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「はぁ、ここは?」
黒い空間に、白と黒の分かれ道。
その分岐点に立っていた。
ふと触ってみるが、首に傷は無かった。
「死後の世界ってやつなのか?」
陳腐だな……と独り言ち、考える。
恐らくどちらかの道に進まなければならないのだ。
白は天国、黒は地獄と言ったところか?
閻魔の裁きを受けて選別されるのが通説だと思っていたが……
「黒だな」
こんな所で罪を犯していない等と面白くもない嘘を付くつもりはない。
妹と心中をしなければならなかったのは、紛れもない罪だ。
と言ってもここで黒い道に進むのも自己満足に過ぎないのではあるが。
少しの懸念を切り捨てて黒い道へ向かうと、異変が起きた。
進めない。
物理的な力でもなく、ただ漫然と拒まれている。
俗に言う結界の様な感じだろうか。
こうなれば半ば自棄だ。
先程まで立っていた場所に戻り、助走をつけてタックルをする。
結界に当たった瞬間──
体がズレた。
予期せぬ事態に混乱したまま、分岐の間に落ちていった。
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長い長い間何もない空間を落ちていき、遂に地面に着地した。
衝撃が一切なく落ちたことに違和感を覚えたが、ここが死後の世界ならそれを考えるのも野暮だろう。
何しろ、目の前にそれ以上考えないといけないモノがある。
「ようこそ、私の部屋へ!」
白と黒の二つに別れた髪、余白のない黒目と赤目のオッドアイ。
死神の如く黒い装いをして、大鎌を背負った小学生程の女の子がいた。
名状しがたい濃密な圧。何故か理解できない存在にいつの間にか足は震え、冷や汗をかいていた。
「そんなに怖がらなくていいじゃん! 折角面白そうだから呼んであげたのに!」
「…………お前は、何だ」
「何って……あ、自己紹介してなかったね」
途轍もなく嫌な予感がした。
「私の名前はユースティティア、断罪の神だよ!ティティって呼んでね!」
そうか……さっきの分岐はさながら『断罪の間』といったところか。
「そのとーり! 正解!」
「お前「ティティですけど」……ティティは心が読めるのか」
「うん。なにせここは私の部屋だからね〜」
一瞬怒らせたかと不安になったが、そういう訳ではないようだ。
感じたよりは温厚な神である。用心するに越したことはないが。
心が読めると言うならあまり変なことは考えないほうが良いか。
「で、さっきティティは呼んだ、と言ったよな? なんで呼んだんだ?」
「君が格好良く世界を脱したのに、天でなく地に堕ちようとしてたからね〜」
「つまり天に送るために呼んだと?」
「違う違う、そんな事の為にわざわざ呼ばないよ」
「じゃあ?」
「君には私のお手伝いをしてもらいます!」
「は?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
断罪の神のお手伝い?
「そう、お手伝いなの! 君は今から別の世界に行って発展させてもらいます!」
あぁ、頭が痛くなってきた。
死んで地獄に行こうとしたら止められて異世界転生か……
これは実は夢なんじゃないだろうか……
「夢じゃないよ〜。勿論引き受けてくれるよね」
「いや、妹がいない所で生きるのは御免だ」
「拒否権はないよ〜」
「無いのか……」
「でもでも、私は優しいので!」
胸を張ってドヤ顔で言うティティ。
……だからどうしたと言うのだ。
「妹を生き返らせてあげます‼」
「それは本当か?」
ティティに近づくことも躊躇わず、思わず肩を掴んでしまう。
カルに言っていないこと、してやれなかったことが沢山ある。
不本意な最後を、不愉快な終わりを変えられるというなら、世界の発展ぐらい手伝おうじゃないか。
「嘘をつく必要ないしね〜。君もノリノリみたいだし、それでいいよね!」
「その世界の発展とやらを約束しよう。妹に誓って」
「ヒューヒュー、お熱いことだね〜」
「……」
ティティの冷やかしは無視する。下手をすると墓穴を掘りかねない。
勢いで約束してしまったが、どのような世界か、どこまで発展させれば良いのかわからない限りやりようがない。
情報は非常に大きな力になる。
「その世界、アースティティアについては本があるからそれを呼んでね」
非常に安直な名前の世界だな……
ティティが作った世界なのだろうか。
「神は本を読むのか」
「う〜ん、微妙かな? 読む人も読まない人もいるよ」
「じゃあティティは読む方なのか」
「読まないよ! 人間の本は難しいしね!」
「その本は何故あるんだ?」
「ただの記録だよ〜。私の世界の成り立ちを聞きに来る神とかいるから」
やはりティティの世界だったか。
しかも神が他にいるということは、世界もまだ多く存在しそうだ。
発展させる世界が一つとは言ってません、等とならなければいいが……
「そんなこと言わないよ! 発展させてもらうのはアースティティアだけだから!」
「なら良かった」
心外と言った表情をするティティはどこか意外に感じた。
最初面白そうだったと言っていたし、案外神にも感情はあるのだろう。
……断罪の神なんて感情込みではこなせないと思ったが。
「では世界に関してはその本を読めばいいとして、後は発展の程度や条件だな」
「ん〜そのお話長くなっちゃいそうだし、お茶でも飲みながらにしよう」
そう言ってティティが指を鳴らす。
ただの暗闇だった部屋が花咲く草原になり、目の前に白く華麗なガゼボが現れた。
ガゼボの机の上には既に、ダージリンの様な香り高く甘い匂いがするカップが置かれていた。
流石神、流石異空間といったところか。
見た目とは裏腹に中々良い趣味をしている。
「もっと褒めて!」
……訂正。見た目と精神年齢だろう。