異変 2
端末を手に取ると、そこに表示されているのは親友の名前だった。
通話ボタンを押して、端末を耳を当てる。
「もしもし、隼人?」
「え、隼人くん?!私もしゃべりたい!お兄ちゃん変わって!!」
手を伸ばして端末を奪おうとする妹の顔を、空いている手で押し返しながら、親友に呼びかける。
「──うん、無事、・・・え、今から?別にいいけど・・・」
「何?!隼人君、うちに来るの?」
「っ柑奈!──わかった、じゃあ後で」
電話を切ると、小さくため息をついてしまった。
昔から妹は俺の親友にぞっこんなのだ。
確かにあいつはイケメンだけど。イケメンだけど!
「隼人君、うち来るの?」
「違うよ、今からコンビニで落ち合うことになった」
俺がそう言うと妹は口を尖らせた。
ブーブーと文句を言ってくるので頭を撫でてやると、そのままチェッと言ってソファーの方に行ってしまう。
一方両親は心配そうな顔だ。
「大丈夫か?こんな夜遅くに」
「明日じゃだめなの?」
「別に近くのコンビニだから大丈夫だよ。じゃあちょっと行ってくるよ」
自分の部屋から財布をとってきて、携帯端末とともにパーカーのポケットに入れる。
最近お気に入りの黒に白で絵の描かれたパーカーだ。
少し寒くなってきたこの時期にはすごく重宝しているのだが、何故か友達からは評判が悪い。
いやお前、うさちゃんとかかわいいかよ、といって笑われた。
そういえば隼人は笑っていなかったような。
隼人もウサギが好きなのだろうか。
「行ってきまーす」
「気をつけるのよー」
母さんの声を背に玄関を出た。
「寒っ!」
思っていたよりも気温が低い。
これは早くコンビニに行って暖をとりたいな。
俺は足早にコンビニへの道を進んだ。
コンビニは家から大体100メートルくらいのところにあり、隼人の家からも殆ど同じ距離なので、集合場所としてよく使っている。
ポケットに手を突っ込んで歩いているとすぐにコンビニが見えてたが、どうやら隼人はまだ来ていないらしい。
さて、どうやって暇を潰そうか。
□□□□□□□
数分後。
「──彼方」
漫画を読んでいた俺に聞き慣れた声が掛かる。
振り返ると、そこに立っていたのは親友の隼人だ。
女子からの人気も高いイケメンで、よく芸能人に間違われているのを俺は知っている。
「隼人、無事そうで良かったよ」
「お前もな。何回も連絡したのに出ないから、『迷宮』に巻き込まれたのかと思った」
「え、まじ?」
急いで端末を確認すると、履歴のところに隼人の名がずらりと並んでいる。
「本当だ、悪かったな。俺、さっき目が覚めたばっかりなんだよ」
「・・・まあ、彼方の寝起きが悪いのはいつものことだからな」
「なっ、今日のことは俺のせいじゃないだろ?!」
俺は5センチほど自分より背の高い隼人を睨んだ。
普段のイケメンへの恨みも含めてギリギリと歯ぎしりをすると、おでこをペシンとはたかれる。
イケメンはそんな姿ですら絵になるから羨ましい。
「で、どうしてわざわざ呼び出したんだ?」
俺たちはコンビニでそれぞれドリンクを買うと、近くの公園へ向かった。
ちなみに俺が買ったのは最近噂のトマト味のココアである。
公園はこんな状況だからだろうか、人っ子一人いない状態だ。
いつもなら不良が騒いでいるか、会社帰りのサラリーマンが一服のためにブランコに座っていたりするのに。
「別に特に用があったわけじゃない。軽く情報交換ができればいいと思っただけだ」
「え、俺、寝てたから報道されてるくらいの事しかわからないんだけど」
「ステータスを今のうちに見せ合っておくのもいいだろ。いざとなったときお互いの状況がわかっていれば、それは強みになるからな」
そうさらりと言った隼人をじろりと見つめた。
なんだか、こいつの順応がものすごく早い気がする。
そんなにゲームとかやっているタイプではなかったはずだが。
まあ、言っていることは間違いないのでおとなしく自分のステータスを見せておく。
