」

 今の言動は幾らなんでも許されないかと思い返したが、カレンは特に戒めたりはしない。それどころか頬を赤く染めて笑いはじめた。

「その例え最高ね。つまり、王子が公の場で恨みをかった可能性は低いのよ。普段はああ見えても大人しい青少年を気取ってるんだから。」

「でも身代金目的の誘拐かも知れねえだろ?」


「それもあり得るけど。でも、心当たりが幾つかあるのよ。お忍びで参加した大会の時じゃないかと思うの。あなたも心当たりはないかしら?」


 大会という言葉がわだかまりとなった。俺は三年前の大会を思い出さずにはいられなかった。あれは、世界射撃選手権大会だった。各国のスナイパーが銃の腕を競い合う大会。銃? フラッドの趣味は俺と同じ銃集めだが、何か関係があるのか。


「射撃の大会にフラッドは出たことがあるのか?」

「心当たりある?」

「二年前俺が優勝した。最も、去年は金髪のガキに最年少記録を塗り替えられたがな」


 そこまで説明して、頭から順に体温が下がってきた。背筋に寒気が走る。いや、信じたくない。

「おいおい、まさかそんな、去年の優勝者って、ありえねぇぞ」


 塞ぎこんで呻く俺にカレンは笑顔を向けた。

「そうよ。去年の優勝はフロイアント・デル・ケール王子。そのときは偽名で参加してたけどね」


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