第三話 距離感 1
こんにちは。
今回から第三話になります。
仔猫こと「チャッフィー」も葛城家の一員になりまして、これからは彼の成長が少しずつ描写できたらと思っています。
そんな中、息抜きに別の話を現在執筆しております。こちらは毎週土曜日を徹底するつもりではいますが、もう一つの方は不定期に公開・・・出来れば良いなぁと思っています。
苦手分野にチャレンジしてるので、途中放棄が心配です(汗)
翌朝。
布団から目が覚めると、大きなダンボール箱が目の前に置かれていた。
「そうだ・・・」
昨日の夜の事を思い出した。
引き取ってたんだな、コイツを———
たしか、その後に「一旦」ってことでダンボール箱に入れたんだっけ。
「ミャー」
ガキ猫が一声上げる。
覗き込むと、じっとこちらを見つめ返して来た。
「シャー」
「・・・・・・」
コイツ、俺に懐く気なんてないな。
なんであのババアも俺の部屋に連れて来たんだか。
リビングの片隅にでも置いとけば良いだろ、言い出しっぺなんだからよ。
「シャー」
「・・・・・・」
もう怒る気にも脅す気にもならない。
一度目、二度目で、コイツをビビらせるのにも飽きてしまった。
その代わり・・・
「俺に威嚇するなら、朝飯抜きだからな」
不敵な笑みをあえて作って、ガキ猫を挑発する。
それでも、相手は心変わり等一切しなかった。
「シャー」
「・・・・・・ああ、そうかい」
マジで朝飯いらないみたいだな。
「言っとくが、これが続くようだったら永遠に飯なんて与えないからな」
「シャー」
「・・・・・・」
前途多難だ。
俺は大きなため息を漏らし、寝癖でくしゃくしゃになった髪をさらにぐしゃぐしゃにしながら、一階につながる階段を下りた。
「おはよ」
洗面所で洗濯の準備をしているババアが、振り向き様に声をかけて来た。
「あの子、元気にしてる?」
「チビのくせに挑発してきやがった」
「ふーん、そうなの?」
嫌われてるのかもね、と薄笑いを浮かべながら洗濯機の中に手を突っ込んでは、中の物を引っ張り出すババアの姿を、気づかれない程度で睨みつけていた。
誰のせいだと思ってんだ。
心中語りながらも、表には出さない。
ババアもこれ以上何も言って来なかったので、俺は洗面所傍の扉を開けて、歯ブラシを取り出した。
適当に口の中を磨いて、濯いで、洗面所をあとにする。
「ごはん、もうすぐ出来るからね」
「あいあい」
その声を聞き入れ、俺は自分の部屋に向かった。
「シャー」
「・・・・・・」
入って来てすぐこれだ。
「お前さ、俺に懐く気とかないわけ?」
「・・・・・・」
聞いてみたが、だんまりだ。
「飯、食いたいか?」
「・・・・・・」
両耳が少し外側に向いた。
こんなちっこい脳みそなのに、必死に考えてるんだろうな。
何を考えているのか、さっぱりだが。
あらかた、「飯食いてー」くらいだろ。
「ちょっと待ってろ。適当な物持ってくるから」
さっき自分が言った事とは真反対だ。
正直、自分でも何言ってんのかわからなかった。
言ってる事とやってる事が、全然違う。
それでも、俺は必死に耳を動かすガキ猫に渡すものを探しに行った。
「なんかあるかな」
というより、何をあげれば良いんだ・・・
とりあえず食えそうなの持って行くか。
台所へ行き、適当に食えそうな物をさがす。
「お、これとか美味そうじゃん」
冷蔵庫の中から、カニかまを見つけた。
魚とかがあれば良かったが、それは見当たらない。
ま、いっか。
カニだ。
加工品だと分かってはいるが、「カニ」かまなんだから、カニだ。
カニも魚も海の生き物。
困る事はないだろ。
それを取り出して、再び自分の部屋へ行こうとした時だった。
「カニかまなんて持って、あの子にあげるつもり?」
「そうだけど、それがなんだよ」
「大丈夫なの、そんなのあげて・・・」
「さあ、いいんじゃねえか?」
人間様が食べれるんだから、大丈夫に決まってるだろ。
「でも、それ食べて何か起こったら、大変じゃない?」
「大丈夫だって、死にゃあしねえよ」
そう言いながら俺は、それ以上何も言わず階段を駆け上った。
「でも、そう言われると心配だな・・・」
猫って魚食うんだし、それなら同じ海の生き物なら大丈夫なんじゃないのか・・・
しかし、万が一与えて、泡でも吹き出したら洒落にならない。
二人にああ言ってしまった以上、ガキ猫の様子を見にくる最初の日で既にポックリ逝った、なんて言ったら、卒倒するだろうな。
俺は、自分の部屋に置いてあったスマホを取り出し、検索にかけた。
「・・・マジか」
そこに書かれていたのは意外な内容だった。
カニかまは、塩分や糖分が多いため、あげたら駄目だと。
「チッ、めんどくせえな・・・」
しかし、これを与えて死なれたら困る。
俺はカニかまを与えるのを諦め、再び台所へ向かった。
「返す」
台所に立っていたババアを横目に、冷蔵庫を開けてソレを入れる。
「ダメだったの?」
「ああ、調べたらそう書いてあった」
「ほら、やっぱり。正解だったじゃない」
「・・・・・・」
正解なものか。
大丈夫?と言っただけだろうが。
何をそんな自慢げに言ってるんだ。
「アイツの飯買ってくる」
俺は台所を出ようとすると、ババアがそれを止めた。
「これで買って来なさい」
ババアはリビングまで行き、自分の財布からピン札を取り出した。
「いいのかよ?」
「引き取ったのは私なんだから、これくらいは出すわよ」
はい、とサラの千円札を俺に向ける。
俺は躊躇う事なく、そのピン札をぶんどるようにして玄関へ向かった。
「おつりは返してよ」
「へいへい」
靴を履いて飛び出すように外を出ると、俺は駆け足で、あそこのコンビニへ向かった。
「アイツの事、知らない事だらけだな・・・」
いや、アイツに限らず、猫の事全般。
身近にいてるはずなのに、それに関しての知識は全くだ。
「あっ・・・」
信号待ちしている傍の駐車場で、野良猫が日向ぼっこをしている。
あんなにすぐ傍に居るのにな・・・
近くに居てる存在でありながら、その距離はあまりにも遠い。
「・・・・・・」
信号が青になるまで、その野良猫をじっと眺めていた。
ごろん、と向きが反対方向に変わり、猫の顔がこちらを向く様な姿勢になった。
「あんな地べたで寝転がって、気持ちいいんだかね」
こう思うのもまた、距離の遠さを感じる理由なのかもしれない。
そんな男が、あのガキ猫を飼う資格なんてあるのだろうか。
「橘、いてるかな」
受け取ったメモ帳は、帰ってからどこかに置いた。
自分の部屋のどこかに置いた。
でも、どこに置いたかは覚えていない。
しかし、別に離れ離れになったわけでもなし。会う手段はコンビニだけとはいえ、存在するんだ。
それに、いざとなったら明美を介して聞いてみても良い。
いや、そんな事をするくらいなら、明美に聞けば良いだけの話だ。
・・・ちゃんと応えられるかは別問題だがな。
信号が青に変わり、俺は止めていた足を再び動かし始める。
最後にチラッと駐車場を見てみると、野良猫の向きが再び変わり、もう一度向こうを向いていた。
公開は毎週土曜日の予定です。
予定は予告無く変更する事がございます。
予め、ご了承下さい。