幻想と冒険と青春 ~続・異世界転移貧乏貴族のテンション増し増しで、引き取られ回想編~
前回 https://ncode.syosetu.com/n7339fg/
とある世界。大陸の三分の一を有する国、帝国の、ゼレフ男爵領の城下町の、帝都行駅馬車の、停留所。
クルスです、異世界転移したとです。
でも、無双もチートもなかとです。
クルスです。
中身は三十路過ぎ、身体は七歳、…異世界の名探偵にはなれないとです。
クルスです。
異世界転移なんて無理game?いいえ…人生です。
クルスです。
ちょっと言いたかっただけとです、…言ったら余計に辛くなったとです…!
クルスです。
この状況、前世の記憶だけが頼りなのに、覚えてるのが芸人さんのネタと今世じゃ使えない雑学ばかりです。
クルスです。
もちろんハーレムを期待しました、でもまず出会いがありません。
クルスです。
そもそも前世も家族以外の異性に話しかけたことがなかとです。
クルスです、クルスです、クルス…す、ク…ス…す、…ス…。
で、だ。
好きな芸人さんのネタでテンションを上げていきたかった。
だけどね、好きだけど上がりにくい芸を選んだ自分に「ドンマ〇ケル」と顔面がうるさい笑顔で言いたい。
まぁ何はともあれ、今の現状は大変よろしくないことはお伝えしておこう。
え?唐突になんだって?
突然、うざい?
いやいや、ラブストーリーも異世界転移モノも、唐突突然に始まるものじゃあーりませんかぁ。
意外に始まったものって、鼻につくものじゃありませんかー。
訳が分からないだってばよ?
多少の訳の判らなくていいから、今北産業で頼む?ヨシ解った。
気がついたら、異世界転移してた。
ツンんどる。
捨てる神あれば拾う神あり。イマココ。
まぁ、あれから結果どうなったかというと、無事に帝都から引っ越すことになりました。
よかたー、よかたーよ。
家族みんなで母の実家であるゼレフ男爵家ことセイエン家に引き取られ、不自由なく暮らせることになりました。
あ、ジオルグ爺のところにあった本も買い戻しましたよ。まぁ、セイエン家の金でな。
えぇ、借金です。七歳にして!
それ以外は、でめたしでめたし。
…だったら、本当にテンション上がりっぱなしの天井知らずでパリピな人間になれたのかもしれない。
異世界まできての人生のやり直しって、そういうことだと思うしな。
しかし、人生って甘くない。ビターですよ。苦いだけが人生です。サヨナラだけじゃねぇんだよイブセやらブリョウやら!三歩進んで五歩後退だよ!
説明が面倒臭いので、結果から述べよう!
わい、空気の様に扱われる。
母の実家にて、空気。
…ハハハ、笑とけ笑とけ…笑えんから笑とけ。
適切適当な言い方をすれば、桃色女も顔色真っ青な透明人間な感じといえば、もっと解りやすいだろうか。
飯はでてくる!寝床もある!
が、無視されとる。
三段オチである。
…ハハハ、笑とけ…わら…とけ、ぐすん。
ないと生きていけないから、「必要不可欠な存在」という意味では、そんなポディティブな意味合いでは無論勿論まったくナイ。
思イ出さレる前世ノ学生時代。
教室で朝、挨拶をしても返事がない『タダノシカバネ』同級生、うつ伏せって会話に加わらない『ハタケノカカシ』同級生、風邪で休もうがそうでなかろうが目立たない『トウメイニンゲン』同級生、成績上位でもスクールカーストの順位がかわらない『ナナシノゴンベエ』同級生、そういう扱い。
学級順列の外にいる同級生。学級順列にすら、はいれない同級生
ずっと下を見ている誰とも目線のあわない奴だ。
他人の携帯端末の記録素子に登録がないヤーツ、卒業しても同窓会に呼ばれないヤァツだ。
もしも前世でドキュメンタリー番組に出演して学生時代のコトをインタビューされたら、「学生時代の思い出?そうですね、床と机とですかね。あぁ…あと黒板はたまにですね」って答えてたね。
『床と机と時々黒板』って、私小説のタイトルにもならねぇよ。物語を感じないよ、深めで暗めの心の闇しか感じないよ。セカイ系なの?東京のタワーなの?なんなの?
…あかん、色々と思い出して涙腺が崩壊危機だよ。
もちろん、はじめから、そうではない。前世も今世も。
空気扱いなどでは、…そうでは、なかった!
学校生活で始めからそんな風になるはずがない。ないと思いたい!