もちろん「ステータスオープン」は小声で言った。
俺がステータスを出すと、隼人は何やら不可思議な行動をとった。
何もない空間を右手でノックしたのだ。
「え、隼人、何やってんの?」
「まあ、見とけ」
すると隼人の前に俺と同じようなステータスの画面が現れる。
あれ、隼人、何にもキーワードみたいな言葉言ってなくないか。
「どうだ?驚いたか?」
どや顔でそう言われたので、脛を蹴っておく。
どや顔もイケメンとか、神様は不平等だ。
「なんでステータスオープンって言わなくても出るんだよ」
「ネットでいろいろ見てたら、ステータス画面に関していろいろ検証動画をあげてるやつがいたんだよ。そこで紹介されてたのがこれって訳」
「うっ、俺がどんな思いで画面出したと思ってるんだよ!」
何で早く言ってくれないのか。
この幼なじみはこういう意地悪を度々してくるから困る。
これからは俺もノックにしようと心に誓った。
俺は恥ずかしげもなくステータスオープンと言える妹とは違うのだ。
まだニヤニヤしている隼人に舌打ちを一つして、横から隼人のステータスを覗く。
■佐久間 隼人 Hayato Sakuma
Male 14
Lv.ーー
天職 解体屋
能力 机上の空論
序列 ーーー<ー>
ーーー<ー>
何だか俺のステータスよりも天職も能力もわかりづらい。
というか、こいつ天職なんだな。
「なんかお前の天職、物騒だな」
解体屋と聞くと何だか危ない職業に感じる。
「ははっ、俺もそう思ったよ。何だかあくどいことをしてそうだって」
「それに机上の空論って、能力っていうかことわざ?」
俺がそう言うと、隼人は自分のステータス画面の文字をなぞりながら言った。
「想像上の役立たずな考え、理論。・・・俺にもさっぱりだよ」
聞けば隼人もまだ能力を使ったことがないらしい。
そもそも能力の使い方自体がわからないの言うのが正しいか。
確かに今まで持っていなかった力をいきなり渡されて、はい使ってください、と言われてもすぐにできるようなものではない。
それにステータス画面にはまだ『Lv.ーー』や『序列』の空欄がある。
それらも含めて、たったの数時間で解明できるほどこれは単純な問題じゃないだろう。
俺はトマト味ココアを飲みながら、ぼうっと隼人のステータスを眺めた。
母さんの職業は夢想家だった。
俺の時計職人は全く今までの人生で関わってきたことのないものだったけど、こいつの解体屋は何か理由があってなったのだろうか。
「彼方?」
急に黙った俺を心配したのか、隼人が声をかけてくる。
俺は怪訝な顔の隼人をじっと見つめた。
俺はずっとお前と一緒で、何でも知っている気になっていたけど、俺にも知らない部分があるのかもしれない。
何だか当たり前のことなのに、それがひどく不思議に感じる。
だがきっと何があろうと変わらないのは、俺と隼人は幼馴染みで親友だということだ。
「何でもないよ」
俺はいつものように笑みを浮かべると、隼人の肩をポンポンと叩いて立ち上がった。
「じゃあ、俺、寒いからもう行くわ」
「いやお前、急にどうした」
俺に続くように隼人も立ち上がる。
まあ確かに、ぼーっとしてた友人がいきなり帰ろうとしたら心配になるよな。
「あ、そうだ。寒いし、途中まで競争しない?」
「は?・・・別にいいけど」
何だか変なものでも見るように俺を見る隼人。
こいつのことだからとうとう俺の頭がおかしくなったのかとでも思っているのかもしれない。
今日はよくしゃべっていたが普段は結構無口で、頭の中で何を考えているのかわからないからな。
「じゅあ、いくぞ。よーい、ドン!!」
「あ、おい、ちょっと待て!」
先に走り出した俺を追うように、隼人も走り始める。
ただ俺よりも足が速いので、そのうち抜かされてしまうのだろうが。
吐き出す息が白い。
どこかでサイレンの音が聞こえた。
『迷宮』の騒ぎに誰かが巻き込まれたのだろうか。
かすかに頭をよぎった考えも、隼人に追いつかれたことでかき消えてしまった。