第三話 距離感 7
こんにちは。
第三話の「7」になります。
今回で第三話は終了です。
第四話からは、猫のお話は少しおあずけ。
その代わり、それを臭わす内容は、今回出ていますので、それを期待しながら読んでいただけたら嬉しいです。
駅の前で二人が待っていた。
姿を確認すると、橘の方がこちらに手を振っているのが見えた。
それに応えようとはしなかったが、足の動きだけを早める。
二人に近づこうと歩を進める度に、ぴょんぴょんとその場で跳ね出す橘。
彼女でもなんでもないのに、なんでああも跳ねるかね。
カエルかよ・・・
「うぃー」
「う・・・うぃ?」
俺にとっては、いつもの挨拶なのだが、橘はそれを聞いて、目をキョトンとさせている。
「気にすんな。挨拶みたいなもんだから」
「ああ・・・そうですか」
さっきの橘ガエルのテンションは既にどこかへ行っていた。
「突然ですみません」
着いた途端に息が切れた。
それでも、話せなくなるくらいではなかった。
「俺も色々聞きたい事があったから、丁度いい」
さっき思った事は胸の内に閉まっておいて、早速本題に入ろうと思った。
もちろん、自宅に向かいながら。
「俺、猫とかって飼った事が無いんだけど、何が必要なわけ?」
「必要なもの・・・ですか?」
「猫じゃらしと飯と、トイレ用の砂は買った」
「他には・・・?」
「他?」
「その砂を入れるトイレ用の器とか、あるんですか?」
「ああ・・・無いな」
「あとは、爪とぎとか、ケージとか。それに、衛生面で消臭グッズとかもあった方がいいですよ」
「ふーん」
消臭グッズか。
爪とぎは買わないといけないのはわかるが。
トイレで使ってるアレじゃダメなんだろうか。
それにしても・・・
「トイレ用の器か」
「そこまで高くはないので大丈夫・・・」
「いらねえよ。使ってないタライとかでも良いんだろ?」
「大きさとか、衛生面とか、そういうのが大丈夫だったら問題無いですけど・・・」
そこで橘の言葉が消えた。
後ろを振り返る。
明美はだんまりで、俯いたままだ。
体調不良じゃないのかと、少し心配になってくる。
「で、じゃれてました?」
「え?」
「猫じゃらしですよ。遊んだんじゃないんですか?」
「ああ・・・」
じゃれてた・・・か。
じゃれてたと言えば、じゃれてた・・・になるのか。
「ビビりながらも興味は持ってたみたいだな」
「ビビりながら?」
不思議そうに聞いてくる橘だったが、それ以上は特に聞いてこなかった。
「ほら、着いたぞ」
歩いて十五分程か。
外も寒くなって来ているし、早々に家の中を案内する。
「あら、いらっしゃい」
「あ、こんばんは」
橘は挨拶をし、後ろに居る明美は軽く会釈をする。
「あの子に会いに来たの?」
「はい。すみません、昨日の今日で」
「いいのよ、気にしないで」
きっと喜んでくれるわ、とババアの普段聞けないような高い声を大にしてリビングの方へ姿を消した。
「おじゃましまーす」
先に靴を脱いだ俺の後を追うようにして二人もリビングへと入ってきた。
「あっ・・・」
リビングに入るや、ダンボール箱に入ったガキ猫に早速目を向けた二人。
当然、見つけたと同時にそこへゆっくりと進む。
「よかった、起きててくれてた」
橘が覗き込みながらそう言うと、続けて明美も、ようやく口を開いた。
「元気そうだね」
「うん!」
元気そうって。
昨日会ったばっかりなのに、今日体調不良起こすと思ってんのか。
いや、俺の方が無知なのはわかっていることだし、敢えてそこは突っ込もうとは思わないが。
それでも、裏を返せば「変な所に連れて行かれて、碌にご飯もあげてないんじゃないか心配だった」って言われている様な気がして、腹が立つ。
言い出しっぺはクソババアで、俺も渋々ではあるが、それに着いて行くように引き取った中での、その発言は癪に障るというか。
幸い、ババアは台所の方へ行ってて、このやり取りを聞き取っていないのが救いか。
「ミャー」
ガキ猫が鳴く。
俺には聞かせてくれない、甘ったるい声だ。
それを聞いた明美は、自分の人差し指をそのガキ猫の目の前に差し出した。
すると・・・
「かわいい!」
女子二人が盛り上がる。
ガキ猫は、明美のその指の先に両方の前足で必死に掴み、自分の舌で指先をペロペロと舐め続けている。
「くすぐったいよ」
そう言いながらも嫌な顔一つ見せない明美。
本当にコイツが好きなんだと、嫌でも思ってしまう。
そして、明美の笑顔も・・・
橘も、明美と共に猫を見てはあどけない表情を見せる。
「明美、ちょっと待ってろ」
二人で眺めているガキ猫の中、俺はそう伝え自分の部屋へ向かった。
「あったあった」
買い物から帰って来てから破り、置いておいた、あの時の絵を手に、再びリビングへ向かう。
「ほら、コレやるよ」
「これって・・・」
「目の前のガキ猫。今お前の指にしがみついてるヤツ」
駄作ではあるが、そこは説明する必要もないだろう。
驚いた表情を見せる明美だったが、ガキ猫に差し出していた指先を引っ込め、両手でその絵を受け取ってくれた。
「いいの?」
「構わん。煮るなり焼くなり好きにすれば良いさ」
そう吐き捨てたつもりだったのだが、明美の顔を見てみると、頬を赤くし、それを両手で抱きしめ始めた。
「ありがとう」
その一言に俺も照れくさくなってしまった。