何かしらの原因があるはずなのだ。“陰キャ”ルート“陽キャ”ルートの分かれ道は、ドコかイツカにあったはずだ。
何故、陰キャルートになったのか?フラグはいつ立ったのか?
そして、それがどの機会だったのか?
それがわかっているなら、前世はうまくやってるわい…。
でぇもぉぉ、大丈夫。転移前は兎も角、こっちは分析済みだ。前世?向こうは、まったく分かりません!たとえ分かってもやり直せる自信がまったくありません!
よぉし、啓ききった大人らしく完結に述べようじゃないか。
調子にのったのである!
ドォン!!
精神年齢が三十半ばも過ぎて、調子にのったのである!
試験にはでませんが、大事なことなので、二度言いました。
尾田的効果音は雰囲気です。
若人諸君!聞きたまえ、…黒歴史ってのは、十代だけやなかったんやで…。
何かを変えたいと思い立って、高校デビュー、大学デビュー、社会人デビューは聞いたことあるけど、そして異世界デビューってのはどうなのよ、まぢで?しかも意識せずに。
まぁ、今となっては時すでに遅しだが、分析するに五つほど調子にのった要因があると思っている。
反省はしている。
…猛烈に反省している。
海より深く反省している。
反省はしているので、以下、抜粋挿話です、自分と自分の一言と共にどうぞ。
ゼレフ男爵領にひきとられ、朝昼晩の三食が食え栄養環境は改善した。
つまり、飯がでるのだ!ヤッホー!イチ。
食べたわー、規則正しく、そりゃもう食べたー。
テーブルマナーをきっちり守りながら、毎日食べてたぁ。
出されたものは残さず食べた。
…でもね、貴族たるもの皿にのった物は、ほんの少し残すのが常識らしい。
毎食、習ってもない作法で食べ、毎食の度に皿を空っぽにしてし続けて、ひかれたよ家族に、あと手伝いさんたちに。
周りへも一言いいたい、ひくのは理不尽じゃね?
「聡明そうな孫ができて爺は嬉しい」とか言われて調子こいたわ!ワッショイ!ニぃ。
ジオルグ爺のもとにあった本を買い戻してもらった恩義があるので、手伝えることはないかと伝えると、
「じゃぁ、毎日この爺と話をしてくれんかの?」
と言われたので、出来るかぎりゼレフ男爵と会話するようにも勤めるようにした。
調子に乗って、男爵の執務室に通う日々。
アレなんや、男爵家の仕事ってのにも興味あったんや、悪気はないんや。
領地経営って転移転生モノの定番やん。念願の内政チートやん。アイスソードやん。
ちょっと頭のいい孫というポジションを利用して、税制について訊いたり、領内の法とか聴いたよ。
「裁判や領内の法律は一体どうなっていますか?税率は変動制ですか?」
キリッ。
いや、お爺ちゃんドン引きですよ。
キリッ、じゃねぇよ。過去のワイよ思い出してぇ、わいまだ身体年齢は七歳なんやで。時すでに遅しやけれども。
「領民の数はどれくらいいますか?識字率は?」
そりゃお爺ちゃんが、ドン引きするよね。封建社会真っ只中の世界で、現代の概念がわかってもらえる筈がないよね。
あと大前提として、引き取られるまで帝都の貧民窟で三年弱生活してたんですよ。そんなことをどこで知った?ってなるやろうじゃろ。
七歳って基本的に外とかで遊びまわるじゃろ?
