第五〇話 初のお客様
晴れやかな青空。風が心地よい。
だがリーフは、どんよりしていた。
ウミュール村の件は、お金がかかると睨まれはしたが、アージェが定期的に取りに行ってもらえるように手配してくれた。
そして、研究で忙しいからと、リーフはチラシ配りをするようにと研究室から出された。邪魔らしい。
「はぁ……。リーファーだとわかっても扱いが変わらないよね……。まあ、怒らせちゃったからだろうけど」
もしかしたら、リーフでなければ追い出されていたかもしれない。
王都に居る様に言われているリーフは、アージェの所を追い出されればどうなるかわからない。
面倒だから牢にでも入っていろと、いう事になるかもしれない。
(でも、その時はリーファーとしてだよね?)
それでもいいかな。などとリーフは、ちらっと思ったりもした。
リーフは、森のトンネル付近でチラシ配りをしていた。
一軒一軒配るのは、前に終わっていたからだ。
だから、リーフの独断でこの場所で配っていた。王都に来る人に渡す作戦だった。
「王国付属研究所兼請負屋です。宜しくお願いします」
トボトボと歩いているおじさんに、リーフはチラシを渡す。慣れたものでちゃんと宣伝文句? を言いながら渡していた。
「ちょっと君!」
「はい?」
「ここに連れて行ってくれないか!?」
さっきトボトボと歩いていたおじさんが、リーフが渡したチラシを指差し言った!
「え? あ、はい!」
(初のお客様だ!)
これで機嫌が直るかもしれない!
おじさんをリーフは、案内するのだった――。
◇ ◇ ◇
「ただいま! さあ、こちらへどうぞ」
おじさんを連れて帰って来たリーフは、ソファーへ案内する。
「失礼します」
丁寧にお辞儀をして、部屋の中へ入ると、言われたソファーの腰を下ろす。
「ちょっと待っていて下さい」
リーフは、おじさんにそう言うと、研究室の扉をノックする。
トントントン。
「アージェさん。お客さんです」
「お客?」
アージェが顔を出した。連れて来たおじさんをマジマジと見つめた。
黒に近い緑の髪。上品な服だが青。手提げ鞄。
王都に住んでいる者ではなさそうだ。
「どなたです?」
「えっと。依頼者の方です」
「これは失礼いたしました。私は、アンク・テオボルドです」
テオボルドは、立ち上がり深々と頭を下げた。
「テオボルド……。あの、温泉村のテオボルドさんですか?」
「はい。ビュドー村で温泉宿を営んでおります。ご存知でしたか」
「温泉って? アージェさんの知り合い?」
「知り合いではありません。あなた、温泉をご存知ないのですか?」
リーフは、知らないと首を横に振った。そもそも、他の村の話などした事もなかった。
「温泉とは、大きなお風呂の事で、お湯は天然なのです! この国で唯一温泉がある村。それが、ビュドー村です」
「はい。私の宿は、国の端にありますので、この国に来た方が一休みして行かれます」
「へー。僕も入ってみたいな」
リーフがそう言うと、テオボルドはニッコリと頷いた。
「是非。湯に浸かれる様になりましたらおいで下さい」
「うん? 今の僕では無理なのですか?」
「いえ、実は……温泉自体を今禁じられておりまして……」
「え? 何故です」
「湯に浸かった者の魔力の回復が遅くなるようなのです。原因不明な為、お達しが出たのです」
「それは知りませんでした。あ、どうぞお座りください」
アージェもそんな事態になっているのを知らないでいた。
王都に来たという事は、検査結果が出たという事だろうかと、アージェは紅茶を入れながら考えていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
アージェは、リーフの隣に座った。
「で、今日はご依頼なのですよね? どのような事でしょうか?」
「実は、湯の成分を調べて頂きたいのです」
「え!?」
テオボルドは、鞄から温泉の湯が入ったケースをテーブルの上に出した。
アージェは、驚いてそのケースを見つめている。
「あの、お達しが出た時に、検査はされなかったのでしょうか?」
「いえ、すると言って持って帰ったのですが、一向に連絡が来ずどうなったのかと尋ねたのです。一応、温泉の湯も持って来たのですが、門前払いでした」
「門前払い? 検査はどうなっていたのですか?」
「それが、急ぐ研究があるとかで、順番を待ってほしいと言われまして……。それでせめて魔術師以外の方が入れる様にお願いをしたのですが、研究所に言われても困ると……」
そうテオボルドは、説明するとため息をついた。
エミールが置いて行ったブレスレットの研究が進み、量が膨大な為、ダミアンの研究チーム以外にもその研究をするように、ガッドからお達しが出ていた。
一般の研究を今しているのは、一つの研究チームだけだ。手が回らないのだろう。
勿論、アージェの所にも回って来ていた。
「そうですか。それは深刻ですね。それ、研究室ではなく、魔術師団に言った方が宜しいでしょう。ですが、湯の成分を調べる程度なら時間をくだされば、今日中に私の方で致します」
「え? 宜しいのですか?」
「はい。これは国の仕事ですので、ちょっと書類が面倒ですが、宜しいですか?」
「はい。構いません。ありがとうございます!」
「アージェさん、ありがとう!」
何故か、リーフもお礼を言った。
テオボルドの宿があるビュドー村は国の一番端で、村に停まって走る馬車だと一週間かかる場所にある。直通の馬車もあるが三日に一度で、ビュドー村に着くのに三日かかる。
それならば、明日まで王都に留まってもらい、湯の成分だけでも調べようとアージェは思ったのだ。
個人で営む研究所だからこそ、出来る事だった。
「ですが、調べるまでです。それ以上は、国にお伺いを立てないと出来ませんので、ご了承下さい」
「いえ、助かります。ありがとうございます」
アージェは、書類をテーブルの上に置いた。そして、湯が入ったケースを受け取った。
まさかこれがきっかけで、魔獣と出会う事になるとはリーフとアージェは、思ってもいなかった――。