無意識に、頬を掻いてしまう。
「大切にするね」
「・・・・・・ああ」
なんだろうな。
いつもなら、モゴモゴしてて、大切な時に何も言わなかったりするくせに、何でこんな恥ずかしくなる事は平気で言えるんだろうな。
このくらいハキハキ話せるなら、日常でもそうして欲しいんだが・・・
「ミャー」
「あ、また鳴いた!」
ガキ猫と、橘のおかげで、俺には堪え難い空気が変わる。
「ミャー」
自分の存在をアピールするように鳴き続けるガキ猫だが、俺と目が合ったように感じたその瞬間。
「シャー」
「あらら・・・」
二人とも、俺との関係をようやく理解してくれたのか、二人して俺の顔を窺う。
「こういう事だったんですね」
「俺には懐かないんだよな」
これから俺がしばらく面倒を見て行く事にはなるのだが、それをするには、この現状を打破しなくては幸先不安だ。
「イライラしてるからじゃないですか?」
「イライラ?」
「そういうのって、結構伝わったりするんですよ。人間同士でも伝わるんですから」
「イライラか」
イライラの根源の一つが、このガキ猫の場合はどうしたらいいだろうか。
「もしよかったら、明美ちゃんと一緒にお出かけとかしてみたらどうですか?」
「え・・・」
「は?」
薮から棒だ。
何を言っているのか、サッパリわからなかった。
「明美ちゃんとなら、きっとイライラも吹き飛ぶと思いますよ」
何より私が保証します、と断言する橘だが、明美に視線を移すと顔を真っ赤にして、俯いている。
「明美ちゃんって、一緒にいてたら和みますよー。なんていうか、ほわほわってしてて」
「そ・・・そんな・・・」
橘は笑い、俺は黙り、明美は顔を染めている。
別に、俺はコイツと一緒に出掛ける事自体は反対ではない。
苛つく場面は多いが、橘の言っている通り、その天然っぷりが、こちらの怒気を和らげてくる。
得な性格ではあるのだが、コイツの被害妄想っぷりが逆に逆撫でされる事もある。
何をしても、「ごめん」とだけ言えば済むと思っているんじゃないかと思ってしまうときもある。
それでも俺は。橘の提案に首を縦に振った。
このガキ猫にいち早く懐いてもらわなければ、この先うまくやっていけない。
聞きたい事もあるし、これを機にこのガキ猫との関係を良好にさせる為のアドバイスなのも聞けたら幸いだ。
「それじゃぁ、あとは二人で楽しんで下さいね」
私は帰ります。そう言うと橘は、玄関の方まで進み、別れの挨拶だけ済ませてそそくさと去っていった。
「キューピッドにでもなったつもりかよ・・・」
リビングで待たせている明美のもとに戻ると、まだ顔を赤くしている。
その姿を見ていると、俺の顔も少しずつ熱くなってきていた。
照れ隠しに頭を数度掻いた後、俺は明美に問い掛けた。
「何処に行くんだよ?」
「・・・・・・」
「おい」
「・・・えっと・・・その・・・」
明美の反応は、全く変わらない。
その代わりにやってきたのは、ババアだった。
「あら、もう一人の子は?」
「帰った」
「・・・変な事したんじゃないでしょうね?」
「してねえよ。むしろ、された側だ」
なんでこのババアは、何でもかんでも俺のせいにしたがるんだ。
本気で黙らせてやりたくなる。
「それじゃぁ、仕方ないわね」
俯く明美の方にババアは視線を向けると、苛立つ声をあげながら話しかけた。
「晩ご飯、ウチで食べない?」
その言葉に、明美も顔を上げた。
「あ、いえ。私も、すぐに帰ります」
「あら、そう。遠慮しなくて良いのよ」
「いえ、そのお気持ちだけで・・・」
そう言い終えてすぐに明美は立ち上がり、玄関の方へ向かっていった。
その後を追うように、俺も玄関へ向かう。
「送ってく」
「あ・・・えっと・・・」
俺の言葉に、しどろもどろになる明美を見つつ、俺は自分の靴に両足を突っ込んだ。
しかし、後に明美からノーの返事が下る。
「一人でも・・・その・・・大丈夫だから」
「・・・・・・」
なんだよ。
折角俺が親切に送ってやるって言ってやってんのに。
「あと・・・」
目の前で、もじもじしだす明美。
「その・・・無理・・・しないで良いから・・・」
「なにが?」
「あ・・・その・・・えっと・・・」
そこから先の言葉が出てこない彼女を見ていると、次第にイライラが募っていく。
「だから、何だよ?」
自然と語気も強くなる。
「その・・・りっちゃんが言ってた事。その・・・無理に聞かなくてもいいから・・・」
「・・・・・・」
なんだ。
そんなくだらない事かよ。
俺は、一回二回と自分の頭を掻きながら、俯く明美を見ながら呟いた。
「次の土曜に駅前な」
「え・・・?」
俺の反応が予想外だったのだろう。
明美の表情を見れば一目瞭然だった。
「わかったら出ろ。送ってってやるから」
「あ・・・うん!」
わかりやすいくらいに顔に出す明美。
染まった頬は変わらないまま、その笑顔に俺の中で力が抜けた。
「・・・・・・」
土曜か。
これと言って用事とかはないが。
コイツと二人きりで何処かに行くなんて事、十年以上の付き合いで一度も無いからな。
「・・・・・・」
やや冷えた夜風に当たりながら、明美の横顔を眺める。
そこには、いつもとは全く違う、萎れそうな姿では無かった。
公開は毎週土曜日の予定です。
予定は予告無く変更する事があります。
予めご了承下さい。