「出生率はどれくらいなのでしょうか?この領の特産は?」
キリッ。
いや、だからキリッやないですよ。
んなことばっかり言ってると大人達は、子供がなんか言ってんナーってなるじゃろ。見た目は子供だからね、仕方ないね。
そうして執務室には、入れなくなりやしたよゲフン。
だいたいですよ、領内の行政事をたずねる一桁代の児童はいないよね。気づこうよ、過去のわい。
過去の自分に一言、興味のあるものに食いつき過ぎた。反省はしている。
綺麗な寝床もある!早寝早起き、適度な運動と高品質な睡眠。効率よく成長を心掛けました、十代にもなってないのに、な!イッヤッホォイ!サン。
使用人と同じぐらいの時間帯に起き、朝からストレッチという名のうる覚えラジオ体操第一。第二なんて知らん!第三?なにそれ?マぁボぉロシぃ~。
そして日課、敷地内を散歩する。
ウンドウダイジ、オレ、キソクタダシク、テキドナウンドウ。オレ、ナガイキスル。…マルカジリ。
貴族って基本的に遅寝遅起き運動嫌いという事実を無視してた。
資産を運営してなんぼって感覚の貴族には、頭脳労働が主で、ガテン系なお仕事は誰かを雇ってやってもらうが正しいことらしい。
だから運動して体型維持しようとすると周囲から奇行に思われる。うん、思われた。
なんなら太ってた方が偉いというか尊いらしい。うん、普通体型だけど、やせすぎといわれた。
やけくそ気味に一言、貴族の習慣が悪い。ワイが悪いんやない、習慣が悪いんや…。
風呂にもはいれる!そんなに広くないよ、でも大人が足をのばして入れる広さは、子供にとってはデカイのです!よっしゃぁっ!ヨン。
でもね、貴族なんてモンは汗をかかないから、月に一、二度入ればいいらしい。毎日お湯で濡らした布で身体を拭くのだそうな。
風呂好きの子供って、いないんだって、貴族社会。
汗かいたら負けなところがあるよ、貴族生活。
なんなら大人もそんなに入らないんだって、貴族社会。
汗かかないものね、貴族生活。
それが普通なんだって、貴族社会。
未来の自分へ一言、空気を読める力が欲しい。
家庭教師もつけてもらえようになった!いぇぇえいぃっ!これが一番の収穫だった気がする。教育環境があるってすげぇよ、すげぇことなんだよ。ゴぉ。
クルスの記憶だけでは、補えない知識やこの世界での常識を吸収するべく、カテキョに会える時を楽しみに、意気込んでいた。
やりますよ、やってやりますよぉ!
どこかの熱血系主人公バリにやる気に満ちていましたよ。
が、家庭教師が来るというその日は、昼過ぎのうららかな陽気、緑豊かな中庭は心地よく。
すげぇ眠気が、えれぇ酷い。
そんな日に、その男がやってきたのだ。
家庭教師としてやってきたオレール・シルマールという男。
鱗がありまする。角がありまする。
瞼が横にしまりまする。そもそも視覚器官が正面にむいてないよ。顔面の横についてるよ。爬虫類特有のアレな付き方だよ。
人間という名の種では、なかったでございまする。眠気なんて一瞬で飛んでいったわ。
さすがぁファンタジぃー。
ハハハ、ウケるわぁ(棒読み)。
なんなんこの世界、人以外もいんの?
爬虫類?爬虫類人類?
亜人ファーストな接触がオカシクネ?ぱねぇ…くね?
ネ…エルフとか?ドワーフもか?あと、…なんだろう。ほ、ホバット?…ホビットだわ。出会うならエルフかドワーフが最初じゃね?定番じゃね?ワンチャン、ホビットだけどさ。
「えっ、あ、は、ね」
いや、まぁHow do you do?が出てこないよ。
シルマールの第一印象に、その容姿に唖然となっていた。
完全に頭の中真っ白。
そんな状態で、ギョロリと動く目玉と目が合う。
過去の自分にあえるならこの時、叫ばなかったことを褒めてあげたい。それはもう全力で。
出会い頭に、「君は神童だ」とか評されて内政ちーとフラグげっと!オマケにカテキョが後の有能な臣下に!とか妄想してただけに絶句したのは、きっとその反動だろう。
“あなたアフガニスタンへ行ってきましたね?”的な奴をかましてやろうと思てたんや!
「何故それを?」「何故か?それは…」的な会話が待っていると思てたんや。
相手の出鼻をくじく作戦やったんや…。
もうね、相手の存在というか、種族で出鼻挫かれるって、どうなん?
結論。
あ゛ー!思ってたんと違うわー!
漫画やらフィクションやらでお目にかかる「思考停止」という奴を自分で、尚且つ異世界で、体験するとは思わなんだよ。
隣で姉のアダが黄色い声を上げる。
姉の声で再起動。
首がぐぎぎと鳴ってるんじゃないかな、と思うくらいにゆっくりと横を見ると頬を染めてる姉の姿。
え?これイケメンなの?
基準がまったくわからんよ異世界。もしかしてこのトカゲ、『魅了』とかいうスキル持ちか?!ちがうよね、ワイには、そんな風には感じないもの。
トカゲ魅了って、誰得?
あ、姉か。
えー、お姉ちゃんは爬虫類専門なの?えっと爬虫類専門ってどう略せばいいの?B専とか、オジ専とかあんじゃんよ。
ハチセン?
え?
漫画タイトルなの?
8専?
トカゲ専なの?
うわー、ひくわー。
へいへぇーい、マセすぎてないお姉ちゃん?と、アダに小突かれた。あっ、はい。
どうやら薄ら眼がバレたらしい。
東條徹平の感性というか感覚が強すぎるのか、この世界の美的感覚が追いついていない。いや、この世界の美的感覚には、出来れば追いつきたくないっすわぁ。
「クルスくんは、人間以外の種族を見るのは初めてですか?」
「えぇ、失礼しました」
「竜人とよばれています。これでも希少人種ですからね」
その笑顔が怖いカッコ物理的にカッコトジ。
この言葉を話す爬虫類が言うところによりますと龍人と呼ばれる種族。竜人?え、リザードマンとどう違うのデスカー?笑う口元から見える白い牙が、その笑顔を凶悪にしていた。
あ、そうっすよね、蜥蜴には歯とか牙ないっすもんね。
もしかしたらこの世界には笑顔が怖い人間もしくは亜人しかいないのだろうか。
これ異世界あるあるとかじゃないだろうか?
そんな事インターなネッツな小説群には、そんな事これっぽっちにも書いてなかったよ。あ、これはそのうち、慣れる系の案件なんですか?いや、なれる気がしないよ。全然しないよ。
怖いよ、不気味の谷とかそういう次元じゃなく、その生々しさが恐怖そのものなんすけど。
「よ、宜しくお願い、しま、…ス」
何かをチビリそうな心を堅くしてなんとか挨拶をする。
顔が近いよ、シルマール先生。あと、前世で小学生のときに飼ってた亀の甲羅にほいが微かにするよ。
「噂はききましたよ、クルスくん。優秀だそうですね」
をぉ?なんだよぉ?異世界テンプレ選手の運命的変化球でチートフラグか、これ?いける奴か?
「でも、アナタは貴族の子弟なのですから優秀でなくていいのです」
「え?」
「ただし優秀な人間をどう集めるかを考えなくてはなりませんよ」
生物的に凶悪な顔面で笑うシルマールに、ナルホドと感心した。
…ん?
…あれ?
これ、…やりたかったことをやられてない?
畜生!初手、ワトソンくんポジになっちまったよ。
どうしよう、このままだと顔面凶器と同室同居しないといけなくなるぞ。
ハドスン夫人はどこだ?衛生兵代わりに彼女が必要だ。
はかせー、ヘルプです、インディーはかせー、へるぷですよー。
だめだわー、言葉で逃避行しても現実逃避にもならないよママン。
…んなことより、教われることは、教わった。貪欲に教わった。
もうね、あれだよ。
絶対に恐怖な領域とか乗り越えるしかない。
顔面が怖いとか、気にしてたら勉学に集中出来ん=負けと思いこむことにしたんだよ。そうしたらね、ある程度克服することに成功したよ。
人間思い込みって大事だな、と痛感したね。
マァイィンドォ、コンツォロゥオル!
でも必殺技っぽく叫ぼうが、何年経とうが一緒に暮らそうが、いきなり暗闇から出てきたら多分チビる。曲がり角で出会ったら、「ひっ…」とか声が間違いなくでることだろう。
さておき、貴族の教養とされる七つの学問。
文法学、修辞学、論理学、数学、天文学、幾何学、音楽学。
こっちの世界じゃ貴族七科っていわれてる。え?それって自由七科じゃなくて?と、心の中でツッコミをいれたのはここだけの話。
小学生の授業で言えば、文法学、修辞学は国語で論理学、数学は算数。天文学、幾何学は理科、最後の音楽学は、どちらかといえば舞踊の練習と礼儀作法…道徳になるんだろうか。
をぉい何処行った社会!
もしかして家出か?それとも追放されたのか?
いいえ、それは文法学で使われる教科書が歴史書なので、大丈夫なのですよ。
各教科書はぶ厚すぎて、長方形の鈍器か武器かと思ったけどな。羊皮紙はともかく、表紙が木製ってどうなん?
社会通念は、封建社会で階級制だから貴族は貴族社会のことだけ知っとけボケがぁと、言わんばかりの教育内容。
あ、そうそう授業はゼレフ領の城の中庭にて行われる。雨の日は、用意された部屋ね。まぁ、城っても石塀に囲まれた屋敷にちかいけど。
「はい、シルマール先生」
ピンと手を上げる。
授業を受け始めて数日経った頃、今日の課題を終えて顔面凶…、シルマールに質問を投げかけてみた。
「なんてすか?クルスくん」
「この世の中に、魔法やら魔術やらはあるんですよね?」
「えぇありますよ」
「教えてください」
「無理です」
えー即答?自賛できるくらいに綺麗な所作で挙手したのにぃ。
綺麗に手を挙げたから、花丸をあげましょう、とかにはならんか?ならんな。
「いいですか、クルスくん。もし私が魔術を教えられるとしても、教えません。それは貴族であろうが王族であろうが、平民だろうがですよ」
あ、眼がヤバい。この人も裏で何かやってぇーる、絶対やってる人だ。
転移数回目の地雷を踏んだぜ、ぐはっ。
「クルスくん、魔術というのは秘術の類です。人外や魔境で行われて然るべき邪なのですよ」
「ジャですか?」
シルマールはため息をつく。
「魔術というのは、それを知るだけで心を蝕み、老いさせます。それに耐え使いこなすためには武術と同じぐらいに修練が必要なのですよ」
あ、違ったわ。教育者として真っ当なこと言ってるっぽい。
「なるほど。ということは、シルマール先生は魔術魔法の類は使えないということですね」
「ちがいます」
「え?」
ぐいっと顔が近づく。
こわいよー、幼児も泣いちゃう距離だよ。
いや、この距離は視覚認識がないとされる赤ん坊ですら、もう泣いてるのではないだろうか。顔面凶器ってシルマールの事だと再認識する。
「使わないんです。いいですね?」
「アッハイ」
こっわ。マジこっわ。
一瞬、調子のって「教えてくださいよぉ、先輩ぃ」とか言いそうになったけど、やめとこう。死因が強面によるショック死とかになりそうだ。
「では、クルス君。授業を続けますよ」
「アッハイ」
その日は、なぜだか課題を追加された。解せぬ。
結局二年と少しで「貴方に教えることは何もありません」とシルマールに言われ、ゼレフ男爵書庫ーーと言っても蔵書量は百冊もないーーにて、本を読み倒す生活になった。
シルマールには出会いの時にしてやられて、仕返しの如く頑張ったからね、頑張りすぎたね。
あとアダからの圧がすごかった。
…いやまぁ、本当のところはやることがなかったのだよ、諸君。
ネットもない、スマホもない、パソコンもない、この世界には本当にやることがない。
一応貴族の子供なんて身分だから、屋敷からは出してもらえなかったしな。仲間のフラグすらたたないZe。
で、ついたあだ名が本の虫。
おやつ代わりに紙や羊皮紙を食ってるんじゃないかと揶揄されました…ハハハハ。
そんなあだ名だし、カテキョを二年で修学したからしテンプレ展開なら、「神童」とか呼ばれて内政チートとか始まるとか思うじゃん。思いたいじやん。ジャン。
でも、現実はそんなことなかった。なかったんや。
原因は前述したけれど、超が付くぐらい変わっている子供というレッテルが貼られ、使用人からは避けられマウス。チュゥ…。
すれ違ったときに元気よく挨拶する。すると返ってくるのは苦笑い。後に聞いたが、使用人にそんなことはしなくてもいいらしい。そういうのは先に言ってよ、ほんと。
もうね朝の着替えの手伝いすら来ない、…いやコレは早起きしてさっさと書庫なり運動しになり行っていたから来なくなったかもしれんけどね。
あと飯食いすぎた。
それと風呂に入りすぎた。
ほぼほぼ原因は「我にあり!」なのだが、改善どころかますます読書という名の現実逃避をした。
そんな自分への一言。
異世界デビュー、失敗。おめでとう。
書庫への引きこもり生活開始である。
同じ轍を踏むとは、まさにこのことだろう。まぁ、前世は社会人デビュー失敗とインターネットだったんだけどね。
人間、そうそうに変われないよね。異世界転移までしたのにね、変われないのね。
これはもう、クルスの性根のところが終わっとるのかもしれないね。自分で分析して言うとかなり凹みヤス。
違う大陸の違う言語やらが書かれている書物を辞書片手に読み、解らないところがあれば姉専属になっているシルマールを捕まえて質問をする毎日。
まぁ調子よく読めて一日四頁かそこらなのだが、何もしないよりかはいい。
そう思って読書をしてました。
「アニエス様の子息は“超”変わっている」と、ゼレフ男爵従者(使用人よりも上位職)たちで囁かれました。
そこは「アニエス様の子息は聡明だ」って噂してくれよ、そして臣下フラグをたててくれよ。
と、思ってみても従者の子供たちからも距離を置かれ始め、前世が引きこもりは伊達ではなく異常に落ち込む。
いやぁ、落ち込んでるときって人間悪いことばかり考えるのな。
周囲から嘲りをうけていると思い込み、母や姉に人間関係を補って貰いながらの生活。
んー、なんだろう、この、前世の時とあんまり変わっていない感じ。
まてよ…、向こうはアフィリエイトとかで微量に稼いでたから、全面的に養って貰ってるコッチの方が酷くなぁい?
が、そんな風に生活できたのもゼレフ男爵家に出戻ったことになった母が、隣の男爵家へと嫁いでいって、はいそれまぁでぇよぉ~。
さよならママン。
さよなら、きょうだいたち。
そうなると居心地が悪く感じるから、ますます書庫に引きこもるよね。やることがないからね、仕方ないね。うん、仕方ない。
とある事象がクルスに起こってから、とりあえずこっそりと生きていくことを決意していた。
なんなら、このままゼレフ男爵家の臣下にしてくんねぇかなと思っている。
でもね、母は一ヶ月に一回は帰ってくる。
隣だしね。
アンタ、偉いよ。
だから、帰ってくる度に全力抱擁はやめて。精神年齢四十手前だからか、恥ずかしいんだよ。嬉しいよ、嬉しいけど恥ずかしいYO!
変わり者だが、領主の血縁者。領主とも仲が悪いわけではない。うん、贔屓目にみても接しにくい。
そして、空気になった。
壮大なロープレの様な叙事詩的に表現してもあかん奴だ。
そして、あかん奴は排除されるというのは、前世でも今世でも世の定めなんざんしょ。世界ってヤツは、運命という奴は、そんなあかん奴をどうにかして追い詰めてくる。
十三歳のとある日にXdayがやってきた。常連が顔なじみの居酒屋にやってくる並みにひょっこりと。
油断してたるみきったその日も日課となった書庫での読書をしていた。
本が読めればいい、今は知識が欲しい、男爵の称号はいらん、ハーレムチート?いらんいらん、そんな態度。
確か丁度、ジオルグの部屋で最後に読んだボロボロの本を読んでいた…はず。コイツは「ドリバスの海鳴り」って魔術書…の写本で、断章だ。
六年間、様々な本を読めたおかげで、この世界でも魔術というのは、どうにも厄介な社会通念らしいということは解っていたので、魔術魔法チートフラグは立てないことにしていた。
断章というだけあって、ここに書かれている魔術はたった二つ、【腕】と【遠見】。
若気の至りで、二つとも習得している。いや、してしまった、といったほうがいいだろう。
覚えん方がよかった…。と、マジで思っていますデスヨ、はい。
あ、ちなみにドリバスってのは、この大陸にあるドデカい砂漠のことな。砂漠なのに海鳴りとは、これ如何に?
前世でも今世でも文学的表現は、さっぱり解らん。
珍しく使用人が書庫に来たな掃除かな?と思っていたら、どうやらクルスを捜しに来たらしかった。
(うわぁ怠い)と思いながらも、使用人に導かれ爺ことゼレフ男爵の執務室を訪ねる。
「ゼレフ様、お呼びでしょうか?」
扉を開けて簡易礼をし終わると、ゼレフ男爵が不服そうな顔をしている。えー、簡易礼ミスったかぁ?
「呼び名…」
「あ、失礼しました。おじい様お呼びでしょうか?」
そう呼びかなおすと、満面の笑みで手招きをしていた。クルスが屋敷で存在をどうにか保てている最大の理由の…、原因の一つだ。
「クルスたん、待っとったよぉ、あぁ今日もクルスたんは賢いなぁ」
「父上」
ゼレフ男爵の息子が窘める、クルスとっては叔父にあたる人だ。ザレフ男爵の跡取りでもある。この屋敷で生き残れてる理由、その二ででもある。
椅子には座らずに臣下の態度で対処する。まぁ、養ってもらっているのに調子にのって機嫌を損ねたらまずいからな。
「クルスくん、すまないね急に呼び出して」
「いえ、たいしてすることもありませんから」
「クルスたん、お菓子食べんか?お茶会せんか?帝都のお菓子を買いに行かせたんや…、あ、お茶ないわ」
ゼレフ男爵が顎で控えていた使用人を呼ぶ。
「茶を」
「かしこまりました」
ゼレフ男爵が短く言い放つと、使用人が用意をしに立ち去った。
「お気遣い、ありがとうございます。それで、ご用向きはなんでしょうか?」
「おめでとう…と、言うべきなんだろうか」
叔父が眉間にしわを寄せ、ゼレフ男爵を見る。いや、睨みつけていると言ったほうがいいか。
「クルスたん、…いや、クルス・アーナキトよ。ショグ男爵の受爵、おめでとう…、…じーじねぇ頑張ったよぉ。クルスたんが早く受爵できるように、いろんな人に手紙をね書きまくったのね、じーじ疲れたなぁ、褒めてほしいな」
な、…んだと。受爵した?え?まぢで。
「…あり…がとう、ござ…いま、す」
あまりの衝撃に、謝辞をなんとか振り絞る。
チョちょいちょい、ちょい、ちょっと待て。この数年は受爵しないように、昼行灯に徹していたよ。え?なにこの急展開?
その協力者たる叔父がため息をつく。つくよねー、つきたいのはこっちdeathわー、デスりそうですわー。
「クルスくん、いや、ショグ卿。知っての通り、ショグ男爵の領地はない」
そうショグ領は、物理的にない。
帝国の爵位制度は幾回の統廃合を繰り返し、形骸化され、建国当時から存在する称号であるショグ男爵領は、新設された複数の爵位によって分割されている。
繰り返すが、ショグ領はないのだ。しかし、その称号を欲しがる貴族は多い。
帝国貴族十二階級制の中で、新興の貴族は七位が慣例。振興貴族たちが喉から手が出るほどに欲しがるものでもある。
そして今や爵位は複数持つことで意味を成すのだ。
例えば、ショグ領近くの所領と称号を持ち、ショグ男爵の称号を持つと慣習的理由で「そこは俺の土地」と言い張れることができてしまう。なので、いつしか帝国はショグ男爵という称号を落ちぶれ貴族のアーナキト家に押し付けていた。
それを免れるために、このゼレフ男爵家の居候をしていたのに、どうしてこうなった?
「おそらく幾つかの貴族から後ろ盾になると誘われるだろうが…」
「えぇ、断ります」
個人的にはショグ男爵なんて、順列十二階級の第六位、建国から仕える家柄を意味する由緒正しい、…ただ単に長く続いているだけの称号だ。
「気を付けるんだ。最悪、暗殺すらもしかけてくる」
ですよねー。それが一番怖いから、受爵せず隠遁な生活三昧だったんですが?と思いながらも、表情を変えない。
「そうですね、…ぁれ?」
これはまずくないか?と,思った瞬間に頭の中の速度が増した。
猛烈な勢いで思考が加速し、頭の中で魔術的な幾何学模様と真言と言葉の羅列が渦巻いていく。
想像の奔流が頭を飛び出して、全身を駆け巡り、眼前の視界を上書きする。
「…?まぁいい、とりあえずだショグ卿、とりあえずは受爵証明書だ。皇帝陛下の署名がある、無くさぬようにな」
叔父の言葉が間延びしたように遠くに聞こえた。
アァ頭ガ痛イ。嫌ナ感ジダ。
装飾された文字の羊皮紙を何食わぬ顔で受け取ろうとする。いつもならば、すでにぶっ倒れているのに、今回はまだ意識がある。
早くなる鼓動が煩い、汗が止まらない。
手が震えているのがわかる。
「クルスくん!大丈夫ですか?」
叔父さんが心配そうに顔をのぞき込んでくれるが、視覚さだまらずに地震でも起きたようだ。
違う、眼球が上下左右に動きまくっているのだ。
「クルスたん!医者だ!医者を呼べ!」
受け取った瞬間に、常時発動魔術【遠見】が、その効果を現した。
炎に包まレている、ゼレフ男爵ノ屋敷。
狙イは、ショグ男爵の称号。
逃ゲ延ビるクルス。
死ンデいク家族。
走ル、クルス。
右腕ハ無ク。
左手モ無イ。
転ブ。
起
キ
上
ガ
れ
ナ
イ
死。
魔術【遠見】は、“片目の視力を失う”代償に、“常時発動”する。
可能性が最も高い“不確定な未来”と記憶としての“断片的な過去”、それに誰かの視覚を通しての“遠隔地の出来事”を感知できるという優れものだ。
ただし、効果が表れたときは頭が割れるかと思うほどに激痛を伴うし、発動しっぱなしなモンだからクルスの右目は失明状態だ。
そして、効果が現れるとその痛みに耐えられず、気絶してしまう。
「知らない天井だ」
っうわー…異世界モノっぽいわー…。ぽいセリフだわー…。
うん、自室の天井です。
言ってみたかったんやで、ごめんやで。転移してといてなんだが、テンプレな異世界モノって憧れるよねー。現実なんてこんなもん、まぁ仕方ないよね。
窓の外を見ると、夕暮れ時。
傍らには受爵証明書が置かれていた。
溜息をゆっくりと出して、旅の準備をし始める。
あの【遠見】が見せた今回の未来幻視は、習得した三年前あの日に見た未来幻視と変わっていない。
いや、ショグ男爵を受爵する場面は今回なかったし、あと年齢が少し歳をとっていた。
ベッド下に隠していた背負える旅行鞄をとりだす、これは頑丈で硬い樹を枠組みに使っていて革も丈夫なものだ。
ゼレフ男爵領に迎え入れてもらった時に買い戻してもらった本を四冊、上等ではないが質の良い着替えを一着。ショグ男爵の証明書。三年前から少しづつ貯めた路銀。
着替えをすませ、短剣を一振り腰に下げる。襤褸のマントとつばが広めの帽子。
「しかし結局、この未来になったなぁ…、解せぬ」
と、ボヤキながら簡単な置手紙を残す。勝手にいなくなると、心配するからね。
まぁ、ショグ男爵の称号を手にしてしまい迷惑をかけるかもしれないので出ていきます、とかなんとか書いておこう。
書きながら、三年と少し前を思い出していた。
魔術チートフラグを諦めきれずに書庫で本を読み倒す日々の中、一冊の本の栞がわりに使われていた…紙切れにちかい書き物を見つけた。
内容としては、なんてことはない言葉の羅列、存在の真偽が不確かな魔術書魔導書、禁書奇書の類の名前が書かれていただけなのだが、その中に『ドリバスの海鳴り』というタイトルを見つけてしまった。
どっかでみた題名だわ、と思いそのままスルーしかけてからの「わい持っとるやんけ」と声を発して独りツッコミをしたのは言うまでもなく。
そして、それを掃除に来ていた使用人に目撃されて、変人逸話一つ追加されたのである。
見事な黒歴史だなと振り返っても思う。
自分の持ている本がそうかもしれないと思ったら、まぁ、習得する方法を探し会得し、自分のやらかした事に気が付いた。
【遠見】による激痛で死の淵を彷徨ったのはいい思い出…、嘘です本当に怖かったです。
人間、間違いを犯したりしてから気が付くもんだよね、前世といい今世といい。
力を得るには“何かしら”が必要だ。
剣術が上手くなりたかったら稽古鍛錬という時間と労力が必要なように、魔術にも“何かしら”が必要だ。大きな力を得ようと望めば望むほど、その“何かしら”は大きくなっていく。
魔力、触媒、…代償。
そう、代償だ。
シルマールが魔術を何故教えなかったか理解した。
魔術の類は代償を必要とするからだ。少なくともこの世界では、そうだ。
クルスが魔術習得で支払ったものは、右目の視力。…それと普通な世界観だろうか。
ゼレフ領から出ていけば、少なくともこの地は平穏だろう。そう願う。
朝靄が一面を隠していた。
夜が明けないように感じる。
この世にたった独りだけしかいない感覚といえば、伝わるだろうか?
いや、マジで一人なんだけど。
ここってちゃんと運営されてるよね?
屋敷の外には出してもらえなかったから、苦虫を噛み潰した表情の使用人にそれとなく聞いたりして、位置を知ってたどり着いたんだけど、待ってたら段々と不安になってきた。
こねぇよ、乗合馬車。
思えば、停留所〈帝都方面行〉しか書いてない標識柱らしきモンしか立ってないわ。
あ、これ騙されたヤーツ?もしかして、「ぷぷぷ、あいつ今頃パニクッてんじゃね?」って陰で笑われてるやつ?
出てこい!そんな奴、魔術の錆にしてくれるわ!
あ、使用人か、アイツかそれとも彼奴…あやつ?やばい、多いぞ。
戻って土下座して尋ねるか…。
地響き。
ん?
微かな揺れを感じる。
地震か!やばい隠れなきゃって、何もない。
まま街を覆っている外壁の近くだから、いい壁石が崩れてくるかもしれん、とと兎に角ここから離れよう。
逃げようとするクルスの目の前に犀を恐竜にしたような大きな動物が止まる。
「ゑ?」
振動も止まり思わずに声がでた。
「あんちゃん、帝都行きだ。乗るかい?今なら、一人も乗ってねぇから、貸し切りだ。まぁ途中でふえっかもしれんがな。ガハハハ」
動物の後ろに曳かれていた箱の様な馬車から御者が顔を出す。
「えっと、…乗ります。先払いでしょうか?」
「後払いに決まってんだろうが。さっさと乗れ乗れ」
馬車のステップに足をかけると、鼻の奥がツンとした。
いやいや、もう精神年齢はかなりなもんだよ。だから気のせい、ということにして、いざ帝都へ。
いざいざぁ。
そうそう、今北産業間違っとたわ。
気がついたら、異世界転移してた。
ツンんどる。
捨てる神あれば拾う神あり、運命からは捨てられた。イマココ。